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魔眼

いつもより、長くなりました。

どうぞ。





 そして、やってきたのは裏路地。リーネスとシグレスは腕を組みつつ、そのままやってきていた。ちなみに後ろには、寡黙な護衛である、セフィもいる。


「んで?どうしようってんだ?その口ぶりだと、当てがあるみたいなこと言ってたけど、ここまで来る必要があるってことか?」


「まあ、そうだね。きちんとわかるかは保証できないがね。あまり期待しないほうがいいと思うけど?」


「そう言う口ぶりの時、普通に情報としてそこらへんの情報屋が売ってる代物くらいには信用出来るってことか」


「若旦那と言えど、その言葉は聞き捨てならないな。奴らと一緒にしないでほしいね。奴らは情報ってものをわかっちゃいない、ずぶの素人だよ」


「お前の情報談義はどうでもいいんだよ。どうせ、他の情報屋にはこれからも頼ることはねえだろうしな」


「おや、嬉しいこと言ってくれるね」


「いや、そういう意味ではねえんだけど……いや、もう好きに解釈してくれ」


 シグレスが諦めたようにそう漏らすと、リーネスがくっくっく、と笑い声を漏らす。


「若旦那は、本当に面白いねえ。見ていて飽きない人間というのもいるもんだねえ」


「褒められてる気がしねえ」


「まあまあ、そう言わずに、ほら、サービスしてあげるよ?」


 そう言って、リーネスがぐいっと胸を押し付けるようにして、シグレスの左腕に力を籠める。シグレスは柔らかな双丘に腕が包み込まれるのを感じ、必死に煩悩と戦う。


「くっ、こんな色仕掛けに乗ると思ったら大間違いだぞ…」


「その割には拳を握り締めすぎじゃないかい?本当に、女慣れしてるのかしてないのかよくわからないねえ」


 リーネスはそう言って、再び笑い声を漏らす。シグレスはすでに聞いておらず、煩悩と戦っていた。


 しかし、周囲から複数の気配を感じたところで、シグレスの表情が一変する。


「ふう、落ち着いた…それで?どうすんの?囲まれてるぜ?」


「おや、残念。若旦那の仕事モードか。でも、そういう若旦那も好きだよ」


「告白なら後にしてくれ。やっぱ、ローブ羽織っただけだったら、目ざとい連中にはすぐばれるか」


「奴らは金のにおいにだけは敏感だからねえ。ていうか、私のローブは実は高級品だったりするんだけどねえ」


「テメエのせいかよ!?」


「気付かなかったのかい?若旦那が?」


「いや、うん、そりゃ、あれだ。誰だってミスしちまうときはしちまうんだよ。ほら、よく言うだろ?『猿も木から落ちる』って。あれだよ、あれ」


 しまったとばかりに誤魔化しにかかる、シグレス。そのあまりの挙動不審さに、呆れたようにため息をつく、リーネス。


「若旦那は案外、煩悩まみれだよねえ」


「ななな、何を言っとるのかね、チミは!?失礼にもほどがあるよ!?」


 シグレスの反応は答えを言っているようなものだった。大方、リーネスが急にシグレスの前で着替えたり、腕を組み、胸を押し付けたりしたことで、そちらの方へと完璧に意識が移行してしまっていたのだろう。


「ふふ。じゃあ、そこらへんの宿で休んでいくかい?二人っきりでね」


「あ、そういうのいいんで。今忙しいんで」


「うん、若旦那の基準がよくわからないよ」


 いや、いつもならば、つい本音を叫んでしまったかもしれないが、殺気を当てられれば話は別だ。一気に頭が冷える。そんな中言われても、興醒めだ。


 そして、


 ヒュン、ヒュン。


 風切り音とともに、何かがシグレスのもとに放たれる。それをシグレスは微かな月明かりを頼りに、飛んできたものを目でとらえ、その軌道を確認。飛んできたのは針。左右からの計二本。実に反応し辛いようにいやらしく、放ってくる。そして、


 キンッ、キンッ。


 右から来た針をこっそり仕込んでいた、小振りのナイフを投げることで弾き、そのまま軌道上にいる、射手へと向かってナイフを飛ばし、迎撃。

 そして、左から迫りくる針よりも速く、左腕を組む、リーネスの足を後ろから払い、倒し、体を後ろに傾けさせる。針の軌道がリーネスから外れ、自らの体にあたる軌道になったところで、ギリギリに迫ってきたところを、腰に差していた、大振りのナイフを右手で抜き放ち、そのまま体を半回転させることで、横に弾く。それだけの挙動を雷魔法も使わず、一瞬でやってのける。


