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学園 其の二






 この世界の魔法にはやはりというかベタというか、詠唱を必要とする。

 面倒なことに、詠唱一つでかなりの時間がかかるものもあるし、一度言葉を間違えてしまえば、一からやり直しなんてことになる。

 そのため、魔法使いの基本的な戦闘スタンスは他の誰かと協力して戦う、というものがほとんどだ。

 中には、某金髪や某銀髪のような魔法剣士もいることにはいるが、戦闘で使いものになる魔法を行使するとなると、魔法に絞って学ぶのがセオリーだ。

 それに加え、無詠唱や詠唱短縮なんてものもあるらしいが、使えるとなると、魔法の才能に秀でている者だけだ。まあ、某金髪や某銀髪は上級魔法さえも無詠唱でポンポン使えたりするが。

 初めて見せられた時には中級魔法が使えたばかりで、喜んでいるところに水を差され、本気で泣きそうになった。というか、少し泣いた。

 せいぜい、シグレスは下級の回復魔法を詠唱短縮するくらいしかできない。本人たち曰く、


「詠唱の時と同じ魔力の流れを作ればいいんですよ」


「こう、なんていうか、その魔法を使いたいなーっていうふうに魔力を流すのよ」


 前者の某銀髪はともかく、後者の某金髪に至ってはわけがわからなかった。というか、それができたら苦労しない。

 そんなことを考えつつ、本日新たに覚えた回復魔法を詠唱する。


「我が身に宿りし、大いなる力よ、彼の者に癒しと安らぎを与えたまえ。【カンフォテーブ】」


 その言葉とともに、淡い緑色の魔力がシグレスを包み込み、疲労を回復していく。


「おお…、めっちゃ役に立つじゃねえか」


 皆も少し驚いた顔をして教えた妙齢の女教師の顔を見る。

 その顔に教師は満足そうな顔をして、


「ふふ、驚きましたか?今まで教えてきたのは、あくまで怪我を回復するための魔法ですからね。こういう疲労回復系の魔法はあまり重視されないものですから。この魔法だって、ギリギリ中級と認めてもらえた回復魔法なんですよ」


 そう言って、シグレスの方をニッコリと微笑む教師。思わず、涙が出そうになった。

 恐らく、疲れていたシグレスを慮って、この魔法を教えてくれたのだろう。本当に回復魔法やってて良かった。


「でも、この魔法は一日に二、三回が限度でしょうね。それ以降はたいして効かなくなっちゃいます。あまり、回復魔法を過信しすぎちゃダメですよ?」


 と、しっかり釘も刺された。

 この教師には上級に上がったあとにもお世話になりたいものだ。

 と、感動しているところで、チャイムが鳴り、非常に有意義な時間が終わりを告げた。




◆◆◆◆




 さあ、やってまいりました。上級剣術のお時間です。本日も晴れ渡る空の下で、元気よく汗を流しましょう。

 でも、シグレスお兄さんは今凄まじく帰りたかったりします。え?唯一の特技なのに何故かって?それは―


「さあ、シグレスやるわよ!」


「だが、断る」


 いや、別にユナと訓練するのが嫌なわけではないのだ。ただ、注目されるのが嫌なだけだ。

 そう、だから別に、訓練なのに何でガチで剣の試合しようとしてんの?とか、この前、本気出さないからって、大人気なく無詠唱で魔法を飛ばしてきたからやりたくないとかそういうことじゃない。


「じゃあ、先輩、私とやりますか?」


「だが、断る」


 別にサミュエルと訓練するのが嫌なわけじゃない。コイツが学園に来た当初、魔王の娘だとか知らずに、パッと見インドア派だと思ったら、バリバリ剣強くて、思わず本気出しちゃって、剣で負かしちゃって以来、目をつけられ、事あるごとにに勝負を持ちかけられるのが面倒だとかそういうわけではないのだ。

 そう、だからコイツも本気出さないとユナと同等クラスの負けず嫌い発揮して、無詠唱ぶっ込んで来るのが嫌なわけじゃない。


「「「「「「「…………………」」」」」」」


 何よりも、ほかの男どもからの(クロウ除く)強烈なまでの殺意にビビってるわけではないのだ。そう、否、断じて否、だ。

 剣士たるものいつも冷静に振舞わなくてどうする?いや、どうしようもない。


「何!?私の何が不満なわけ!?」


 倦怠期のカップルみたいなことほざいてんじゃねえ。


「そうですよ!こんな実力者と殺れるんですよ!?わかってます!?」


 おい、今、字が違ったろうが。


「「「「「「「…………………」」」」」」」


 だから、そこの男子も殺意の篭った目で見るのやめてください。つーか、そこの男子に至っては何で黒髪の生えた藁人形木に打ち付けてんの?

