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護衛 其の二




「ん……朝か………」


 一日目が終わり、二日目の朝。明日の日暮れには着いている予定だが、まずはこの一日を乗り切らなければ。正直なところ、あの馬鹿二人のお守りをするのはかなり辛い。今のところ妙な動きはしていないようだが、典型的な平民差別主義の貴族のような発言をするので、ユナの不機嫌オーラが増しているのだ。胃薬を持ってきていて良かった。

 

 シグレスは転生前、元々が一般庶民だったこともあり、そういう考えができる貴族のことが理解できない。領民の税で暮らして行けているのにそれを鼻にかけ、自分が偉いだのとよくもまあ言えるものだ。しかも、そういう奴に限って私腹を肥やし、まともに統治も行わない。ユナが大嫌いな人種だ。

 ユナは生粋の貴族で、公爵家という非常に恵まれた立ち位置にいるが、その辺の差別を全くしない。それもこれも恐らくは現ノーレンス公爵家当主、つまりはユナの父にあたる人物のお陰だろう。彼を一言で表すならば、質実剛健。華美な装飾を嫌い、仕事にも鍛錬にも真面目な人物で、シグレスも世話になったことがある。また、国王の側近でもあり、地位も非常に高い。

 ユナはそんな父のことを尊敬しており、幼い頃はよく彼の真似をして、シグレスによく突っかかってきた。ちなみに当時のシグレスはそれと相まってユナが公爵家の娘ということもあり、ユナのことを避けていた。

 それなのに何故ここまで腐れ縁が続いてきたのかは割愛する。


 とにかく、ユナは平民差別や人種差別をする貴族のことを激しく嫌っており、いつユナがキレてあの馬鹿二人をボコボコにするか戦々恐々としていたのだが、今のところはまだ大丈夫っぽい。エリシアが上手く手綱を握っているのだろうか。流石は親友と言われるだけはある。

 などと思いつつ、寝台から起き上がり、支度をする。一度だけギルドの依頼で泊りがけの護衛依頼を受けたことがあるが、あの時は特に何事もなく終えた。


(今回も何事もなく終わればいいけど…)


 しかし、それは何だか望み薄な気がする。勇者に王女。フラグがおもいっきり立っている。逆に何も起こらない方が不思議だ。


(頼むから、起こっても大したことありませんように……!)


 必死に願いつつ、着替えと準備を終え、部屋を出る。周りに耳をすませば、朝早くからなのでどうやらシグレスが一番最初に起きたらしい。

 

 周囲に怪しい者がいないか確認しつつ、宿の外へ出ると、体をゆっくりとほぐし、軽く素振りを行う。適当に頭の中で動きを組み上げつつ、一つ一つ動作を確かめるように一本の刀を右手、左手、両手で降ったあとに、それぞれの手に刀を一本づつ持ち、二刀流の構えで振っていく。これは前世の師からやるように言われていた、鍛錬法だ。たとえ、刀が一本になろうと、きちんと戦えるように普段から身につけて置くようにと言われていたのだが、今思うと、あまりに実戦的で、なぜこのような剣術が身近にあったのかと首を傾げたくなった。ちなみに刀が両方とも無くなった時用に、体術まで教えられていた。今は役立っているが、前はそんなに必要に迫られることもなかったのに、と、ますます疑問が深まっただけであった。

 疲れない程度に鍛錬を終えると、パチパチと拍手の音が聞こえた。

 そこにいたのはエリシアとユナとカーミラ。気づいてはいたが、邪魔する様子も、鍛錬という名のリンチを行う様子もなかったので、放っておいたのだ。ちなみに拍手しているのはエリシアとカーミラ。ユナはいつも通りに少しでも技を盗もうとする貪欲な目でシグレスの鍛錬を見ていた。


