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調査四日目 ~最後のメール

 調査を開始してから四日目となった。俺は今回の調査で三度目となる、若者の街渋谷を訪れていた。

 加奈と何かしら関わっていたはずの中谷晋一郎。そして彼が参加していたチーム、渋谷ラッキースター。俺はそのチームのメンバーに接触を試みるつもりだ。

 メンバーであれば、加奈のことを知っているだけでなく、運がよければ、居場所までも把握しているかも知れない。

「うだうだと口うるさく言われるのも御免だ。よし、調査を開始するか・・・。」

 まったく困ったものだ。昨日の夜も、依頼人である加奈の母親から事務所へ電話があった。

 さも以前と同じく、娘は見つかったのか、どこまで進んでいるのか、明日の調査はどこへ行くのかなど、矢継ぎ早に問い詰められててんてこ舞いである。まるで、俺が彼女に調査されているような気分だ。

 無論、家庭内トラブルや裏金といった疑惑については、彼女にいっさい触れていない。それは物的証拠がないという理由もあるが、あまり深く追求してしまうと、この調査を途中で放棄されないとも言えないからだ。

 俺は差し当たり、渋谷ラッキースターがよくたむろする場所について聞き込むことにした。

 そんな俺が訪れたのは、加奈の行きつけの店だった衣料品店である。

「あれ?探偵さん。」

 店内に入ってきた俺の存在に気付いたのは、やけに金髪とあごひげが似合うこの店の店長であった。

「何度も申し訳ない。また少しばかり聞きたいことがあって。」

 店長は嫌な顔一つせず、俺に快諾の返事をしてくれた。

 前回と同じく、俺は店の奥にある控え室へと通された。しかも、今日はおかきと番茶付きである。

「それで、今日はどういった件ですか?」

 そう促された俺は、渋谷ラッキースターを知っているかどうか店長に尋ねてみた。

「ああ、名前ぐらいは知ってるけどね~。さすがにどこでたむろっているかまでは、わからないですね。」

「そうか・・・。」

 俺はくわえたタバコに火をつける。すると、店長が手を揺すって何かを訴えかけてきた。どうやら、タバコ一本お恵みを、のサインだったようだ。

 俺はタバコの箱を店長に向けて差し出した。それだけではなく、彼がくわえたタバコに火まで灯してやった。

「ふぅ~・・・。」

 おいしさを顔で示しながら、恵んでもらったタバコを吸っている店長。

「お、そうそう。アイツなら知ってるかもな。」

「アイツ?」

 店長はタバコのお礼なのか、俺に続きを話してくれた。

「ウチのバイトなんだけどね、どうも昔チーマーだったらしいんです。アイツならラッキースターのこと知ってるんじゃないかなぁ。」

「それで、そのバイトは今?」

 店長は室内の隅にある戸棚の引出しから、シフト表と書かれた帳面を取り出した。そのシフト表には、アルバイト全員の勤務時間帯が記してあるそうだ。

「おおラッキーですね。今日は勤務が入ってますよ。たぶん、もうすぐ出勤すると思うから、来たら連絡しますよ。」

 彼の言う通り本当にラッキーだった。こういう商売をやっていると、とんとん拍子に事が進むことはあまり多くはない。幸運がやってくると、後から不運がやってきそうで怖い気もする。

「それは助かるよ。それじゃあ、この番号へ電話してくれ。」

 店長に自らの携帯電話の番号を伝えると、俺はいったん店を離れることにした。

「さてと・・・。どうやって時間を潰すかな。」

 俺は歩き始めると同時に、胸ポケットから愛用のマイルドセブンを取り出そうとする。

「あれ?」

 どうやらタバコが切れているようだ。

 俺は周辺を見渡して、タバコの自動販売機がないか探してみた。しかし、こういうときに限って、目的のものは見つからないものである。

「困ったな。タバコの販売機はどこだろう?」

 街角にある無数の自動販売機。そのほとんどが、ジュースやコーヒーといったドリンク類の販売機だ。

 買う者がいるから売る機械もあるのだろうが、これほどの自動販売機が本当に必要なのかと、俺はときどきそんな不毛なことを考えてしまう。

 しばらく彷徨い続けること数分。俺はようやくタバコの自動販売機らしきものを発見した。

 俺は猛ダッシュで、その自動販売機まで駆けつけた、が・・・。

「おいおい、マイルドセブンが売り切れてるじゃないか。」

 寄りにもよって、俺の愛用するマイルドセブンが売り切れとはまったくもってついていない。もしかすると、さっき頭に浮かんだ不運とはこのことだったのだろうか。

 自動販売機の前で呆然とする俺に、背後から何者かが声を掛けてきた。

「あの~、タバコ買われますか?」

 俺がとっさに振り向くと、そこにはタバコを詰め込んだダンボールをかついだ青年が立っていた。この格好からして、この自動販売機で売っているタバコの配達業者のようである。

「マイルドセブンはないか?あれば一個買いたいんだが。」

 俺の青くなった顔がみじめに思えたのか、その青年は配達車へとんぼ返りして、タバコがあるかどうか確認してくれた。

「えーと、マイルドセブン、マイルドセブンと・・・。あれ、確かあったと思ったけどなぁ。」

「もしかして、ないかな?」

 俺は内心ハラハラしつつ青年の側に近づいていく。

 配達車の中を覗いてみると、日本産のタバコだけではなく、海外から輸入されたタバコもたくさん積み重ねてあった。これだけの銘柄があると、特定のタバコを探しだすのは至難の技かも知れない。

