一難去ってまた一難
エキシビジョンが終わり、寮の与えられた一室で寛くつろいでいると玄関の扉がノックされる。すぐに玄関に向かい扉を開けると、憎たらしい笑みを浮かべる煉が立っていた。
「よう、楽しかったか。雑魚をいたぶるのは」
「聞こえが悪いだろうが。それよりも帰れ」
「別に良いだろー。なんか見られると困るもんでもあんのかよ?」
「部屋に来たばっかなんだからある訳が無いだろう……なんで既にあがる気なんだよ。全くお茶も何も出せないからな」
「応よ。流石にそこまでは期待してないぜ? 次回から頼むぜ」
「次は無いから。で、何しに来た?」
そもそも断る理由も無かったのでいいのだが。強いて言うならこれから生活用品を買いに行こうと思っていたところなのだが、まあ一日くらいは買わなくても大丈夫だろう。もしかしたら新入生が多く混んでるかもしれないしな。
「色々しに来た。それであのエキシビジョンはどうしたんだよ」
「どうもしてないだろ?」
「あんだけ手ぇ抜いた見世物なんか楽しくもなんとも無いに決まってんだろうが」
「いや、お前の楽しみとか知らないから。相手のことは考えてもお前のことは一切考えないから」
連れねェな。と言いながら部屋を物色し出す煉。
だから何もないと言っただろうに……心の中で深く溜息をつく。
「それにしてもおめぇの交友関係は謎だな」
「急にどうした?」
「杉本って奴がお前の知り合いだっつってたからな」
「杉本……? ああ、梨紅のことか」
杉本梨紅。知り合いというにはやや深い交流を持っていた少女なのだが、果たして向こうが覚えているのだろうか。忘れられてたらどうしよう。おぼろげな記憶ではあまりはっきりと思い出せないが、太陽のように明るく他人を笑顔に出来る少女だったのは覚えている。
「ただの幼馴染だよ。結構長い間あってないけどな」
「そうか。それで、だ。買い物行こうぜ」
「全く以って意味が分からん」
なにがどう、それだ、だ。脈絡も何も見えないわ!
「どうせ細けえおめぇのことだから生活用品でも買いに行こうとしてんだろ? 良い店とか紹介するっていってんだよ」
「ダウト。お前嘘を吐くときに眼が泳ぐ癖は直した方がいいぞ。分かりやす過ぎる」
「ぐっ、ま、まあいいだろ。行こうぜ」
怪しい。非情に怪しい。普段なら俺の許可を取らずに連れていくところとか本当に怪しい。無言でいると目が泳ぎまくってるし。絶対に何か隠してるな。
「お前が何隠してるのか喋ったら行くかな」
「ま、マジでなんも隠してねえって」
「……」
誤魔化すのが下手くそか。
「し、信じろって。おれがおめぇを騙したことなんてねえだろ? な? な?」
「……お前さ、自分がどもってるせいで余計怪しさを醸してるのに気付てないだろ。そこまで焦るってことは紗紀絡みだろうな」
煉とその彼女である紗紀には絶望的なまでに力関係が存在する。もちろん、煉が下。
「おめぇ、そこまで分かってんだったら素直に乗れよ」
「お前がどうなろうと俺にはあんま関係ないからな? 素直に手料理食って来い」
「手料理限定かよ!? つか死ぬし!!」
紗紀の手料理は何故かとんでもなく不味いという評判である。その味は正しく天に昇る味だとか。俺は食ったこと無いが馬鹿なことにチャレンジ精神を燃やした蛮勇たちが何人か散ってる。
紗紀ならきっと変な罠を仕掛けていることはないだろう。
「貸し一つな」
「ちっ、高く着いたぜ。覚えてろよ……」
「それは逆恨みっていうんだよ」
財布にある程度金が入っていることを確認すると、煉がやたら興味深そうにこちらを見ている。
「なんだ?」
「予算いくらくらい持ってるのかみておかねえとな」
「素直に見たいって言えば良いのに。見せるとは限らないけど」
「見せろよ~見せてくれよ~見せてくれてもいいだろ~」
なんでコイツはそんなに人の金が見たいんだか。
五月蝿い煉を無視し、外に出る。流石に外に出ると下手なことはできないのか、黙る煉。
「ほら、オススメの店に行くんだろ? 案内よろしく」
「畜生、おれが下手に出てるのを良いことに好きに振る舞いやがって」
「一つ勘違いしているけど、普段のお前はこんな感じだからな?」
軽口の応酬をしている内に早速煉のオススメの店(の一つ)に着いた。意外に寮から近いので物が良ければこれからも贔屓させていただこう。
「煉が勧めるからなんかもっとゲテモノが多い店だと思ってたんだけど、案外普通なんだな。結構気に入ったかも」
「おれの評価に訴えたいが、これには訳があんだよ。紗紀と一緒に買い物してるとそういうゲテモノ系の店に行きづらいと言うか……最悪地獄を見る」
「下手なことしたら死ぬかもしれないのか……」
