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護衛 其の六



 とある王宮の一室。荘厳さと豪華絢爛とが見事に調和したその部屋には、二人の人影がテーブルを間に向かい合うようにしてそれぞれ備え付けのソファに座っていた。


「んで?結局のところ、アンタは何企んでたんだ?王様?」


 そう言ったとある少年。黒髪に同色の双眸。そう、シグレス=ソルホートだ。


「おいおい、人聞きが悪いなあ、シグレス。不敬罪にしちまうぞ?」


 そうシグレスに対して言うのは、白が強めのプラチナブロンドの髪を短く刈り揃えた偉丈夫。見る者がみれば、目を見張っただろうその体には、無駄というものがなく、まさに戦士としての手本のような鍛え方をしていた。そして、その身には土地が買えそうな非常に高価な服をまとっていた。

 顔立ちもまた整っており、薄く髭を生やしたその顔には大人の男特有の渋みが漂っていた。それに対し、その顔にはどこか少年のような悪戯めいた笑みが浮かんでいた。


 彼の正体は現シルゼヴィア王国国王、ガリウス=シルゼヴィア。言い方を変えれば、エリシアの父でもある。


「随分とふざけたことぬかしやがる。この狸親父が」


「俺にそんな口きく奴は世界中探してもお前さんくらいなもんだろうよ」


「んなことはどうでもいい。結論から言わせてもらうけど、お前俺のことハメやがったな?」


「んだよ。気付いてんじゃねえか。つまんねえなあ」


「テメエ……」


 心なしか、というよりかなりその態度にイラつきつつ、ここ数日のできごとにシグレスは思いを馳せていた。




◆◆◆◆




「あー、何とかできた。マジ神経使うわー」


「ですね。さすがに私も少々疲れました」


 そう言って、ユナとエリシアがため息をつく。


「姫!今、そちらに…!」


 そう言って、近付こうとするシギル。しかし、それよりも前に、


「触れるな」


 ドスの効いた声でそう言い放ち、素早くエリシアとシギルの間に滑り込んだのはカーミラ。


「貴様は殿下を危険にさらしたのだぞ!わかっているのか!」


「なっ!か、カーミラ嬢、ただ私は姫を救おうと…」


 そう言い訳しようとするシギルだが、間接的にとはいえ、王女であるエリシアを危険にさらしたのだ。その罪は死罪になってもおかしくない。シグレスも庇うつもりなどこれっぽっちもない。それに、


「カーミラ様、いいんですよ。どうせそいつら死罪ですから」


「き、貴様!何を根拠に!」


「おかしいおかしいとは思ってたんだよね。だってこんな無能が普通王女の護衛につく?仮にも王族の護衛だし、隠密だぜ?ありえねえだろ」


「貴様!もう一度言ってみろ!」


「お前らは嵌められたんだよ。いい加減気づけ、タコ。つーか、あんたグルだろ?王女様」


「はい?何がです?」


 そう言って、怪訝な表情をするエリシア。まるで本気でシグレスが何を言ってるかわからないような、自然な演技。


「あー、そのとぼけ顔、あの狸親父にそっくりだな。流石は親子ってか?マジイラつく」


「ちょっ、シグレス殿!?」


 カーミラが焦ったようにシグレスを咎めるが、シグレスはそれを無視して続ける。


「そもそもの前提条件が間違ってんだよ。俺たちが嵌められたわけじゃない。俺たちの側の誰かさんが嵌めたんだ。目障りな貴族を消すためにな。まさか、それに自分の命まで賭けてるとは俺も思わなかったけど」


「……………」


 そのシグレスの言葉にエリシアは何も言わず、すうっと目を細める。


「そこの馬鹿貴族二匹は典型的な平民差別主義者だ。それなのに、平民も通う王立学校へと入学するための護衛にそんな奴ら付けるか?いや、付けねえよな?だって、そんなことしても民衆の反発を生むだけなんだから。そこまで貴族を重視しない革新派である王族がわざわざ支持率を下げたりするわけないもんな」


