後日
書類諸々提出しなきゃいけないのに何やってんだ俺!?
国王様と王女様との密談が終わって、数日後。
シグレスは学園へと戻って、現在、薬草学の授業を受けていた。そして、今抱えている最大の疑問を隣にいる人物に向ける。
「んで、何でアンタはここにいんの?」
「あら、つれない反応ですね。振った相手には興味がないですか?」
そのシグレスの疑問に答えたのは他ならぬこの国の第二王女、エリシア=シルゼヴィアだった。
「そういうこと言うのやめてくれるか?勘違いされるだろ?」
「私は別に構いませんけどね。でも私は元々ここで学ぶために来たんですよ?通うのは当然のことじゃないですか」
「いや、それは建前とかじゃなかったのかよ」
「いえ、違いますよ。正確に言えば、両方とも本音です」
「二兎追うものは一兎も得ずって言葉知ってるか?」
「私の信条は三兎追って三兎得るですから」
「強欲が過ぎるだろ。つーか、一兎多くない?」
「さあ?どうでしょうね?最後の兎さん」
「勘弁してくれ……」
エリシアの言葉に渋面を作りつつ、そう答える。
「そういえば、あの事件でかなり多くの貴族が処断されたのはご存知ですよね?」
「嫌でも入ってくるよ」
「そのお蔭で使う必要のないお金も使わなくて済み、財政も回復したんですよ?」
「へえ、そうなのか」
「でも、一部困ったことにそのせいで領主がいない地域も出ちゃったりしたんですよね」
「ざまあみろって、オッサンに言っといてくれ」
「まあ、父は方針だけ決めて、あとは宰相さんに丸投げなんですけどね」
「地獄に落ちろって言っといてくれ」
「それはともかく、折角ですので、今後伯爵になる方には支配地域も増やしてもらえないかなと思うんですよね」
「ふざけんな、腹黒王女」
「まあ、決まったことですし、諦めてください」
「おいこら、あんま調子乗ってると――」
「犯しますか?それならバッチコイです。責任は取ってもらいますけど」
「何言ってんの!?マジでやめてくんないそういうの!ていうか、嫁入り前の娘がそういうこと言うんじゃありません!!」
「あ、ちなみに処女ですので、優しくしてくださいね?」
「はーなーし、聞ーけーよぉぉー」
王族ってなんだっけ?そんな疑問が頭に浮かんできた。少なくとも、シグレスのイメージではもう少し高貴でお淑やかなものであるはずなのだが。
そんなことを考えている内に授業が終了。王女様のせいであまり集中できなかった。あとで、わからないところを聞きに行くべきだろうか。
「そろそろお昼の時間ですね。御一緒しませんか?」
「だが、断る」
「そうですか。では残念ですけど、ユナと食べることになりそうですね」
「結局、一緒に食うことになるのかよ……」
昼食はユナとサミュエルとともに(あ、あとクロウも)とっている。シグレスとしては一人でゆっくりと食べたいのだが、世の中そんなに上手くいかない。なので、エリシアがユナと共に昼食を摂るともなれば、必然的にシグレスとも一緒になってしまうのだ。まあ、サミュエルは他に友達らしい友達もいないので仕方ないが、ユナが来る必要は全くないはずなのに。
(ああ、また注目を浴びるんだろうなあ)
折角、男友達をどうにかして増やそうと思ったのに、これでは意味がない。付き合ってるわけでもない美少女たち(男一人含む)と昼食。一見すれば、羨ましく、『爆発しろ!』と言いたくなる光景だが、『じゃあ、代わってくれるか?』と聞くと、そろって男どもは首を横に振るという不思議空間だ。
それから、サミュエルとユナとも合流し、魔王と王女の初体面と相成った。まあ、正確に言えば、サミュエルも魔王と言うより、魔王女だが。そして、早速エリシアが爆弾を投下。
「そちらの銀髪の方は?もしかして、シグレス様の彼女とか?」
「そんなわけないでしょう。誰がこんなゴm、もとい女たらしの彼女ですか」
「へーい、サミュエルさーん、言い直しても酷いことには変わりないからね?っていうか、年功序列って知ってる?年上はもっと敬おうね?」
「チッ。あ、すいません、聞いてませんでした」
「聞いてたよね?絶対聞いてたよね?つーか、今舌打ちしたよね?」