 最後に、リーネスが地面に倒れこむよりも速く、その半回転させた勢いのまま、左手で正面からリーネスの背中に手を回すことで抱き留める。


「ちっ、避けられたか…」


 叫び声もうめき声も聞こえなかった。大方、シグレスが反応した時点で逃げたのだろう。ここの人間は、確かに軒並み卑怯で狡賢く、残忍で手段も選ばないが、力のある者の匂いには非常に敏感であり、小細工が通用しないとわかると、すぐさま離脱できる、ある種の頭の良さを持っている。まさに、弱肉強食が物言う世界。だからこそ、シグレスたちを襲った奴らはまだ生きているのだろう。


「だから、ここ嫌いなんだよなあ」


 片時も油断できず、いるだけで神経をすり減らす。好き好んで来たい場所ではないだろう。見れば、セフィの方にも、針を放ったらしく、その残骸が散らばっていた。


「やあ、助かったよ、若旦那」


 正面から抱き留められたリーネスはいつも通りにへらへらとしている。その様子にやや呆れながらも、手を貸して、きちんと立たせる。そして、彼女はきちんと立ったところでトコトコと歩き、シグレスが弾いた内の針の一本を拾う。


「ふむ。麻痺毒だね。しかも、かなり強力なやつだ」


 飛ばされた針の一本をしげしげと眺め、そう口にするリーネス。


「まあ、そりゃ、そうだろうよ。上玉が二人に、よく観察すれば身なりの良い男。麻痺させて、どこかに連れ込み、慰み者にするか、散々、財産を搾り取るのが一番のやり方だからな。まあ、それはともかく、おい、リーネス」


「何だい?」


「お前、防御力も戦闘能力もてんでないんだから、警戒始めたら、腕組むの止めるか、自分の護衛に守ってもらえよ」


 そう、このリーネス=グライド、何を隠そう、戦闘技術も運動神経もてんで素人なのだ。その癖、いつも人を食ったような物言いをするのだから、性質が悪い。彼女は情報収集と頭脳労働に特化している以外は、生活破綻者な駄目人間なのだ。唯一、魔法だけは多少使えるが、それもまた、シグレスと同レベルの才能であり、シグレスのように努力もしていないので、全く、上達する気配すらない。


 シグレスが襲いかかった時だって、護衛のセフィのように、わざと反応を遅くしたとかではなく、ただ単に、反応できなかっただけなのだ。


「お姫様を救うのが騎士さまの役目だろう?」


 そして、そんなことをいけしゃあしゃあとぬかす。天才と馬鹿は紙一重と言うが、その通りかもしれない。


「ああ、もう、お前に言っても無駄ってのは、よくわかった。おい、セフィ、お前はコイツの護衛だろ?何で俺に守らせんの?」


「……あなただけで十分」


 シグレスの言葉に、セフィは一瞬だけ目を向け、そう口にした後は、すぐにシグレスから目線を外す。

 どうやら、この二人には話が通じないらしい。


「ああ、そうですか。もういいです。はあ、さっきのでしばらくは襲撃もないだろうし、先を急ぐぞ」


「そうだね。さっさと用事を済ませよう。どうにもここは人を不快にさせる場だ。目線が鬱陶しいったら仕方ないね」


 そう言って、再びシグレスの腕によりかかる、リーネス。振り払おうかとも思ったが、どうせ、振り払ったところで、また引っ付こうとしてくるだけだろう。意味がないことをするより、今は少しでも、手がかりを手に入れることを、目的としよう。


 そう決意するシグレスが、その後、目的地に着くまで、煩悩との激しい戦いを繰り広げたのは言うまでもない。




◆◆◆◆




 それから、しばらく歩き、たどり着いたのは、とある廃墟。前に、サミュエルと十二魔将の一人であるキリウスが転送球を使った場所でもある。シグレスはそれを外から見て、


「それで?ここがその転送球を使った場所ってのはわかったが、どうするんだ?」


「まあ、まずは中に入ってみようじゃないか。話はそれからだ」


 その言葉とともに、シグレスたちは中へと入っていく。


「情報によると二階らしいから、上へと上がろうか」


「えー、これ、今にも踏み抜きそうな、階段なんだけど」


 などと、文句を言いつつ、慎重に上へと上がる。そして、着いた先には、


「何も、ねえな…」


 予想通り、証拠らしい証拠も残されておらず、シグレスは落胆する。ひょっとしたら、サミュエルが何か残したかもしれないと思ったのだが、残念ながら、それらしきものも見当たらない。


