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嵐の前





「それで?噂の出所は?わかったのか?」


「いえ、探りを入れてみたのですが、どうにも出所へとたどり着けない、というよりも、皆さん、どこでそんな噂を聞いたかが、曖昧になっているんです」


「魔法でも使われたか?」


「その可能性もありますが、ただ単に、誰かがいたずらで流したという可能性も捨てきれません。噂というのは広まれば広まるほど、出所が曖昧になっていくものですから」


「チッ、偶然だってわかりゃ苦労しねえのによ」


 放課後、サミュエルの訓練をいつも通りにこなした後、シグレスはエリシアと共に人目のない個室のある高級料理店へと来ていた。他ならぬ、学校に『魔族』がいるという噂についての話し合いだ。昼休みに互いに探りを入れ、その結果を報告し合うためだ。

 ユナはもちろんのこと、サミュエルもこの場には呼んでいない。この場にいるのはエリシアとシグレス、そして、エリシアの脇に控える、ハネットの三人だけだ。


「どうすっかな…。学園長の爺さんのとこにでも一回行くか?」


「彼もはっきりしたことは何もつかめていないと思います。つかんだら、何かしら連絡があるでしょう」


「いきなり、詰んでんな」


「ええ、ですが、まだあくまでも噂の段階です。それに、学園長だって生徒たちが不安がっているからという理由で、わざわざ、調べるような真似はしないでしょう。まあ、そちらの方が根回しできて楽でしょうけど、学園の面子にも関わるものです。あまり、多くは望めないと考えていたほうがいいでしょう」


「学園の長である爺さんは動けない、いや、その噂の信憑性をなくすためにも動くわけにはいかないってか」


「そういうことです」


「どうにも厄介だな…敵だとしたら、狙いはサミュエルだろうな。しかも、黒幕は魔族、人間、どちらの陣営であろうとかなり上の奴らってことになるんだろうな」


「あら、シグレス様、第三者である、エルフや獣人、ドワーフの可能性だってありますけど?」


「一番ないことくらいアンタだってわかってんだろ。獣人とエルフは基本、人間も魔族も両方嫌っているし、ドワーフは逆に種族関係なく受け入れる。やる意味が分からん。潰し合わせるにしろ、こんなまどろっこしいやり方よりも、手っ取り早い、別のやり方があるだろ」


「例えば?」


「捕えた人間か魔族でも使って、自爆させて、テロに見せかけるとか」


「そうですね。そちらの方がはるかに手っ取り早く、効果的でしょうね。いつの時代にもタカ派はいますから、簡単に戦争に持ち込めます」


「だとしたら、サミュエル自体が目的?それとも、それだけじゃないのか?」


「現時点では推測でしか話せませんね。情報があまりに足りない。ですが、警戒しておくに越したことはないでしょう。ただし、決して勘付かれないように」


「わかってるよ。腐っても後輩だ。先輩が助けてやらないでどうすんだっての」


「そうですね。こんなところで王族が失墜しても困りますし」


「だな」


「では、取りあえず、黒幕がいるとして、今は相手方の動きを待ちつつ、噂を食い止める、でいいですね?」


「ああ」


 結局のところ、あまり、実のあるものとは言えないまま、その場はお開きとなった。




◆◆◆◆




 シグレスは寮へと戻り、一人、ぼんやりと考える。


(ユナが首突っ込んできたりしないといいんだけど)


 できれば、ユナにサミュエルの正体がばれるような事態は避けたい。ユナのことだからあまり心配もないと思うのだが、もし、二人が殺し合うようなことにでもなれば、シグレスは一生後悔することになるだろう。そんな事態は何としてでも避けなければならない。二人のそんな姿など見たくない。一応、口が悪くても、迷惑千万で傍若無人だとしても友達なのだから。


(あれ?何で俺ってアイツらの友達やってんだろ?)


