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依頼

遅れてすいません。

しばらく、更新遅くなります。




「なあ、兄ちゃん、いいもの持ってんじゃねえかよ。ちょいとばかし俺たちに分けちゃくんねえか?」


 下卑た笑みを浮かべ、横に並んだ、三人組の男たちに絡まれたシグレス。

 そこで、気付く。


(エミルさん、はめたな…)


 ベニゴケは確かに割のいい仕事とは言わないが、別に報酬が低いわけではない。いや、むしろこのランクにしては高い方だ。それなのに、ギリギリ受けられる程度のランクしか持っていないシグレスがなぜタイミング良く受けることができたのか。

 簡単な話だ。

 誰も受けなかったから。


 エミルは少し、特殊な事情もあって、本気のシグレスと手合わせしたこともある、数少ない人物だ。そんなこともあってか、シグレスの実力を知る人物だった。

 シグレス自身はそれを過大評価だと思っているが、エミルは実力を知っているため、こういう無茶ぶりが時たまあるのだ。


 恐らくだが、この三人衆はベニゴケを採取し終え、疲れて洞窟から出てきたところを襲い、ベニゴケを奪って、クエストを横取りしていたのだろう。

 言葉にすれば単純だが、やってることは冒険者でなく盗賊と言ったほうがいいだろう。

 面倒なことになった。思わず、舌打ちしたくなる。


「おいおい、兄ちゃん、痛い目あいたくないだろ?だったらそいつを渡したほうが身のためだぜ?」


「そうそう、俺たちはこう見えてもCランクパーティーだしな!」


「こう見えて、は余計だっつーの!ゲハハハ!」


「違いねぇ!ゲハハハハ!」


 シグレスは男たちの会話を聞きながら、ゲハハって笑う奴っているんだな、と見当違いのことを考えていた。

 シグレスがビビっていると思ったのか、ニヤニヤと粘着質な笑みでシグレスを見ている三人衆に対し、シグレスは口を開く。


「……なあ」


「あん?いいから、その持ってるもんを置けって。痛い目みたいのか?」


「何で、こういうことしてんだ?あんたらなら、十分やれるクエストだろ」


 シグレスの質問に一瞬呆けたような顔をした男たちは次の瞬間には、笑いだした。


「何で?何でときたもんだ!んなの決まってんだろ、『楽しい』からだよ!特にこのクエストを初めて受けた奴とかは最高だったぜ!あの、悔しそうな顔!爆笑モンだぜ、ありゃ!」


「全くだ!」


「違いねえ!」


 何だ。ただの下衆か。

 シグレスは別に正義感が強いわけではないし、自分のやることがいつも犯罪ではないと思ったことがあるわけでもない。

 ただ、こういう人種が嫌いなだけだ。前世の時からそうだった。


 シグレスが無表情になり、臨戦態勢に入ってるのにも気付かず、笑い続ける男達に、シグレスは再び口を開く。


「そうか、じゃあ、これやるよ」


 そう言ってベニゴケの入った袋を投げる。それに気づいた男たちが慌てて袋を受け取ろうとしたところで、一気に駆け、袋を受け取ろうとした中央の男の懐に潜り込み―掌底。

 狙い違わず、男の鳩尾に深く入り、男が衝撃で後ろに吹っ飛ばされる。

 

「「へ?」」


 一瞬で戦闘不能に追い込まれた仲間の状況に理解が追いつかず、残された二人の男が間の抜けた声を出す。

 そして、その隙に右側の男の方へと駆け、こめかみを右足で横薙ぎに蹴り飛ばす。地面に叩きつけられ、気絶する二人目。


「て、てめえ!」


 ようやく状況を理解したらしい最後の男は腰にあった剣を抜き、大上段に振りかぶり、シグレスへと斬り掛かろうとするが、


(遅ッ…)


 ユナやサミュエルと比べると雲泥の差だ。おまけにこの期に及んで接近戦を仕掛けてくるあたりが、どうしようもない。

 シグレスは刀さえ抜かずに二人を無力化したのだ。その時点で気付くべきだったのだ。勝てないことに。


 シグレスは向かってくる男へとあえて飛び込み、振りかぶり、斬りおろそうとした男の手へと思いっきり、膝打ちをした。そして、その衝撃で男の手から剣がすっぽ抜け、はるか後方へと飛んでいった。


「な!?」


 男の反応を無視して、そのまま足まで振り上げ―踵落とし。


「へグッ!」


 妙な声を出して、三人目の男も倒れ伏す。

 

「ふぅ…」


 息を吐き、持ち物の中からロープを取り出し、男たちの身ぐるみを剥いでいく、そして、金目のものを粗方取り終えたところで、後ろ手にして縛っていく。

 

「なんか、シケてんなあ。もっといいもん持ってねえのかよ」


 などとぼやきつつ、回収し終えたものをまとめる。

 そして、最後にベニゴケを回収しようとしたところで、


「お、おい!何やってんだテメエ!」


 男の一人が目を覚ました。しかし、シグレスはその言葉を無視して、まとめた荷物を背負い、歩き出す。

 自分のことを棚に上げて大した言い草だ。


「おい、待て!待ってくれ!」


 男の声を聞き流して、洞窟から出て行く。入口近くなので、モンスターに襲われる可能性は比較的低いだろうが、襲われないとは限らない。そこはこいつらの悪運の強さしだいだろう。