「ふう、じゃあ、試してみようか。セフィ、気配は?」


「ありません。魔法も、人も」


 そう言いつつ、セフィは他人の目から隠すように、窓を背にして立つ。窓から狙われたら、どうするつもりかとも思ったが、彼女なら、反応できるだろうと思い直し、特に何も言わない。


「そう。じゃあ、若旦那、ちょっと邪魔だから、そこどいてくれるかな?」


「あ、ああ。何をおっぱじめようってんだ?」


「そうだねえ。若旦那は秘密が守れるかい?」


「お前は人間なんざ信用してないだろ」


「若旦那のことは信用してるよ?」


「そういう方便はともかくとして、お前さんがそんなことを言うなんて、余程大した情報なんだろうな」


「そうだね…。それこそ、これを知られたら、私は世界中の奴らから、獣人、人間、魔族問わず、狙われるだろうね」


「…おい、マジで言ってんのか?」


 確かにリーネスはあらゆる情報を手にしているが、それは彼女が直接狙われる理由とは言えない。情報を知っていることを知られることで狙われるとは言えるかもしれないが、先程言ったのとは、ニュアンスが違った。彼女は『これ』と言った。つまりはそのたった一つの情報によって、彼女が狙われると言っているのだ。


「マジもマジ。大マジさ」


「それじゃ、対価として釣り合わねえだろ。んじゃあ、そうだな…もし、俺にそれを教えてもいいってんのなら、俺も俺が持ってる秘密を教えてやるよ。あくまでも、本当ならな」


「ははは、そう言ってくれるのは嬉しいけど、いらないよ。だって、私がその気になれば、そんなこと、『視れる』んだから」


「は?それって…」


 リーネスはそれだけ言うと、静かに目を閉じ、次の瞬間、目を見開く。そこには、


「………」


 言葉が出なかった。なぜなら、再び開かれたその眼は——


——七色に輝いていたからだ。



 その眼は七色の波が押しては返すように明滅し、片時も同じ色を保つことはなかった。


 しかし、それも長くは続かず、


「うっ、くっ、……ッハァッ!!」


 再び目を閉じる、リーネス。彼女はうめき声を上げて、目を抑え、倒れこむ。しかし、それよりも前に、セフィが彼女を支える。そのまま、リーネスを下ろし、座らせる。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ、フーー。大丈夫。もう大丈夫だよ、セフィ」


 荒い息をつく、リーネスを心配そうに見つめる、セフィだったが、リーネスの言葉で、大人しく、彼女を近くで支える。見れば、彼女の額や首筋には汗が浮かんでいた。


「お、おい、マジで大丈夫か?あんま、無理すんなよ?」


「おやおや、若旦那が心配してくれるとは嬉しいねえ。頑張ったかいがあるというものだよ」


 リーネスはいつものへらへらとした笑みを浮かべるが、シグレスはそれに対し、いつものように皮肉を返すでもなく、


「おい、茶化すな。今はそんなこと言うより、少し休め。情報はまた後でいい。取りあえず、こんなところじゃ、おちおち休んでもいられねえ。まずは移動するぞ。リーネス、抱えてやるから、そこ動くな。セフィは俺がリーネス抱えたら、俺の背に乗れ。飛ばすぞ」


「は?若旦那、一体何を…」


「いいから、今は俺に従え。話は後だ」


 そう言いつつ、リーネスをお姫様抱っこで抱えるシグレス。そして、目で合図し、セフィに背に乗るように指示する。セフィは黙ってそれに従い、シグレスの背に乗る。そして、


「舌は噛まないようにしろよ」


 それだけ言って、足に雷魔法を流し込む。そして、


「行くぞ!!」


 叫び、窓を突き破って外へと飛び出した。そして、地面へと着地した瞬間、


 ドンッ!!


