身バレ
「で、肝心の情報だがね。厄介な結果だと言わざるを得ないね」
「厄介な結果?」
「ああ、全くもって、厄介な結果だよ。あくまで状況から『視た』予想だけど、どうにも、彼女は自らの意思で転送球によって運ばれたようだね。まあ、そこはまだいい。厄介なのはこれからだ」
「続けてくれ」
自らの意思でというのはまあ、シグレスも予想していたことだ。仮にも魔族。しかも、魔王の血族だ。不意を突かれてというのも考えられることではあるが、それ相応の実力が必要なはず。それに、あまりにもリスクが大きすぎる。まあ、知らない場合もあるだろうが、Sランク以上の冒険者はこちらに来ていないのは、リーネスから聞いている。可能性としてはごく低いものとみていいだろう。
「私が視たのはサミュエル嬢ともう一人の人影。そして、移動した場所。問題はそのもう一人の人影の正体と向かった場所なんだがね」
「勿体つけずに言えよ。長い」
「やれやれ、こういう時はこうするのがお約束だろう?若旦那はせっかちだねえ。早漏かい?」
「何でどいつもこいつも下ネタ挟み込まないと気がすまないんだよ!!どれだけ人を早漏にすれば気が済むんだ!!」
「おお、ここまで取り乱すとは…。若旦那、どうどう」
マジでそろそろ泣くぞ。何で自分の周りはこういう女性しか集まらないのだろうか。しかも、どいつもこいつも人のことを早漏呼ばわりするし。
「すー、はー……ふう、取り敢えずその人影の正体と、向かった場所を教えろ」
「了解したよ。まずはその人影の正体から、まあ、言ってしまえば、高位魔族だよ。かなりの力を持ったね。名前くらいは聞いたことがあるかな?『十二魔将』が一人、キリウス=マルバス。そして、向かった場所は『魔国』だよ」
それは、シグレスの予想している中でもかなり厄介な部類だった。
次の日の朝。
シグレスは困り果てていた。相手が十二魔将ともなれば、強さ的にどんなに弱いと仮定しても、冒険者のSSランクと同等の実力者と考えていいだろう。下手をすれば、SSSランククラスの実力者とやりあうことになるのだ。正直、心情的にはゴメン被りたい。
それはまあ、まだ良いとして、いや、本当は良くないが、良いと仮定して、最大の問題はそこではない。
その十二魔将という高位の政治的立場自体が問題なのだ。こうなると、ここでシグレスが考えなしに介入すれば、シグレス一人の問題ではなくなり、高度な政治問題にまで発展してくる。そうなれば最悪、再び魔族との戦争にまで発展する可能性まで出てきてしまう。
つまりは、ここでサミュエルのためだとか言って、自らの都合だけで乗り込めば、逆に彼女に迷惑をかけることになる。迂闊に手が出せない状況だということになってしまったのだ。
「どうすりゃいいんだか…」
思わず疲れた声でそう呟く。
あれから、情報の子細をリーネスから聞いたシグレスは疲れたまま寮へと戻り、その体をベッドに投げ出した。それから眠りこけ、朝になると、いつも通りユナに叩き起こされ、訓練へ。
今現在、訓練場へと向かっている最中だ。ユナの後姿を目に捉えながらも、その実、全く焦点が合っていなかった。もう一人の情報源である腹黒王女もとい、エリシアが何かしら状況を好転させるだけのものを持ち込んでくるのを期待するしかなさそうだ。朝というか、今現在その姿を見せていないので、話は学校についてからなのかもしれない。そんなことを考えている内に、訓練場所へと到着。
それと同時にユナがくるりとこちらに向かって身を翻す。ただ、いつものように好戦的な様子はなく、どこか不快そうな表情をこちらに向けていた。そして、
「何か萎えたわ」
「は?」
「アンタ、ずっと上の空だし。訓練場に来たら、それもなくなるかもと思ったけど、そんな様子もないし。いやでも萎えるっつーの」
「……」
