トラップ
活動報告ではもっと後と言ったな。あれは嘘だ。
本当に申し訳ない…
「んで、お前の言う通り来たわけだけど、何で来たの?」
やって来ました、サミュエル邸!とでも言った方がいいのだろうか。そんな無駄なことを考えつつも、どうにも、ユナの意図が掴めず、目的を問うシグレス。
「言ったでしょうが。私とあの女は表裏一体の『勇者』と『魔王』。今はどっちもまだ卵だけど。凄く癪に障るけど、何となく分かるのよ。考え方とかそういったものがね」
「そういうもんかねぇ…」
そこまで言ってはた、と気づく。
「ん?少し待とうか。さっきから大分諦めてるけど、エリシア殿下ってどこまでユナにサミュエルのこと喋ったんだ?」
「多分、私が知ってることはほとんど話したかと」
「ああ、そう…いや、別に良いけどさ…」
今更かもしれないが、『魔王』の血族とまで言って良かったのだろうか。エリシアの反応を見る限り、もう気にしたら負けな気がするが。
「心配しなくても、ユナは正しく『勇者』だと私は思ってますから、言葉一つで判断なんてしませんよ。気に食わないというのはあるでしょうけど」
「んなことは分かってるよ。ただ機密に関してお前さんたち緩すぎしゃね?」
呆れた口調でシグレスがエリシアの言葉にそう返す。そもそも木っ端貴族の自分に知られてどうする、という言葉は今は置いておく。
「これでも人は選んでますよ?仮にユナやシグレス様が裏切ったら、それは私が所詮それまでの女だったというだけです。気にする程のことではありませんよ」
何でもないようにそう答えるエリシアにシグレスは何と言っていいか分からず、ただ一言、
「そっか」
と返すだけだけに留める。
(王族の義務って奴かね……)
内心、そんなエリシアの言葉にシグレスはどこか彼女に対して、複雑な感情を抱く。この国の王族は誰も彼も、呆れてしまうほどにこんなことを平然と言う。立派なのだろう。確かに立派なのだろうが、何か心の中で引っ掛かってしまう。エリシアに対して不敬罪で処刑されてしまうような暴言を吐いた日の夜のように。
そんな思いを今は振り払う。今やるべきことは別にある。そう思い直し、シグレスたちはサミュエル邸へと入っていった。
「で?どうすりゃいいんだ?」
「良いからついてきなさい。エリシア、銀髪ネクラの私室は?」
「ああ、それならこっちですよ」
「…………」
再度思う。気にしたら負けなのだろうが、何故エリシアはまるで勝手知ったるが家のごとく、サミュエル邸を迷いなく歩いて行けるのだろうか。
付き合いの長いはずのシグレスだってほんの数回しか入ったことがないにも拘らず。私室に至っては一度もないのだが。
二人はシグレスが思う以上にきっと親密だったのだと思っておくことにした。
そして、ユナに言われるままにサミュエルの私室の前まで到着。
「今更だけど、俺が入って良いのか?」
「さあ?私はサミュエル様じゃないので。自己責任でお願いしますね」
「……」
シグレスの言葉にそう返すエリシア。ここでキレなかったのは褒められてもいいと思う。
「あの銀髪ネクラのプライバシーなんざ知ったこっちゃないわよ」
「……」
サミュエルは流石に怒っていいと思う。まあ、ユナに関しては、シグレスのプライバシーもあってないようなものなので何とも言えないが。
「はあ、もうここまで来たんだ今更だ。手掛かりがあるなら、それに賭ける。何か言われたら、そん時はそん時だ」
「そんなこと言って良いんですか?じゃあ、シグレス様がサミュエル様の下着を漁ってたって言っときますね」
「表出ろ!!この腐れ王女!!」
シグレスは我慢した方だと思う。
「さて、話を戻すが」
「下着を漁ってた話ですか?」
「話を、戻しますが!!」
何で過去形なのかだとか言いたいことは色々あるが、今はスルーする。というか、この王女は話の重大性を分かっているのだろうか。いや、きっと分かっててやっているのだろう。尚のこと性質が悪い。
「シグレス様、そこまで大きな声を出さずとも聞こえています。もう少し声を落としてはいかがですか?」
「誰のせいだと思ってやがる。コノヤロー」
「うっさいわねー。いつまでもグチグチ言ってんじゃないわよ。エリーもこっちに集中。そこの木っ端貴族を上下関係使っていじるのは後でいくらでもできるでしょ」