帰ってきてからというもの、少しサミュエルが不機嫌だ。いつもの三割増しくらい慇懃無礼だ。いや、よく考えたらいつもと変わらない気がしてきた。
「まあ、彼女云々は置いとくとしてだ。こいつは俺の後輩ことサミュエル=ラグルースだ。お前さんの糞親父から話は聞いてるだろ?」
「一々、言われなくても知ってますよ?黙っててくれます?」
「じゃあ、何で聞いたんだよ!?ていうか、何か、言葉の端々に棘があるのは気のせいかな?王女様?」
「気のせいです」
「言い切りやがった……」
厄介な人間が増えたことでまた胃が痛くなってきた。胃薬の服用量を真剣に増やすかどうか考えていると、
「何?エリーってばこの銀髪ネクラのこと知ってんの?」
「黙れ、金髪ビッチ」
「ああん?」
「やんのか、コラァ?」
「ふふ、ユナとサミュエルさんは仲がよろしいんですね」
「アンタ、眼科行った方がよくね?」
始まった、いつも通りと言えばいつも通りの光景に、あまりに見当違いのことを言うエリシアの目を心配しつつ、シグレスは溜め息をついた。
その後、何とか昼食を終えたものの、ハネットがいつの間にやらいたのには驚いた。流石は元暗殺者といったところか。まあ、本当にそうかは聞いていないが。
◆◆◆◆
放課後。シグレスは疲れていたので、サミュエルとの訓練が終わると、エミルに挨拶だけして、バイトはせずにすぐに寮へと戻り、夕食を摂って休んでいた。
そこで、帰りがけにエリシアから渡されたものがあるのを思い出した。
渡されたのは手紙。中を開けて、中身を見ると、そこには、
『今日の夜、寮を抜け出して、私とユナが住んでいるところまで来てください』
と、一文書かれていた。厄介ごとの雰囲気しかしないので、正直、無視して寝てしまおうかとも考えたが、そうなると翌日、色々と面倒なことになりそうだったので、大人しく諦めて行くことにした。
そして、点呼も終わり、皆が寝静まった夜。シグレスは窓からこっそりと外へと抜け出し、ユナが住んでいる家へと向かって走った。抜け出すのはよくやっているので、これくらい楽勝だ。
それからしばらく走り、大きな家というか、貴族の大邸宅が見えてきた。これで別荘というのだから流石は公爵家令嬢といったところか。
(つーか、王女様とユナって同じトコに住み始めたんだな)
前々からユナが広すぎると愚痴をこぼしてたのは知っていたので、大方親友がこちらに来ることになるにあたって、一緒に住もうと考えたのだろう。
寮住まいのシグレスとはかなりの違いだ。まあ、その生活は自分から望んだのだが。どうにも前世の生活が抜けきらないので、どうしても貴族の大邸宅といった広すぎる家には慣れないのだ。
「こんにちはー、宅配便でーす」
などと、少しふざけた感じで門を抜け、両開きのドアをノックする。
「お待ちしておりました、シグレス様」
扉が開くとともにそう言ったのは、ハネット。何言ってんだコイツみたいな目で迎えられた。
……ノリでふざけたことはやるものではないと学んだシグレスだった。
それから進んでいき、一つの部屋の前に到着した。
コンコン。
「エリシア様、シグレス様が来られました」
『どうぞ、中にお通ししてください』
ドアの向こうからエリシアのくぐもった声が聞こえた。
そのまま入ると、白い、絹のネグリジェにナイトガウンを羽織ったエリシアが小さなテーブルに飲み物が入っているであろうカップを置き、読んでいた本から視線を外し、シグレスの方へと目を向けた。
「お待ちしていました、シグレス様。どうせならスケスケのネグリジェが良かったですかね?そっちもあったんですけど、流石にハネットに止められてしまって」
何でだろうか。素直にハネットに『グッジョブ!』と言ってやれない。
「あのね、結婚もしてないのにむやみに肌を男にさらすもんじゃねえぞ」
「その割には顔が残念そうですよ?」
「えっ、マジか、何でバレた?」
「わーお、あっさり引っかかったことに驚きです」
「くっ、卑怯な……」
それよりも、ハネットの視線の温度が下がるを通り越して何か絶対零度な気がするんですけど、気のせいですかね?
