9話 彼女の場合
──グゥルルルァァァァァァァ!!!
とある森の中で獣の雄叫びが響く。
それは悲鳴と言うのかもしれないけどまあ、それはおいといて。魔獣って知恵もないし無駄にうるさいのが多いから嫌なんだよね。
その悲鳴ともいえる雄叫びを放った主は全長5メートルを余裕で越える体格を持った魔獣だった。虎を更に大きく、ゴツく(?)して角を2本生やした感じかな?
本来なら強者…ほんとは強くないけどね。強者の風格を晒しだして堂々としている、それだけで他者を恐怖させることだろう。
って依頼書とか説明には書いてあるけどある程度の腕があればあんなのたいしたことないんだよねー。だってほら、今そいつは角は叩き折られて切り落とされて全身に切り傷だらけで血まみれ。右目も塞がれて死にかけ。そいつがまだ敵意を込めた目で見る相対者は傷1つなくて返り血すら浴びてないよ。まあ、よっぽど弱いとかじゃなきゃそれが普通だけどねー。
そしてその当人は、はあ、と溜め息をこぼし呟く。
「 脆いわね……楽しめすらしないじゃないの……。上位サソリみたいな手応えがあるとよかったのに…。SSの魔獣がこの程度?笑えないわ…。あなたはなーんにもならないみたいだし……そろそろ終わりね。」
そう言うとチャキ、と音を立てて手に持っていた刀を構え直しタンッと軽い音を立てて姿を消すと次の瞬間には虎の後ろに音もなく着地しており、刀の先には何かの心臓のような物が刺さっていてわずかに脈を打っているがすぐに停まる。その背後で虎が声もあげずに静かに崩れ落ちその体から血が流れ出す。
わー、あの女の人すごいなー速いなー。結構強いかな?
彼女は暫くその心臓を見つめていたがふと溜め息をつくと心臓を放り投げ森の奥へと消えていく。
心臓を見つめているなんて危ない人だなあ……。あまり近付かないようにしておこうかな。
───現実になんて戻れなくて良い。ここだけで充分なのよ───
心臓を見つめているときに僕以外の誰にも聞き取られなかった彼女の残した小さな呟きが響いた…。