「ふふ、見事なものですね。まるで舞踊ってるようにも見えましたよ。あれは型か何かですか?」


「いえいえ、そんなに大層なものではありませんよ。頭の中で適当に組み立てて、それを行っただけで、即興です」


「即興であの動きですか。それは凄いですね。カーミラ、あなたも思いませんか?」


「はい。恐らく、剣の勝負なら私ではシグレス殿には勝てないでしょう。ユナ様ならばあるいは、というところですね」


「私もアイツにまともに剣で勝ったことなんてないわよ」


「いえいえ、私よりも腕の立つ方々などごまんといますよ」


「へえ、私、王国の上級騎士に剣で勝てるんだけど?そんな人物がごまんといるの?世界は広いわねえ」


「…ユナ様もカーミラ様も私のことを買いかぶり過ぎでございますよ」


 マジでやめろよ。この残念勇者。これ以上、王族やら名門貴族やらに目をつけられてたまるか。ただでさえ変な立ち位置なのに。


「それに、上級騎士の方々は魔法も上手く扱えますから」


 極力、平坦な声でそう口にする。シグレスは魔法の才能がないためにこちらからすれば、そっちの方が羨ましい。シグレスが扱えるのは回復魔法と、多少の雷魔法だけなのだから。


「そうですね。でも、それを差し引いても、私の護衛につける位の実力はあるということでしょう?十分だと思いますけれど?」


「ありがとうございます。それでは私は少し汗を拭いてきますので」


 エリシアの言葉に笑顔で答え、ことわってから、宿へと戻り、水の入った桶をもらい、いくつか持ってきていた手ぬぐいを濡らして汗を拭った。

 馬鹿二人が起きたのはその少し後で、護衛対象より遅くまで寝ていられるのには流石に呆れた。女性陣から冷ややかな目で見られてるのにも気付かず、準備を慌てて終え、何とか予定の時間には出発できた。

 その際、「何故、起こさなかったんだ!」とシグレスに喧嘩を売ってきたので、流石にイラッときて、


「これは護衛任務ですよ?護衛対象である殿下よりも遅く眠っていらっしゃるとは普通の常識では考えられないものですから」


 と、笑顔でニッコリ言ってやった。シグレスの言葉に顔を真っ赤にしたシギルであったが、何か言う前に、カーミラから出発を告げられ、こちらを睨みつけて去っていった。その間、オリバはどうすればいいのかオロオロとしていたが、シギルに大人しくついて行った。まさにコバンザメの鏡だ。

 その後、カーミラから再び、「あなたは……いえ、何でもありません。出発しましょう」とどこかで聞いたようなセリフを言ったのは軽く流した。



◆◆◆◆



 二日目もとりあえずは何事もなく進んだ。正確に言うと、道中に野生動物が姿を現したが、カーミラが背負っていた弓で適当に射かけ、追い払った程度だった。


(俺の杞憂かね………)


 それならそれで越したことはないが、どうにも引っ掛かる。ユナとエリシアがフラグを立てているとかいう、お約束的な展開というわけではなく、はっきりとした何か。もっと言えば、誰かの意図のようなものがそこはかとなく感じられる気がするのだ。


(気のせいだといいけどな)


 今考えたとしても、答えが出るわけでもないし、出たとしても、出発している今、それは避けようのない事態だろう。だったら、杞憂でもなんでも何かしら起こると予想していたほうが、咄嗟に動けるだろう。


 それから、しばらく進み続け、休憩を挟みながらなおも進み、予想よりも進んでこそいるが、今日は恐らく、野宿になるだろうなと思った。



◆◆◆◆



 結果はシグレスの予想通り、野宿となった。王女が野宿とかいいのかよ、とも思ったが、特に何の問題もないらしい。隠密なのでそれもそうなのだが。

 ただ、馬鹿二人は「この僕が野宿なんて………」だとか「うう、固くて眠れない……」などと言っていたが、無視した。

 見張りは護衛対象であるエリシアを除き、二人一組の三グループでローテーションすることになった。ちなみに、一番きついであろう、中途半端に寝て、中途半端なまま起きる二番目の見張りは、口八丁手八丁で丸め込み、シギルとオリバにやらせた。ちなみに、ユナ&ハネット⇒シギル&オリバ⇒シグレス&カーミラの順番である。


