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護衛 其の伍

なんかいつもよりほんの少しだけ長くなりました。





「グルルルルルルルルル……」


「フゥーーーー」


 ゆっくりと息を吐き出し、こちらに怒りの形相を向ける竜へと二刀を構える。


「シグレス!そいつ、何か変よ!」


 ユナの言葉にわずかに首をかしげるが、言われてみれば、前に戦った竜とはどこか違う気がする。よくよく観察すれば、さらにおかしいことがわかる。本来の竜ならここまで本能剥き出しに襲って来るだろうか?いや、それはない。

 奴らは自分たちが圧倒的な存在であることを自覚している。だからというか何というか、案外、会話を好む。それなのに問答無用で襲ってくるとはどうにも考えづらいのだ。だが、今はそんなことを気にしていられない。


「ユナ、どれだけ時間稼げりゃ、コイツを倒せるくらいの魔法撃てる?」


「へ?」


「俺とカーミラ様とで時間稼ぐから、王女殿下と『二重詠唱』しろっつってんの」

 

 二重詠唱とは魔法使いが二人で唱えることで発動させる魔法のことだ。その効果は非常に強力であり、その分だけ難易度も高い。

 互いに詠唱するスピードが遅くても早くてもいけないし、互いに魔力の波長も合わせなければならないので、どんなに息の合った長年のコンビだとしても、僅かなタイミングのずれで失敗したという例は数知れない。

 さらに言えば、魔力も尋常じゃなく消費するので、正直に言えば、かなり使い勝手の悪い魔法だ。

 戦争等の大規模戦闘ならいざ知らず、少なくともこんなギリギリの戦いで緊張状態を強いられながら行使する魔法ではない。


 しかし、竜を倒すとなれば、これくらいのことをするか、ひたすらに限界ギリギリまで寸分違わず、同じところを斬りつけるか(剣は業物使用)、ブレス覚悟で口の中への特攻するしかない。最後のやり方ではほぼ間違いなく死ぬか、たとえ生きてても腕や足の一本や二本は炭になるだろうが。


 前に戦った時は、必殺技なんていう代物はなかったので、限界ギリギリまで斬りつける作業を行った。恐らく、雷魔法がなければ、何度も死んでいただろう。


「アンタねえ、あれ結構メンドいし、ムズいのよ?簡単に言うなっつーの」


 ユナが渋い顔をしつつ、そう答える。しかし、シグレスはそれを聞いてホッとした。


「メンドいっつーことは、できるってことだろ?」


「はあ、わかった。そっち任せたわよ?私に流れ弾当てたら、覚悟しなさいよ」


「へいへい。大人しく守られてろ」


「どうしてあんたはそう……いえ、やっぱいいわ、エリー」


「はいはい。全く、私の確認くらいとってくださいよ。これでも王女ですよ?シグレス様?」


「あとで、土下座でもなんでもするんで、見逃してください」


「ふふっ、言質はとりましたよ?ハネットは私たちの守護とシグレス様たちの援護、カーミラはシグレス様と竜の気を引きつけてください。いいですね?」


「「御意」」


 そう言って、竜に突出するカーミラと竜から離れ王女の方へと戻るユナとハネット。


「カーミラ様、竜がブレスを吐くときは必ず一度口を閉じて、わずかに頭を反らします!注意してください!」


「ああ、わかった!」


 そう言いつつ、カーミラはブロードソードを抜き、竜の足へ向かって切りつけつつ、シグレスの方へと近づき、ユナと王女から気をそらそうとする。


「やっぱおかしいな」


「何がです?」


「いえね、竜ってのはめちゃくちゃ賢いんですよ。それこそ人語を解するくらいに」


「らしいですね」


「それなのに、自分をも殺せるかもしれない魔法をポンポン撃たせると思いますか?」


「そう言われれば、そうですね」


「しかも、大声で指示しといてです。わざわざ言ってあげてんのに無視するわけないんですよ」


「なるほど、つまりは竜は自らの意志やまともな召喚士による契約に基づいてこちらを攻撃しているわけではないと?」


「恐らくは、ですが。戦闘しないに越したことはありませんし、カーミラ様が覚えてる中で、毒とか混乱を回復する魔法覚えてませんか?」


「いくつかは。シグレス殿は?」


「私もいくつかは覚えています。ただ、詠唱が必要なんでちょっと時間とっちゃいます」


「そうですか、では私が。無詠唱でできるので」


「お願いします」


 この会話の間にも戦いは続いている。カーミラとシグレスは二人で竜の右後ろ足を集中的に狙う。互いに入れ替わりながらも攻撃の手を緩めない。


 向かい来る竜の前足の爪が振り下ろされる。それに対し、ユナの剣と同じように横にそらすことで、回避しようとするが、


(重っ!)