 そして、いつの間にやら、二人は別のことで口論になっていた。


「は?何言ってるんですか?金髪クソビッチさん。先輩は私との予定があるのでお引き取りください」


「いや、あんたこそ何言ってんの?銀髪ネクラ女さん。ついに、頭いかれちゃった?断るって言葉聞き取れなかったんですか?」


 まただ。また始まった。

 二人は何故か致命的なまでに仲が悪い。サミュエルは敵対する勇者だからわかるとして、ユナはサミュエルが魔王の娘であることを知らないはずだ。

 それなのに何故かと聞いてみれば、二人とも異口同音に同じことを言った。曰く、


「生理的にムリ」


 もうどうしようもないので、諦めている。

 そして、その間にも、


「んだと、コラァ!」


「やんのか、アアン!?」


 およそ、年頃の乙女とは思えない声で互いにメンチを切りあっていた。


「おい、やめろ。年頃の娘がそんな言葉を吐くんじゃありません」


 流石にまずいと思って、止めようと試みるも、


「シグレス(先輩)は黙ってろ!」


 何故か、罵倒された。しかし、それがまた別の何かに火をつけたらしく、


「ロクデナシの分際で私の決闘に口出すな!」


「変態の先輩は黙っててくれます?今、立て込んでるんで」


「女たらし!」

「チキン!」

「童貞!」

「ゴミ虫!」

「バカ!」

「アホ!」

「マヌケ!」

「スカタン!」


 あれ?なんでだろうか?涙出てきた。


「おい、待て。何で俺への罵倒合戦になってんの?そろそろ泣くよ?割とガチで。あと、俺童貞じゃねえし!」


 ピタッ。

 その言葉を口にした瞬間二人の口撃が止んだ。


「え?シグレス、今なんて?」


「『童貞じゃない』って言いました?」


「は?ああ、言ったけど?」


 前世での話だが。


「あ、アハハ。もー、シグレスったら、じょ、冗談がうまいなー」


「そ、そうですよ。先輩を相手にする、じょ、女子なんているわけないじゃないですかー」


 ジョ〇ョうるせえ。


「本当にお前ら失礼だな。本当に泣くよ?つーか、嘘じゃねえし。んな嘘ついたって、自分が虚しくなるだけだろうが」


「「……………………」」


 急に黙り込む二人を訝しげに見るシグレス。思わず、その顔を覗き込み、すぐさま後悔した。


「ヒッ」


 思わず、情けない声が出る。修羅だ。修羅がそこにいた。

 すると、二人はゆっくりと顔を上げる。そして、ユナが、


「……相手は?」


 と、口にした。何故か二人になった魔王に恐れおののきながら、


「あ、相手?な、何でお前らに言わにゃならんのだ」


 精一杯の虚勢を張ってそう答える。声が震えているのは気のせいだ。


「そう、ですか…じゃあ、力尽くで聞き出してあげます」


「へ?」


 言っている意味が一瞬理解できなかった。それに、ふたりは口を揃え、


「「力尽くで聞き出してやるっつってんだよ。このヒモ野郎がぁ!!!」」

「い、いやぁぁぁぁぁぁ!」


 地獄が始まった。




◆◆◆◆




 息が切れ、筋肉は悲鳴をあげる。隣で起こる小爆発を紙一重で避ける。

 そして後ろには―


「「待てぇぇぇぇ、ゴルラァァァァ!!!!」」


 何故か二人に増えた魔王が、シグレスを追いかけてきていた。


「うおお!?今、剣術の授業だろうが!! 何、魔法使っとんじゃ、ボケェェェ!! つーか、先生も止めろよ!!」


「さぁ、二人一組で組めよ~。授業始めるぞ~」


「シカトォォォ!? 生徒が死にかけてるんですけどぉぉぉ!?」


「ハッハッハ、大丈夫だシグレス。訓練用の剣だから死ぬことはないだろうよ。…多分」


「オィィィ!! 今、何か不穏な単語聞こえたんですけどぉぉぉ!? 何だよ多分って!! 仕事しろよ、給料泥棒!!」


 頼みの綱である授業担当の教師にも見捨てられたシグレスは涙目だった。その間にもユナとサミュエルは攻撃の手を緩めない。


「フッ!」


 鋭い呼気とともに、サミュエルが訓練用の細剣(レイピア)をシグレスに突き出す。その相変わらずの凄まじいまでのスピードに舌を巻きつつ、横にステップするが、避けきれず、地面に手をつき、片腕のみで側転し、距離をとる。


「ハァッ!」


 しかし、着地したところでユナが間髪入れずに、幅広の(ブロードソード)をシグレスに向かって、袈裟懸けに斬り下ろす。

 息ピッタリの連携に、何で勇者と魔王が、と思いつつ、無理矢理身をひねって躱す。


(痛ぅっ…!)