 そうして、しばらく眠り、律儀に時間だけは守ったシギルとオリバに多少の罪悪感を覚えつつも、見張りに立つ。


「…シグレス殿、あなたは何故今回の護衛を?」


 少し鍛錬をして、頭を無理やり覚醒させた反動か、ボーッとしていたところにカーミラが唐突に話しかけてきた。その言葉に多少驚きつつも、暇なので時間潰しにはなるだろうと思い、答える。


「……ユナ様に頼まれたからですかね」


 本当のところは脅されたと言うべきだが。国王と組まれて。


「『勇者』からの依頼だからですか…」


「違います。ユナ様に、です」


 そう、今回の件は『勇者』に頼まれたからだとか、『王女』だからだとかというわけではない。あくまで、ユナがただ、一人の人間として、『親友』を守りたいと言ったからだ。

 ユナはシグレスやサミュエル(ついでにクロウも)には恐ろしく態度が悪いが、それ以外の人間にはかなり優しい(傲慢な貴族除く)。だからこそ、周囲からは老若男女問わず慕われている。そのせいか、ユナはどうにも『勇者』であることを無駄に背負っている節がある。彼女がシグレスやサミュエルに対し、あそこまで口が悪くなるのも、そのストレスによるものではないか、とシグレスは考えている。自らの才覚についてこれるか、あるいはそれを上回るかもしれないがゆえの者たちだからこそ存分にストレスをぶつけられる。

 だから、『勇者』という存在ではなく、『ユナ』という一人の人間として何かしら行動しようとすることにはシグレスはできる限り協力することにしている。それが腐れ縁とはいえ、今まで共に過ごしてきた幼馴染(とも)のためならば。


「『勇者』にではなく、ユナ様に、ですか?」


「まあ、腐れ縁というやつですよ」


 そう言ってシグレスは苦笑する。自分でも随分、らしくないことを言ったと思う。それに対し、カーミラはシグレスをジッと見つめ、


「……少し、羨ましいですね」


 そう言って、少し間を置き、


「私は幼い頃にはそういう人がいなかった。ようやく出来たと思えたのはエリシア殿下に会ってからです」


「殿下に、ですか?」


「ええ、あの人は少し前までたいそうお転婆だったんですよ。いえ、実際、今でも中身は変わってないと思いますけどね。私やハネット、ユナから言わせてもらえれば、取り繕うのが上手くなっただけですよ」


「へえ。ユナにハネット、ですか」


「あっ」


 しまった、というように顔をしかめるカーミラ。ユナとハネットを呼び捨てにしてしまったのに気がついたようだった。


「気にしないでください。ユナ様の反応から、なんとなくは気付いていましたから」


「はは、油断してしまいましたね」


 四人はなかなかの信頼関係で結ばれているようだった。ユナとシグレスは幼馴染ではあるが、ユナは自らのことをあまり話したがらないし、シグレスも聞こうとはしなかったので、あまりユナの交友関係を知らないのだ。現に三人のこともシグレスは名前こそ知っていたが、ここまでユナと親しい関係にあるとは知らなかった。よくよく考えれば妙な関係だとは思うが、今更なので、特に変えるつもりもない。


「まあ、あなたならばいいでしょう。時々、ユナからも話は聞いていましたし」


「へ、へえ、ちなみにどんなお話を?」


 少し嫌な予感がしつつも、聞く。これは確かめねばならないことだ。


「面倒くさがりで、金儲けに目がなくて、女たらしのくせに剣術はバカみたいに強くて、変なところでお人好しで態度が悪い」


(あの、残念勇者が!!!!!)


「へ、へえ、ユナ様も冗談をおっしゃるんですね。それではまるでどこぞの不良のようではないですか」


「ハハッ、そういうことにしておきましょう」


「いえいえ、事実ですよ」


 などと他愛のない話をしつつ、夜が明けていく。日が昇り始めたところで、全員を起こし、再び出発する。

 



 二日目が終わり、護衛最終日が幕を開ける。





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