「やっぱりいいよ。他のとこに行くから。」

 青年に迷惑を掛けたことを申し訳なく思い、俺がそう声を掛けて立ち去ろうとした瞬間、ある文字が俺の網膜に焼きついた。

「ん、これは・・・。」

 その文字とは、外国産タバコの箱に記載されている会社名で、驚いたことに、加奈の母親が経営する太陽物産だったのだ。

 詳しく見てみると、その会社名は輸入販売元となっている。ということは・・・。

「あ!ありましたよ、マイルドセブン。」

 青年は額の汗を拭いながら、俺にマイルドセブン一個を手渡してくれた。

「わざわざありがとう。これ二五0円。」

 その青年はさわやかな笑顔で、さっきの自動販売機まで戻っていった。

 そんな彼を見送った後、俺はもう一度、外国産タバコの箱に書かれた太陽物産の文字を見据えていた。

「たしか、太陽物産は貿易関係の会社だったな。なるほど、海外のタバコを日本へ流通させていたのか。」

 俺はそのとき、眉をひそめるような怪しき悪行が頭に浮かんでいた。

「確かめてみる必要はあるな。」

 俺は携帯電話を握り締めて、事務所で待機している鏡子くんへ電話した。

「もしもし鏡子くん、悪いがすぐ調べてほしいことがあるんだ。」

「はい。何でしょうか?」

 俺のお願いを聞き入れた鏡子くん。電話の向こうから、カタカタとパソコンのキーボードを叩く音が聞こえた。

「加奈の母親が経営する会社は、貿易関係の会社だったな?そこと取引している国、あと扱っている商品をすべて洗ってくれないか?ちょっと気になることがあるんだ。」

「かしこまりました。わかり次第、ご連絡差し上げた方がよろしいですか?」

「ああ、できればそうしてくれ。じゃあ。」

 俺はそう言って携帯電話を切った。そして、頭に浮かんでいた悪行のシナリオを心の中でつぶやく。

「会社の取引ルートを通じて、海外からヤバイものを日本に流しているのかもな・・・。例えば、拳銃、麻薬。それを日本のブローカーに横流しして、その報酬を裏金として受け取る。」

 俺はこのとき、そんな物騒なことを頭の中で思い描いていた。それと同時に、考えたくないことまで脳裏を過ぎった。

「・・・まさか加奈は、その事実を知ってしまったのでは?秘密を知ってしまい家を飛び出した加奈。その秘密を守るために、彼女の足取りを追う母親。」

 俺はさまざまな展開を考えながら推理していく。

「いや、もしそうだとしたら、加奈は警察に駆け込むなりして保護を請うだろう。彼女だって一七歳、そのぐらいの判別はつくはずだ。・・・まだ真相は暗闇の中ってところか。」

 何より論理的証拠よりも物的証拠が必要だ。俺はそう自分に言い聞かせて、この場から歩き出そうとした。

『プルルル・・・、プルルル・・・』

 その瞬間、携帯電話が忙しく鳴り出した。発信番号を見ると、衣料品店の店長からの電話だった。

 俺はすかさず通話ボタンを押した。

「ああ探偵さん?俺です。」

 店長から、アルバイトが店に来たことを伝えられた俺は、足早に衣料品店に向かって駆け出した。


 疾走すること数分後、俺は衣料品店まで戻ってきた。

 俺が慌しく店内へ入ると、店長は来店客に迷惑をかけないよう、声を出さずに手だけで合図してくれた。それは、いつもの奥の控え室に進んでくれ、と伝える合図のようだった。

 俺も声を出さずに手でお礼をすると、もうすっかりお馴染みの奥の控え室へと進んだ。

「ども。」

 控え室で俺を待っていたのは、まだ十代の若い青年だった。

 短く刈り上げた真っ赤な髪の毛、耳にはピアスを装飾し、顔に軽めの化粧までしている。

 俺はその姿に思わず、彼の両親はこれを容認しているのだろうか?と、他人事ながら心配になってしまった。

「よろしく。俺は藪鬼だ。悪いが何点か質問に答えてくれ。」

「いいっスよ。」

 俺は相手がどんな人間であろうが、いつも通りの姿勢で質問をする主義だ。例えこの青年のように、見た目や感性に隔たりがあったとしても。

「君は渋谷で活動するチーム、渋谷ラッキースターのことは知ってるな?そのメンバーだった中谷という男が、この前渋谷で殺害されたことも?」

 青年は顔をうつむかせて、弱々しい声を漏らした。

「ああ、もちろん知ってるさ。俺と晋一郎はチームこそ違ったけど、昔からのマブダチだったんだ。殺されたと聞いたときはメチャクチャ、ショックだったよ・・・。」

 これは驚いた。まさかチームだけではなく、中谷本人とも面識のある人物に出会えるとは思ってもみなかった。

「そうだったのか。友人が殺されたんじゃ、さぞ辛いだろう。君の気持ち、痛いほどよくわかる。俺は探偵という立場だが、殺した犯人を何とか見つけたい。協力してくれ。」

 俺は同情するような言葉遣いで、落胆している彼を少しずつでも元気付けようとした。

 こんな些細なことでも、相手は心を許して情報を語ってくれるものなのだ。重要な手がかりを入手するためには、多少なりとも、相手の気持ちに立ってあげるのも大切なのである。

