影
久々です。
「はあ、テストって、いつまでたっても憂鬱なもんなんだな」
「そう?私にしてみれば、授業も早目に終わるし、こっちの方が楽なんだけどね」
「そりゃ、お前が勉強できるからだろ」
「アンタだって、そんなにできないわけじゃ、ないじゃない。ていうか、普通に上位にいるじゃない」
などとユナとシグレスが会話しているのは学校内にある自習室の一つ。シグレスたちいつものメンバーはここでテストに備えての勉強をしていた。
そう、この世界にもテストがあったのだ。まったくもって、ファンタジー世界がぶち壊しだ。シグレスは転生したということもあり、幼いころから暇つぶしに本ばかり読んでいたので、知識としては問題ないくらいに頭の中に入ってはいるが、シグレスにしてみればそういう問題ではない、と言いたい。ただ単に、テスト、と聞くとどうしても元学生の性か、どこか苦手意識を持ってしまうのだ。
「先輩は勉強ができても心根がバカですからね」
「おい、こら、何だ心根がバカって。初めて聞いたぞ。何?そんなに先輩をバカにしなきゃ気が済みませんか?サミュエルさん?」
「褒めてるんですよ。先輩はいつも明るい性格の持ち主だと」
「ああ、なるほど…ってなるか!どう考えてもバカにしてるだろうが!」
「静かにしてください。勉強中ですよ」
「…もう、いいです」
いちいち、反応したところで、シグレスの精神力が削られるだけだ。大人しく諦めて受け入れるべきだろう。
「あら、シグレス様はテストがお嫌いですか?愚みn…もとい、我が素晴らしい国民たちに身のほd…ではなく、実力を知らしめることができるいい機会ではないですか」
「おい、王女様?隠しきれてないからね?ごまかせてないからね?アンタ、本当に貴族主義じゃないんだよな?」
「何を言ってるんですか。貴族なんて王族と比べたらゴm…もとい、国民の皆様と大して変わりません」
「まさかの王族至上主義!?」
もしかすると、王族の独裁のために貴族主義を潰そうとしているのかもしれない。考えて怖くなってきた。そんなシグレスにエリシアは、ニッコリと笑顔を浮かべ、
「大丈夫ですよ、シグレス様。王族と結婚すれば、その配偶者も王族扱いになります」
「うん、何が大丈夫なのか、まったくわかんねえわ」
「あら?わかりませんでしたか?要は私とシグレス様がギシアンすれば——」
「はいストップー。何?ホント、何なの?何でそう下ネタ挟みたがるの?」
こっちもこっちでまともではない。何故、勉強ではなく、会話だけで疲れなければならないのだろうか。誰と話しても、精神力がガリガリと削られている気がする。というか、一番まともに会話できるのがユナというのが悲しい。
「まあ、いいや。とりあえず、サミュエル、この前の歴史学の流れ教えてくれ」
「後で私もやるんでその時にしてください」
「はいはい。おい、クロウ、回復魔法の術式ってこれであってたよな?」
「ん?ああ、いいはずだぜ。…っていうか、今更だけど、何でエリシア殿下いんの?しかも、何でシグレスに下ネタ振ってんの?イメージとかけ離れちゃってんだけど?」
「気にしたら負けだ」
「うん。薄々感づいてはいた」
どこか疲れたようなクロウの声にそう返す。もちろん、シグレスも疲れた声だ。
「あら?そういえば、クロウ様、いらしたんですね」
「えっ!まさかの認識されてない系!?」
「すみません。どうも、皆さんが普通に流していたので、別に私も流していいものかと…」
「いやいやいや、殿下!?そこそこ他の貴族よりも面識ありますよね!?少しくらい挨拶してくれても良くないですか!?」
「おい、うるさいぞ、クロウ勉強中だ」
「ここだけは先輩に同意です。そこらへんで女性でもひっかけておいてください。耳障りで、目障りです」
「ていうか、クロウ、何でアンタここにいんのよ?」
