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レスキュー。  作者: 壱宮
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2.部屋の前

食事を終えて、食堂から部屋へと続く道を歩く。ナツは他の階に住んでいるので、食堂近くにあるオンボロに見える割に頑丈なエレベーターの前で別れた。私は部屋に向かいながら、ナツに見せて以降ポケットに押し込んでいた赤紙をそっと取り出した。少しだけ端の折れたそれは、赤紙と呼ばれるだけあって真っ赤に染まっている。そして仰々しい文字で「b-6025番 橘立夏 様」と部屋番号と氏名が、その横には配属される班名と初日の集合場所が書かれてあった。それを見て私はほう、と息を漏らす。名前を母国語で書いてもらえるのは、この土地では相当重要な書類の時のみである。昔は英語だとか日本語だとか様々な言語を使い分けていたらしいが、現在この土地では全ての人間に通じる、英語が少し崩れて形がよく分からなくなった感じの言語が使用されている。けれど名前だけは昔使用した言語通りに付けるのが流行りで、日本の血が流れている私には漢字で名前が付けられている。イギリスの血が流れていれば正式な英語で、ドイツの血が流れていればドイツ語という感じで。しかしこれはただの流行りなので、例外もあるしそのうち廃れるかもしれない。

久しぶりに書かれた「立夏」という名前をなぞって、自分が本当にレスキュー隊員になれるんだと実感する。十年前からなりたかった、あのレスキュー隊員。そう思うと胸がドキドキしてきて、早く地上に下りてみたい、と思う。けれどそう思う私は少数派なようで、ほとんどの人はそう思っていないらしい。不思議だとは思わないけど、もう少し前向きに捉えればいいのにともやもやする。

通路をそれなりの時間通って、角を曲がると6020番台の部屋が連なっている。この辺りの部屋に、私の顔見知りはいない。近くの部屋だからといって交流がある訳ではなく、顔もあまり見たことない人だっている。だから私は、数部屋向こうでぼんやりとした顔をしながら部屋の鍵を開けようとしている男の姿を見て少しだけびっくりした。


(あ、あの人)


かちゃかちゃと不器用に鍵を回して、重々しいドアを開ける。そのドアノブと手の間には、くしゃくしゃになった赤い紙飛行機が挟まれていた。食堂で見かけた、赤紙を紙飛行機にしてアンニュイな表情をしていた人だ。まさかこんなに近くの部屋の人だったなんて、と思う。それと同時に、自分がどれだけご近所づきあいをしていないかを思い知らされる。恐らくこの辺りの人は誰もご近所づきあいをしていないだろうけど、ちょっとくらいはしてみるべきだろう。それにしても、レスキュー隊員になったら仕事をする時間が増えてご近所づきあいなんて場合じゃなくなりそうだ。

そんなことを考えていたら、自分が部屋の前でずっと突っ立っていることに気付いた。いけない、と首をふるふる振って、さっきの人と同じように鍵を取り出してドアを開けた。不器用な方ではないから、鍵はすぐに開いた。部屋に入って、簡素な机の上で赤紙を広げる。そして椅子の代わりとなっている木箱に座って、赤紙をじっくりと眺めた。

初日の集合場所はb棟の十階と書かれている。この建物は現在四棟あり、a、b、c、dとアルファベットが与えられている。b棟とは私の部屋がある棟でもある。そして十階は、ここより五十階も下だ。


「十階なんて、滅多に行くところじゃない……」


ほとんど足を踏み入れたことのない階層。それがちょっとだけ私を不安にさせ、そして興奮させた。

集合場所の横に書いてあるのは、所属する班名が書かれていた。b-11班、とあるところを見る限り、棟によって班分けされているのだろうと容易に想像が出来た。班の人数や班員の名前までは書かれていなかったので、それ以上のことはわからなかった。微妙に分からないことがあると、それが気持ちを掻き立てる。早くレスキュー隊員としての初日にならないだろうか、とそれまでの日にちを指折り数えた。

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