「渋谷ラッキースターのメンバーについて教えてくれないか?例えば、彼らがどこにいるのか、どこによく集まっているのか、そういったこと何か知らないかな?」

 青年は考える仕草も見せず、持っている情報を包み隠さず俺に吐露してくれた。

「連中、今は渋谷より代々木で集まってるよ。夜七時過ぎに代々木公園に行ってみなよ。ラッキースターのリーダーがさ、実は代々木に住んでるんだ。」

 彼曰く、渋谷ラッキースターのリーダーは橋本恭介という男で、話のわかる男気のある人物だという。リーダーだけに、自分よりは事件のことに詳しいだろうとのことだった。

「そうか。わかった、今夜にでも行ってみるよ。」

 俺は持ち歩いているシステム手帳に、彼の教えてくれた重要なデータをしっかりと書き留めた。

 俺は参考までに、加奈を知っているかどうかも彼に聞いてみることにした。

「すまないが、君は大林加奈っていう女の子を知らないか?年は中谷晋一郎の一つ下で一七歳なんだが。」

 俺はそう問いかけつつ、微笑む加奈が映っている写真を見せてみた。

「・・・。」

 彼は首を大きく横に振った。どうやら名前すら聞いたことがなかったようだ。

 加奈に関する情報を収集するには、やはり代々木まで足を運んで、渋谷ラッキースターに接触する他ないだろう。

「どうもありがとう。助かったよ。」

「いや・・・。探偵さん、犯人、早く見つけてくれよ。」

 青年は目頭を熱くしながらそう訴えると、仕事のために控え室を出ていく。そんな彼に向かって、俺は任せておけと真剣な目で約束した。

 ちょうど、俺が控え室を立ち去ろうとした瞬間、店長がもの思わしげな顔を覗かせた。

「どうです探偵さん。アイツ、何か役に立ちました?」

 俺はゆっくりと店長の側まで歩み寄り、彼の肩にそっと手を置いた。

「店長、いろいろとありがとう。おかげで進展があったよ。」

「そうか、それはよかった。早いとこ加奈ちゃん見つけてあげてくださいよ。」

 協力してくれた青年、そしてこの店長のためにも、一刻も早く加奈を見つけ出さなければ。そして、中谷晋一郎の事件についても、俺なりに解決できれば言うことないんだが。

 店長の穏やかな笑みに見送られながら、俺はお世話になった衣料品店を後にする。

「おっと?」

 俺が外に一歩足を踏み出したその刹那、何ともタイミングよく、携帯電話がブルブル震えだした。さっきの聞き込みの際、マナーモードにしていたせいだ。

 鏡子くんからの電話と確認し、俺は急いで通話ボタンを押した。

「もしもし?鏡子くんだな。頼んだ件だね。・・・ああ、教えてくれ。」

 彼女が調べてくれた結果報告に、俺は心を落ち着かせて耳を傾けた。

「わたしが調べた限りですが、太陽物産と取引している国は、アメリカ、メキシコ、ブラジルの三カ国、そしてアジアの小さな国が数ヶ所です。扱っている商品はタバコだけですね。」

