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情報屋

遅くなりました。





「俺が欲しい情報くらい、とっくに気付いてるんじゃねえの?」


「いやいや、情報屋ってのは、たとえ、ほぼ間違いなくとも、憶測で判断していいものではないんだよ。本人から聞き出すのが、何よりも確実な情報さね」


「大した矜持だことで。で、本題に入るが、俺が欲しいのはある女の行方って言ったところだな。名前はサミュエル=ラグルース。俺と同じシルゼヴィア学園に所属する生徒だ」


「へえ、若旦那が女の行方とはねえ。若旦那にもそういう人がいたんだねえ。嫉妬しちゃうよ」


「下らん事言ってないで、とっとと値段とどこまでの情報を提示できるかを言え」


 ニヤニヤと人を食ったような笑みを浮かべたまま、話を続けるリーネス。これが彼女の常套手段だ。適度に茶々を入れることで、相手の反応を見て、情報を引き出そうとするのだ。だから、彼女のことを知らない者は話している間に情報を抜き取られる。客からでさえも情報を抜き取るとはまったく大した情報屋だ。


「おやおや、冷たい。まあ、いいや。うーん、そうだねえ、今回の情報はまあ、大した代物でもないからねえ。そうさね、七百万といったところかな」


 この世界の通貨の基準はシグレスの元生まれ故郷である、日本とほとんど違わない。通貨の単位が円かシルカという呼び名かで違うくらいだ。付け加えて言うなら、紙幣がなく、すべて金貨や銀貨といったもので取引されているかどうかというところと、百万シルカという単位の金貨があるかどうかといったものくらいか。


 その価値基準ならば、どれほど法外な値段をつけているかがわかるだろう。大した情報でないと言いながら、ふざけた値段をふっかけるのだ。普通なら、値下げ交渉に入るか、ふざけるなとばかりに帰るところであろうが、


「ほらよ」


 シグレスは特に躊躇いもせずに百万シルカ金貨をリーネスに向かって放った。


「おっと」


 それをすかさず、リーネスがこともなげに空中で素早く受け取る。そして、受け取った金貨をまじまじと見て、本物であることを確認すると、満足そうに頷き、


「若旦那は金払いがいいから好きだよ。でも、お金は投げるものじゃあないよ。払うものだ」


「上手いこと言ったつもりか?守銭奴らしいセリフだな」


「あはははは。否定はしないけど、そういう若旦那だって人のことは言えないと思うけどねえ」


「必要だからな。自分がこれから楽をするためにも。貴族なんて代物、いつか消えるんだし。つーか、いらねえだろ」


「相も変わらず、貴族のくせに貴族嫌いなんだねえ。同族嫌悪ってやつかい?」


「かもな」


 別にシグレスは全ての貴族のことを嫌っているわけではない。中には領地経営をきちんと行い、優れた手腕を持つ、貴族だっているのだ。シグレスの父である現ソルホート当主だってそうだろう。認めるのは癪だが、中々の実力を持った貴族だ。シグレスも転生で調子に乗り、色々とやらかした際にその手腕にお世話になってしまっている。本当に残念なことだが。


「そんなことより仕事の話だ。それで?お前らの提示する情報は?」


「行方まではわからないから、最後に立ち寄った場所くらいだねえ」


「立ち寄った場所だ?」


「その通り。彼女、サミュエル=サタン=ルシフルが最後に立ち寄った場所は『裏』路地だよ」


 その瞬間、シグレスは腰に差していた大ぶりのナイフを逆手に持ち、一瞬のうちにリーネスの喉元に突きつける。それと同時に、脇に控えていた金髪美女もシグレスの頭部に向かって剣を突き付けていた。


「おやおや、随分と熱烈なアプローチだねえ」


「テメエ、死にたいのか?それは『手を出すべきでない情報』だって知らねえとは言わせねえぞ?」


 サミュエル=サタン=ルシフル。それは国家機密情報だ。それこそ、ほんの一握りの人物しか知らない情報を知っている?いや、この女は()()()()()だ。どこで知ったかなど詮索するだけ無駄だろう。いや、金さえ払えばしゃべるだろうが、今はそのことが問題ではない。


「ここで死ぬか、情報を墓の中まで持って行くか、二つに一つだ」


「おやあ?いいのかい?その場合、若旦那の身の安全も保証できなくなるけど?」


 あくまで人を食ったような笑みと態度を崩さない、リーネス。それにシグレスは内心イラつきつつも、それを押し込める。


「そこの護衛のこと言ってんのか?だったら、言ってやる。俺はそこの女が俺の頭を貫くよりも速く、その剣先をつかめる。そして、その後にお前の喉笛をかっ切るだけで事は済む。その後はお前の手駒を一つ一つ潰していくだけだ」