 無理な体勢からのさらに無理な避け方に、体が悲鳴をあげていたが、サミュエルもユナもそこで容赦してくれるほど甘くはない。

 再び、サミュエルの突き出してくるレイピアを次は後ろに跳び、避ける。これは本来、やってはいけない避け方だ。

 何よりも突き技に対し、後ろに跳ぶことで避けること自体が判断ミスだし、スピードのあるレイピアに対してそれを行うのは、愚の骨頂だ。

 だからシグレスは『裏技』を使った。


「え?」


 サミュエルから間の抜けた声が出る。何故かレイピアがシグレスの体にギリギリ届かず、伸びきり、止まっていたからだ。

 サミュエルは長年レイピアを使ってきた。自分の体の一部のようにそれを扱える。今更、射程距離を間違う初歩的なミスは犯さない。それなのにそんなミスが起こった。

 いや、違う。起こさせたのだ。目の前にいる男が。シグレス=ソルホートが。




◆◆◆◆




 シグレスは魔法の才能があまりなかった。だからこそ使える魔法を二つに絞った。そのうち一つが回復魔法。そして、もう一つが『雷魔法』だった。

 魔法の才能がないとわかった時、シグレスは何かしら自分の戦闘スタイルを補助するものはないかと考えた。そして、最初に思いついたのが、ファンタジーではありがちな『身体強化魔法』だったのだが、この世界には『身体強化魔法』というのは存在しない。だからこそ戦士たちは体を鍛えることで、魔物や他種族と張り合ってきた。

 なので、シグレスは考えた。ないなら、作ってしまうか?とも思ったが、それほどの才能があるわけでもないので、あるものを活かす方に考えを変えた。

 その結果が雷魔法だった。そう、バトル漫画よろしく、自分の体に電気を打ち込み、反応速度を引き上げたのだ。


 通常、本来の雷魔法の用途は攻撃魔法や防御魔法に分類されるもので、間違ってもシグレスのように自分の体に打ち込もうなどと考える者は皆無だった。

 シグレスが転生者で、前世でそんな技を使うバトル漫画があったな、と思い出さなければ思いつきもしないだろう。

 結果、上手くはいったが、その代わりに、長時間使えば高い代償を払うことになった。

 だからこそ、相手の目をごまかす意味も含め、ほとんど代償を払わずに済む、一瞬のみしか使わないことにしている。

 炎でのジェット噴射的なものも考えたのだが、なんか雷魔法の方が格好良かったので、結局そちらにした。




◆◆◆◆




 驚くサミュエルに内心ほくそ笑みつつ、距離をとるシグレス。ユナもシグレスのやった『何か』が引っかかっているのか、もう、攻撃してくる様子はないようだった。

 他のクラスメートたちは唐突に終わった公開処刑に怪訝な顔をしつつも、男子たちはシグレスがボコボコにされなかったことに対し、


「「「「「「「チッ」」」」」」」


 と、舌打ちするにとどまった。その様子を冷たい目で見ている女子たちに気づくのは、もう少し後の方だろう。

 そうこうしている内に、授業終了を知らせるベルが鳴った。




◆◆◆◆




 幸いにも、ユナたちはその後は特に突っかかってくるでもなく、あの出来事を考えているようだった。

 そうして、その後の授業はつつがなく進んでいった。


 そして、放課後。

 とっとと、逃げて、バイトで小金を稼ごうかなどと考え、実行しようとしたのだが、


「先輩、放課後は、わかってますよね」


 と、サミュエルに言われ、渋々今日も予定通りの行動を行うことにした。


「あの野郎、ユナ様だけでなく、サミュエルちゃんと放課後デートかよッ……」


「いつか、殺すッ…!」


「魔王にあって、死ねばいいのに……」


「いや、むしろ、スライムに溶かされろ」


 隣の芝生は青く見えがちというが、その通りなのだなあと思いつつ、廊下の男どもの話を聞き流す。つーか、魔王ならあなた方の目の前にいるんですがね。

 放課後デートならどんなに良かったことだろう。しかし、悲しいかな、これから行うのは色気もへったくれもない、ただの訓練だ。


「先輩が本気を見せれば、あの方たちも黙るんじゃないですか?」


「断る。目立ちたくない」


「もう、十分目立ってますけどね」


「うるせえ、半分以上、お前とユナのせいだろ」


「あの、金髪ビッチはそこらへんの男に腰振ってるから、仕方ないとして、私は知りませんよ」


「お前ら仲が悪いのに、剣術の時には息ぴったりだったな。実は仲いいのか?」


「私が合わせてあげたんです。金髪ビッチは男か筋肉のことしか考えてないのに、頭のいい私と合わせられるわけないじゃないですか」


「誰が男と筋肉のことしか考えてないって?」


 後ろからの声に振り向けば、ユナが立っていた。また、面倒そうなことになり、シグレスは疲れたように溜息をついた。


「おや、誰かと思えば、金髪ビッチじゃないですか。道理で耳が腐りかけたわけです」


「相も変わらず、ネクラな発言ね。いっそのことジメジメしたとこで、ナメクジと暮らせば? きっとお似合いよ? 銀髪ネクラ女さん」


「調子にのんなよ、メス豚ァ!」


「んだと、ゴラァ、ナメクジ女ァ!」


 学園は今日も平和だった。




 バトル成分はもうちょい先です

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