「タバコのみ、か。それ以外はないんだね。」

 鏡子くんは念を押すように補足してくれた。

「ええ、間違いありません。会社概要にはそう記載されています。外国産タバコを輸入して、日本の流通会社までの販売を基本業務としています。」

 次の瞬間、鏡子くんはバツが悪そうに言葉を濁らせた。

「・・・あの、実はパソコンで少しだけ試みたんですが、どうも気になるものを見つけまして。」

 彼女曰く“試みた”というのは何か?それは彼女ならではの特技、そう特定のコンピュータへ侵入する行為、いわゆるハッキングである。

「何を見つけたんだ?」

「太陽物産のサイトを辿って、サイトを設置しているサーバを覗いてみたところ、メールサーバ上に、メールデータが一部残っていたんです。」

 残念ながら、解析の途中に自動削除されてしまったので、詳細までは掴めなかったそうだが、文章として読める部分があると、鏡子くんは神妙に話していた。

「その部分を読んでくれるか?」

 鏡子くんは手紙を読むような口調で、俺にその文章をゆっくりと読み上げる。

「タイトルなし、宛先はsendai。本文、リストはまだ発見できず。目下確認中。次の日取りには必ず間に合わせる・・・。ここまでです。」

「リスト?いったい何のことだろう?あと、sendaiという宛先は誰のことかわかるかい?」

「いいえ。メールアドレスまではわかりませんでした。しかし、sendai宛てに送信をしているので名前に間違いないと思います。この辺りはもう少し調べてみますね。」

 それにしても、鏡子くんはこの手の調査を始めると留まるところを知らない。俺が立ち入ることのできない分野だけに、否定も肯定もできないのが現実なのだ。

「そうしてくれ。あと、あまり無茶はしないように。ハッキングはいくら探偵でも違法行為だからね。」

「はい、わかっています。先生もあまり無理せず、寄り道なんてしないで戻ってきてくださいね。」

「ああ、また電話するよ。」

 俺は苦笑しながら電話を切った。そして時計をチェックすると、時刻はまだ正午前だった。

 渋谷ラッキースターに遭うため、俺は代々木に行かなければならないが、さすがに今からではあまりにも早すぎる。

 俺は時間潰しをかねて、助智のところを訪ねてみることにした。もう少し、ヤツの情報網の助力を得るためだ。

 俺は淡い期待を胸に、ヤツのもとへ足を向けていた。


* ◇ *

「へぇ、それじゃあそこそこ進んでるじゃないの。」

「まだだ。これから接触するヤツらが加奈のことを知らなかったら、今度こそ本当に調査が振り出しに戻っちまう。・・・よし、これでどうだ。」

「う~ん、まあ、そうだろうけどさ。・・・よっと!」

「とにかく今夜、ヤツらから必要な話が聞けることを祈るしかないってわけさ。・・・お、それいただきだ。」

「あ、何だよ藪ちゃん。また萬子狙いかよ?」

 渋谷ラッキースターとご対面する夜までの間、俺はひとまず助智のいる高笠寺で時間を潰していた。え、何をしているかって?聞くまでもないだろう、そんなこと・・・。

「ところで助智。ちょっといいか?」

 俺はただ休んでいるわけではない。助智からいろいろと聞くことがあったのだ。

「なんだい?この勝負は負けないよ。」

「この勝負のことじゃない。調査のことで聞きたいことがあるんだ。」

 助智はいいよと言って、手牌をまじまじ見ながらうなずいた。

「今回の依頼人、加奈の母親が経営している会社だが、何かヤバイものを扱っているっていう噂はないか?例えば、拳銃とか、麻薬とか。」

 助智は掛け声と共に、雀卓に捨て牌を叩きつけた。

「ああ、例の裏金の絡みだね?それについては、俺もそっち方面の人にちらっと聞いてみたけどね。・・・確かに怪しい面もあるんだけど、これだっていう証拠がないんだよ。悪いね。」

「そうか。」

 俺は手牌をじっくりと眺めながら、マイルドセブンをそっと口にくわえた。

 助智は余裕の笑みを浮かべながら、俺が捨て牌を切るのを待ちわびている。

「何か新しい情報もないか?」

 俺は字牌を切り捨てながら助智に尋ねた。

「う~ん、そうだね~・・・。」

 助智は腕組みしながら、俺の切った字牌を見据えている。

 新しい情報を思い起こそうとしているのか、それとも字牌をポンしようとしているのか・・・。コイツの思考回路だけはまったく判別できない。どうでもいいが、さっさと行動を起こしてほしいところだ。

「これポンね。」

 この野郎、やっぱりそっちのことを考えてやがったか。

「情報の方はどうなんだよ?」

 俺はタバコの煙を思いきり吐き出し、苛立つようにまくし立てる。

「わかってるよ、そんなに急かすなって。思い出してる最中なんだからさ。」

 助智は二枚減った手牌を長々と見つめて、どれを捨てようか迷っているようだ。コイツ、本当に小突いてやろうかと、俺は率直にそう思ってしまう。

「そうそう思い出した。あの会社の取引先に関するちょっとした情報があったんだ。」

 待望の情報をようやく口にした助智。

「どんな情報だ?」

「あるところから聞いたんだけど、太陽物産の取引先の中でね、一社だけ商品売買してない会社があるんだ。」

「商品売買をしていない取引先?それは確かに妙な話だな。」

 鏡子くんからの話だと、太陽物産は海外タバコを輸入して、国内の流通会社に卸しているはずだ。商品を卸さない売買とはいったいどういうことだろう?

「その取引先の詳細はわかってるのか?」

 ここまで来ても、助智は未だに何を捨てるか迷っている。いい加減に早く捨てやがれ。

「・・・えっとね、株式会社エドワールドだったかな。所在地は確か品川だったよ。」

「そうか。」

 俺はシステム手帳を手にするなり、助智からの情報をしっかりと書き留めた。

「しかし、商品を取引していないのに、どうして取引先とわかったんだ?」

「よくぞ聞いてくれた!」

 助智はいきなり目を輝かせて、誇らしげに語り始めた。

「この話さ、俺が贔屓してる銀行員から聞いたんだ。そいつがね、たまたま太陽物産の融資に携わったことがあって、そのとき、取引先や仕入先、あと扱っている商品なんかを調べたことがあったんだって。」

「なるほど、そうしたらこのエドワールドという会社に辿り着いて、しかも取引しているものが商品ではないと知ったわけか。それで、その会社とはどういう取引をしてるんだ?」