 シグレスは基本的に平和主義者だが、襲われれば、その限りではない。やられたら、やり返す。それがシグレスの信条だ。




◆◆◆◆




 街に戻り、武器屋に行き、三人衆の武器防具を売り払い、ギルドへと向かう。

 ドアを開け、ギルドホール内に入ると、エミルがシグレスに気づき、ニッコリと笑む。

 シグレスはちょうど空いていた、エミルのカウンターまで行き、ベニゴケの入った袋を渡す。


「シグレスくん、お帰りなさい。依頼はどうでしたか?」


「予想外の収入もありましたし、まあ、いいんですけど、ああいう輩を押し付けないでくださいよ」


「あ、やっぱり気づきましたか?」


「気づくでしょ。普通」


「いや、普通は気づきませんよ? まあ、裏事情言っちゃうと、ギルドは基本、冒険者に干渉しないっていう自由がモットーですからねー。注意してもいいんですけど、やられた冒険者が訴え出てこない限りはしないようにしてるんですよ。だから、じゃあ、痛い目を見させられる人を送っちゃえー、と」


「送っちゃえー、じゃないですよ。つーか、そんなことここで話していいんすか?」


「いいんですよ、【サイレント】使ってますから」


「いつの間に…」


 しかも無詠唱とか。


「さて、肝心のベニゴケはっと………うんうん、状態もいいですし、迷惑もかけたし、報酬には少し色つけときますね」


「そりゃ、良かったです。期待しときます」


「ふふっ、それとも別のことでお礼したほうがいいですか?」


「いえ、お金で結構です」


「むぅ、シグレスくんのいけず」


「ハハッ、じゃあ、今度改めて食事にでも誘わせてもらいますよ」


「ホント!?私張り切っちゃうなー」


「良い店探しときますよ」


 にこにこと笑顔で交わされる会話に周囲の冒険者が殺意を込めためでシグレスを睨む。


「あれ?エミルさん、なんか周囲から殺気感じるんすけど?」


「ああ、だってもう【サイレント】解いてますから」


「え………」


 シグレスの頬を冷や汗が伝う。


「そ、そうですか、じゃあ、俺はそろそろ帰りますね」


「そうなんですか?じゃあ、食事の件楽しみにしてますね」


「はは、任せてくださいよ。じゃあ、俺はこれで」


「はい、また明日」


「お疲れ様です」


 そう言ってギルドホールを出た途端、ダッシュで寮へと帰った。

 後ろから「「「待てぇぇぇぇ、ゴラァァァァ!!!」」」と、複数の野太い男たちの声が聞こえた気がするが、気のせいだ。


 無事、撒けました。




◆◆◆◆




「で、何でテメーが居るんだよ」


「いいじゃない、細かいことは」


 無事、寮への帰還を果たし、門限にも間に合ったシグレスは夕食を摂ろうとしていたのだが、何故かそこにはユナがいた。

 ちなみに今日のメニューはビーフシチュー。肉と野菜の程よいバランスが保たれたスープに、じっくりと煮込まれ、柔らかくなりつつも、それでいながら食感が味わえる具材の数々。悔しいが、本日も寮母は良い仕事をしている。とてもシグレスに腹パンを食らわせた人物とは思えない、料理の出来だ。

 シグレスも趣味で時たま料理を作るが、ここまでの完成度に到れることはそうそうない。なまじ、料理を作れる分、差がはっきりとわかってしまうのだ。


「細かくねえよ。お前寮生じゃねえだろうが」


「クッキーの詰め合わせ持っていったら、『今日の晩ご飯ビーフシチューだけど、ユナちゃん食べる?』って言われたんだもん」


「思いっきり懐柔してんじゃねえか!」


「失礼ね。ちゃんと一食分の代金も払ったわよ」


「そういうことを言ってるんじゃないけどね!」


「じゃあ、どういうことよ。要領を得ない奴ね」


「え?俺が悪いの?」


 まあ、実際、周囲のこの場にいる寮生は特に何も言ってこない。というよりも言えないだろう。ここに住む寮生のほとんどが平民出身の生徒なのだから。ここで公爵家であり、『勇者』の称号を持つユナに物申せる人物がいたら見てみたい限りだ。ユナは全く気にしないだろうが。


 しかもユナのお陰で、貴族といことで敬遠されがちだったのを、涙ぐましい努力を続けて、ようやく一緒に食べるくらいは出来ていた寮生の何人かも気後れして、シグレスから離れたところでほかの生徒と食べていた。

 つまりはポッカリとユナとシグレスの周りに空間が出来てしまっていた。

 ユナもシグレスと同じく平民と貴族の差別意識が薄いやつなのだが、周囲はそう思っていないらしい。いや、正確には思っていても近づけない、と言った方が正しいだろうか。現に、尊敬の眼差しでユナを見ている者がほとんどだ。