 誰も黙して語らず、シグレスの話に耳を傾けていた。いや、正確にはユナ一人だけが、どこか諦めたような目でエリシアとシグレスの二人を見ていたが。


「さらに言えば、もう一つ。どう考えてもおかしいことがあるよな。どう考えても戦力の過剰供給だろ。まだひよっことはいえ『勇者』であるユナ、ユナと同レベルの『魔導師』である王女殿下に武門の有名どころであり、『麒麟児』のカーミラ様、挙句の果てに侍女は元『暗殺者』ってところか?どいつもこいつも非公式とは言え、上級騎士に宮廷魔術師クラスの猛者ばっか。王女殿下、あんたが言った『そこそこ腕の立つ奴ら』なんていらねえだろ?じゃ、こっからが本題。何で、こんなにも戦力を過剰供給して、尚且ついらない奴までお呼びがかかったのか――」


 一息おいて、


「――これは勝手な予想だし、こじつけだけど、王女殿下、アンタ襲撃があるってわかってたんじゃねえの?この無能を呼んだのは自分たちの居場所を知らせて相手に情報を与えるためってところか?」


「………ふふっ、ふふふ、アハハハハハ!」


 シグレスがそこまで言ったところでエリシアが急に笑いだした。シギルとオリバはぎょっとした顔でエリシアを見て、ハネットとカーミラはユナと同じようにどこか諦めた目でエリシアを見ていた。


「いやあ、凄いですね、シグレス様。まさしくお父様の言った通りの御仁ですね」


「……当たりって解釈でいいのかね?」


「うーん、まあ、大体、合ってますよ。ああでも、細かい点を言えば、いくつか外していたり、分かっていない点もありますが」 


「へえ、参考までに教えてくれるかい?」


「ええ、勿論」


 今までのおしとやかな様子とはうって変わって、悪戯っ子のような笑みを浮かべて話し始めるエリシア。


「まず、第一に確かに私は自分の命を賭けましたけど、流石に竜まで喚ばれるとは予想外だったんですよ?まあ、幸いにも内通者がいたので、事前に『召喚士』が相手方にいることは掴んでいたので、もしもの保険にとシグレス様にお声がかかったわけですが。まあ、そのお陰で計画がユナたちにバレちゃいましたけどね」