 助智はいかにも不審げな顔つきで声を漏らす。

「いやね、これがまた不明瞭でさ、報酬委託手数料という名目でやり取りしているらしい。平たく言えば、形のない商品を取引してるってとこだね。」

 助智は話し終えると、悩み続けた捨て牌を雀卓へと切り捨てた。

「わかった。いい情報ありがとう。」

 俺は助智にお礼を言いながら、たった今捨てられた牌を手にする。

「ロンだ。」

「へ!?」

「タンヤオ、ピンフ、ドラ二で満貫だ。」

 定番でかつ、見事なまでのきれいな役が完成した。

 助智はわめきながら、ボディビルで鍛えた両腕を振り乱して悔しがっている。

「くっそぉ!そんな待ちしてるなんて汚ねぇな~。だから二人打ちはキライなんだよぉ、もう!」

 助智は一万二千点の点棒を雀卓へ投げ捨てると、積み重なっていた麻雀牌を投げやりに崩していた。

 それにしても、寺社の本殿にある仏様の前で、堂々と雀卓を囲む俺達もいかがなものだろうか。

 その本殿の片隅に無造作に置かれている、ぶら下がり健康器やダンベルを見たら、さぞ檀家さんも悲観の眼差しを向けるに違いない。

「さてと、俺はそろそろ行くよ。事務所にも寄らなきゃいけないしな。」

「何ぃ?勝ち逃げする気か?それはないよ。もう一勝負やろうよ、藪ちゃん!」

 手を合わせる助智を尻目に、俺は颯爽と上着を羽織り始めた。

「別に逃げはしない。今度来たとき、この勝負の続きをやればいいだろ?それじゃ、またな。」

「ちぇ、わかったよ。なるべく早くやろうね。」

 助智は不平不満を口にしながらも、出て行く俺を見送ってくれた。そして俺は、この足でいったん事務所へ戻ることにした。


 加奈の母親が送った不審な電子メールについて、鏡子くんが何か掴んだかも知れない。そして助智が話していた、株式会社エドワールドという取引先のことも、彼女に調べてもらう必要がある。

 助智と別れてから一時間ほど。JRと私鉄を乗り継ぎ、俺は我が事務所へと帰ってきていた。

「おかえりなさい。どこか寄ってこられたんですか?」

 俺の帰りを迎えてくれた鏡子くんは、パソコンに向かって積み重なっている経費の伝票処理をしていた。

「ああ。ちょっと助智のところへ寄ってきたんだ。」

「佐倉さんのところへ?佐倉さんはお元気でしたか?」

 鏡子くんと助智は面識はあるものの、それほど親しいわけではない。ほとんど電話で会話する程度で、遭ったりする機会は少ない。

 それにも関わらず、助智はどうも鏡子くんに気があるようで、やたらと事務所に来たがる。まあ、俺はいつも理由を付けて拒んでいるのだが。

「ああ、アイツは相変わらず元気だよ。」

「そうですか。・・・フフフ。」

 この鏡子くんのくすくす笑いに、俺の心がなぜか揺れ動いてしまった。“アイツのことが気になるのか?”と聞いてみたいが、あからさまに答えを聞くことにも抵抗がある。

 そんなことよりも仕事だ。俺は雑念を振り払い、自分らしからぬ嫉妬心をはぐらかしていた。

「それより鏡子くん。あのメールについて何かわかったかい?」

 鏡子くんは首を横に振って、困惑した表情を俺の方に向ける。

「すみません。あれから試行錯誤、調べてはみたんですが。sendaiについてはまだわかっていません。通信ログからして、メールを送信したのは間違いないんですが、メールそのものはもう受信されて、サーバ上には残っていませんでした。」

「そうか。まあ、仕方ないだろう。」

 俺は上着からシステム手帳を取り出し、さっき助智から教えてもらった情報を引き出す。

「鏡子くん、もう一つお願いがあるんだ。株式会社エドワールドという会社の詳細を調べてくれるか?」

「かしこまりました。株式会社エドワールド・・・ですね。」

 彼女は手早くインターネット検索を実行する。俺はそんな彼女のデスクの側へと歩み寄った。

「あら?オフィシャルサイトはないのかしら?」

「どういうことだ?」

 インターネット初心者の俺に、鏡子くんは講師のごとくわかりやすく説明してくれた。

「エドワールドという会社、公式のホームページがないようです。このご時世に、サイト運営しないのは珍しいですね。」

 鏡子くんの解説では、これだけインターネットが普及した今でも、小さい会社などでは、会社情報を公開しないことはよくあるそうだ。

 この会社の規模が大きいか小さいかは、今日初めて耳にした会社だけに、さすがの俺にもわかるはずもない。

「そういうことなら、とりあえず別の路線で当たってみますね。」

 そう告げると、彼女のメガネの奥にある瞳が、たくましくて力強く輝きだした。

 この世のものとは思えないキーパンチで、彼女はパソコンを自在に操っている。まるで、何かが乗り移ったかのように。

 声を掛けにくいそんな彼女を横目に、俺は自らのデスクに疲れ切った体を預けた。そして、リクライニングした椅子に深くもたれかかって、おもむろにタバコを吹かし始める。

「ふぅー・・・。」

 事務所という名の俺の城で、のんびり吸うタバコはまた格別だ。

 屋外や人の家で吸うタバコは、そこに飽和している儚さや悲しさも一緒に吸い込んでしまう。ここ東京という街は、いつもそんな物悲しい空気ばかりが覆いつくし、幸せや明るさという感情をかき消してしまっている。

