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明日への系譜   作者: ツキトハクヤ
輝かしい過去よりも
3/9

まだ果たされぬ再会

 捨て去られ、忘れられた街に小さな足音だけが空しく響く。足音の主である少年は街の景色に懐かしむように、悲しむように目を細める。


「……時間だ」


 そうつぶやくと少年は空に手をかざす。かざした手から漆黒の幾何学模様―――魔法陣と呼ばれるもの――が浮かび上がり、


「転移 ディアフェール」


 そして少年は音もなく消えた。

 この瞬間から物語の歯車は急激に動き出す。そうして様々な思惑と想いがすれ違い、交差し、ぶつかり合い、邂逅する。その果てにはどのような結末があるのかは誰も知らない。


     ◆◇◆


『あと五分で入団式が行われます。学園にいる者は直ちに第一ホールに来てください。繰り返します……』


「うわぁ、失敗しちゃったよ。まさかこんな時にー!」


「うんうん、そもそも朝ご飯を外で食べたのが間違いだったよね、こんな時に」


「誰のせいよーもう!」


梨紅りくじゃない?」


「ほら、梨紅も紗紀さきも口を動かす暇があるなら急ぎなさい。遅れるわよ?」


さくらは早いよ~!!」


 三人の少女は忙しなく駆けていく。その姿は見る者にとっては微笑ましいものである。しかし、当の本人たちは至って真剣であり、必死の形相である。


「もう魔法使っても仕方なくない?」


「このままじゃ間に合わないので副会長権限で許可します!」


「酷い越権もあったものね」


「そういう桜は絶対に身体強化使ってるよね!?」


「急がないと遅れるわよ?」


「はぐらかすなー!」


 桜と呼ばれた少女が質問をはぐらかし、走る速度を上げる。一応、バレないように配慮をしていた……のではなく、残りの二人に気使っていたようだ。それにバレて自棄になったとかではない。もう二人に合わせる必要がなくなったなら走る速度を上げたのだ。恐らく。


「生徒会の二人が率先して規則破ってるってどういうことなんだか……あ、ちょっと置いてかないでよ!」


「細かいこと言ってないで、紗紀も早くしないと遅れちゃうよ」


「本当に置いてくつもりなの!?」


 二人よりも魔力の操作が苦手な少女――紗紀が取り残された。慌てて魔法を発動させるが、先に行ってしまった二人とはそれなりに差が付いてしまっている。


「あ、紗紀。久しぶり。煉と一緒にいないのか、珍しい」


 二人から遅れて駆け出し校門まであと数メートルと言うところで紗紀は背後からかけられた知り合いの声に立ち止まった。

 振り返ると、そこには黒髪の少年が人懐っこい笑顔を浮かべていた。


「結木じゃない。そりゃ、私だっていつでも一緒って言う分けないでしょ。どうしたのこんなところで?」


 その知人の名前は結木彩人ゆいき・あやと。紗紀と紗紀の彼氏の共通の友人だ。付き合いこそは一年もないが、密度の濃い付き合いをしてきた分、気心は知れている。


「まあ、野暮用なんだが……道に迷ってるんだよ」


「迷うって……何回この街に来てるのよ」


 普段はしっかりしてる知人の珍しい失態にやや呆れてしまう。しかし、もう遅刻しそうだなんて自分の失態は頭の隅にも無かった。


「学園ってどこだよ……デカイ門があるからすぐ分かるって言われたんだけど、そんなものないしさ……紗紀は分かるか?」


「いや、デカイ門って言ったら自分の感覚でどうにかしなさいよ。というか、それってギル学のこと?」


「ギル学? なんだそれ」


 やっぱりか、と大袈裟な反応をし、額に手を当てる。この知人は変なところで常識を知らないのだ。妙なところで抜けている当人はきょとんと首をかしげている。ただ、その動作がやけに様になっているのに女として保護欲を掻き立てられそうになるが、自分には彼氏がいることを思いだし自制する。


「ギルド『旅立ちの双翼』が運営してる学園のことよ。卒業までにきちんとした冒険者になれるよう学ぶところ」


「あ、それそれ。とりあえず……なんだろ……知り合いかな……うん、知り合いに呼ばれたんだよ」


 やけに曖昧な説明を聞き流しつつ、紗紀は学園の話題で自分の置かれている状況を思い出した。それ即ち、入団式早々の遅刻寸前。


「やばっ! すぐそこの門をくぐれば校舎はすぐそこだから! あとは自分で頑張って!! ついでに私が遅刻しないことを祈って!!」


「無責任か!? そんでもって自業自得! それに門小さっ! 国立図書館の方が数倍デカイだろ!」


「あんな大きい建物は世界でも有数に決まってんでしょ! そんなもん求めないでしょ、普通!」


 常識はずれな感想を丁寧に指摘し、遅刻にならないように自分を置いていった薄情な二人よりも速く校門をくぐっていった。


     ◆◇◆


「これより、ギルド『旅立ちの双翼』直轄国立学園の入団式を行う」


 数千人の新人と三百人程度の在校生、数十人の教師がいる中で行われる入団式。実際は在校生は今いる数十倍程度いるのだが、そもそも全体の半数近くが一斉に集まるということすらあり得ないと言われている上に依頼で短期間の外泊をしている者たちを含めれば、この学園には常に二千人くらいしかいないのである。その中で優秀と言われる人材が入団式に参加している。