結果オーライというか結果としてみればいいことなのだが、結果に至るまでの過程がどれだけ悲惨だったか考えたくもない。俺から言えるのはよく生きていたという一言だけだろう。
「頼む、何も言うな。おれの中では頑張って忘れ去った事だから今更掘り出すなよ?」
「よく生きていたな」
「言うなって言ってんだろうがぁぁぁぁぁぁ!!」
なんだか眼が虚ろになっているような気がする煉をこれ以上からかうのは流石に申し訳ないので、買い物に没頭する。
ぱっと見て買いたいと思った小物と食器はとりあえず保留にしておく。予算を超えることはないだろうが、節約するに越したことはない。
「悪かったって。財布の中身見せるから元気出せよ」
「畜生、覚えてやがれ。で、どれどれ……はぁ!?」
「……耳元でデカイ声を出すなよ。キーンってなったぞ」
それにしても俺たち以外も客や店主らしき人がいるが煉の騒音を全く気にも留めていない。ああ、慣れてるのか。
「いや、おま、え、おれが可笑しいか? この金額でなんだおめぇ、家でも買うのか?」
「そんな訳ないだろう。寮生活で十分だっての。ってかそんな金入ってないだろ?」
「……おめぇの考えてることが何だか分かるんだけど……ここらへんの土地と王都の一級地と比較すんじゃねぇ!」
紗紀にも同じようなことを言われたな。やはり付き合ってるだけあって二人とも言うことが似てるな。
「それで、なんか買うもんあったのか?」
「今は保留かな。一通り見てからまた戻ってくる。ある程度は節約はしておかないと後々困るだろ?」
「面白くねぇな。どぱっと使っちまえよ」
「お前そんなことしてるから紗紀に財布の紐握られてるんだろうが……」
その後も数店回ったが結構な豊作だった。これは予想以上に出費するかもしれない。煉のオススメと言うのも案外馬鹿に出来ないようだ。
一通り見て回った頃には昼飯を取るには丁度いい時間帯になってきたので、これまた煉が勧める店に行くことになる。
そして着いたのが喫茶店のような結構洒落ている店だった。かなりいい雰囲気だったので再度店を選んだ煉の感性に感心する。
「ま、おれが見つけた店じゃないんだけどな」
「俺の感心を返せ」
「知るかよ。んじゃ、ちょっくら席空いてるかどうか見てくるからここら辺にいろよ?」
そう言って喫茶店に向かう煉。別にどうでもいいが、走る必要はあるのだろうか。
改めて見馴れない街の風景を見渡す。学園と都市が一体になっている造りなのでいきかう人々はやはり制服に身を包んでいる。だからって学生しかいないという訳ではなく教師やそれ以外の大人も行き交っている。喧騒はあれど、ここに危険はまるで感じられない。
ふと、どうして自分がここにいるのかが分からなくなる。風間の指名依頼があるから、と自分に言い聞かせるが、納得しそうにもない。平和な街並みに人々の笑顔。それはまるで俺への当てつけのようで――
「これがお前の答えか……ふざけるな。お前の――」
「結木せんぱーい」
憤怒に近い感情に囚われていた時、遠くから知り合いの聞こえた。おかげで嫌な考えを振り払えた。
恩人というには大袈裟だが、助けになった知人の声のした方向を見てみると予想通りの人物が小走りでこちらへ向かってきているところだった。
「お久しぶりです、結木先輩」
「あぁ、久しぶり。香里ちゃん。元気そうで何よりだよ」
響谷香里ヒビヤ・コオリ。小柄だが、活発な雰囲気を感じさせる後輩である。俺と同じあまり見ない黒髪を邪魔という理由で短髪にしているが、言動は普通に女子のそれである。そして彼女との関係は友人であり友人の彼女である。元はと言えば相思相愛なのに中々進まない友人二人をくっつけようと余計な世話だと思いながらも似合いもしない仲人の如く奮闘したのだが、それはあまり関係ないだろう。
「結木先輩も入団したんですか?」
「ああ、一期生だから香里ちゃんの方が先輩かな」
「止めてくださいよ。結木先輩みたいな人が後輩なんて先輩としての格好がつかないじゃないですか。そういえば一期生の方がこの近くに来るなんて珍しいんですよ? 誰かとご一緒ですか?」
「ああ、煉と一緒だよ。なんかオススメの店の席が空いてるかどうか見に行くって言ってたな」
「もしかしてお邪魔でした?」
申し訳なさそうに聞いてくる香里ちゃんを見ると、本当に友人に似ている。簡単に言えばお人好しだ。そして俺としてはそんな友人たちを好ましく思っている。助けになりたいって真剣に思えるくらいに。
「いやいや、一人で暇してたところだから助かったよ」
「オイ、彩人。席空いてるみたいだから行くぞ。っと香里ちゃんか、今回も邪魔するぜ」
「あ、立花先輩。今回も御贔屓ありがとうございます」