「そんな怖い顔をしないでくれたまえよ。サミュエル嬢への嫉妬のあまり、情報を言いふらしたくなるじゃないか」


 ギリッ。


 思わず奥歯を噛み締める。嫌な女だ。恐らく、彼女のことだ。先の先まで見越しているのだろう。たとえ死んだとしても、決してただでは転ばない女だ。それこそ、シグレスはともかく、この国に内乱が起きるレベルの情報をそこら中にばらまくだろう。


「チッ」


 舌打ちしつつも、ナイフを大人しく引き、腰へと収める。今はサミュエルを助けるのを優先しなければ。そう思い直して、リーネスから離れ、再び、相対するように目の前に立った。

 金髪の護衛もそれを見てシグレスから剣を引く。その目に主を襲ったことへの恨みはない。恐らく、シグレスがリーネスを殺さないことを予想していたのだろう。いや、正確に言えば殺せない、だが。


「それで?『裏』路地に入った目的は?」


 そして、何事もなかったように話を続ける。それに対しリーネスもまた同じように、話を続ける。


「さあ?そこまでの情報は入ってきてないねえ。『裏』路地のある建物に入ったっきり、出てこなかったらしい。さらに、その数十分前くらいにとある人物がその建物に入っていったのが目撃されている。ただどうも、その人物は聞いてみても、特徴を誰もかれも覚えてなくてねえ。恐らくは魔法だろうね。しかも、かなりの実力者だ」


「だろうな」


 でなければ、サミュエルを連れ去れる道理がない。そもそもある程度の実力がなければ『裏』に入ろうなどとは考えないだろう。


「ちなみに聞いとくけど、Sランク以上の冒険者の動向は全てつかんでいるのか?」


「それは別料金だよ。質問だけの答えなら五百万、一人一人がどこにいるかまで知りたかったら、一人当たり、一千万だ」


「チッ、ほらよ」


 そう言って、シグレスは五枚の金貨をリーネスに渡す。


「質問の答えはイエスだ。サービスとして一つ教えてあげよう。さっき怒らせた分の慰謝料と思ってくれていい。そのうち、その時間に『裏』に入ったS以上の冒険者はゼロだ」


「そうか」


 だったら、誰だ?少なくとも、それに近い実力を持つものだろう。まさか『魔王』?いや、流石にそれはないだろう。いくらなんでも、魔王自らが動くなど動きが目立ちすぎる。だとしたら、一番可能性があるのは——


(十二魔将、か?)


 シグレスは噂でしか知らないが、魔族の国は三人の『魔王』で統べられているらしい。そして、彼らははそれぞれ腹心の『四天王』を保有している。よって、それらすべての『四天王』を総称して、『十二魔将』と呼称される、らしい。あくまでも伝聞情報だが。まあ、魔王の娘に聞いたので、信憑性はかなり高いだろう。


(しかし、そんな大物まで引っ張り出してくるかね?)


 普通に考えれば、ありえないだろうが、仮にもサミュエルは他ならぬ魔王の娘なのだ。それなりの扱いをせねば、それはそれで問題にもなるだろう。あくまでも、無理矢理でないとすればの話だが。


(情報がいまいち足りねえ)


 ここに来れば何かしらの収穫があるとは思ったのだが、むしろ、謎が深まったようにすら感じる。しかし、うだうだと悩んでいる時間はない。それこそ、冗談ではなく国際問題に発展すること請け合いだ。


「ああ、そういえば、もう一つ」


 リーネスが思い出したように呟く。このアマ、どうやら、シグレスが悩んでいるのを見て、楽しんでいたらしい。忌々しい女だ。


「何だ?情報があるならとっとと吐け」


「ふふ、まあ、そんなに睨まないでくれたまえよ。この情報は信憑性の薄い情報だからね。情報屋としてあまり話したくなかったんだ」


「御託はいい。それで?何だよ?」


「転送球が使われたらしい」


「…クソッ!」


 あんなものまで使われては完璧にどん詰まりだ。これではサミュエルの居場所がわからずじまいだ。完璧に振出しに戻った。


「くっくっく、はあ、若旦那のその顔たまらないねえ」


「ふざけてんのか」


「まあ、落ち着き給えよ。そうだねえ、探す方法がないこともない、って言ったらどうする?」


「いくらだ?」


「ふうん、そうだねえ、それじゃあ、若旦那の持って来た、その新製品とやらのアイディア、私にくれないかい?あと、できればもう一つ欲しいね」


「テメエ…やってくれるじゃねえか…」


 直接の金でなく、その権利を買う。大したやり方だ。最初はともかく、後になれば、その利益は直接金を受け取るよりも遥かに上回る。

 彼女はその情報網を生かして様々な産業に手を出している。シグレスの現代知識も十分に活かせるだろう。しかし、そう簡単に利益を持っていかれては困る。今回のシグレスがパクった知識はかなりの利益が見込める代物だからだ。だったら、