 何だか、よくよく考えてみると、あまり、シグレスがユナたちのおかげで良い思いなどしたことがないことに思い当ってきた。というか、いつもいつも、損をしているのはシグレスばかりだ。


(あー、止めよ止めよ。こんなこと考えてたら、アイツらにセクハラの一つでもしたくなってくる)


 そんなことを思っている時だった。


 コンコン。


「ん?」


 そんなノックの音が聞こえてきたのは、扉ではなく、窓からであった。


「誰だ?」


『えっと、私です。先輩』


 その声にシグレスは思わず、目を見開く。その声が他ならぬ渦中の人物である、サミュエルだったからだ。


 横になっていたベッドからすぐさま起き上がり、窓を開けると、そこには——


 月の光に照らされ、まるで銀髪自体が淡い光を放っているようにキラキラと光の粒が零れ落ちる。その精緻な美貌と紅い瞳に相まって、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 例えるならば夜の女王。闇夜でこそ発揮されるその美しさにシグレスは思わず、息を呑んだ。


「先輩、いやらしい目をこちらに向けないでください」


 まあ、すぐに現実に引き戻されたが。本当に台無しだ。これさえなければ文句なしの美少女なのだが。


「失礼な奴だな。テメエみたいなガキに、大人の俺が興奮するとでも思ってんのか」


「先輩は幼女から熟女までオッケーなオールラウンダーですから」


「そこまでじゃねえよ!」


「ああ、すいません。赤子から老女でしたか」


「違うから!そこまで広くないって意味だから!守備範囲が狭いとか文句言ったわけじゃないから!」


「まあ、そんな先輩の性癖なんてどうでもいいです。それよりも、部屋に入れてください。いつまで外にいさせる気ですか」


「ホントにお前は図々しい奴だな」


 そう溜息をつきつつも、窓を全開にして、サミュエルが入れるように窓の前から退いた。

 そして、サミュエルが窓から、シグレスの部屋の床にスタッと降り立ち、ベッドの上に座る。


「んで?お前、何しに来たんだよ。つーか、あんま、目立つ真似すんなよ。特に今は。あと、ベッドの上に座んな」


「別にいいじゃないですか。それに、どうしても気になったもので」


「進捗状況か?悪いけど、あんま進展はない。まだ、偶然によるものか、故意によるものなのかわからねえ」


 そう言いつつ、シグレスは部屋にある椅子を持ってきて、サミュエルと対面する形で座る。


「そうでしょうね。噂とはえてして、広まってしまえば、出所がわからなくなるものですから」


「だな」


「まあ、今日来たのはそれだけです」


「それだけか?なら、明日でもよかったろうに」


「何ですか?用がなければ来てはいけないんですか?」


「いや、別にいいけど、今までお前さんが俺の部屋に来たことなんて数えるほどしかねえからさ」


「ただの気まぐれですよ」


「そっか」


 そこで一旦、話が途切れた。二人の間にしばしの沈黙が流れる。やがて、サミュエルが口を開いた。


「やはり、『人間』にとって『魔族』は敵なんですかね」


「さてね。俺としては実感したことはないけどな。人間だろうと魔族だろうと、悪い奴もいれば良い奴だっている。俺としてはそう思ってる。現に、お前さんの親父さんは何とかして『人間』と仲良くしようとしてる、立派な『魔王』じゃねえか」