「何で、俺の存在が保険になるんだよ」


「あら?とぼけても無駄ですよ?昔、竜と戦ったことがあるのはお父様から聞き及んでますよ?」


「チッ…」


 忌々しい。大方あることないこと吹き込んだのだろう。

 確かにシグレスは一度だけだが、竜と、しかも上級個体と戦ったことがある。


 あの時は死を覚悟した。生き残れたのは今思っても奇跡だと思う。


「でも、竜が喚びだされるのは予想外じゃないのか?恐らくは下級個体だけど、ありゃ十中八九間違いなく竜だったぞ?」


「そうですね。正直、想定はしていませんでしたね。ですが、まあ、他にも保険はありましたから」


「何?」


 そう言ってエリシアが懐から『テレボール』を取り出した。


「仕事は終わりましたか?」


『はい、王女殿下。無事、召喚士を捕らえました』


「そう、それは何より。身柄はきちんと運んでおいてね。聞きたいことはたくさんあるんですもの」


『御意』


「そういえば、何か言っておくことはあるかしら?」


『そうですね、ユナ様とハネット嬢に、演技とはいえ、無礼を働いたことを申し訳なく思うと申し上げてください』


「はい、承知しました」


『感謝します。殿下』


 その言葉を最後に通信が切れた。そこで、ユナが何かに気付いたように、


「エリー、まさか、会話してた奴って…」


「ええ、ユナ、貴方の思うとおりの人物ですよ。先ほど逃げられたと言っていたリーダー格の男です」


「逃げられたんじゃなく、【エクスプロージョン】を煙幕替わりにして逃がしたのね…」


「そういうことです。彼は『影』ですから死んでもらっては困ります」


 ユナが渋い顔をしていたが、エリシアはどこ吹く風といった様子でそれを平然と受け止めていた。


「保険ってそういう意味か。なるほど、こいつは気付かなかった。たとえ、賊が逃げようと、例外なく討ち取られてしまう算段になってたわけね」


「そういうことです。それとあともう一つ」


「えー、まだあるのか。アンタどんだけ仕組んでんだよ。マジで腹黒だな」


 すでにシグレスの口調は投げやりになっていた。どうにも国王と同じ匂いがして敬意を払う気になれなくなったのだ。不敬罪に問われても、国王に何とかしてもらおう。


「シグレス様の言葉には引っ掛かりを感じますが、もう一つ言わせてもらえば、このシギル様とオリバ様にはシグレス様が言ったような、連絡役という意図は含まれていません。というか、『そこそこ腕が立つ』ということ自体嘘なんですけどね。ただ、彼らの家はシグレス様の言った通り、平民差別主義者でしてね。出来の悪い息子たちが不手際を起こして、家をお取り潰しに出来たら万々歳くらいの気持ちです。見事期待に応えてくれました。これで心置きなく潰せて、貴族の保守派を一掃できます」


「「「うわあ………」」」


 ユナとカーミラとシグレスの声が見事にハモった。予想以上の腹黒さだ。シギルとオリバは顔を真っ青にして絶句している。ハネットはいつもの無表情に戻っていた。


「ま、これで色々と一段落しました。さ、そこの二人を縛り上げて、馬車に放り込んでください。私とユナが余った馬に乗ります」


「ああ、だから二人なのか…」


 どこまで用意周到なのだろうか。ハネットとエリシア以外の全員が疲れた顔をしていた。

 その後、ハネットが黙々とうなだれている貴族二人を縛り上げ、馬車に投げ入れていた。彼女も色々と溜まっていたらしく、手つきが荒かったのは気のせいではないだろう。


 その後は無事、何事もなく学園に到着した。




◆◆◆◆




 それからしばらくして、この事件が大々的に発表され、数多くの貴族が処断された。


 肝心のエリシアはその後、証人としてたくさんの兵に守られて王都へと戻ってしまった。一体シグレスたちの苦労はなんだったのだろうかと虚しく感じられたが、気にしたら負けなので、極力気にしないことにした。


 さらにその後、シグレスとユナとカーミラは王都の王宮へと呼ばれ、今回の事件に関しての褒賞をもらった。勿論、国王自らの手でもらいましたよ?こういう儀礼的なことは正直、苦手なのだが、そうも言ってられないだろう。


 そこで、疑問に思った点があるとすれば、


「何で俺だけ爵位なの?」


 正確には、シグレス自身の家であるソルホート子爵家がだが。シグレスが家を継ぐ時に伯爵家となるらしい。家族は息子の晴れ姿だというのに、顔を出さなかった。家族全員がこういう儀礼的なことは嫌いなのだ。曰く、


『王様自身に命じられた任務があるから手が離せないや、てへぺろ☆』


 ということらしい。この手紙の文面を読んだとき、破り捨てたのは言うまでもない。妹一人が来るのもおかしな話ということなので、結局ソルホート子爵家からはシグレス一人が式典には参加した。