「………」
シグレスの眼はその瞬間から完全に死んでいた。
「んじゃ、行くわよ」
ユナはそう言って、サミュエルの私室の扉に手をかけ、開ける。
「やはり、前に来た時と特に変わった様子はありませんが…」
中をぐるりと見回したエリシアが呟く。
シグレスも同じく見回してみる。仮にも生意気でムカつく後輩とはいえ、女性の私室。どことなく据わりが悪い。上手く言えないが、アウェイな気がする。
内装としては実家の妹の部屋と似たり寄ったりと言ったところか。こちらの方がどことなく質素な気もするが。それに、部屋のサイズは大して変わらない。
目につくものと言えば、天蓋付きのベッド、まあ、貴族だと珍しくもないが。それに、化粧台と寝る前のお茶用に使うであろう小さいサイズのテーブル。それに、あれは勉強用のデスクだろうか。そこそこ大きい本棚もあり、こういうところは勤勉な性格が出ている。あとは、あまり触れたくないが、衣装箪笥。あえて女の子らしいものを挙げるとすれば、やはりというか、ベタというか、ベッドには一緒にぬいぐるみがいくつか転がっていた。
また、『魔王』という性質がそうさせるのか、全体的に黒を好んで使っているようだ。ただ、それもしつこくなく、どことなく気品を感じさせるような意匠が凝らされている。ベッドの天蓋に使われているフリル一つっとっても、オーダーメイドなのだろうか、ずいぶんと細かいデザインだ。金額はあまり想像したくない。
元が庶民なこともあって、高級品を見ると、思わず値段を想像してしまう。別に悪い癖ではないのだろうが、金に拘るのも何か意地汚い気がする。物凄く今更なのだが。というか、金稼ぎを目的としている自分が言っていいことではないのだが。
「まあ、確かに、別段おかしなところもない部屋だろ。何か全体的に黒っぽいって感じくらいだな。魔王だからか?」
「別に私の部屋が真っ白なわけでもないから、関係ないでしょ。ただの好みの問題じゃないの?」
「いや、お前、結構白好きじゃん。もしかして無意識に選んでんのか?」
「言われてみればそんな気もするけど…ま、そんなことより私の勘じゃ、ここだと思うのよね。ちょっと、手分けして探してみない?」
という、ユナの一言で三人はそれぞれバラバラに探し始める。シグレスは本棚を、ユナはベッドを、エリシアは衣装箪笥を。
本の分類を見るに、物語が少しと、他は学術書やら、辞書やらがほとんどだった。本当に勉強するための本棚だ。シグレスと真逆とも言える。シグレスはほとんどが物語やら、この国の神話とかそういう関係のものばかりで、創作物が主だ。学術書もあることはあるが、しかもそのほとんどが、興味のあることに関してしか詳しく調べようとしないので、歴史、経済、料理本という、かなり偏った内容だ。
(特に変わったところはなし、か)
映画みたいに、隠し扉や、隠し空間といったもののためのスイッチがないかどうかも探したが、見当たらない。一応、今は本をパラパラとめくって、何か間に挟んでいたりしないかとも思ったのだが、それらしきものは見当たらない。ここは違うのか、と思ったところで、エリシアが思いついたように呟く。
「ああ、成程。そういうことでしたか。これは確かにユナの勘通りかもしれませんね」
「ん?エリー何か見つけた?」
「ええ、まあ、見つけたというか、気付いたというか…」
「どういうこった?」
エリシアの言葉に首を傾げる。どうにも要領を得ない言い方だ。
「まあ、百聞は一見に如かず、でしたっけ?そういう格言が東の国ではあるようです。とにかくそういうことなので、シグレス様、こちらへ」
「は?いや、何か嫌な予感しかしないんだけど…」
「大丈夫ですよ。私は何もしないので」
「それならいいけど…」
と、内心では恐る恐るといった様子で近付いていく。
「気にしなくてもいいですよ。この引き出し、見てみてください」
「ええー物凄く嫌なんだけど。下着が入ってるとかいうオチじゃねえだろうな?」
「例えそうであっても、私はサミュエル様に言いませんよ」
「何か引っかかるが、まあ、いいや…」
明らかに何か企んでいるだろうが、まあ、この王女の考えることが全て分かるはずもない。頭の出来がそもそも違う。なので、諦めて箪笥の引き出しに触れ、引くと同時に、
ドゴォッ!!