「酷くない!?俺の扱い酷くない!?」
珍しく息の合ったコンビネーションで、クロウをディスった三人はクロウの言葉を無視して、資料とノートを見比べつつ、シカトした。涙目だったのは気のせいだろう。ちなみに、エリシアももちろん、シカトした。
◆◆◆◆
そして、しばらく勉強しつつ、雑談も交わしていると、自習室の使用時間が終わり、シグレスたちは自習室を後にした。
「まあ、今回のテストもそう変動はしないだろ。ああ、腹黒王女様が来たし、若干変動はあるか」
「だな」
帰り道、サミュエルとの訓練も終え、クロウとそんなことを話しつつ、歩く。目指しているのは冒険者ギルド。ちなみに、クロウも実は冒険者に登録している、数少ない貴族だ。その理由は色々とあるのだが、ここは割愛する。
普段、彼はほとんど仕事をしないのだが、今回は本人曰く、
「今、付き合ってる娘が今度誕生日だから、プレゼントあげようと思ってー」
とのことらしい。ぶち殺されたいのだろうか。まあ、殴ったが。
「んで?稼ぎがいいやつでも当てがあんのか?お前、俺とランク同じだろ?」
「知らね。シグレス、エミルさんにそこそこ贔屓されてんだろ?良い稼ぎのクエストないか聞いてくれよ」
「何で、お前のためにそんなことしなきゃならんのだ」
「まあ、いいじゃん」
「別にエミルさんのとこに用事があったからいいけどさ」
そう言いつつ、ギルドホールへと入り、エミルのいるカウンターの列に並ぶ。彼女は看板娘のため、本日も大盛況だ。シグレスはそのせいもあって、エミルとの親しさに比例せずに、他のカウンターへとよく向かう。シグレスがエミルのカウンターへ向かうのは個人的な用事があるときだけだ。
しばらく待って、シグレスたちの番がやってきた。
「あ、シグレスさん。それと、クロウさんでしたっけ?どうかしましたか?」
「ええ、まあ。何か稼ぎのいい依頼はないものかと」
「稼ぎのいいものですか?確か、お二人のランクは同じでしたよね。でしたら、この前と同じですが、ベニゴケの採取なんかどうですか?」
「あれ、今日も珍しく残ってたんすねってまさか…」
「ああ、今回は違いますよ。その後、身ぐるみはがされた状態のバカ三人が来ましたけど、丁重にお帰り頂いて、ギルドの登録も抹消しましたから。だけど、まだ不安の声もあって、人が戻ってきてないだけですよ」
「ああ、そうですか。エミルさんがそう言うなら安心ですね」
エミルの言葉にシグレスは納得する。彼女の実力は折り紙付きだ。大方、バカ三人が喧嘩を売って、ものの見事に返り討ちにあったのだろう。学習しない奴らだ。自業自得だが。というよりも生きていたことに驚きだ。
「んじゃ、ベニゴケの採取やりますんで。量はこの前と同じですよね?」
「はい」
「それと、例の約束、今度の週末とかどうです?」
「ふふ、いいですよ。楽しみにしてますね」
「ありがとうございます」
シグレスは内心ホッとする。これで、この前から若干芳しくなかったエミルの機嫌も治るだろう。シグレスにしてみれば、情報が入ってくるか来ないかの死活問題でもあるのだから。
「んじゃ、行ってきます」
「はーい。頑張ってくださいねー」
そうあいさつを交わし、シグレスとクロウは出発した。
◆◆◆◆
「あー、疲れた」
その後、クロウと二人で無事に依頼を達成し、それぞれ帰路についた。途中、エミルとの約束についてしつこく聞かれたが、もちろんスルーした。
「あーあ、もうとっとと寝よ寝よ」
起きていても余計なことを考えてしまうだけだ。
召喚士にまでなれる力を引き出す薬の可能性。明らかに正気を失っていた竜。狙われた王族。
どれもこれも、いまだに証拠らしい証拠も見つかっていない。数多くの貴族こそ処断はされたが、それさえもいるかもしれない黒幕の想定した出来事だとしたら?次に狙うのは?そもそもその目的は?