 ほか二人は勲章と報奨金。シグレスだけが勲章プラスの爵位というわけだ。ハネットは侍女なので、特にないらしい。ぶっちゃけ、報奨金の方が良かった。


 それから夜になって、ガリウスからこっそりと話がしたいと呼び出された。そして、冒頭の部分に至るというわけである。




「それで?俺に爵位与えたのも嵌めた一環だろうけど、俺に何させたいんだ?」


「いやいや、特に今のところは何をさせたいわけでもねえよ。まあ、強いて言うなら、爵位を上げさせることが目的かね」


「はあ?」


「ま、説明するなら本人交えたほうがいいだろ。エリシア、入ってこい」


「はい、お父様」


 そう言って入ってきたのは、腹黒王女ことエリシア=シルゼヴィア。きちんと優雅さを崩さない歩き方で近付き、ガリウスの方のソファへと腰掛ける。


「は?何で王女殿下がここで関わってくるんですか?」


「ふふ。敬語はもういいですよ。いつも通りの口調で構いません」


「んじゃ、ありがたく。それで?王女様が関わる理由ってのは?」


「ああ?せっかちな野郎だな。早漏か?」


「黙れ、狸親父」


「そうですよ、お父様。一応、嫁入り前の娘もいるのですから、やめてください。それに、きっとシグレス様は遅ろ――」


「はい、ストップー。ねえ、確認するけどアンタ王女だよね?この国の王族ですよね?何、ナチュラルに下ネタはさもうとしてるの?」


「細かいことはいいじゃねえか。これから、お前の嫁になるんだから、んなこと気にしてたら、キリねえぞ?」


「いや、細かくねえだろ。アンタ、どういう教育して――って、え?何?今、何て言った?俺、急に耳が遠くなったみたいでさ」


「何だ、聞いてなかったのか?だから、エリシアをお前の嫁に――」


「あー、あー、何にも聞こえなーい。あれ?持病の突発性難聴に悩まされちまった。いやー、失敬失敬。この調子じゃお話もできないわ。んじゃ、俺はこれにて失礼!」


 聞き間違いじゃなかったと分かった途端、急いで逃げようとする。


「あら?シグレス様は私じゃ不満ですか?こう見えてスタイルには自信があるのですけど?」


 一歩間に合わず、エリシアから声がかかった。シグレスは、はあ、と一息ため息をついて、扉の前でエリシアとガリウスに向き直り、口を開いた。


「その言葉を初対面の時に言われたらクラっときたかもな。でも、今はそんな気にならねえ」


「それは、なぜ?」


 その言葉に対し、シグレスはエリシアを正面から見据え、


「俺はな、自分の命を粗末にする奴は嫌いだし、友達を危険に晒す奴はもっと嫌いだからだ。お前さんとそこの狸親父のやってることは王族としては立派だし、尊敬する。でもな、それが自分の命と友の命を危険にさらしていい免罪符にはなんねえんだよ。だから、俺はアンタと狸親父のことが大っ嫌いだ。その命が失われることで悲しむ奴がいるんだ。それを自覚してくれ。理由としてはこれだけだ」


 そう言って、扉を開き、部屋を去る。そして、最後に、


「国王陛下、王女殿下、私はこれにて失礼します。それでは、良い夢を」


 ニッコリと笑顔で言って、扉を閉めた。




◆◆◆◆




 シグレスが去ったあと、エリシアが口を開く。


「あーあ、振られてしまいました」


「ま、こうなると思ってたけどな。それで?どうだ?惚れたか?」


「ホント、お父様は人が悪いですね。ええ、貴方の思い通りに私はシグレス様に惚れてしまいましたよ。あんなこと言われたら、仕方ないじゃないですか」


「ハハッ!そうだろう、そうだろう!アイツはああいう奴だ。この世界に不釣り合いなほどに優しすぎる。その優しさを恐ろしい程効果的なタイミングで出してくるし、そんな時に限って、下心ってもんがこれっぽっちもねえ」


「ええ、本当に」


「ライバルは『勇者』に『魔王』だぜ?」


「恋というのは敵が強いほど、燃えるものです」


「ハハハハハハ!流石は俺の娘だ!ま、しっかりやんな」


「はい、お父様」




◆◆◆◆




「ああ、言っちまった…大嫌いはねえだろ、大嫌いは…」


 シグレスは一人凹んでいた。

 流石にあれはまずいだろう。今度こそ不敬罪に問われるかもしれない。胃が痛くなってきた。


「でもなあ、やっぱ許せねえよなあ」


 一度、死んでいるからこそわかる。死んでしまったらそれで終わりなのだ。何も残らないわけではないが、よほどの外道でなければ、少なからず誰かに悲しみを背負わせてしまう。それは他ならぬシグレスが一番よく知っている。




 転生前のことだが、未だに強く記憶に残る声がある。


『お兄ちゃん!お兄ちゃん!』


 シグレスが一度死んだ時に助けた子供は知り合いの子だった。その子は比較的大人しい子で、何故か生前のシグレスによく懐いていた。

 そんな子が涙を目にいっぱい溜めて、髪を振り乱し、必死にシグレスを起こそうとゆするのだ。しかし、シグレスは微笑むのが精一杯で、その子に対して何一つとしてしてやれなかった。

 それが、たまらなく悔しく、悲しかった。


 もう二度とあんな思いはゴメンだし、友にも経験して欲しくない。シグレスが身近なものに対しての『死』に強い忌避感を抱くのはそのためだ。


「ま、なるようになるだろ」


 そう呟いて、用意された部屋へと戻っていく。






 窓から見た夜空には月がポッカリと浮いていた。





最後は少しセンチメンタルですね。

あと、後日談を入れて、王女護衛編は終わります。


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