「グエッ!」
引き出しが凄まじい勢いで飛び出してきた。シグレスが勢いよく吹き飛ばされて、壁に叩きつけられるほどに。訳が分からなかった。腹と背中と頭を強かに打ち付けたせいですげー痛い。
「ク、ククク……」
気付けば、エリシアが必死に笑いをこらえていた。シグレスは今すぐにでも文句を言ってやりたいところだったが、冗談抜きで、凄まじく痛くて声が出なかった。
「ク、シグレス、アンタ、あはは!何やってんのよ!ぷ、あははは!」
どこぞの金髪野郎はシグレスの眼もはばからず、爆笑していたが。軽く殺意が湧いた。
「く、おや、ぷ、何か、くく、出てきましたね。くくく…」
「この、腐れ王女ぉ…」
「失敬な。私は何もしてませんよ?シグレス様が勝手に引っかかったんじゃないですか」
「ふざけんな、マジで…」
それだけ言うのが精一杯だった。シグレスが痛みと戦っていると、何か出てきたらしく、ユナとエリシアはシグレスの心配をすることなく、そちらのほうへと意識を向ける。シグレスが涙したのは言うまでもない。
「これは…」
「手紙、のようですね」
「ていうか、エリー、何で前に来た時分からなかったの?これなら分かりそうなもんだけど」
「どうも、シグレス様が来ることが発動の鍵だったようですね。まあ、変だと気付いたのは、それだけではありませんでしたが」
「どういうこと?」
「まあ、強いて言うなら違和感、ですかね?ここに衣装箪笥って、少しおかしくありません?」
「は?それってどういう……ああ、そういうことね」
「そういうことです」
これは、シグレスが後で聞かされたことだが、ある程度のレベルである貴族全員に言えることであり、聞かされてシグレスもそういえばとなったくらいに常識なのだが、そもそも衣装『部屋』としてあるのが普通なのだ。私室で着替えるのも珍しいことではないが、貴族というのはそもそも見栄っ張りなので、ドレスの数も必然的に多くなる。まあ、シグレスはあまりいらないと言って、そこまで多くはないが。
ついでに言えば、貧乏な貴族とそう変わらない数だ。妹はたくさん持っているが。シグレスの家は貧乏なわけではないのだ。
「ちなみに、シグレスが鍵だったってのは?どういう意味?」
「珍しい型の魔法具ですね。ある特定の魔法の波長を登録して、それを感知した途端、発動する。面白いですね。私が気付けなかったのも納得です」
「俺は面白くねーぞ」
「あら、シグレス様、もういいのですか?」
「いいわけねーだろ。まだずきずきするっての。んで?肝心の手紙の内容は?」
「そうですね。開けてみましょうか」
その言葉と共に手紙を開く。
一枚の便箋。それが手掛かりとなると信じて。