「ん? 香里ちゃんバイトでもしてるの?」
まるっき2人の会話に付いていけない。煉は俺から目を逸らし、香里ちゃんは何やら合点が言ったような顔をしている。
「私と大ちゃんでようやくお店を開くことが出来たんですよ。それで立花先輩や富岡先輩には贔屓して頂いているんです」
「なるほどね。煉は俺に全く何も言ってないことを思い出したと」
「今回はセーフだよな!? 悪気はねえし、おめぇに悪いことがある訳でもねえだろ!?」
俺が冷やかに煉を見て、煉は必死に無罪を主張し、香里ちゃんはそんな煉を見てくすくす笑っている。
「別にどうもしないって。ほら、行くんだろ?」
「なんかおかしい……絶対おかしい……」
「それでは二名様ご案内です」
「だいぶ様になってるよ。これは大助の奴も期待できそうだ」
珍しい灰色と黒の二色の髪色をした友人――日渡大助ひわたり・だいすけに期待を寄せる。煉とは違い、常識人なので特に何かしらの出来事イベントはないだろうと肩の力を抜く。
「ありがとうございます」
「最初に会った時はマジで笑い死ぬかと思ったな。あれは期待しても良いと思うぜ」
香里ちゃんに連れられて到着した喫茶店は行列は出来ていないものの多くの人が訪れていて活気づいていた。身も蓋もない話だが、かなり儲かっているのではないだろうか。
「大ちゃーん、結木先輩と立花先輩が来たよー!」
「えっ、本当に彩人が来てるの!?」
最後にあったのが半年近く前なのでそこからふらふらしていて所在を掴ませなかった俺への大助の反応は真っ当なものなので変人が多い知り合いの中で清涼剤みたいな扱いになってしまうのは仕方のないことだろう。
大助の格好は白い制服の上から黒いエプロンをかけて頭の上に申し訳程度に白い帽子みたいなものをかぶっていた。童顔な大助にはよく似合っている。本人に言うとむくれると思うが。
「よう、大助。おれには驚かないのかよ?」
「いや、煉はよく店ここに来るから言うこともないでしょ」
「そりゃそうだ。んで、あちらさんは来てる?」
「うん、来てるよ……けど、あんまり人の店で待ち合わせは止めてよね? 他のお客様に迷惑だから」
「その分売り上げに貢献するから許せよ――おっと、いたいた」
気になる発言がさっきから凄い勢いで連発され、どれに反応すればいいのか分からなくなってしまう。とりあえず大助の本当に来たんだ、という発言もなんか引っかかる。いや、煉が喋ったということならなんら不自然ではないのだが、なにか引っかかる。いくら煉の日頃の行いが悪くてもお人好しの化身の大助が疑うのだろうか。
考えても答えは出ないだろうし、聞くまでもなく答えが出るようなので黙っておくことにする。この決断が後々の後悔に繋がるのだが、当然今の俺には知る余地も無かった。
「おい、煉。何故に入口を塞ぐようにしているんだ?」
「き、気にすんな。さっさと香里ちゃんに案内された席に座ってろ。おれは紗紀の奴に強制的に相席させられたから、おれのことなら心配すんな」
声が上ずっている煉と耐久にらめっこで勝負をしたいところだが、流石に他の客に迷惑になるだろうと思って止めた。しかし、香里ちゃんの視線が生暖かい。気のせいであってほしいし、面倒事に発展する予感が半端じゃないので今すぐにでも帰りたいのだが、駄目だろうか。
「結木先輩、相席になっちゃうんですけど、いいですよね?」
「いや、普通に空いてるような……」
「いいですよね?」
「……まあ、いいや」
有無を言わせない香里ちゃんの気迫に押され、しぶしぶ承諾してしまう。普段はこんな強引な手段を取ることはないので珍しさに興味を惹かれたのも承諾した理由だ。
しかし、煉や香里ちゃんの行動から俺を誰かに合わせようとしているところまでは分かるのだが、入口を塞ぐっていう行動からすると、俺の嫌いな人物か苦手な人物の可能性が高そうだ。それで自分で言うのもおかしいが、俺が嫌いな人物なんてパッと浮かぶのが風間くらいだ。いくらなんでも風間は呼べないだろうから、苦手な人物に絞られるのだが……正直に言おう。多すぎて絞れない。
「それじゃあ、こちらの方と相席になります。どうぞ、ごゆっくりしていって下さいね」
満面の笑みを浮かべていた香里ちゃんに案内された席にいたのは予想すらしなかった人物であった。
「っ!?」
「久しぶりだね、彩人君」
……確かに苦手な人物かもしれない。本音を言うならまだ会いたくはなかった。
この場をセッティングした煉に舌打ちしたい気分だったが、相手の目の前では抑えるしか無かった。
「……ああ、本当に久しぶりだな」
ずきり、と突然の鈍い頭痛を感じながら俺はぎこちない笑みを浮かべているだろう。
「梨紅」