「そうか、だが、それよりも魅力的な報酬もあると思うぜ?」


「へえ?若旦那の考えか。面白そうだ。聞かせてくれ」


「俺の家の『お得意様』になるってのはどうだ?」


 今までシグレスは自らの手で作成し、自らの家に金が入ってくるように、特定の商会とは親しくならなかった。簡単に言えば、自身の家が商会のまねごとをしていたと言っていい。しかし、王命があったり、シグレス自身が忙しかったり、領地経営の方に手を回し、このところ金は入ってきても、回転率が悪かったのだ。そろそろ特定の信頼できる商会にと思っても、そのようなところはなかなか見つからず、困っていた。

 正直なところ、この目の前の女はまったく信用できないが、少なくとも、シグレスに正面から敵対するようなことは避けている。信用はできないが、腕は確かで、使えるのだ。他のところよりも群を抜いて。


「なるほどねえ。手駒が欲しい、と?」


「俺は信頼できる商会が欲しい。アンタは俺から生み出される利益が欲しい。互いに良い関係を築けると思うが?」


「ああ、構わないよ。それが報酬でいい」


「まあ、すぐに首を縦に振りたくないってのはわかる。だけどな…っていいのか?」


「ああ、勿論さ。今まで私が若旦那の誘いを断ったことがあったかい?」


「断られたことはねえが、金は要求されたな」


「正当な労働には正当な報酬を。これが私のモットーだよ」


「ああ、うん、もう何かどうでもよくなってきた」


 これだ。こちらに高い要求をしてきたと思ったら、次の瞬間にはこちらの要求を簡単に飲む。つかみどころがないかと思えば、自分からこちらへ歩み寄ってくる。何を考えているかさっぱりわからないかと思えば、実にどうでもよいことを考えていたりする。これがリーネス=グライド。名付けて、『不可思議生命体』だ。


「まあ、いい。それで?わかるかもしれないってのは?どういう意味だ?」


「それはまあ、現場に行ってみてからにしようじゃないか」


 そう言って、リーネスは立ち上がり、


「セフィ」


 そう言うと、隣に立っていた金髪美女がスッと近寄る。護衛の名前はセフィ。シグレスは知ってはいたが、姓までは知らない。もしかしたら、ないのかもしれないが。それに、彼女とリーネスの関係性もいまいち把握しきれない。一度本人に聞いてみたのだが、当然のごとく金を要求されたので、諦めた。


 などと、ぼんやりと考えていると、目の前にいきなり、理想的なプロポーションと真っ白な肌がさらされた。そう、他ならぬリーネスの肌だ。すごく滑らかですべすべしてそう。じゃなくて、


「って、何やってんだ!!」


「うん?服の着替えだよ」


「俺まだいるんですけど!?」


「いいじゃないか。若旦那だって見たいだろう」


「むしろ、触りたいわ!!」


 そんなわけないだろうが!!


「若旦那、本音と建前が逆になってるよ」


「しまった!!罠か!!」


「いや、若旦那が勝手に引っかかったんじゃないか」


 リーネスに呆れたような眼をされるが、シグレスは凄まじい精神力で、リーネスの方とは真逆の方向を向く。微かに衣擦れの音が聞こえる気がするが、頭の中で般若心経を唱えることで心の安寧を保つ。


「ふう、もういいよ、若旦那」


「頼むから、人前で着替えるのは自重してくれ。痴女だと思われるぞ」


「若旦那以外の男の前じゃしないから、安心してくれたまえ」


「そうか、それなら別にいいんだ。ってよくねえから」


 リーネスの方へと向けば、外行きのための服装なのだろう。厚手のフード付きローブを羽織った、リーネスの姿が。そのローブの下には黒のワンピース。いつの間にか、セフィもローブを羽織っていた。服装は流石に変えていないが。


「ほら、若旦那も」


 そう言ってローブを渡され、シグレスもその言葉に従い、大人しく着る。


「さて、じゃあ若旦那、夜のデートとしゃれこもうじゃないか。しっかりとエスコートしてくれよ?行先は『裏』路地だ」


 そう言ってリーネスがシグレスに腕を絡めてくる。シグレスは大人しく従い、ため息を一つ吐き、店の裏口へと向かっていった。


 目指すはならず者の寄り集まる『裏』路地だ。デートにしてはかなり物騒なことになりそうだ。







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