デコメールしよ
どこから迷い込んだのか知らないが、郵便受けに葉書が入っていた。
私はそれを、手に取って見る。差出人には拙い文字で、かろうじて名前が 書いてあった。
裏には字の代わりにびっしりとシールが貼ってある。
これを絵文字と取るならば、内容はこうだ。
『昨日の朝ここを通ったら、綺麗な朝顔が咲いてました。ください。』
流石に鉢ごと渡す訳にはいかない。これでも丹精込めて育ててきたのだ。
押し花にしてもいいのだが、綺麗に色が残るとは限らない。故に私は貼り絵で渡す事にした。
下絵に軽く顔彩で色をつける。
後は色和紙で、朝顔の形になるよう千切り込み、貼り付けるだけだ。
風鈴が、チリリン、と涼やかに音を立てる。
仕上がった葉書をどう渡そうかと、私は暫し思案にくれた。
差出人の名前は、かろうじて読めたものの、住所らしきものは全く書かれていないからだ。
しかも、直接投函したらしく、消印も捺されていない。
まあ、それでもこの家の前を通るならわかるだろうと、ビニール袋に入れて、名前を表に、郵便受けにぶら下げておいた。
数時間後。
夏の淺葱色の絽に身を包んだ老婦人が、我が家の前を通り掛かる。
そして、ぶら下げてある葉書を袋ごと、引き千切り持って行こうとした。
「ちょ…ちょっと待ちなさいっ」
私はすぐに後を追って、声をかけた。老婦人は足を止め、バツが悪そうに振り向いた。
「…貴女…でしたか。」
恥ずかしそうに、俯いてそっと葉書を差し出す。
彼女は、私がよく行く文画堂の主人だ。
「…ごめんなさい。」
消え入りそうな声で、彼女が呟く。
私は彼女を、家へと招いた。
チリリン、と遠慮がちに風鈴がなる。
私は冷えた麦茶を彼女に差し出した。
「6才の孫が、嬉しそうに、デコメールをしてるというものだから、」
消え入りそうな程、身を縮めて彼女が語る。
よくよく考えてみたら、書かれていた差出人の名は、確かに彼女と同じ名であった。
「それで自分もしてみたくなったのですか…」
普段の達筆な彼女の字からは想像出来ない下手さに、すっかり私も惑わされてしまった。
「あの文字は、どうなされたのですか?」
「孫に…書いて貰いましたの。」
ぽっ、と頬を染めて言う。そんな彼女に私も胸がキュン、と鳴った。
「あの…もし御迷惑でなければ、またデコメールを差し上げても宜しゅう御座いますか。」
因みに私も、恐らく彼女も、携帯電話なるものは一度も持った事がない。
私は笑顔で彼女の要望に応えた。
「喜んでお受け致しましょう。」
彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。
私も嬉しく、笑顔を向ける。
ほんのりと赤く染まった二人に、チリリン、と風鈴が拍手を奏でる。
座敷机の上に二つ。
溢れんばかりの想いが籠った、シールでいっぱいの葉書と、大輪の花を咲かせた朝顔の葉書が、仲良く並べられていた。
─ 了 ―