このままではマズいので、話をそらす。
「それはともかくとしてだ。ユナは?」
「寝ていますよ。ユナにもいずれは話す予定ではありますが、結果がわからないことには、まだはっきりとはしないんですが……」
「なんだ?何かあったのか?」
「先日の事件、『召喚士』が関わっていると言いましたよね?」
「ああ、そうだな。余程腕が立つ奴だったんじゃないのか?なんて言っても、下級とはいえ、竜を召還した奴だろ?」
「それが…違うんです」
「は?違う?」
「ええ、捕まえた『召喚士』はまるで聞いたこともなければ見たこともない、木端魔法使いの者なんです。竜召還はおろか、『召喚士』にさえなれないレベルの」
「はあ?おいおい、そりゃ、どういうことだ?ありえんだろ。つーか、普通に考えて何でそいつ死んでないんだ?」
「原因は不明です。しかし、その男は捕えて三日後に死亡が確認されました」
「『影』が間違えた可能性は?」
「もちろん、考えましたが、協力してくれた『影』は特に信任の厚いものですし、たった一人で忍び込ませたわけでもないので、裏はとれています」
「ふむ…その魔法使いの死因は?」
「心肺停止によるものです」
「情報が不足しすぎてんな…考えられることは?」
「特に何も」
「うーん、普通に考えれば別のめちゃくちゃ腕が立つ誰かさんってことになるんだろうけど……」
「シグレス様は違うとお考えで?」
「不審死って辺りがどうにも引っかかる。毒薬を使われたとかならわかるけど、オッサンがそんなヘマするとは思えねえし…何か死ぬ前に言ってたこととか変な動きとかは?」
「ああ、そういえば、言ってたようですよ?『虫がいる。あっちにもこっちにも。独房を変えてくれ』って。ふざけていると思って看守たちは耳を貸さなかったようですけど」
「……麻薬?」
前世で社会問題となっていたものだ。特徴が非常に酷似している。それに加え、『召喚士』になれるほどの急激な魔力の増大。
前世では魔力に作用するとかいうものは無かったが、肉体に作用して、反射神経を一時的に急激に上げたり、筋力が増したりというのは数多くあった。もしかすると、そういう類のものなのかもしれない。
「麻薬?何ですか、それ?」
「俺も伝聞でしかないけど、元々は薬の一種として使われるものだったけどな。そういう効果のあるものは聞いたことはないが、反射神経や筋力を一時的に上げたり、痛覚を麻痺させるものならあったはずだけど。まあ、何よりの特徴はすさまじいまでの副作用。幻覚を見るようになったり、情緒不安定になったりってとこか。最悪の場合、死に至るそれこそ心肺停止とか呼吸不全とか」
「ふむ、薬によってですか…可能性はありますね。ちょうどこの学校にも専門の方がいらっしゃいますし、聞いてみましょう」
(魔力増大薬ってか?一気にきな臭くなってきたな)
未だ事件が終わったわけではない。そんな気がした。
◆◆◆◆
とある廃墟の一室。そこには一人の影。
「ふむ?失敗?まあ、仮にも『勇者』を保有している大国だ。十分に想定の範囲内さ。それに、私から見れば、得たものの方が大きいよ。何と言っても、下級とはいえ、竜召還までこぎつけたし、その竜も薬物投与で十分に言うことを聞かせられるとわかったんだ。中々大した結果だよ」
ククッ、と影が低い声で笑う。
「まあ、これで実行に移せると言うものだよ。我らが魔族による人間と亜人の支配というものを、ね」
その影は人間ではなかった。それは背から生えている翼を見れば、すぐにわかる。
「まあ、そのためにはとりあえず内部から変えていかねばならんだろう。そうだな、とりあえずは――」
そう言うと同時に影の目がギラリと怪しく光る。
「――邪魔なルシフルでも消すか」
ニヤリとした笑みを浮かべつつ、影は続ける。
「ん?ルシフルは一筋縄ではいかない?そんなことは分かっているさ。でも、ほら、人質にするのにちょうどいいのがいるだろう?」
影の話し相手は姿が見えない。が、影はまるで相手が目の前にいるかのように身振り手振りで語り掛ける。
「そう、『天才』と称されし、忌々しい『魔王ルシフル』の血族、サミュエル=サタン=ルシフルが」
業は、終わらない。
これからは「先生は~」2:「戦士な~」1でいきたいと思っています