 俺はそんな殺伐とした東京という街で、日夜探偵業に勤しんでいるのである。

 ちょうどタバコを一本吸い終えた頃、熱中していた鏡子くんから何かを見つけたサインが送られた。

 俺はタバコを灰皿に押し付けると、素早く彼女のデスクまで駆けつける。

「何か見つかったか?」

「はい。あまり詳しくはありませんが、ある掲示板サイトでようやくエドワールドという名称を見つけました。ここの部分です。」

 彼女はマウスカーソルを動かして、エドワールドの文字を指し示した。

 この先にもまだページが続くと聞いた俺は、先に進むよう指示すると、彼女はマウスクリックで次なるページへと進んだ。

「ん、どれどれ?」

 俺は掲示板に書かれた記事を目で追っていく。鏡子くんは補足するように、その概要だけを声で変換してくれた。

「この雰囲気からすると、エドワールドの元社員が入力したみたいですね。かなり悪態付いている文章になっています。」

 掲示板をよく見ると、確かにエドワールドに対する誹謗中傷なコメントが目一杯書き込まれている。

 書き込み主は、エドワールドに恨みを持つ元社員らしく、誰かに訴えるような、この会社への不平不満ばかりが綴ってあった。

 一通り読み終えた鏡子くんは、肩を叩く仕草をしてお疲れな顔を見せている。

「残念ですが、会社についての詳細までは書いていませんね。やはり、もっと粘り強くサーチする必要がありますね。」

 彼女が腕まくりして、再検索をしようとした瞬間だった。俺の目に、掲示板に書かれた一つのキーワードが飛び込んだ。

「待て!」

 鏡子くんはびっくりしながら俺を見返した。

「これを見てくれ。ここだ。」

 俺はそのキーワードを、パソコンのディスプレイ上でタッチして示した。

「・・・カワウチヨシロウ。文章を辿ると、エドワールドの社長のお名前みたいですね。でも、これがどうかしました?」

 彼女の机に置いてあるメモ用紙に、俺はそのキーワードを書き込んだ。

「川内義郎。この名字の方なんだが、君は今、カワウチと呼んだ。まあ、それが普通の呼び方だろう。」

 鏡子くんは不思議そうな顔をして、俺の言っている意図が理解できない様子だ。

「実はね、この川内という漢字の呼び方はカワウチだけじゃないんだよ。」

「え?それはいったい、どういうことです?」

 俺は事務所の書棚から、B四タイプの厚めな本を抜き取った。

「あら、それは日本地図帳ですね?」

 俺はその日本地図帳をパラパラとめくり、ある都道府県を写したページを彼女に見せた。

「これは鹿児島県ですよね。」

「そうだ。鏡子くん、ここを見てくれ。」

 俺は鹿児島県のある都市名に指を置いた。そこには漢字で“川内市”と記されている。

「この字のフリガナを見てくれ。」

「は、はい・・・。」

 そのフリガナの正体を知るや否や、鏡子くんは驚きのあまり愕然としていた。

「センダイ!?この漢字でセンダイって読むんですか?」

「ああ。これは“カワウチ”ではなく“センダイ”と読むんだ。地方特有の当て字かも知れないが、実際に実用化されている読み方なんだ。」

 鏡子くんは、まるで鳩が豆鉄砲食らったような顔をしている。さすがに博学な彼女でも、この事実にはびっくりしていたようだ。

「つまり、この掲示板に書かれていた“川内義郎”の名字、これがカワウチではなく、センダイだとしたら?」

「だとしたら・・・?」

 俺に答えを求めるように、そう問い返してきた鏡子くん。

「おいおい鏡子くん、もう忘れたのかい?例のメールの宛先だよ。」

「あっ!」

 どうやら鏡子くんは、俺の言わんとしていることを悟ったようだ。

「sendaiとセンダイ・・・ですね。そうか、加奈さんの母親がメールした相手は、senndai・・・つまり、エドワールド社長の川内義郎、というわけですね。」

 俺は自信満々に大きくうなずいた。

「そうだ。俺が推測するに、その可能性が高いだろう。鏡子くんはとりあえず、その線で当たってみてくれないか?」

「はい。かしこまりました。」

 鏡子くんはやる気満々で、パソコンのキーボードを叩き始めた。それを見ていた俺も、やるべき仕事に取り掛かることにした。

 時計の針はすっかり夕方を示している。そろそろ、渋谷ラッキースターの潜伏する代々木へ向かう時間である。

「鏡子くん、俺はこれから代々木へ行ってくる。何かあったら電話してくれ。」

「はい、いってらっしゃい。」

 熱心に取り込む彼女に送り出されて、俺はキーを叩く音がこだまする事務所を出て行った。


* ◇ *

 時刻は午後七時過ぎである。

 俺は賑やかな新宿の街を潜り抜け、暗闇に包まれた代々木公園までやってきた。

 薄暗い街灯に照らされた公園内では、散歩やジョギングする人、愛を語り合うカップル達がわずかに見受けられた。しかし、至る方向へ目を向けてみても、チームらしき若者の姿はどこにも見当たらない。

 俺はくたびれる覚悟を決めて、ここ代々木公園を歩き回りながら、渋谷ラッキースターを捜索することにした。

 それにしても、代々木公園はとんでもなく広い。

 昔のことだが、浮気調査でここに張り込んだことがあった。そのときの対象者が、この公園を浮気相手との待ち合わせに利用していたからだ。

 これがまた困ったことに、対象者が気紛れな性格のようで、浮気相手と接触する場所をコロコロと変えていたのだ。だから俺もその都度、この公園内をうんざりするほど歩き回ったというわけだ。