(こういうのは、俺の仕事じゃねえな)
シグレスはただの一貴族でしかない。ユナのように『勇者』でもなければ、サミュエルのように『魔王』でもない。さらに言えば、エリシアのように『王族』でもない。転生したからといって、目立ったチートもあるわけでもない。
(俺は『主人公』じゃねえっつーの)
転生してからというもの、死んでこそいないが命の危機なら数限りなくあった。シグレスは決して『特殊』であっても『特別』ではないのだ。死ぬときは死ぬし、運命とやらに守られるわけでもない。
だが、だからといって、苦しみをユナやサミュエルだけに背負わせるのも少し違う気がする。
脇役は脇役なりに、できることがあるはずだ。
(つっても、『戦士』って途中でどっか死亡フラグ立てて大抵、死んでる気がするけどな)
せめて、その時には後悔しないように生きていたい。これは現実。物語ではない。その後の登場人物にだって生活はあるのだから。だから、シグレスは金を稼ぐ。その後の生活のために。その後の家族の生活のために。
もう、転生前のような後悔はたくさんだ。
そう心の中で思いつつ、シグレスは眠りに就いた。
◆◆◆◆
それから、朝はいつも通りユナから叩き起こされ、訓練へと向かう。そこで変わったことと言えば、エリシアが見学するようになったことくらいだろうか。彼女も多少は近接戦闘になっても良いように、ハネットから訓練を受けているらしい。
ちなみに、ハネットはというと、彼女は基本、学園には来ない。来るとしても、用事があるときだけだ。護衛役はユナやシグレスで十分につとまるし、学園内ではできる限り自分でやれることは自分でやるように国王自ら義務付けているらしい。ハネットはエリシアが学校へと行っている間は、家全般の家事をユナの家に元々いるメイド共に請け負っているらしい。
あとは、王族専属のメイドということもあり、地位も高いので、来客時の対応とかをやっているらしく、意外と忙しいようだ。
「あー、眠い。朝の鍛錬やめねえ?」
「ふざけてんの?」
「いや、割と真面目に。俺、朝弱いの知ってんだろ?」
「だから?」
「いや、だからって…」
いつも通りといえば、いつも通りの会話。他愛のない話をしつつ、学園へと向かう。そんないつも通りの日常。それがまだまだ続くと思っていた。
でも、
「おい、聞いたか?例の噂」
「ああ、聞いた、聞いた」
「つーか、それがホントだったら、マジやばくね?」
「俺、学校止めようかな…」
「ん?何か話してるな?」
「ホントね。何かしら?」
「噂話、のようですね」
教室に入った瞬間、生徒たちがひそひそと何かを話していた。どうせくだらないことだろうと思っていたのだが、
「おい、シグレス」
「ん?クロウ?どうした?珍しく真面目くさった顔して。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いってなんだよ!って、そうじゃなくてな」
そう仕切り直し、クロウはあたりをきょろきょろと見回して、シグレスにこっそりと耳打ちする。
「なんだよ、気持ち悪いな。あんま、顔近づけんな」
「酷いな!?って、マジでそんなこといいから、話の腰折るな」
「はいはい。で、何だよ?」
「いや、今、学園に妙な噂たってんだよ。しかも、ちょいとヤバ目の」
「もったいつけず、教えろよ」
「聞いて驚くなよ?——何でも、この学園に『魔族』がいるらしい」
シグレスは頭が真っ白になった。
「はは、まさか…」
「まあ、普通に考えればそうなんだけど、この噂がまことしやかに流れてんだよ。そのせいか、ちょっとみんなピリピリしててさ」
「ま、そんな根も葉もない噂なんてすぐに下火になるっつーの。気にするだけ無駄無駄」
「だよなー」
「じゃ、俺、歴史学の授業あるから」
「おう」
そう言って、クロウと別れ、教室へと向かう。
知らず知らずの内に廊下を歩くスピードが早足になっていた。
(何故だ?どうしてそんな噂が?)
広まっていることは今は重要な問題ではない。問題はその発信源だ。
(どこだ?どこから漏れた?それとも、誰かが面白半分に流しただけか?)
どちらにしろあまり深刻な状況になってもらっても困る。だってそれは噂でなく、事実なのだから。
◆◆◆◆
「サミュエル例の噂聞いたか?」
何気ない話題のように隣にいるサミュエルに話を振る。
サミュエルは一瞬、肩をビクッとさせたが、すぐにシグレスの意図を察し、話を合わせる。
「ええ、聞きましたよ。なんでも、『魔族』が入り込んだとか」
「まったく止めて欲しいよな。そういういたずらに混乱を招くだけの噂なんて」
「珍しく先輩と意見が合いましたね。まったくもって同感です」
「そっか、つーか、誰がそんな噂流し始めたんだろうな」
「さあ?私も人づてに聞いただけなので」
「そっかー。まあ、いいんだけどさ」
そう言いつつ、ノートの端に文字を書き、サミュエルの方へと寄せ、見せる。そこには、
『昼休み、腹黒王女と少し探り入れてみる。今、表立って動いても怪しまれるだけだから、少しの間こらえてくれ。後で、学園長の爺にも話聞きに行こう』
と、書いてあった。それに、サミュエルは黙ってこっくりと頷き、ギュッと膝の上で拳を握りしめる。
サミュエルのそんな様子に、シグレスは、ただ一言、
『心配すんな。すぐに終わる』
と、書いたノートの切れ端をサミュエルに渡した。
「はい…」
その言葉に答えるように隣からかすれた小さな声が聞こえた。
そして、少しの不安を教室全体が抱え込んだまま、授業は進んでいった。
学園内にはすぐそこにまで影が迫っていた。