「学園長の風間だ。お飾りの俺が言うのもなんだが、新人諸君には学園を卒業するまでの六年間に一人前の冒険者になってもらう。日々努力怠らずに精進してくれ。以上だ」


 学園長の言葉があっさりと終わり、在校生代表の言葉と新人代表の言葉が終わったので式が終わろうとする。


「通例の在校生と新入生のエキシビションの時間は準備が整い次第連絡する。では、入団式を終わりにする。各自、自分のクラスに戻れ」


 新入生、在校生、最後はその他の教師などが退場していく。ただ一人を除いて。


「で、わざわざ遠くから呼んでなんの用だ?」


「そう、話を急かすな。きちんと話すから待て」


 退場する素振りすら見せずに話し合っているのは学園長――風間爽太かざま・そうたと真新しい制服を着た少年――結木彩人の二人。二人は以前からの顔見知りなのだろう。お互いに一切畏まった様子がない。ただ、かなりの温度差があるのだろうか、風間が飄々ひょうひょうとした態度にうっすらと笑みを浮かべているのに対し、彩人は冷たさを感じる程の無表情だ。


「それで、俺をここに呼んだ理由はなんだ? 理由によっては帰るぞ?」


「ちゃんとした理由ならあるから帰ろうとするな。どうせ、帰ろうなんて気も起きないだろうしな」


「……どういうことだ?」


 一瞬で彩人が剣呑な雰囲気を醸し出す。それは並の人間なら震えてしまうかもしれない程のものだった。しかし、風間はそれをそよ風同然に受け流している。

 しばらく両者無言で続くが、しばらくすると風間がニヤリと悪質な笑みを浮かべる。


「お前が気にかけていた人物……全員ここにいるぞ?」


「ッ! ……それが脅しか? 数人程度なら別に俺には関係ないだろうが」


「下手な嘘を吐くな、お前がそんなこと言える訳がないだろ。甘っちょろい子供なんだから」


 それに、と風間は笑みを消す。


「|杉本梨紅……」


「……」


四季桜(しき・さくら)四季和葉(しき・かずは)……お前にとっては誰もが大切だろ?」


「……誰か一人でも危険に晒してみろ」


 ――殺すぞ?


 無表情を崩し、今述べたことを本当に実行しそうな程に剣呑な雰囲気を醸し出す彩人。対する風間またもや飄々とした態度をとる。


「それ以外にもお前が気にかけていた少年たちもいるぞ」


「この下衆が……いいだろう、お前の目論み通りに動いてやるよ。で、俺を使って何がしたい」


「話が早くて助かるよ。本当はこんな手段は使いたくはないことを知っておいてほしいがな」


「御託を並べる前に用件を言え」


 やれやれ、と溜息をつく風間だが、彩人の表情はピクリともしない。流石にこれ以上は本気で怒るかもしれない、そう思った風間は素直に彼をこの学園を呼んだ訳を話す。


「お前をここに呼んだ理由は色々とあるが、一番の理由はこの学園で近頃不穏な動きがある。いくら学園長が権力を持つと言っても今はまだ生徒の間だけの話だ。直接干渉するにはやや問題がある。だからお前には生徒として過ごしながら不穏分子の排除を頼みたい。無論、報酬は弾ませるし、有事に際さえ動ければ普段は好きに動いていくれて構わない。ただ証拠らしきものを見つけたら俺に報告するかそのまま取り押さえてくれ。お前の腕を買っての頼みだ。頼んだぞ」


「フン、御託や前置きは良いから最初からそう言えばいいんだよ。期限は無し原因を排除しれば完遂……分かった、この指名依頼プライベート・クエストを引き受けてやる」


 そう言い終えるとすぐに彩人は他の生徒よりかなり遅れてからクラスに向かっていく。その後ろ姿を風間はどこか微笑ましそうに眺めていた。その姿は先程までの嫌な大人とはまるで違い、反抗期の息子に手を焼く父親のようであった。


「余程、梨紅や四季姉妹のことが心配なんだろうな。ソワソワしてるのが丸分かりなんだよ……全く何時になったら俺に懐いてくれるんだか。俺もアイツに対しては素直になれないからなんだかどんどん嫌われてってるしなぁ」


 そう零した声は誰にも届かず第一ホールに虚しく響いた。

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