 やはり地力が違う。すぐにそらせないと判断し、横に飛び退くことで離脱。爪本体もそこそこ魔力操作で強化した刀で斬りつけたのだが、傷一つついていない。


(やっぱ、抜き打ちくらいのスピードと集中力がなきゃ、切れねえか)


 雷魔法を使えば、それに近いスピードは出せるが、長時間継続してできるものでもないし、できたとしても、ユナとエリシアの二重詠唱による魔法でダメージを与えてからの方が、効果も高いだろう。


(ホントは出し惜しみしてる余裕はないんだけどな)


 しかし、この戦闘で下手を打てば、死ぬのはシグレスたちかもしれないのだ。少しづつ、慎重に戦闘を行い、勝つための活路を開く。相手は格上。こちらは挑戦者。今は卑怯な手でさえも使わなければ。


 そんなことを考えつつも、駆け、避け、隙あらば斬りつける。時たま、カーミラが回復魔法で状態異常を回復するための魔法を竜に向けてかけているが、効果は全くない。


「カーミラ様!もういいです!魔力操作限定に切り替えて、攻撃に専念してください!」


「ああ!」


 そう言いつつ、シグレスもまた突出する。もう、ユナたちは詠唱し始めているのだろうか?後どのくらいで撃てるか聞いてみるか?いや、制限時間を聞いてしまえば、最後の何秒かで気が緩むかもしれない。今は一秒でも長く、少しでも多くダメージを負わせ、こちらへと意識を向けさせねば。


「シッ!」


 鋭く呼気を吐き、敵へと斬りつけ、相手の攻撃を避ける。


 袈裟、逆袈裟、水平、突き、振り下ろし、斬り上げる。幾筋もの二刀で軌跡を描きつつ、ただひたすらに斬りつける。


「チィッ!」


 振り下ろされる爪を紙一重でバックステップで回避。髪にかすり、数本ハラハラと地面に落ちる。まさにギリギリの勝負。あちらは何度攻撃を受けてよくても、こちらは一度受ける、いや、魔力で全力で防ぐことで二度受ければ、この世とお別れ。しかし、魔力は使えない。


「ハハッ、ホンっと、理不尽極まりねえな」


 振り下ろされた爪から前足へと駆け上がり、少し登ったところで、クルンと登った側からその裏側に回る。そして、振り落とされ、自由落下が始まる前に、竜の前足を足場にして、右後ろ足へと下方に向かって跳躍。


「はあっ!」


 自分の体重と落下速度、さらに自分の脚力までも使った渾身の二撃の振り下ろし。


 ガキィッ!!!


「ギャオオオオオオオオ!!!」


 鱗と刀が耳障りな反響音を立てる。競り負けたのは竜の鱗。そこには二刀による傷が確かに刻まれる。

 シグレスは勢いを抑えきれずに、そのままゴロゴロと転がる。


(やっべ、手ぇ痺れた)


 繰り返し、頑強な鱗と打ち合った疲労と、今の一撃で手の感覚が一時的に麻痺する。それでも、何とか刀だけは離さずに、すぐさま離脱する。


「無茶しますね」


「そんくらいしなきゃ、竜相手にできませんからね」


 カーミラの言葉に答えつつ、自らの得物を見る。

 損耗度が激しい。これ以上無茶な使い方をすれば、間違いなく、ポッキリいくだろう。

 

 すかさず、カーミラが間隙をぬってシグレスと入れ替わる。


「フッ!」


 カーミラは剣を袈裟に斬り上げ、シグレスがつけた傷と同じ箇所に斬りつける。さらに斬り下ろし、二撃目。そこまでやったところで、竜が口を閉じ、頭を反らす。


「カーミラ様、ブレスが来ます!」


 その声にカーミラはすぐさま反応し、横に飛び退く、シグレスもまたカーミラとは逆方向へと横に飛ぶ。

 次の瞬間、二人の立っていたところに一条の炎が通る。まるで、火炎放射器だ。ただし、温度はより高いが。避けきれなかった輻射熱がチリチリと肌を焼く。それを無視して懐に飛び込み、先ほど刻んだ、二条の深い裂傷へと再び、斬りつける。

 竜のブレスは確かに強力な攻撃ではあるし、範囲も広いが、事前のモーションがわかってさえいれば、何とかよけられないこともない代物だ。しかも、避ければ、その間に竜に大きく隙が出る。そここそ狙い目。