「大方、あの銀髪ネクラのことでしょ?もしかして、自分の国にでも帰った?」
「………」
マジでこいつの勘は恐ろしい。ほとんど言っていることが的を射ているのだから手に負えない。
「まあ、魔族のアイツとじゃ、所詮そこまでの仲だったのかしらね…」
「……へ?」
思わず、その微妙につまらなそうなニュアンスを含んだ言葉に同意しかけた。
「何意外そうな顔してんの?普通気付くでしょ。私勇者だし、そういうのには人一番敏感だし」
「何のことかさっぱり何だけど?サミュエルが魔族?馬鹿言っちゃいけねえよ」
こいつは本当に人間なのだろうか。というか、もはや勘とかいうレベルではない。千里眼クラスだろ。つーか、普通は気付かねえよ、タコ。思わずシグレスは心の中で罵倒してしまうほどに動揺した。いや、心の中で罵倒するのはいつものことだが。
「…何か不穏な視線を感じるけど、まあいいわ。ていうか、むしろ気付いてないと思ったわけ?アンタ勇者舐めすぎじゃない?」
「だから、何の事言ってるかさっぱり——」
「ああ、もう、機密なのはわかるけど、エリシアにも裏付けとってんだから」
何やってんだ!あの腹黒女狐は!!!と、思わず叫びだしそうになったが、まだエリシア自身が本当に言ったかの証拠はない。信用するわけには——
「あ、ちょうどあの子も来たし、本人に聞いてみれば?」
うん、何かどうでもよくなってきた。
「何で言っちゃんてんの!?もしかして、馬鹿か!?馬鹿なのか!?それと、何、あの金髪野郎の勘の良さ!!もう人間じゃねえだろ!!直感スキル標準装備ってか!?」
叫ばずにはいられなかった。エリシア自身から裏付けをとった結果、「ゲロっちゃいました♥」と言われた暁には軽く殺意が湧いた。ちなみにハネットはいつも通りエリシアの傍で控えていた。相も変わらず仕事熱心な人だ。
「まあ、落ち着いてください、シグレス様。あんまり無礼なこと言うと、シグレス様に私が乱暴されたとあることないこと噂で流しますよ?」
「ねーよ!!一ミクロンもそんな事実ねえよ!何少しはあるみたいなことにしてんだよ!!何気に恐ろしいこと言ってんじゃねえ!!社会的に殺す気か!?」
「大丈夫ですよ。その時は合意の上でやったとして、きちんと婚約者にしますから」
「何が大丈夫なの!?それ少しも解決になってないよね!?最近、シリアスになったと思った途端これだよ!!何なの!?ホント、何なの!?」
何か自分は前の世界で罪を犯したのだろうか。そう深く考えさせられるくらいに最近のシグレスの扱いは雑な気がする。
「うるさいわねえ…。あと、エリシアもそんな自分を捨てるような真似しちゃダメよ。どうせコイツは権力に逆らえない木っ端貴族なんだし。最悪、権力振りかざせば何とかなるわ」
「おいそこ!確かにお前は公爵家でそこの腹黒女狐は王女で、俺は一介の貴族だけども!言い方くらい気を遣えよ!」
「シグレス様、誰が腹黒女狐なんですか?返答次第では本当に先程の噂を流しますよ?」
「ははっ、王女殿下は何をおっしゃっているのやら。腹黒女狐なんて少なくとも私の目の前にはおりませんなあ。全くもって心当たりがありませんなあ。というかそもそも誰だ!腹黒女狐なんて言った奴は!成敗してくれる!!」
「アンタって簡単な奴よね…」
ユナが呆れた目つきでこちらをに目を向けるが、素知らぬふりをする。悪かったな。所詮木っ端貴族だよ。シグレスの答えに満足したのかエリシアは再び、
「まあ、それはともかく、ユナにもバレてしまったので、ユナにもこの件、協力してもらうことになりました」
「バレたっつーか、ばらしたっつーか。いや、まあいいや、そこは今は考えないとして問題はそのサミュエルのことだ。そっちは何か進展あったのか?」
「いえ、残念ながら、サミュエル様が滞在してた場所には何も残されておりませんでした。シグレス様の方は?」
