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明日への系譜   作者: ツキトハクヤ
輝かしい過去よりも
1/9

決意を秘めて

とある登場人物の閑話です。あまりネタバレなどは含まないのでとばすかとばさないかはご自由にどうぞ

これは少年が少女と再会する前の一時。


まだ少女が少年を許せない時の物語。


「ハッ! セイッ! ヤッ!」


 冬の暗い夜、魔光灯まこうとうの光が届かない雑木林で一人剣を振るう少女がいた。少女の名前は四季桜しき・さくら。学園内でも屈指の有名人だ。その凛とした美貌だけではなく、大人にも引けを取らない実力は学園にいる生徒の憧れでもあった。

 僅かな月明かりで照らされるそんな彼女の表情は激しい焦燥に駆られていた。


「これじゃ駄目なのに……なんで……!」


 無意識に絞り出した悲痛な声に反応する人物はいない。桜が人気の少ない場所を選んでいるから近くを通る人も少ない。

 強く握りしめていたはずの刀が地面にぶつかる音が聞こえ、桜はようやく自分の握力がもう限界だと言うことに気付いた。しかし、握力だけではない。強く刀を握りしめていたために普通の女子よりはやや硬い手には血豆ができ、潰れていた。体の節々が限界を迎えていることにも気付けなかったという事実が彼女をさらに嘆かせる。


「いた! お姉ちゃんー!!」


 しばし放心していた桜だが、刀を落としていたことを思い出し、拾おうとしたところに聞きおぼえがある声が聞こえてきた。声の主は桜の下に急いで駆け寄ってきたために膝に手をついて息を整える。


「どうしたの、和葉?」


「はぁ、はぁ……お、お姉ちゃんこそこんなところでどうしたのよ。そろそろ門限過ぎちゃうよ」


「もうそんな時間? もう少ししたら走って戻るから。教えてくれてありがと」


「私は! 今すぐ帰るべきだと思うんだけど!」


 その後も桜がまだ帰る気が無いと主張し続けたので和葉は大きくため息をつき、その場に座った。その姿を見て桜は呆れ二割嬉しさ八割の笑みを浮かべた。


「そんなところに座るとスカートが汚れるわよ?」


「いーだ。分からず屋なお姉ちゃんとは違って私は魔法でどうにか出来るんだか――きゃっ!」


 和葉は会話に気を取られ魔法の制御を誤ってしまい、そのまま尻もちをついてしまう。桜は予想通りの失敗をした妹に思わず笑ってしまう。そして笑われたのが不満で和葉が子供らしくむくれ、その姿が微笑ましくてまた笑ってしまい、という悪循環が起きていた。


「ふふ、ごめんごめん。制服が汚れちゃったみたいだし帰りましょ」


「むーなんか不満なんだけど……」


「仕方ないわねぇ、今度食べたがってたお菓子でも食べに行きましょ」


「うん!」


 桜が刀を近くの木に立てかけていた鞘にしまい、腰にく。桜が歩き、和葉が小走りで隣の位置に落ち着く。和葉はふと恋人の手を握るように指を絡める。


「お姉ちゃん……」


 和葉が握った手は白く細いが、和葉や同年代の少女と比べると少しゴツゴツしていて傷だらけだった。一瞬だけ手を強く絡めて、咎めるような視線を桜に向ける。


「また、無理してるの?」


「大丈夫よ。自分の限界は分かってるから――」


「お姉ちゃん、さっきから手を強く握っても握り返してこないよね? それってもう握力が全然ないってことじゃないの?」


「……そう、ね」


「やっぱりお昼のこと気にしてる……?」


 桜と和葉とその知人で依頼クエストで桜がカバーできる範囲だが、とあるミスを犯してしまったのを気に病んでいるのかと和葉は心配したが、桜は心配されたことが嬉しかったのだろうやや笑みを浮かべていた。


「大丈夫よ。あの時のことは本当に気にしてないわ」


「なら――」


 問い詰めようとした和葉は思わず目を見張る。桜の表情から何が――誰が原因なのかが分かってしまったからだ。桜の表情は痛みに耐えるように堅く、それでいて彼女自身は気付いていないだろうが、声音が少しだけ弾んでいた。それは『姉妹に共通する大切な人』に対する今の桜の表情だ。妹の和葉が見間違えるわけがない。


「嘘……どこで会ったの……?」


「……違うわ。ただ、アイツに似た人を見る機会があったの。ギルドが受けた魔獣の討伐依頼の映像があったんだけど……そこにアイツに似ている人がいたの」


 『彼』の話を聞いただけで和葉の表情も硬くなっていた。姉妹二人にとっての目標であり、今の二人にとっては最も複雑な感情を抱く相手といってもいいかもしれない。それほどまでに重要な『彼』について二人はこの一年間一切の情報を得られなかった。ようやく手がかりを掴めたはずなのに桜の表情はさらに強張っていく。


「駄目だった……アタシなんかよりも全然強かった。少しも差が縮んでいなかった……」


「で、でもギルドにいるんだったら運が良ければ会えるんじゃないかな!」


「甘く見ちゃだめよ、和葉。本気になったアイツをアタシたちが見つけられる訳が無いじゃない。だから学園長に頼むしかないの」


 自分との実力の差を認めようとするだけで悔しくてたまらない。桜は強くならないといけないのだ。強くなって『彼』に自分を認めさせないといけないのだ。

 それなのに桜は『彼』の足元に及んでもいない可能性を感じ、絶望さえ感じた。いつまで無力な自分を嘆かなければいけないのだろう。


「本当にやるの? だからこんなに刀を……」


「いいのよ。自分を鍛えて悪いことなんてないんだから……そういえばアイツが言ってたんだっけ。この言葉」


「そうだね。私たち、いろんなこと教えてもらってたもんね」


 一年前までの日常に想いを馳せる。楽しくて楽しくて――辛くて忘れられない数年間。二人にとってその時間はかけがいのない宝物だと理解している。だからこそ割り切れないものもあるが。


「もう一度、アイツに会うためにアタシは……個人トーナメントで優勝してみせる」


 少女は静かに決意を固める。数カ月――雪が解け、花が綻ぶ頃より後に開催される全学生対校トーナメント。そこで優勝した者は学園長になにか一つだけ要望を叶えてもらうことができる。そこで彼女は『彼』に会うようにセッティングしてもらうだけだ。それからのことは考えていない。どうせ、頭に血がのぼり、手を出してしまうのが目に見えている。


 ただ、その場に着くまでの道は険しい。学園には自分より上の実力をもつ人物だっている。だが、彼を超えてこそ桜は『彼』と向かい合えると信じている。


 ちっぽけで壮大とも言える目的が叶う数ヶ月先を彼女は一体どういう姿で迎えるのだろうか。

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