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赤い傘、君と二人  作者: 文月 彩葉
一、とある日常で
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1図書室の先輩

気楽に読んで頂ければ幸いです。

※あくまで個人の意見です、を常に念頭に置いてお読み下さいませ。

 「可愛い女の子の定義ってなんだと思う?」


 唐突に発せられた声に森山 瑞月(もりやま みつき)は目線を手元の教科書から上げる。すると斜向かいに座っている男子生徒と目が合った。

 授業が終わり、大半の生徒達は放課後の部活動に勤しんでいる。そんな中、図書室にて瑞月は自主学習をし、男子生徒は本を読んでいた。


「顔」

「身も蓋もないな」


 あまり考えずに答えた瑞月に、その男子生徒__宮野 秋人(みやの あきひと)が苦笑いをこぼす。

 秋人は瑞月の一つ年上であるが、高校二年生にしてはやや落ち着いた雰囲気がある。耳に柔らかく残る静かな声もまた、そう思わせるのだろう。

 光にすかさずとも眩い光沢を放つ金髪を耳にかけ、深海を彷彿させる青い瞳をわずかに細めた秋人が短く息を吐く。

 

「可愛い、は視覚だけの判断ってことかな」


 相変わらずその王子然とした容姿にはブレザーならいざしらず、詰襟は違和感がある。

瑞月の通う高校は、男子は詰襟で、女子はセーラー服なのだ。そのため、秋人の後ろ姿は不良に間違われる事もややあるらしい。

 しかし、秋人は服装程度で霞むような顔ではないし、むしろこれはこれで有りだ、と瑞月は思っている。学生のコスプレをしている美少年外国人みたいで。


 難しい表情で考え込む秋人に、瑞月は可愛いと言われるであろう女の子の要素を重要だと思うものからあげてみることにした。


「顔、スタイル、においと身綺麗さ、仕草と声、そして性格」

「性格の重要度の低さ」

「そんなものでしょう。そういう宮野先輩はどうなんです?」


 瑞月の問いかけに秋人はスッ、と目を逸らした。


「......そもそも、可愛い女の子というのは姿そのものを指しているのか、性格その他を指しているのか曖昧だよね」


 ついでに話も逸らした。

 瑞月が軽く睨みつければ、秋人は困ったように眉を寄せる。

 しかし、彼の答えようとしない様子に瑞月は「もういいですよ」と言おうとした。別にそこまで気になるという訳ではないし。

 秋人が先に口を開いたため、言わずじまいになってしまったが。


「......ほら、女の子に向かって可愛い女の子うんぬんを語るのはどうかと」

「............」


 とりあえず、と前置きをして瑞月は充分に間を空けて気合いをためてからニッコリと笑い、そして言った。


「なら訊くな!」


 至極当たり前なツッコミである。

 しかしそれだけでは言い足りない、とばかりに瑞月は続ける。


「そもそもですね、先輩のさっきのセリフだと可愛い女の子というのが私に対して当てはまらないと言っているようなものなんですよ? 先輩のことだからそうは思っていないのでしょうけど」


 淡々と説教に近いことを後輩にされた秋人は肩を落として項垂れた。

 年長者の権威なんてどこにもない。

 そもそも瑞月と秋人の間にはそれほど年齢差を気にする空気なんてないが。


 初対面の頃こそ他人行儀だった二人であるが、今ではお互い友人の一人のような距離感で話をしている。

 とはいえ、瑞月とて最低限の礼儀を忘れたりはしない。一応敬語は使っている。一応。形だけ、とも言う。


「......はいすみません。確かにそう思っていないけどすみません」

「わかればいいんです」


 思いっきり秋人に言いたいことを言った瑞月は清々しい表情を浮かべたまま、ふぅと息をもらした。


「で、何故いきなりそんなことを訊いてきたんですか?」

「ここ最近君に借りた少女漫画を読んでいるけれど、このヒロインは果たして本当にモテるのか? とふと思ってね」


 そう言った秋人は手に持った本のあるページを瑞月に見せる。

 ブックカバーを付けていて傍目からは分からないが、それは確かに少女漫画だった。

 それもそのはず。その少女漫画は瑞月が持ってきたものだからだ。

 二人は、瑞月が秋人に手持ちの漫画や小説を貸し、秋人は借りポイントとして瑞月のお願いをきく、という取引をしているのである。


 瑞月は自室を埋めるほど様々な本を置いており、秋人にとってこれ以上ないくらい良い取引相手だったのだ。

 もっとも、未だに瑞月は秋人に何のお願いもしていないが。


「......あぁ、その本ですか」


 今、秋人が読んでいたのは一人の女の子が複数のイケメンの男子から求愛されるという、いわゆる逆ハーレムの話だった。

 ごく平凡な主人公が何故かイケイケな生徒会集団に気に入られて、あたしどうなっちゃうの!? という良くある話なのだが。


 これがどうしたというのだろう? と瑞月が目線で問いかけると、秋人は真剣な眼差しを返してきた。

 思わずドキッとしてしまった瑞月をよそに秋人が語り出す。


「まず、この主人公、ことある事に平凡って主張してくるけど」

「そういう設定ですからね」

「こんなにモテる時点で平凡じゃないとは思わないのかな」

「そういう話ですからね」


 瑞月の返しが気に入らないのか「でも」と呟いた声は、納得いかない! という秋人の思いがありありと表れている。

 そんな少女漫画初心者の彼に瑞月は教えてあげることにした。

 少女漫画とはなんたるかを。


「いいですか、宮野先輩」

「......? はい」

「少女漫画とは大体若い世代の女の子や女性向けのものです」

「うん」


 知ってる、と返す秋人。


「いいえ! 分かっていない!!」


 机をバン、と叩いて主張する瑞月に秋人は気圧され少し体を引いた。

 しかしその間を詰めるように瑞月が前のめりになる。

 先ほどまでとは大違いの様子に秋人は苦笑している。しかしこの三週間の中で既に何回か瑞月が興奮した場面を見ているためか、その表情の中に困惑はない。


「少女漫画とは! 少女たちの夢と希望の塊であり、萌えと胸キュン要素とヒーローのかっこよさ、それらを叶えるならば多少の矛盾すらスルーされる、まさに夢見る少女のための漫画なのです!」


 一息で言い切った瑞月は少し乱れた息を整え、椅子に座り直す。


「......つまりですね、先輩の質問は愚問であるということです」

「どうでもいいけど切り替え早いね」

「そういう事だからいちいち可愛い女の子について考えるだけ時間の無駄、と言うのが先輩への答えです」


 これでこの話は終わり、というように瑞月はシャーペンを握り直した。

 すると秋人が笑った気配がして、顔を上げて首を傾ける。


 何かおかしなことでもしただろうか、とさっきまでの行動を振り返る瑞月に秋人はなんでもない、と言う。

 それでも瑞月が眉を寄せて秋人を見ていると、彼は目を細め頬を緩めたまま答えてくれた。


「いや、ほんとに、考えるだけ無駄だったなって思っただけだよ」

「そうですか」


 それにしては随分晴れやかな顔をしていることに疑問を抱きつつ、瑞月は勉強を再開したのだった。

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