「あいつの行った場所、共に行動していたであろう人物の確実な情報が手に入った。結果は…芳しくないが」
「そう、ですか……それではやはり」
「ああ。こっちから手を出すのは厳しいとしか言わざるを得ねえ」
「「…………」」
その場を沈黙が支配する。エリシアとシグレスの間に暗い雰囲気が漂う。しかしそこに、
「ふーん、で、他には?」
「他、ってなんだよ」
「だから、その連れてった奴の実力とかはどうなの?強いわけ?」
「端的に言うと、十二魔将だ」
「ふうん、それなら、最低でもSSランクくらいってとこかしら?」
「そうなるな。っておい、まさか戦う気とか言わねえよな?」
「必要があるなら、勝つ算段くらいつけとかなきゃダメでしょ」
「必要って……」
ユナの口調ではまるで戦うことがあるみたいではないか。今のユナは何を考えているのかさっぱりわからない。肝心の本人はと言うと、シグレスの怪訝そうな顔に気付き、
「その疑わしいって目やめなさいよ。ま、どちらにせよ行ってみればわかるでしょ」
「は?どこに?」
「アイツの住んでた所。今すぐ案内しなさい」
「はあ?お前聞いてなかったのか?そりゃ、さっき王女殿下が調べたっつってんだろ?性格はともかく、腕は確かだろ?」
「性格ってどういう意味ですか。シグレス様?場合によっては…」
「ハハッ。勿論、王女殿下のような純粋無垢な性格に似合わず、その手腕はさながら熟練したものだと言いたかっただけですよ」
エリシアの言葉に対し、例のごとく即座に先程までの言葉を翻す、シグレスに呆れた視線向けつつ、ユナは口を開く。
「聞いてたわよ。アンタみたいなド低能と一緒にしないでよ」
「誰がド低能だ。脳筋が」
「あ?」
「いやあ、ユナ様は濃厚な色の金髪が今日も映えますなあ。略して濃金ってね。なんちゃって!!」
更に周囲からの視線の温度が下がったのは気のせいだと思いたい。
「……まあ、いいわ。とにかく、ま、なんとなくっていうか、癪なことに、アイツの考えがわかるような気がするのよ。要は勘だけど」
「いや、確かにお前の勘の鋭さと言ったら、馬鹿げてるし、別にいいけど。でも、珍しいな。お前が嫌ってるサミュエルの考えがわかるとか言うなんて」
「……『勇者』と『魔王』って存外近しいものなのかもね」
「は?そりゃ、どういう意味——」
「行くわよ。早いに越したことはないし」
「はいはい。その後に俺が早漏だとか何とかでいじるんだろ?もう、わかりきったパターンだっつーの」
「「「…………女性に対してそんな言葉使うとか」」」
「え?何その反応。お前らが散々言ってきたことだろうが!!!ていうか、ハネットさんがここに来て最初に喋る言葉が俺への罵声ってどうよ!?」
一斉に身を引き、シグレスから距離をとる女性陣たちに怒りを覚えたのは仕方のないことだと思う。
「まあ、シグレスが変態だろうと別に私が困るわけでもないしね」
「私は困ります。さすがに性癖は普通なもので、ついていけるか不安です」
「いや、何、人の性癖を勝手に異常認定してんの?俺普通だからね?超普通だからね?」
朝からどうにも締まりのない終わりだったが、シグレスたちは一路、サミュエル邸(仮)へと足を進めることになった。
「つーか、何気、このところ学校サボってんな。まあ、単位は余裕あるか」
「アンタがそんなこと気にするとはね。どっちにしろ、友達いないし大丈夫じゃない?」
「ししし、失敬だな君は!!ととと、友達くらいいるわ!!」
「何でどもってるんですか、シグレス様…」
同性の友達関係が改善されず、相変わらず少ないことにシグレスは心の中で泣いた。ちなみに、エリシアもユナも(サミュエルは除く)同性の友達は多かったりする。解せぬ。何でこんな奴らにはできて、自分にはできないのだろうか。前世ではきちんといたのに。
本当に最後まで締まらなかった。