来襲
大変遅くなり申し訳ありません。バイト等が落ち着いたのでようやく投稿します
魔法。世界に満ちる魔素を現象に変える技法であり、人類を飛躍的に発展させた代物である。
魔法には大きく分けて八つの属性に分けることが出来る。世界が作られた当初に存在した火、水、風、土に干渉する事が出来る四大魔法。四大から派生した氷と雷を生業する二極魔法。光と闇という誰も解明できない二つの概念を操作する理魔法の計八つ。
属性は先天的な敵性により決まるものであり、強力な属性は稀有であり数に偏りが生まれてしまう。一番多いのは四大であり、次に二極、そして理と適合者が少くなっていく。なので各国、各ギルドでは理の適合者は優遇されることが多い。
複数の適正がある者を多重属性と呼び、属性の組み合わせによっては理に勝るとも劣らないほど貴重な存在になることもある。四大と二極の内二つ、稀に三つに適正がある者が一般的だ。たまに常識に喧嘩を売っているような適正を持っている連中もいるのだが。
多重属性の少なさの原因は各属性の特性が原因だ。火は合成、水は分解、風は切断、土は接続、氷は遅延、雷は加速、光は浄化、闇は腐食。
例えば、火と水のように互いの特性を打ち消し合う二属性に適正がある人間は極端に少ない。多いのは
火と土や水と風の多重属性だ。二極や理を含む多重属性に関しては適正がある人間が少ないので一生に十人程会えるかどうかが基本らしい。なので各ギルドは才能豊かな人材を囲い、育成することに心血を注いでいる。
優秀な魔法使いがここまで優遇されるのは、当然理由がある。魔法を防ぐ手段が少ないのだ。同レベルの魔法で相殺するか、自身に魔力を巡らせ抗魔力を上げる、もしくは特別な魔法で消し去るか。例外はあれど主な対抗策は全て魔法の才能と技量に依存する。優秀であればあるほど一騎当千になれるのだ。
◆◇◆
「それじゃ、まずは俺の属性から披露していくかな。一応、お前たちの属性も確認したいがいいか?」
煉が風間から依頼を受けてから三日経ち、紗紀を除いた俺たち四人は学園付近の森でアーマリザード討伐のための簡単に連携の確認をしている最中だ。
依頼を受注してからの二日でアーマリザードがどういう魔物なのかを調べたところ、大きさは子供程度の爬虫類である。体の小ささとは裏腹に力が強く一度噛まれたら厄介では済まないらしい。それに体の表面を堅い鱗で覆っており、鈍では傷にならないとか。
「うん、いいよ。私は水だよ」
「俺は氷で大助は火だ。つか、こんぐらい知ってんだろ?」
「一応だって言っただろ? それで俺は属性は雷と氷だ」
表沙汰になれば光と闇の多重属性程ではないだろうが、大変な騒ぎになるだろう。とりあえず本格的にギルドや国に縛られていいように利用されるのが目に見えている。そういえば俺以外に二極同士の多重属性って聞いたことが無い気がする……。
「んー、どんなもんなんだかさっぱりなんだが、説明はあるよな?」
「煉、流石にそれは不味いんじゃないかな……かなり重大な事実だよ?」
「まあ、簡単に言えば珍しい。超珍しい。あれだ、マンドラゴラみたいなもんだ」
マンドラゴラ。簡単に言えば伝説のキノコ。それを口にすればどんな難病でも治るだとか身長が伸びるだとか不老不死の薬の材料だとか色々と噂されている。ちなみに何度か見つかっているらしい。本物かどうかは知らないが。
「彩人君、大雑把過ぎるって……疑う訳じゃないけどホントなの?」
「まあすぐに信じろっていうのも無茶か。それじゃ、そろそろアーマリザードと遭遇するだろうから実際に見せるよ」
丁度いい所にアーマリザードの群れに遭遇する。アーマリザードの群れは餓えていたのだろうか、俺たちを認識するやいなや眼の色を変えて襲いかかってくる。
身構える皆を片手で制し、もう片方の手をアーマリザードの群れに向ける。
「凍りつけ、我が敵たる汝らに救いも慈悲も与えはしない」
アーマリザードの群れの上空に氷の剣を無数に創り出し、一体一体串刺しにする。
「奔れ」
僅かに息が残っていた数匹に電気を奔らせ、確実に息の根を止める。
俺の大切な人達に仇をなすかもしれない存在に情けをかける気はさらさらないが、せめて苦しまずに死なせてやりたいと思うのは果たして俺のエゴだろうか。
「さて、こんなもんだ」
「どうせ他にも隠してることがあるだろうが、今はそれだけで勘弁してやるよ」
「流石、彩人って感じだね」
