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護衛 其の四





 竜が現れる少し前。

 ユナ達の馬車はリザードマンの群れを突っ切り、森の中を進んでいた。


「ユナ、不安ですか?」


 親友であるエリシアが問いかけてくる。ユナはそれに対し、軽く肩をすくめ、


「まさか。シグレスは今の私よりも強いわ。本気でやりあったら間違いなく負ける。そんな奴心配したほうが無駄よ」


「あら、私はシグレス様なんて一言も言っていませんけれど?」


「エリー、アンタねえ…」


「ふふっ、冗談ですよ。しかし、シグレス様はなかなかに猫かぶりだったのですね。先程の口調には少し驚かされました。私に言わせれば、まだまだですが」


「エリーの猫かぶりと一緒にしちゃ可哀想でしょ。ま、アイツは内緒話だと思ったようだから、エリーに気付かれたとは思ってないかもしれないけどね」


「でしょうね。しかし、彼はそれほどにお強いので?」


「ええ、多分、師匠と張り合――」


「どうしました?」


「何か嫌な予感がする。『サーチ』。……チッ、今度は人間か。…十一人ってところかしらね」


「…こういう時のあなたの勘はどうしてこうも当たるんでしょうね。ハネット!馬車を―!」


 そうエリシアが声をかけようとした瞬間だった。




『ギャオオオオオオオオ!!!!!!』


 咆哮。しかも、ただの獣ではない。ユナでさえ圧倒されるほどの存在感。『勇者』の本能が警鐘を鳴らす。


「アイツ等、本当に……」


 本気で親友(エリシア)を殺すつもりなのだ。

 召喚士といえど、こんな化物を呼べば、ただでは済まない。いわば、共倒れも覚悟の上でやっているということだ。


「…………」


 知らず知らずのうちに、手に力が入り、強く拳を握り締めていた。


 ふざけるな。なぜ、そこまでして親友の命を狙おうとする?何をしたわけでもない。いや、むしろこの国にとって必要なことをしようとしている彼女の命を。

 

(ああ、もう…)


 本当にイラつく。思えば、道中もずっとイライラしていた。馬鹿貴族はエリシアに馴れ馴れしいし、シグレスは猫かぶるし、何かカーミラがいつの間にか若干シグレスに心開いてるし。


「ホンっと、ムカつく…」


 それもこれもこいつらみたいな奴らがいるからだ。誇りと傲慢を履き違える馬鹿貴族ども。そして、それにおとなしく従う、暗殺者などの裏稼業のやつら。どいつもこいつも、


「ふざけんじゃないわよ!!」


 いつの間にか馬車は止まっていた。ハネットが囲まれているのを確認したのだろう。ユナもまた『サーチ』で敵に囲まれているのを確認していた。勿論、圧倒的な獣の存在も。

 叫ぶと同時に、馬車から飛び出す。


「ユナ!」


 エリシアの制止の声も聞かずに外へと飛び出したユナは近づく敵の者たちを目に捉えていた。


「どいつもこいつも恥ずかしくないの?よってたかって女性を狙って。アンタたちそれでも男?いいえ、人間のくずだったわね。いえ、そもそも人間に対し失礼だったわね」


「貴様ッ!」

「落ち着け」


 囲んでいる者たちは皆、黒いローブに身を包んでおり、顔が判別できない。

 その内の一人がユナの言葉に激昂するが、リーダー格らしき男に止められる。その男が口を開く。


「公爵家の娘とは思えん口の利き方だな。ユナ=ノーレンス」


「ハッ!語るに落ちたわね。私の正体知ってるってことはアンタたちの目的も言ってるようなもんよ?」


「ほう、頭も回るか。流石は『勇者』の血族といったところだな。気品は感じられんが」


「はあ?アンタみたいなゴミクズ以下の存在に私の気品なんて感じられるわけ無いでしょ?何?頭沸いてんの?」


「くっくっくっ。おまけに挑発にも乗らず、むしろ返してくるか。ここで失くすには実に惜しい人材だな」


「じゃあ、見逃しなさいよ」


「そうもいかん。こちらも仕事なものでな」


「チッ、忌々しい奴ね」


「どちらにしろ、ここで貴様と王女殿下には死んでもらう」


「お断りよ。あんたらが死ねば?」


「ほう、あれの存在を感じてもそう言えるのか?」


「……アンタら、ホントにあんな化物扱える気でいるの?」


「さてな。私たちの仕事は時間稼ぎ。あれを扱う気などさらさらないよ。死にたくはないからな」


「アンタらが巻き込まれない保証はないのよ?」


「私は逃げるのは得意でね」


 そこで気付いた。このリーダー格の男は最初から全員が生き残れないことなんてとうの昔に知っているのだ。

 私たちと言ったあとで私。言い方が変わっている。この男はたとえ仕事仲間であろうと、盾にして、逃げおおせるつもりなのだ。


(厄介ね)