「ふぅ、どこにもいないな・・・。」

 このままではいつ見つかるかわからない。らちがあかないと見限った俺は、道行く人に尋ねてみることにした。

「すみません。この公園で若者の集団を見かけませんでした?」

「いや、知らないね~。」

「見てませんけど・・・。」

「若者?老人の団体ならそっちにいたけどね。」

 残念ながら、有力な情報は手に入らなかった。時間が時間だけに通行人も少なくて、この暗さで視界が悪いのも原因の一つだった。

 街灯はあるものの、公園内は不気味なまでに真っ暗な闇に覆われている。だが、これしきのことで諦めるわけにはいかない。

 何としてもヤツらと接触して、重要な情報を聞き出さなければ、調査そのものが進展しないことになってしまう。

「仕方がない。もう少し自分の足で踏ん張るとするか。」

 俺は気持ちを奮い起こし、繰り返し公園内を歩き続ける。しかし、チームらしい若者の姿はどこにもなかった。

 まさか、あの衣料品店のアルバイトの話がガセネタだったのだろうか?いや、それは信じたくはない。

 友人を殺された悔しさと憎しみに満ちていたあの表情、あの若者が嘘をつくとはどうしても思えない。俺はそう信じて、公園内をひたすら捜し回った。

「さすがに疲れたな・・・。」

 俺は一息つこうとベンチに腰掛けて、最後の一本となったタバコを口にくわえた。

「くそ、今日は出てきてくれないのか!」

 俺は焦れるように、空になったタバコの箱を握りつぶすと、その空箱を近くのゴミ箱へと投げ捨てた。

「ん・・・?」

 そのとき、遠巻きながらも、数人の若者達が俺の視界に飛び込んだ。

 目を凝らしてみると、つばのある帽子をかぶり、ぶかぶかなトレーナーに半ズボン、そしてハイカットのシューズを身に付けた若者達のようだ。その見た目からして、渋谷ラッキースターのメンバーに間違いないだろう。

 俺はくわえたタバコをポケットにしまうと、一目散にその集団のもとへと駆け出した。その群れをよく観察すると、六人ほどの男達が輪になってしゃがみ込んでいる。

 ダッシュで走ってくる俺に気付いた連中が、勢いよく立ち上がり警戒態勢に入ったので、俺は連中より少し間隔を空けて足を止めた。

「はぁ、はぁ・・・。」

 慌てて走ってきたせいもあって、俺は激しい息切れに見舞われていた。

「な、なんだコイツ・・・。」

 連中は不審者を見るような目で、呼吸を荒くしている俺を見据えている。

「お、俺は怪しい者じゃない・・・。君達、渋谷ラッキースターだろ?折り入って、君達に聞きたいことがあるんだ。」

「なにぃ・・・?」

 若者達は警戒を解こうとはしない。この俺が、警察関係の人間ではないかと疑っているのかも知れない。

「心配するな。俺は警察じゃない、私立探偵だ。この前、渋谷で殺害された君達の仲間について聞きたいだけだ。」

 連中は互いに戸惑う顔を見合わせている。だが、俺の説得をもってしても、彼らは口を利いてくれようとはしなかった。

「本当だ、信じてくれ。俺は中谷晋一郎の事件の真相を追っているんだ。協力してくれないか?」

 ざわつき始めるチーマー達。俺の言葉に少しばかり動揺している様子だ。

「どうかしたのか?」

 突如、俺の背後から落ち着き払った声が聞こえた。

 俺はすかさず後ろに振り向くと、そこには、連中とまったく同じような格好をした一人の若者が立っていた。しかし、他の連中に比べると、漂わす雰囲気に貫禄のようなものを感じた。