 この隙にできる限り、ダメージを与えなければ。その一心で繰り返し繰り返し、幾筋もの剣線を描く。


 まだだ、まだいける。


 魔力操作で刀の硬度を限界まで引き上げ、刹那を刻む。


「シグレス殿!」


「くっ」


 カーミラの言葉と同じくして限界を感じ取り、素早く竜から離れる。


 その次の瞬間には前足の爪が横薙ぎに振るわれ、シグレスが先程までいた虚空を切り裂いた。


「全く、本当に無茶しすぎです。死んだらどうするんですか」


「はは、まだ死にたくはありませんし、ちょっと限界も来てますね」


「限界?」


「ほら、これですよ」


 シグレスが手に持っていた刀の一振りを見せる。その刀は刃が潰れ、既にただの鉄棒と化していた。刀は確かに切り裂くことに特化した、武器としても優秀なものだが、どうしても剣と違って、耐久性が低くなる。シグレスの刀はオーダーメイドで耐久性も高く作られているが、素材は多少高級なものとはいえ、大して珍しくない材質を使っているので、いずれ限界が来る。たとえ、魔力操作で尚更耐久度を上げてもだ。

 本来ならこれで十分なのだが、相手は魔獣の王だ。鱗も硬ければ、中の筋肉も硬い。あまりに異常な事態なので、もたないのだ。


「なっ!それどうするんですか!?流石に私一人では無理ですよ!」


「んな言われましてもねえ」


 予備はあることにはあるが、残念ながら馬車の中だ。何もないなら、問題ない距離なのだが、厄介なことにかなり面倒な障害物(ドラゴン)があるので、どうにも取りに行けそうにない。

 幸いにも、竜はあまりに右の後ろ足を集中的に狙われるので、こちらを警戒して攻撃してこない。僅かな膠着が続いていた。

 困り果てているシグレスに、


『聞こえますか、シグレス=ソルホート』


「ん?」


 懐から声が聞こえ、そちらに意識を向ける。ユナがいつの間にかシグレスの懐に入れたテレボールから声が聞こえた。


『こちら、ハネットです』


「ああ…」


 聞き覚えのない声だったので妙に思ったが、言われて納得した。思えば、今回の護衛任務でハネットの声を一度も聞いていない。道理で聞き覚えがないと思った。


「ああっと、どうしましたハネットさん?ちょいとばかしこっちはピンチなんですけどね」


『そうおっしゃるだろうと、エリシア殿下がおっしゃっていました。今から、そちらに向かって予備のあなたの武器を投げるのできちんと受け取ってください』


「え?ちょっ!」


 そう言われて、王女たちの方へと目を向ければ、既にこちらに向かって投げつけていた。


(ノーモーションって殺す気か!)


 いくら、刃の部分を向けていないとはいえ、投げるスピードが速すぎやしないだろうか。そう思いつつ、ぶつかるすんでのところで、刃の潰れた刀を投げ捨て、何とか新たに投げられた刀の持ち手を掴み、構える。


 さあ、いざ二戦目、というところで、


「オリバ!弓を!」


「はい!シギル様!」


「喰らえ、悪しきドラゴンめ!」


 そう言って引き絞り、矢を放った、馬鹿。さらに言えば、偶然か必然か見事にシグレスが刻んだ裂傷に命中。それだけだったら良かった。だが、あいつらがいるのは、


「「バカ野郎がァァァァァ!何でハネットとユナと殿下の方向にいるんだァァァァァ!!!!」」


 見事に、カーミラと声がハモった。


 そう、ユナたちの近く。ただし、ユナたちよりも後方に位置しているが。大方、状況も考えず、エリシアの近くにいて、いいところを見せようとしたのだろうが、竜にしてみれば、シギルが持っている程度の弓矢ではほとんど効果がない。いや、むしろ、火に油どころか爆弾を投げ入れるレベルの無能さだ。


「ギャオオオオオオオオ!!!」


(ヤバイ!!)


 憤怒に満ちた形相でユナたちの方へと鎌首をもたげる。


「ユナ!ハネット!エリシア!逃げろぉぉぉ!!!」


 思わず、エリシアを呼び捨てにしてしまうが、そんなことを考えている暇はなかった。

 口を閉じ、頭をそらす。ブレスのモーション。頭が真っ白になる。雷魔法を急いで流し、向かおうとするが、


『大丈夫です、シグレス様』


「は?」


『もう、終わりました』


 時が止まる。そこに二人の声が響き渡る。


「――二重(ふたえ)の祈りをもって」

「――我が力の糧となす」


「悠久の時は」

「夢の調べ」


「大いなる流れは」

「夢の跡」


「我らが祈りを」

「しかと刻め」


「「魔力開放」」


「「【ユニバース・ドライブ】」」


 どちらがどの言葉を言ったのかはわからない。それほどまでに二人は一心同体で。歌うように魔法を詠唱する。

 それと同時に、真っ白な光が竜に向かって真っ直ぐに伸びていき、竜もまた一条の熱線を吐き出す。


 圧倒的な力同士がぶつかり合い、少しの間力の拮抗が起きるが、すぐに熱線が押し負け、竜を白い光が包み込む。




 それが、戦いの終わりを告げた。

 



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