 よく見れば、他の手合いとコイツは明らかに一線を画していた。どこまでも落ち着きがある。どことなく、戦闘時のシグレスと似ている。あの男はぞっとするほどの無表情で冷静さを保っているが、この男は柳のように掴みどころのない冷静さだ。


「へえ、アンタ、ほかの仕事仲間を盾にでもしようっていう算段なんでしょ。『私たち』から『私』になってるわよ」


「揺さぶりをかけようとしても無駄だよ、『勇者』サマ。私たちは無事に帰してくれるという依頼人の約束を取り付けたのだからね」


(よく言うわ。そんな言葉ちっとも信用していないくせに)


 しかし、揺さぶりはどちらにしろ無意味だろう。この男が取り繕うのがうまいのもあるが、そもそも標的の言葉に耳を貸すような奴らではない。

 それよりも、ユナやハネットに下卑た視線を向けてくる奴らを今すぐにでもぶち殺した方がはるかに早いだろう。

 

 先ほど、激高した男とは別の黒ローブの内の一人がリーダー格に話しかける。


「なあ、大将。そこの金髪の嬢ちゃんと茶髪の嬢ちゃんは好きにしていいのか?」


「金髪はダメだ。きちんと死体になってもらわねば困る。茶髪の方は好きにしろ」


「へへ、じゃあとっとと攫ってたっぷり味あわせてもらわなきゃなあ」


 プチン。

 そこまでその男が言ったところで、ユナの堪忍袋の緒が切れた。ここにシグレスがいれば、奇跡的なまでの長さを保ったユナの堪忍袋に拍手を送っただろう。いつもならば、シギルとオリバが口を開くたび、ボコボコにしていただろう。ひとえに、エリシアの前だから我慢していたのだ。