 あとは熱っぽい視線をいくつか感じる。その中には女子も含まれている気がするのは気のせいだろう。

 あ、ユナがその視線を向ける女子に気づいた。ユナがそちらへ振り向き、ニコッと笑った。誰かが椅子から転げ落ちる音がしたが、気のせいだろう。関わってたまるか。


「あの子、結構可愛い顔してるわね…」


 という、ユナの発言も気のせいだ。絶対に関わってたまるか。……後でユナの家にでも行こうかな。


「と、アンタの話はどうでもいいのよ」


「俺もそういう気がしてきた」


「いやに物分りがいいわね」


「そうか?気のせいだろ?」


「……覗いたらもぐわよ」


「エ?ナンノコトカサッパリワカラナイナア」


 しばらくユナの家に訪ねるのはやめておこう。


「話が逸れたわね。まあ、ここでする話でもないし、後でアンタの部屋に行くから。そこで話し合いましょう」


 拒否権はないようだ。こいつは本当に勇者なのだろうか。




◆◆◆◆




 しばらくして食べ終わり、ところ変わって、シグレスの部屋。


「それで?話ってのは?つーか、人のベッドに寝転がるな。降りろ」


「うるさいわねえ、お母さんみたいなこと言わないでよ。ちょっと持ちなさい………うん、もういいわ」


「魔法か?」


「うん。【サーチ】で魔導器の有無を確認、【サイレント】で防音ってところね。これで何を話しても、何をしても大丈夫よ。何をしても、ね!」


「はいはい、すごいすごい」


「……………」


 あれ?ユナが不機嫌な顔になっている。てっきり自慢しているものと思って褒めたのだが。棒読みなのがいけなかっただろうか。

 まあ、無詠唱+短時間というのは王宮魔術師クラスかもしれないが。


「……ま、アンタはそういう奴よね」


 何故か残念な奴を見るような目で見られた。


「本題に入るけど、この話聞いたら、拒否権ないから」


「あ、俺ちょっとお花摘みに…」


「【バインド】」


「ちょっ、おまっ、俺は嫌だぞ!どうせ、国王のオッサンからの厄介事だろ!あの人の頼みはロクなことじゃねえんだ!」


 不可視の力で縛られ、その場で動けなくなるシグレス。本気でやれば、外せないこともないが、部屋がめちゃくちゃになる可能性があるので、というよりなるので、できない。


「あくまでも依頼されたのは私よ。ただ、『お前さんが巻き込んでいいと思う奴なら、あと一人いいぜ。まあ、アイツが渋ったら、適当な理由でっち上げて財産没収するぞって言っとけ』て言われただけよ」


「言ってんじゃん!もう、『アイツ』って言ってんじゃん!断定してんじゃん!つーか、お前も何で俺を巻き込むかなあ!」


「万一にでも失敗する確率は少しでも減らしておきたいのよ」


「ここで正論!?」


 そこで、ユナの目つきが真剣味を帯びているのに気づく。つまり、これはそれほどまでに重要な案件なのだろう。少なくともユナにとって。だったら、付き合う以外に選択肢はない。


「はぁ、依頼内容は?」


「いいの?拒否権なくなるわよ?」


「いいも何も俺が嫌がってもやらせるつもりだったんだろ?」


「うん」


「あ、そこは即答なんだ…」


 できれば、もう少し引き伸ばして欲しかった。


「んじゃ、言うけど、依頼内容は『第二王女エリシア=シルゼヴィアの護衛』よ」


「なっ!それマジで言ってんのか!?」


 王族の護衛。それにはもちろんのこと専用の部隊がいる。にも関わらず、シグレスたちへと護衛依頼するということは、


「隠さなきゃいけねえ理由は何だ?」


「うんうん、まあ、気付くよね。ま、簡単に言えばサプライズ。王女殿下、ここに転校してくるのよ」


「おいおい、マジかよ。そりゃ、不味くねえか?」


「そうね。私は『勇者』だし、何だかんだで所詮、一貴族だからいいんだけどね。ま、王族は別だからね」


 いくらシルゼヴィア王国が貴族と平民との差別が激しくないといっても、あくまで激しくないだけで残ってはいるのだ。だからこそいまだに平民に対して、根強い反感を持つ貴族がいる。しかも、それは決して少なくない。

 そこに手を出すのはいくら圧倒的な支持を得ている現国王だとしても、一種の賭けだ。下手を打てば、それこそクーデターの危険性も十二分にある。


「だからこそ、親友の私がいるシルゼヴィア学園に王女殿下を入学させようって話になったのよ」


 緩衝材としての『勇者』。それが今回のユナの役回りなのだろう。しかし、


(理由としては厳しいな………)


 あの国王のことだ。他にも狙いがあるのだろうが、情報不足だ。推測しかできない。しかし、シグレスには最初から拒否権など、ユナがいる時点で与えられてはいないのだ。だったら、あらゆる事態を想定して、準備しておかなければならないだろう。

 ひっかかる何かを抱えながら、シグレスは依頼を了承する他になかった。


 その日はその依頼について詳細を聞いて、一日を終えた。

 そして、最後までユナはベッドから降りなかった。翌日、少し寝不足だったのは気のせいだと思いたい。





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