 勢いよく、地面を踏みつけ、一気に加速する。それこそ、まるで、二人の人間を運んでいるとは思えないスピードで裏路地を一気に駆け抜ける。


「わ、若旦那、これ、足が速いって程度の話じゃないよ!?」


 それもそうだろう。それこそ、シグレスは今、雷魔法を無理矢理、足に流し込むことで、馬の全速力以上のスピードで走っているのだから。リーネスの言葉はもちろん無視して、走り続け、裏路地を抜けた。




◆◆◆◆




 裏路地を抜けた後、人気のない場所へと移動までそのまま走り抜けたシグレスは、セフィだけを降ろし、リーネスはお姫様抱っこから背中へと背負いなおした。セフィは少し残念そうにしていたが、負担はかけられないということで、大人しく、自分の足で歩いてもらっている。ちなみに、セフィもなかなか立派なものをお持ちでした。いや、そうじゃなくて、今、シグレスたちは彼女たちの根城である、娼館へと向かっていた。


「ふう、まったく、若旦那の逃げ足の速さには驚いたよ」


「おい、言い方ってもんがあるだろうが」


「しかし、少し意外だったね」


「あ?何が?」


「若旦那には嫌われてるとばかり思ってたからねえ。ここまで心配してくれると思わなかったよ」


「まあ、お前のことは苦手だけど、嫌いではないからな」


 それに、嫌うならサミュエルやユナの方が先だ。あれだけ言われといて、自分でもよく友達を続けているものだと感心する。


(何で、俺の周りの女性って、こう、一癖も二癖もある奴ばっかりなのかね)


 そんなことを考えていると、


「そうかい。じゃあ、さっきのことだけどね、サミュエル=ラグルースがどこへ行ったか分かったよ」


「さっきの『眼』か?」


「ああ。私の眼はちょっとばかり特別製でね。知ってるかい?この世界はずっと情報を蓄積してるんだよ?私たちが生まれるずっと前の神話の時代から」


「アカシックレコードってやつか」


「「!!」」


 シグレスがそう言うと、セフィとリーネスが驚いたように目を見開く。


「…その言葉をどこで?」


「さてな」


 どこと言われても、前世での話だ。しかも、ただの空想の話。


「…なぜ、若旦那がその言葉を知っているのかは今は置いておくとして、私の『眼』はそれを『視る』ことができるんだ。例えば、どこで、どんなことが今起きているだとか、誰がいつ、どこで、どんな風に死んだだとか、寸分違わず、正確にね」


「なるほどね…そりゃ、お前さんを世界中が欲しがるわけだ」


「そういうことさ。でも、これは人の身にはあまりに不釣り合いな代物さ。一度、対象を『視て』しまえば、その情報が勝手に頭の中に入り込んでくるんだ。嫌でもね。そして、どんな吐き気の催す情報でもね。そして、これはきちんと、範囲を限定しないと、あまりの情報量に耐え切れず、壊れる。私にしてみれば、神の祝福と言うよりも、呪いだよ」


「お前、それ、もう使うな」


「え?」


「そういうこと、もっと早く言えよ。あのなあ、確かに、俺はサミュエルをどうにかしたいし、今回はその方法しか俺も思いつかなかった。だから、それに関してはスゲー感謝してる。でも、それがお前の負担になるなら、お前、もう使うな。今度俺の前で使ってみろ。ぶん殴ってでもやめさせるぞ」


「…くっ、ふふふ、あはははははは!」


 シグレスがそう言うと、リーネスは一拍置いて、盛大に笑い始めた。


「何だよ…」


「あははは!はー、お腹痛い。若旦那はお人好しが過ぎるよ。普通じゃあない」


「失礼な奴だな」


「普通の貴族だったら、そこにつけ込んで協力させるよ?それなのに、若旦那ときたら…ふふっ、また笑えてきた」


「そんなもんいらねえよ。それでなくても、お前の情報は正確だし、俺は別段、困らねえ。十分、稼いでるしな」


「無欲だねえ」


「いや、人並みにはあるぞ?ただ、今んとこは満たされてて、俺の欲望に、お前のそれは必要ねえって言いてえの」


「はは、まあ、いいさ。でも、本当に若旦那は秘密にしてくれるかい?」


「口止め料ならいらねえよ。その代わり、俺のあの足の速さのことも秘密にしてくれるってなら、俺も言わねえ」


「ずるいねえ、若旦那は。私が人を信用出来ないってわかった上であんなものを見せるんだから」


「正当な労働には正当な報酬を。だろ?」


「ごもっとも」


 そうして、シグレスたちは無事、リーネスの根城へとたどり着いた。


「んじゃ、肝心の情報を聞かせてくれや」


「了解だよ、お客様」







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