 ボコボコにしてやろう。そうユナが思い、飛び出そうとしたが、


「死ね」


 その言葉とともに、下衆なことを口にした男の額にナイフが刺さっていた。深々と刺さっており、男は絶命しているのが、一目で分かった。

 近くに目を向ければ、ハネットがいるであろう、御者台に本人はおらず、ユナのすぐそばにまで来ていた。


「ほう、見事な投擲術だ。とても侍女とは思えんな」


 リーダー格の男は面白そうに言う。その手の指には額の手前でナイフの刃の部分が挟み込まれていた。絶命した男に投げつけられたナイフと同じデザイン。

 投げつけられたナイフを受け止めたのだ。


 先ほどの声は間違いなくハネット。そして、ナイフを投げつけたのも間違いなくハネット。恐らく目で追えたのは、投げつけた本人と受け止めた男、ユナくらいだろう。

 相も変わらず、恐ろしいまでの技量だが、それをあっさりと受け止めた男も恐ろしいまでの技量だ。


「さて、一人減ったが、私たちが稼ぐ時間ももう終わる。それなのにこんな小娘たちに舐められて良いのか?同胞たちよ!こいつらに一泡吹かせてやろうじゃないか!」


 その言葉にいきなりの仲間の死に呆然としていた男たちは目の色を変え、ユナたちを睨んだ。そして、少しずつ近づき、勢いよく飛びかかってきた。しかし、それと同時に、


「『エクスプロージョン』!」


 馬車から現れたエリシアが男たちに魔法を飛ばす。その言葉とともに、ユナとハネットは素早く後ろに飛び退く。

 その数瞬後に、飛び掛かってきた男たちが爆炎に飲み込まれる。


「「「「ぎゃあああああ!!」」」」


 男たちの断末魔の叫びが森の中に響く。その様子にさすがのユナも苦笑して、


「エリー、アンタえげつないわね…」


「あら?私の可愛い侍女と親友に向かっての無礼千万、万死に値しますわよ?」


「ま、そこには同意するけどね」


 ユナも同類だった。


「でも、私まだ欲求不満なんだけど。何でエリーとハネットが先に解消してんのよ。私、一応、この中で唯一の護衛なんだけど」


 護衛よりも護衛対象が敵を倒してどうする。本末転倒だ。


 あっという間に半分近くの人間を削ったユナたちに刺客たちも警戒して近付いてこない。しかし、そこで気付く。


「チッ、エリー、リーダーの男に逃げられたみたい」


「ああ、先程ハネットのナイフを止めた方ですね。仕方ないでしょう。それよりも、」


「ええ、来たみたいね」


 その言葉とともに、いきなりユナたちを影がおおい、次の瞬間には地面の揺れが襲う。

 そして現れたのは、


「ド、ドラゴンだぁ!!!」


 刺客の内の一人の反応にユナたちは怪訝な顔をする。どうやら、この男たちは事前にどういう存在が来るのか知らなかったらしい。それなのにあの男は知っていた。いや、感じていたという方が正しいか。

 いや、それよりも今は――


「グルルルルルル…」


 十メートル近い巨体には一つ一つが鉄板のような鱗に、研ぎ澄まされた剣のように鋭利な爪と牙。広げられた翼。そして通常ならば知性が宿っているであろうその目には狂気が滲んでいた。


「なーんか、様子がおかしくない?」


「そうですね。そもそも(ドラゴン)はたとえ下級でも意思疎通ができるほどに賢いと聞きます。この様子だと少しばかりまずいですね…」


「今は、考えてる暇はない、か」


「ですね」


「はあ、エリーが後衛。私が前衛。ハネットはサポートってとこかしら?」


「ま、それが妥当でしょう。少ししたらシグレス様とカーミラも来てくれるでしょう」


「それで倒せると思う?」


「微妙ですね。シグレス様の実力も把握できたわけではありませんし、息の合ったコンビネーションというと、少し難しいですね」


「可能性があるなら、大丈夫でしょ」


「その心は?」


「だって、私は『勇者』だもの。ドラゴン退治はこなしとかなきゃ」


「ふふっ、そうですね」


「んじゃ、デカイの一発いくわよ!」


「ええ!」


「「『エクスプロージョン』!」」


 全くの同時。エリシアとユナは無詠唱でドラゴンに向けて魔法を放つ。

 

 それが開戦の合図だった。




◆◆◆◆




 爆発音が聞こえた。恐らく、ドラゴンとの交戦に入ったのだろう。ユナたちはまだ先。追いつかないことに強く焦りを感じる。切り札を使えば、すぐに距離は埋められるかもしれないが、この長距離で使えば戦いに支障が出る。それではユナたちの足を引っ張るだけだ。できる限り体力は温存しておきたい。


(クソッ)


 内心で毒づきつつ、馬を全速力で走らせる。あとほんの少し。

 そして、それから二分ほど走らせたところで、


(見えた!)


 竜の巨体が見え、それに魔法を打ち込む人影と何かを投げている様子の人影、そして、剣をその巨体に叩きつけている人影が見えた。


 知らず知らずのうちに、シグレスは無表情になっていた。これはシグレスが戦闘時に本気になった証拠でもある。


 声をかけたいのをグッとこらえ、無言で馬を走らせる。そしてユナたちの姿まではっきり見えたところで、


 スッと、馬の背に立ち上がる。


「シグレス殿!?」


 カーミラが驚いたようにシグレスに声をかける。それに対し、


「少し、奴の気を引きます。俺のことは気にせず魔法を放つようエリシア殿下に言ってください」


 そう言って馬の上で足に力を入れつつ、思いっきり飛び出す。その際、わずかに雷魔法を足にかけることで、さながら弾丸のようなスピードで目の前の獣へと向かった。


「はあああああああああ!」


 叫び、左の腰の刀を抜き放つ。

 抜き打ち。

 凄まじいスピードで一閃を描いた刀は魔力操作によって強化され、竜の鱗であろうと容易く切り裂いた。


 そして、竜の横を通り過ぎ、竜の背後をとり、振り向きざまに言い放つ。


「さて、勝負と行こうじゃねえか、デカブツ」






 戦士と竜。

 二匹の食い合いが始まった。








使わないって言ってましたけど、思ったより早く雷使っちゃいました。

何か、すいません。

というか、本当はここで終わらせるはずが、予想以上に長く続いちゃいました。

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