「全員が全員、先輩みたいに思える人であれば、こんな事件起こりませんよ」


「だろうな。ま、どっちかって言うと、俺や国王のオッサンなんかは『人間』の中でも特殊なカテゴリーに分類されるんだろうよ」


「ですね。今回の件でよくわかりました。学園の皆さんは昔の私と同じような目線で魔族を見てしまっている」


「ああ、そういえば、お前、初めて会ったとき、俺のことぶっ殺そうとしてたっけ」


「そうですね。今にして思えば、随分恐ろしいことをしようとしていました」


「あの時、『人間ごときがっ!』とか、悪役っぽい台詞吐いてたよな」


「言わないでください。あの時はどうかしてたんです」


 サミュエルが渋い顔でシグレスに言う。恐らく、彼女にとっての黒歴史なのだろう。


「まあ、結果、先輩にボコボコにされて、ぼろ雑巾のように捨てられたのですが」


「そこまで酷いことしてないだろ」


「ほんの冗談です。それと、遅くなるのでそろそろ帰ります」


「そっか」


 そう言ってサミュエルは立ち上がり、窓から外へと出て行く。シグレスも見送るために、椅子から立ち上がる。

 そして、出て行く前、彼女は背を向けたまま、ポツリと呟く。


「先輩」


「ん?」


「頼っても、いいんですよね?」


「当たり前だ。俺は先輩だぜ?」


「………」


 サミュエルは振り返らずに外へと飛び出し、帰っていった。


 そして、シグレスは月夜の中、彼女の姿が見えなくなるまで、ずっとその姿を目で追っていた。




◆◆◆◆




 翌日。いつも通りにユナからたたき起こされ、朝練へと向かう。そんな中、ユナがシグレスに問う。


「ねえ、アンタ、最近広まってる噂、エリーと二人でこそこそ調べまわってるでしょ」


「は?何のことだ?」


 何を聞かれてるかわからないかのように答えるが、シグレスの背中に一筋の冷や汗が伝った。


「別に隠したいなら詮索する気はないわ。アンタやエリーと違って、そういうの向いてない自覚あるしね。まあ、私がなぜわかったのかは、ただの勘よ。根拠はないわ。強いて言うなら、ほんの僅かにエリーから感じた違和感ってとこかしらね」


 コイツ、実は野生動物かなんかじゃないだろうか。勘が鋭すぎる。


「魔族がいるならいるで、私としては別に何もしてこないならそれはそれで構わないと思ってるのよ。わざわざ、戦う理由もないし。ただ一つだけ約束して、危険になったら、私にも協力させるって。何も知らないまま、エリーを、親友をまた、危険にさらすのは絶対にごめんだわ」


「…だから、何言ってるのかわかんねえって言ってんだろ」


「別に、それならそれでいいわ」


 そう言ってユナはスタスタと歩き、シグレスはその後を追う。やがて、練習場所に着き、二人は打ち合いを始めた。




◆◆◆◆




「おい、ユナに勘付かれてんじゃん」


「私も正直予想外でした」


 授業中、エリシアと被った授業で、二人はこそこそと話していた。


「どうする?もう、全部ゲロっちまうか?」


「うーん、何だかそれでもいい気がしてきました」


「て言っても、アイツ自身が言ってたように、こういうこととか絶対無理だぞ。致命的なまでに向いてない」


「ですよねえ。公爵家が心配になってくるレベルですからねえ」


「まあ、悪意とかそういうのには敏感だから大丈夫とは思うけど…ってそんな話じゃ無くてな」


「まあ、本人がああ言ってますし、放置で良いでしょう。巻き込むとそれはそれで面倒です」


「へいへい。んじゃ、そういうことで」


 結局、ユナの対策は取りあえず放置という結果になった。まあ、それが一番妥当だろう。現在も噂は広まり、それへの対応で手一杯な状態なのだ。交友関係(女性関係ともいう)の広いクロウなどに頼んで、噂が広がらないようにはしているが、どこまで有効か。


 今のところ、大して動きもなく、このまま何事も起こらなければいいのだが。

 そう思いつつ、今日の授業もつつがなく終えた。それで終わりだと思っていた。


 放課後もサミュエルの訓練をいつも通り行って、いつも通り寮へと戻る。昨日のシリアスな様子を微塵も感じさせず、いつも通りの毒舌な後輩だった。その様子にシグレスは心の中でホッとしていた。


 そして、夜になり、シグレスは目を閉じた。




◆◆◆◆




 そして、それから一週間は何事もなかった。ただ、噂は下火になることがなく、未だに話されてもいたが、それも時間の問題かもしれない。そう、楽観的に考えていた。


 そして、朝の歴史学の時間。朝一番からいつも通り、サミュエルと挨拶を交わし、またあの後輩の憎まれ口を聞くことになると思っていた。この時までは。


(あれ?今日は俺の方が早かったのか。ちょっと珍しいな)


 そう思い、サミュエルが来るのを待っていた。



 授業が始まった。




 そこにサミュエルの姿はなかった。







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