 その男は凄むように、俺に凍てつくような視線を浴びせている。

「何だぁ?てめぇ、警察か?」

 俺のことをなめるようににらみつけると、その男は攻撃的な口調で威嚇してきた。

 さっきまでの連中が、この男の背後に隠れるように身を潜めたところを見ると、この男がチームのリーダーなのかも知れない。

「俺は私立探偵だ。君達のメンバーだった中谷のことで聞きたいことがあるんだ。」

「あぁ、探偵だぁ?」

 リーダーは怒りの形相のまま、俺から目を逸らそうとはしない。俺も負けじと、その突き刺さる視線をしっかりと受け止める。

 にらみ合うこと数秒。その短いようで長い心理戦に勝ったのは、何を隠そう俺の方だった。

「・・・で、聞きたいことっていうのは、どんなことだ?」

 リーダーはふと俺から目を逸らし、俺の質問を受け入れる姿勢を取ってくれた。

 リーダーのその急変に、背後にいるメンバー達は慌しく騒ぎ出した。

「恭介さん、何言ってんスか!?まだ正体もハッキリしてないのに。」

「そうっスよ!コイツはどうせ、サツの差し金に決まってんスから!」

 リーダーはそのざわつきを一喝でかき消した。

「うるせぇ!おまえらは黙ってろ!」

 この男が放つ存在感は計り知れないものがある。俺はただ、彼の轟音のような怒号に圧倒されてしまっていた。

「俺はラッキースターのリーダー、橋本恭介だ。あんたは?」

 俺は自己紹介がてら、リーダーの橋本に名刺を手渡した。

「私立探偵の藪鬼寛樹だ。でもなぜ、俺のことを信用してくれたんだ?」

 橋本は緊張を解くように表情を緩める。

「へへ、簡単なことさ。サツが名乗るとき、間違っても探偵なんて言わねぇしな。それにあんたの目、めちゃめちゃいいガン飛ばしてきやがった。」

 こう見えても、俺だっていくつもの修羅場を潜り抜けてきた男だ。依頼解決のために、相手がチーマーだろが、極道だろうが、逃げることなく対峙してきた実績がある。

 まあ、たまには恐怖のあまり、両足をガタガタと震わせて、許しを請うこともないとは言えないが・・・。

「俺のにらみに耐え抜いたってことは、よほど度胸が据わってる。つまりあんたが、それだけただ者じゃねーってことだよ。」

 この橋本という男、この冷静な判断力といい、この物怖じしない態度といい、若いながらなかなかの猛者のようだ。

「それで何が知りたい?知ってることなら教えてやってもいいぜ。」

 俺はその言葉に甘んじて、遠慮なく質問をぶつけることにした。

「俺は今、失踪人の捜索をしている。名前は大林加奈。彼女の失踪に、どうも君達のメンバーだった中谷晋一郎が関わっていたようなんだ。」

 俺は加奈の写真を橋本に差し出した。

「この写真の娘が大林加奈だ。見覚えとか、心当たりはないかな?」

 橋本は首をひねりながら、写真をじっくり見つめた。公園内の薄暗い照明の下では、さぞ見難いことであろう。

「俺は見たことねぇな。おい、おまえらは知ってるか?中谷の女について、知ってるヤツはいないか?」

 橋本の計らいで、他のメンバー達が加奈の写真を回覧していくも、その写真を眺めては、メンバー一人一人首を横に振っていた。

「・・・あれ?」

 メンバー最後の一人が、加奈の写真を食い入るように見つめている。それに気付いた橋本がすぐさま声を掛けた。

「おい、おまえこの女のこと知ってるのか?」

「あ、はい。確かにこの女、中谷さんと一緒にいましたよ。見かけたの、俺が中谷さんに頼まれて、ハンバーガーを届けたときだったかなぁ・・・。」

 俺はもっと詳しく聞こうと、そのメンバーの側へと駆け寄った。

「すまない、もう少しその日のことを細かく教えてくれ。」

 そのメンバーは、リーダーである橋本に目配せしている。橋本が大きくうなずくと、メンバーはその日のことを語り始めた。

「あれは中谷さんが殺された前日、だから五日ぐらい前かな?あの日、夜七時過ぎぐらいに、中谷さんから電話があったんスよ。」

 そのメンバーはその電話で、ハンバーガーとドリンクを二個ずつ買ってくるよう中谷に指示されたという。

「それで俺、中谷さんのところに買った物を持っていったんスよ。そうしたら、そこに中谷さんの他に、この写真の女もいたんです。間違いないっスよ。確かにこの女でした。」

「その中谷がいた場所っていうのはどこなんだ?」

「恵比寿の工場跡地です。」

 俺はシステム手帳を取り出すなり、そのメンバーにペンと一緒に手渡した。

「すまないが、その場所の簡単な地図を書いてくれないか。」

 そのメンバーは照明の下まで移動して、工場跡地までの道のりがわかる大まかな地図を書いてくれた。

 その地図、そしてメンバーの話から、その工場跡地はJR恵比寿駅から歩いて四十分ほど先にあることがわかった。

「あと、他に何か知ってるヤツいねぇか?」

 橋本がメンバー全員に問いかけてみたが、どうやら、彼らから聞ける情報はこれぐらいのようだ。

「どうもありがとう。助かったよ。」

 俺は頭を下ろして、渋谷ラッキースターのメンバー達に感謝の意を示した。

「そうそう、探偵さん、ちょっといいか?」

 この場から離れようとした俺に、リーダーの橋本が声を掛けてきた。

 彼は俺の側まで近寄ると、おもむろにポケットから携帯電話を取り出した。

「これ見てくれ。」

「ん?」

 橋本の手にある携帯電話の液晶画面には、受信メールの一覧が表示されている。彼が引き続き操作していくと、一通の受信メールに辿り着いた。

「このメールさ、実はついさっき届いたメールなんだ。驚いたことに、このメールの送信相手、殺された中谷なんだ。」

「何だと!?」

 俺はそんなバカな!と言わんばかりに、橋本から携帯電話を奪い取った。

 四日前に死んだ人間がメールなど送れるはずがない。俺は奪い取った携帯電話の液晶画面に釘付けになった。

「ん、このメール・・・。」

「おう、気付いたか?そうだ。送信日時はヤツが殺された日時なんだ。つまり、メールが遅れて受信されたってわけさ。」

 俺はその事実に思わず胸を撫で下ろした。

 橋本の話によると、ちょうど一週間ほど前、携帯電話の調子が悪く、販売店へ修理に預けていたらしい。

 修理から戻ってきたのはいいが、それでもどうも具合が悪いようで、メールが遅れて届いてしまったのでは?とのことだった。

「おいおい、脅かすなよ。」

「わりぃ、わりぃ。それよりな、気になるのはそんなことじゃなく、メールの本文なんだ。」

 橋本は携帯電話を操作して、そのメールの本文を液晶画面に表示させた。そのメールの本文には、たった一言“インカンに”とだけ書かれていた。

「インカンに・・・?まさかこれ、中谷からのダイイングメッセージか?」

「何だよ、そのダイイングメッセージってのは?」

「死ぬ間際に被害者が残した、犯人を指し示すメッセージのことだ。つまりインカンという文字に、犯人を特定できる何かが含まれているのかも知れない。」

 このメッセージに心当たりがないか橋本に尋ねてみると、彼は困った顔のまま大きく首を横に振った。

「いや知らねぇ。これって何かの暗号みたいだよな。」

 橋本の携帯電話に辿り着いた“インカンに”というメッセージ。俺は漏らすことなく、システム手帳にしっかりと書き込んだ。

「橋本、俺はこれから恵比寿へ行く。もしインカンについて何かわかったら、俺まで連絡をくれ。」

 俺はそういい伝えると、渋谷ラッキースター一同にもう一度別れを告げた。

 代々木公園を後にした俺は、加奈に遭えることを信じて、立ち止まることなくまっすぐに恵比寿へと向かった。

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