「……みんな平然としてるけど、これってとんでもないことだよね、彩人君?」
煉と大助が特に驚いた様子を見せないことに呆れている梨紅。別に騒ぎ立てて欲しいわけではなかったが、俺としてももうちょっと反応がほしかった。
それにしても流石、彩人って酷い言い様だ。
「なんだか彩人と一緒にいると大抵のことには驚かなくなっちゃうからさ。そういえばあの剣は持ってきてないの?」
「イザナギのことか? あれは本当にヤバイ時にしか使わないって決めてるんだよ」
「あー、私の知らないことで盛り上がってるのはいいんだけど。いや、よくないけど……あれってさ……」
梨紅の指差した先には、全長四メートル近くあるだろう赤黒い物体だった。その姿に見覚えがある俺としては溜息をついてしまう。
「あれって、あれだよね?」
「ああ、あれだな」
「……なんで行く先行く先で面倒くさいいのに出くわすのかなぁ」
近くの木々を薙ぎ倒し、その咆哮で圧倒的な存在感を放つBランク上位の魔獣、オーガさんのご登場である。
オーガ。別称、鬼。赤黒い皮膚に血管が浮き出ており、筋骨隆々の巨人。額から生える一本の角が印象的。その巨体からは想像もできないほど素早さと見た目以上の剛力、さらに人間にも劣らない知性を兼ね備えた魔獣。魔法こそ使えないものの魔法で身体能力を強化した人間を圧倒できるすることもある身体能力の高さで恐れられている。
ただ不幸中の幸いなのか、成体ではないようで強さはCランク程度だろう。なるほど、アーマリザードはオーガから逃げるためにこんなところに来ていたのだろう。だが、アーマリザードが束になっても勝てないような相手は流石にまともな戦闘経験のないだろう梨紅やある程度は経験を積んでいるもまだまだ甘いところがある煉や大助には荷が重いだろう。生まれて初めてといってもいいだろう命の危機に竦んでいないことは尊敬するが、危険は十分に理解しているだろう。
「下がってろ。俺がやる」
「危ないよ!」
「流石に彩人でも厳しいんじゃないかな。僕たちは力になれないし、下がった方がいいと思う」
案の定、梨紅と大助からは撤退を進められる。煉は愉快そうに笑みを浮かべ、その場で仁王立ちしている。
「そういえば、コイツら知らねェのか。面白ぇから見せ付けてやれよ、彩人」
「分かったよ――」
「――後ろ!」
梨紅の叫びに余裕の笑みを返し、背後から襲ってくるオーガの拳を少しだけ体をずらし紙一重で躱す。
「どうせ風間の本命はこれだろうし、ほっとく訳にもいかないな」
バチリ、と電気が弾ける。
「属性付加・雷」
上級魔法、属性付加。雷を纏うことにより、『加速』の特性を付加した体は短時間だが、人間の限界を超える。
踏み出した一歩は地面を抉り、さらに加速を続ける。数十メートルの距離をほんの一瞬で縮め、オーガとすれ違う瞬間に手刀を叩きこむ。電気を手に集中させた手刀は十分な武器となるはずだが、
「成体じゃなくても『鬼』ってことか」
高い対魔力を持っているオーガにはその皮膚を浅く切り裂くことしかできなかった。
しかし、それだけでそれなりの成果は残せたようで、オーガの敵意は完全に俺に向いている。もはや、三人のことは眼中にないだろう。
本気のオーガと戦い合うには手刀では厳しいので、剣をイメージし、魔力をイメージ通りに形を整える。一般では魔法剣という技術だ。
俺の速度を見切れないオーガは闇雲にその剛腕を振るうが、属性付加で強化された俺の感覚の前にまるで止まっているかのように見えるため、当たるはずが無い。
いい加減、体が悲鳴を上げてしまいそうなので決着をつけることにしよう。
「四季流、水仙」
オーガが大振りの拳を振りかぶろうと構えた瞬間、全身に出来ていた無数の傷から突如、おびただしい量の血が溢れだす。全身の傷口からの出血量は決して馬鹿に出来るものではなく、オーガはそのまま膝をついてしまう。
出血の秘密は、傷口から入りこんだ俺の魔力だ。どんな生物でも魔力を持っているということはそれぞれの生物、さらに個体差で魔力の質が大なり小なり異なる。もしも違う生き物の魔力が体に入ってしまった際、魔力は時としてなによりも強烈な毒となる。
このまま放っておいても死ぬだろうが、無闇に苦しみを長引かせる気はない。苦しそうにもがくオーガの首を魔法剣で刎ねる。
「これでこの辺りは大丈夫だろう。それじゃあ、帰るか……どうした?」
振り返ると、大助と梨紅が呆然としており、煉がそんな二人をケラケラと笑っていた。
