表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

デコメールしよ

作者: 九榧むつき


 どこから迷い込んだのか知らないが、郵便受けに葉書が入っていた。

 私はそれを、手に取って見る。差出人には拙い文字で、かろうじて名前が 書いてあった。

 裏には字の代わりにびっしりとシールが貼ってある。

 これを絵文字と取るならば、内容はこうだ。


『昨日の朝ここを通ったら、綺麗な朝顔が咲いてました。ください。』


 流石に鉢ごと渡す訳にはいかない。これでも丹精込めて育ててきたのだ。

 押し花にしてもいいのだが、綺麗に色が残るとは限らない。故に私は貼り絵で渡す事にした。

 下絵に軽く顔彩で色をつける。

 後は色和紙で、朝顔の形になるよう千切り込み、貼り付けるだけだ。


 風鈴が、チリリン、と涼やかに音を立てる。


 仕上がった葉書をどう渡そうかと、私は暫し思案にくれた。

 差出人の名前は、かろうじて読めたものの、住所らしきものは全く書かれていないからだ。

 しかも、直接投函したらしく、消印も捺されていない。

 まあ、それでもこの家の前を通るならわかるだろうと、ビニール袋に入れて、名前を表に、郵便受けにぶら下げておいた。




 数時間後。

 夏の淺葱色の絽に身を包んだ老婦人が、我が家の前を通り掛かる。

 そして、ぶら下げてある葉書を袋ごと、引き千切り持って行こうとした。

「ちょ…ちょっと待ちなさいっ」

 私はすぐに後を追って、声をかけた。老婦人は足を止め、バツが悪そうに振り向いた。

「…貴女…でしたか。」

 恥ずかしそうに、俯いてそっと葉書を差し出す。

 彼女は、私がよく行く文画堂の主人だ。

「…ごめんなさい。」

 消え入りそうな声で、彼女が呟く。

 私は彼女を、家へと招いた。

 チリリン、と遠慮がちに風鈴がなる。

 私は冷えた麦茶を彼女に差し出した。




「6才の孫が、嬉しそうに、デコメールをしてるというものだから、」

 消え入りそうな程、身を縮めて彼女が語る。

 よくよく考えてみたら、書かれていた差出人の名は、確かに彼女と同じ名であった。

「それで自分もしてみたくなったのですか…」

 普段の達筆な彼女の字からは想像出来ない下手さに、すっかり私も惑わされてしまった。

「あの文字は、どうなされたのですか?」

「孫に…書いて貰いましたの。」

 ぽっ、と頬を染めて言う。そんな彼女に私も胸がキュン、と鳴った。

「あの…もし御迷惑でなければ、またデコメールを差し上げても宜しゅう御座いますか。」

 因みに私も、恐らく彼女も、携帯電話なるものは一度も持った事がない。

 私は笑顔で彼女の要望に応えた。

「喜んでお受け致しましょう。」

 彼女は嬉しそうに笑顔を見せた。

 私も嬉しく、笑顔を向ける。

 ほんのりと赤く染まった二人に、チリリン、と風鈴が拍手を奏でる。




 座敷机の上に二つ。

 溢れんばかりの想いが籠った、シールでいっぱいの葉書と、大輪の花を咲かせた朝顔の葉書が、仲良く並べられていた。



 ─ 了 ―


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