ジショウ
注・これからの話に登場する人物は私が書いてきた○○ラインシリーズのものと酷似していますが、本編とはなんら関係ありません。
世界は認識された瞬間に存在を始める、物体は認識された瞬間に確率から存在に変わる。
観測者がいるから存在し続ける事ができる。
ならば、この世界を観測している観測者とは『だれ』なのだろうか?
例えば最初の偶然で生命体が発生するまでは誰が観測していたのだろうか?
俗にいう『いるという証拠』も『いないという証拠』もない神様だろうか。
まあ、そんなことはどうでもいいだろう。
ここにいる神様とやらは誰かを異世界に転生させたり転移させたり召喚したりなんてことはしない。
やることはそう、悪戯だ。
自分でもよくやるが、ほかの転生や転移、召喚に干渉して悪戯するのだ。
本来ハーレムいやっほうっ! とか、チート最強ぉぉぉお! とか、そういう方向に行くはずだった人物を、ゾンビだらけのもう死ぬ以外に選択肢がない場所に落としたり、本来最初になぜかもらえるはずだった理解不能な最強都合いい能力とか、そういったものを消したりと。
「さぁ……今日は何にしようか……」
肉体と思考を選んだなら、後は場所を選ぶだけ。
「ハードは人間、ソフトは……そうだな、そこらの学生でも適当に」
窓が開き、茜色の空の下、下校する生徒たちの動きが見える。
今日も神の遊戯の贄となる、運のない誰かが選ばれる。
※
学園のグラウンドが夕日色に染まっている。
仙崎霧夜はそれを、ぼんやりと眺めていた。
「はぁー……やっぱりいいよねぇ、こういう感じで変なことが何もないって」
科学の授業では丸底フラスコの爆発騒ぎ、電子工学の授業では回路の接続不良によるボヤ騒ぎ、その他いろいろと。
「よっす、仙崎。お前この後暇だろ? 遊びに行こうぜ」
霧夜のそばに、不良風味の生徒が寄ってきた。髪を茶色に染めたあまりよろしくない風体の男子生徒だ。
関わると絶対財布の代わりにされる、そう思い立ち去るまで振り返らず、ぼーっとグラウンドに視線を投げていた。
「そろそろ厄介な連中は帰ったかな」
そう思って振り返り、足元のカバンを持ち上げて歩きだそうとした。
「わぶっ」
ナニかが霧夜の顔にぶつかった。
ちょっと固めのゼリーに突っ込んだような感覚だ。顔を引いて目を開いてみると、何もないはずのその場所に広がる波紋が広がっていた。目をパチパチとさせて、もう一度触れてみると確かに何かある。そして波紋が広がる。
「…………あれ? みんなどこ行った?」
気付けば耳が痛くなるほどに静かで、教室に掛けられている時計の針の音だけが虚しく響く。
物音も、話し声すらも聞こえない。
窓からグラウンドを眺めてみると誰もいない、遠くを見ればいつも車の通りが激しいはずの道路には一台も車が走っていない。
いつの間にか誰もいなくなっていた。ついさっきまでは授業終わりの喧騒に包まれ、グラウンドにはこれから部活動に励もうとしていた学生がいたはずなのに。
いやな汗が頬を伝い、心臓の鼓動が早まっていく。
空を見上げれば、茜色の中に文字が浮かんでいた。見慣れない二十四種類の文字が次々と現れ回り、円を描いて霞んでゆく。
「ねえちょっと待ってよ、なんだよこれ」
空に浮かぶ文字が消えると……人というものがいない世界になった。
霧夜の周りを囲んでいたナニかもなくなっていて、急いで教室から出ると静かな廊下がそこにあった。いつも部活や遊びに向かう生徒で溢れているはずなのに誰もいない。
「誰かいませんかー!」
思い切って叫んでみるが、静かな校舎の中に自分の声が木霊するだけだ。
一階に降りてみれば、開く途中だったかのような下足箱、持っていた人物が突然いなくなって落ちたかのような誰かの靴。カバンやリュック、部活のユニフォームらしきものが入ったカゴやボール。
「は、ははっ……まさかね……ちょっと大規模なドッキリだよね? これ?」
さすがに教員まではこんなおふざけに参加していないだろうと思い、職員室へ行きドアをノックしてみるが、返事はない。開けてみればほかと同じようにもぬけの殻。隅の方で沸いたコーヒーポッドだけがゴポゴポと音を立てている。
「……そういえば外も静かだったし」
ドッキリ、にしては規模が大きすぎないか?
もしからした誰かをハメるためのドッキリで自分だけ知らされてなかったのではないか?
そんなことを思いはするが、もしそうならばすぐに誰かが来るはずだ。そしてもし、自分がその対象だったとしてもここまで大規模なことはできるはずがないと考えられる。
「ありえないってこんなこと」
ポケットから携帯電話を取り出して適当に一番上に出てきた知り合いにコールするが、何度やっても出てくれない。登録している知り合いに片っ端からやってもダメで、ならばと110に掛けてみるが、それも出てくれない。119に掛けてみても同じ、117に掛けてみれば録音された時報が聞こえてくるだけ。
「うそっ……でしょ」
気付けば顔には嫌な汗が浮いていた。
「誰かーーーーっ返事してよーーー!」
「誰でもいいから、どうせこれドッキリとかそんなもんなんでしょ!」
「お願いだから誰か出てきてよ!」
「誰かーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
結局、仙崎霧夜のほかに誰もいないことが分かるまで二日もかからなかった。
寮に戻っても誰もいない。街に出ても誰もいない。交番に行っても誰もいない。駅に行っても誰もいない。ネットであっという間に炎上しそうなことを呟いても誰も返してこなかった。
「…………お腹、へったなぁ」
さらに数日たてば、電気や水道といったライフラインが停止し、夜の街はとても暗く、携帯電話のバッテリーも切れて充電はできなくなっていた。
さらに日にちが経てば、付近のコンビニの自動ドアをこじ開けて失敬したりもした。現代を生きる普通の若者なんぞにサバイバルスキルなんてものは備わっていない。
コンビニから盗ってきたものは缶詰や水、ライターや雑誌など。寮から持ち出したヤカンやテントで何とかしていたが、バッテリーがなくなったこと、ガスがなくなったことで明かりはライターで点けた火に頼ることになっている。
「なんで……こんなことになっちゃたんだろうか」
人がいなくなればあっという間にライフラインは止まってしまう。それが機械によって自動的に生産を続けていたとしても、日々の消費があるからこそ作られているのであって、消費がなくなればどこかで詰まってパンクして壊れてしまう。
「あーもうっ! 僕がなにしたってのさーーーーっ‼」
人を探して歩き回り、ゴロゴロとキャスター付きのカバンに荷物を詰め込んで、叫んだところで虚しく木霊が帰ってくるだけ。
誰もいない街中を抜けて河川敷に出て、川の流れる音を聞きながら寂しく歩いていると、パサリ、と。
「本?」
目の前に落ちてきた真っ黒な本。とても分厚く広辞苑並みの厚さだが、その表紙には
『もし自分の周りから突然人が消えた場合の対処法』
などと都合のいいことが書かれていた。
「……おい、つまりドッキリなんだよねえこれ‼ どうせどっか見てんだろ出て来てよ‼」
叫んであたりをぐるりと見ても、カメラなんてものはない。
「まったく……こうなりゃ乗ってやろうじゃないか」
こうしてこの青年、仙崎霧夜の奇妙な生活は幕を開けた。