「あー面白ぇ。心配するだけ無駄だっつうの。コイツはおれらと違ってBランクなんだからな」
「えっ!? どういうことなの?」
「……なんだか驚くよりも納得しちゃったよ。彩人らしいって」
「そのまま煉の言うとおりだよ。詳しい事情は省くけど、風間のコネでな。便利ではあるし、風間も俺を手軽に使えるようにしてるんだろうから、利用しあってるってことだな」
大助の呆れたと言わんばかりの溜息がやけに重く感じた。
「もう、彩人君! そういうことはきちんと先に言ってよ。心配したじゃない」
「……悪い」
頬を膨らませて怒る梨紅の姿は申し訳ないが可愛らしく、全く怖くない。ただ、妙な罪悪感が湧いてしまうため、自然と謝罪の言葉が出てきた。
「うん、よろしい。それじゃ、帰ろ?」
「んじゃ、さっさと帰ろうぜ。忘れない内に今日の面白日記を書かないといけないしな」
「まだ続けてたんだ、あの日記」
帰路は道草を食ってしまい、正午過ぎには帰れる予定だったが、学園に着いたのは三時を回った頃だった。
◆◇◆
「やけに人が少なくないか?」
学園の東の端にいるのだが、全くと言っていいほど人通りが無い。またに通る学生は腕に黄色の腕章をつけている。
「反対側とかでなんかやってんじゃね?」
「今日はそんな予定無かったと思うんだけど、今日なんかあったかな……?」
「あ」
突然、梨紅が声をあげると、見る見る間に冷や汗をかきだした。流石にちょっと心配になるような量になってる。
「梨紅、どうしたんだよ。なんていうか、凄いことになってるぞ?」
「ごめん、彩人君。ここね、旗奪戦の会場だったんだ」
「あれ、でも俺ら旗持ってねェよ?」
「あの旗って勝負が終わったあとに渡しても良いようになってるんだけど……その仕組みを利用する人が出てくるかもって問題になってたんだよ……」
「ああ、ようするに彩人が狙われると」
「なんでそう結論になるんだよ! ……残念ながら自分でも納得したんだけどさ」
だってさっきから嫌な予感しかしてないんだもん。
「――っ!? 三人共下がれ! 早く!」
嫌な予感というのは当たるもので、突如、尋常じゃない魔力を感じた。しかも不幸なことにすぐ近く、恐らく十数メートル以内から発生してる。これほどの魔力を使った魔法となると広範囲で高威力なものだろう。
俺はなんとか耐えられても他は耐えられないだろう。
「ど、どうしたの?」
「これはヤバそうだな。彩人、大丈夫か?」
煉だけは俺と同じものを感じ取ったようで真剣な顔つきで尋ねてくる。言外に「お前だけに任せてもいいのか」と聞いているのだろう。
「ああ、むしろ俺だけの方がいい。流石に何かあったら庇えない」
どんな魔法が来ても良いようにすぐさま防御魔法を準備する。先程の梨紅ではないが、冷や汗が止まらない。相手は魔法だけなら俺より遥かに上と言ったところだろう。今この場にイザナギが無い以上、かなり不利な状況に立っている。
「分かった。杉本、大助、行くぞ」
煉が二人を連れて走っていくと、魔力の主が姿を現す。黒色をした女子用の制服に身を包んでいるので学生ということと女子だということしか分からない。顔はフードで隠しており、未だ声を一切上げていない。
「どういう理由で俺を狙うのか知らないが、覚悟はあるんだろうな?」
「……現れよ」
そう呟いた瞬間、魔力が爆発したように増大する。こんな馬鹿げた魔力を使ったら、周りの学生すら巻き込むことを理解していないのか。それともそれほどまでに恨みを買っていたのだろうか。
「風神滅相撃!!」
それは災害と見間違うほどの暴風を伴う巨大な龍だった。人知を超えた力。人が抗えぬ絶対強者。その姿を模した風の魔法が、牙を向いている。
ただ絶望ばかりではない。相手の正体が分かったのだから。確かにかなりの恨みを買っているだろう。それほどまでのことをした自覚がある。逃げずに俺一人で止めないといけない理由もできた。
風で作られた模造で竦んで堪るか。本物はこんなものではなかったぞ。それにお前に魔法を教えたのは誰だったか、忘れた訳じゃあるまい。まだ免許皆伝は認めるつもりはない。
「久しぶりにじゃれてやるよ、和葉!」
自ら生み出した暴風にフードがめくられようやく顔を見ることが出来る。夜空のような黒髪を腰の辺りまで伸ばし、大きな瞳に敵意を灯し、俺だけを映すその人物を俺は知っている。
四季和葉。二年ほど前まで俺を受け入れ、共に暮らしていた大切な家族の一人だった。