5 奴隷はいないと言ったな、それは嘘だ
この世界に奴隷はいない。
あえて言うなら人間がそれだ。
この世界に奴隷はいない。
だがそれは嘘だ。
だって女奴隷と名付けられた女の子がいるのだから。
女奴隷、セルファと名付けられた悲しい女の子が。
その子は上位の龍、人型になれる龍が戯れに汚した聖女と呼ばれる女性との間に生まれた半龍だ。
半龍は極々稀にしか生まれない。
そしてこの子は聖女と呼ばれた母の力と上位龍である父の魔力を受け継いだ。
それは龍から見れば明らかな脅威、彼らは本能から来るそれに抗わず、彼女に奴隷としての名を与え、虐待を繰り返した。
それは恐ろしいものを遠ざけようとする行動だったのか、亡き者にしようとする行動だったのかわからなかったが、彼女の心体を大いに傷付けた。
そんな中、母親が亡くなり、父親は虐待をする。
たった一人の家族を失い、龍という敵の中に一人取り残された。
だから、彼女が人間に憧れるのも無理はない。
そうして人間に近づいた彼女を待っていたのは仮初めの希望とさらなる絶望だった。
彼女は幼すぎ、彼女に近づいた人間は姑息だった。
その人間たちは言葉巧みに彼女を騙し、身も心も弄んだ。
そのことに彼女が気がついたのは大分後になってからだった。
彼女の絶望は大きく、居場所のない自分を嘆き、そして━━全てを恨んだ。
彼女は持てる力全てを暴走させ、自分を拒んだ世界全てに破壊をもたらした。
残ったのは血塗れで横たわる龍、ただ一匹。
そんな悲しい女の子、セルファが傷付き、俺の目の前にいた。
ゲームでの主人公は彼女を助けられない。
なぜなら彼女に会えるのは彼女が壊れてからだから。
だが、今ここで出会った俺には彼女を絶望から救い上げることができるのではないか。
それに何より俺は怒っていた。
こんな幼い娘にここまでできる父親と地龍の子供達に。
だから俺はこんな哀れな結末を変えることにした。
ここは地龍四番地、龍の窪地。地脈の穴であり、龍気が留まり龍の卵が産まれる。
この地は龍が産まれ育つ、数少ない場所の一つ、だから人間はいない。
ここで人型を見つけたならば逃げなければいけない。
それは人型になれる上位龍なのだから。
まあ逃げられるような敵ではない、普通の人間ならば出会えば死ぬ。
そんな地に酷く傷ついた女の子がいればその正体はわかってしまう。
セルファだ。
あまりこの地を通りたくはなかった。
なぜなら地龍はこの地を守る為、警戒している。
それはそうだ、地龍にとって聖地とも言える大切な地。
だけどなぜか俺はここを通ることにした。
それは意識していなくても頭の片隅にあった嫌な記憶。血塗れセルファの記憶があったからだろう。
そして、俺は、セルファに、出会った。
その日、俺はレベル上げに飽きていた。
レベル上げは単純作業でつまらない。
でも自分の命を危険にさらしてまで怠けたいかというとそうでもない。
だからレベル15までは頑張ったのだ。
でもだんだん上がらなくなるレベルに嫌気がさして今日は空を飛ぶことにした。
この大地龍の支配下である地、世界最大の大地は空を飛ぶ敵がいない。
だから遠くまで行ける。
この世界での故郷三番地にも行ってみたがやはりなんとも思わないな。
まあここで生活した記憶がないから仕方がないのだろう。
思ったよりも早く着いた。
レベルアップの成果かそれとも慣れか。
どうもレベルアップではあまり強くなった気がしない。
無双状態だからというのもあるのだろうが、本体の人間部分が本来は戦闘向きではないのかもしれない。
まあ五歳児だと考えれば凄いのかも。
主人公たちが動き出すのは約10年後、それまでにまだ時間がある、今日は休みだ。
何を隠そう俺は宿題は最終日に一気に終わらせるタイプだ。
追い詰められてからが勝負、そう思います。
そうして予想より早くに着いてしまったのでさらに先に行くことにした。
四番地に近づき、理性はここで戻れと告げる。
継承龍の危機察知能力もしくは記憶も戻ることを推奨している気がする。
そんな状態なのにさらに進む。俺は天邪鬼なのかもしれない。決して自分から苦難に突き進むドMではないと思う……
そうして飛んでいると窪地が見えてきた。
最初、俺はそれを血だまりだと思った。
ここには幼龍もおり、それは保護龍が与えた餌を食い散らかした後かと思っていたのだ。
だが、たまに白色がキラキラと反射しているのがわかった。
そこで俺は嫌な予感がした。ひどく嫌な予感が……
呼吸が荒くなり、身体中に冷や汗をかいているのがわかる。
一気に近づいた。
そして見た。
それは5歳くらいの幼女だった。
本来は美しい白髪を血で赤に染め、手足は引き裂かれ、噛み砕かれ、赤いもの白いもの黄色いものが見えていた。
そして力なく、曲がってはいけない方向にも曲がっており、出来損ないの、乱暴に扱われた人形のようにボロボロだった。
胸が締め付けられるように痛い。
俺は、彼女が虐待されていることを知っていた。
それはゲーム時代の知識だった。だからこんなに酷いとは思っていなかった。
知っていれば即助けに行ったのに……
後悔の念が俺を苛む……
そして龍の人間に対する憎しみの深さも知った。幼女にここまでできるほどに彼らは人間を憎んでいるのだ。
五大龍以外は直接何かをされた記憶もないのに……
後悔は後だ、今は彼女をなんとかしなければ。だが、ここまで傷付いた人間を見たことがないし、どうしていいかわからない。
回復魔法は使えないし、瞬時に怪我を治す回復アイテムなんかがあれば良いのだが、生憎とそんな良いものはない。
あってもひどく高価なのに自然治癒力を少し高める程度の効果しかない回復アイテムだ、序盤で買えるものではない。
彼女の生命力は凄まじいので死ぬことはないだろう。
ちょっと考えればわかるのだが、これを見てしまったら冷静ではいられない。
だが何もできない。彼女の頭をゆっくりと持ち上げ、膝の上に乗せた。
硬く冷たい地面よりはマシだろう。
しかし、俺にできるのはこれだけか……
この世界に来て初めて俺を無力感が襲った。
それからしばらくそのままで彼女が起きるのを待った。
「……お、母さん……うっ……」
涙を流しながら寝言を呟いていた。
そうか、もう彼女のお母さんは……
それならばもう彼女は一人ぼっちなのか。
思っていた以上に酷い状況に涙が出てくる。
頭には傷がないことを確認して優しく彼女の頭を撫でる。
今この時だけでも寂しくないように。
夢の中だけでもお母さんの温もりを感じられるように。




