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エピローグ

 次の日の朝、渋谷で起きた殺人事件の全容解明のニュースが巷を駆け巡った。

 実行犯である神鳴瞳の逮捕、そして、その殺人教唆の容疑と宝石密輸の容疑で、加奈の母親である大林加代子の逮捕、さらにその密輸に関与した疑いで、エドワールド社長の川内義郎の任意同行。

 もうまもなく、太洋物産株式会社と株式会社エドワールドに強制捜査が入り、隠されてきたありとあらゆる悪事が明るみに出るだろう。

 その重大ニュースは、この俺にとってはよくある新聞記事の一つに過ぎない。

 それでも、この事件のために失われてしまった男性の命、そして、人生を脅かされて罪を犯してしまった悲しい女性のことを思うと、俺は胸を撫で下ろさずにはいられなかった。

 こうして、この一連の事件は瞬く間に解決へと向かっていったのだった。


 それから三日後、心地のよい春の陽気に包まれながら、俺はいつも通りの穏やかな朝を迎えていた。

 今日は、今回の家出捜索の調査結果をまとめて、依頼人に渡す報告書を作成しなければならない。

「先生、コーヒーです。」

 鏡子くんがいつも通りの芳しいコーヒーを淹れてくれた。

 俺はそのコーヒーに口をつける。この深みのある苦さが、すがすがしい朝にもってこいの味わいだった。

「手書きの原稿ができたところでお願いしますね。」

 俺の探偵事務所では、依頼人へ渡す調査報告書をワープロ化して、データで保存するようにしている。それは言うまでもなく、書棚のファイルよりも、データの方が必要な情報を検索するのが速いからである。パソコンさまさまといったヤツだ。

 俺はパソコンが不得手なため、ワープロ入力は当然鏡子くんに任せている。つまり、俺が手書きの原稿を作成し、鏡子くんがその原稿を参照しながら、ワープロソフトで入力して完成させるというわけだ。

「了解。これから書くから、まあ気長に待っていてくれ。」

 俺はお気に入りのジッポライターを手にして、口にあるタバコに火を灯す。大きく息を吸い込み、そして紫煙とともに大きく吐き出した。

「・・・さて、それじゃあ始めるか。」

 システム手帳を眺めながら、俺がボールペンを手に原稿をまとめ始めた矢先だった。

『リリリリーン・・・、リリリリーン・・・』

 せっかくこれからというときに、事務所の電話がやかましく鳴り出した。慌てる様子もなく、鏡子くんは受話器を持ち上げる。

「はい、藪鬼探偵事務所です。・・・あら、おはようございます。ええ、元気ですよ。・・・フフフ。はい、お待ちください。」

 彼女は少しだけはにかんで、俺に受話器を手渡そうとする。

「先生、佐倉さんからですよ。」

 それは助智からの電話だったようだ。それにしても、鏡子くんのこのうれしそうな表情がつい気になってしまう。まあ、それほど深い意味はないかも知れないが。

「もしもし、助智か?どうかしたのか?」

「おはよう、藪ちゃん!鏡子ちゃんのこと、俺のお嫁さんにくれないかな?」

 朝っぱらから何をふざけているんだ、この野郎は・・・。

「・・・切るぞ。」

「わぁ、冗談だって。まったく、冗談も通じないんだもんなぁ。」

 いくらなんでも冗談にもほどがある。しかも、俺は鏡子くんの仕事上のパートナーであって、父親でもなんでもない。

「新聞見たよ。どうやら無事に解決できたみたいだね。」

「ああ、おかげさまでな。」

 家出人捜索のみならず、殺人事件の真相解明まで辿り着けたのも、助智からの情報提供があったからこそだ。悔しいところだが、ヤツには感謝しなければならないだろう。

「あ、お礼なら言葉じゃなくて、温泉麻雀でよろしくね。」

 記憶力だけは人一倍ある男らしく、やっぱり覚えていたがったか。まあ、いろいろ世話になったわけだし、約束通り連れて行ってやるとするか。どうせ、カモにされるのがオチだろうが・・・。

「ああ、わかった。また連絡するよ。じゃあな。」

 俺が受話器を置いたあとも、鏡子くんは楽しそうにクスクスと微笑んでいた。会話の内容を聞かれたわけではないが、彼女にはそれとなく見透かされていたのかも知れない。

『ピンポーン・・・』

 立て続けに、今度は何者かが玄関の呼び鈴を押した。

 鏡子くんが応対のため、玄関へ向かって駆けていく。

「あら、いらっしゃい。」

 鏡子くんの声からして、どうやら知人がやってきたようだ。こんな朝早くに、いったい誰が来訪してきたのだろうか?

「藪鬼さーん、こんちわぁ!」

 朝っぱらから元気いっぱいにあいさつしてきた人物、それは、俺達二人とすっかり親しくなっていた大林加奈であった。

「おお、加奈か。おはよう、元気みたいだな?」

「まあね、この顔見ればわかるでしょ?何せ、名探偵様だもんねー。」

 俺の目の前にいる女の子は、孤独と苦痛に怯えていたあの時の女の子ではない。今の彼女は、充実感と安堵感に満たされた明るい女子高生であった。

「おいおい、何だよ、その皮肉っぽいセリフは?」

 加奈はクスクスと愛らしく笑った。

「反対の意味だよ。藪鬼さんには本当に感謝してるんだから。」

 加奈は現在、学校へも毎日滞りなく通っていて、父親の母親、つまり祖母の住まいで不自由なく暮らしている。

 ある意味、社会復帰させてくれたのは俺だからと、加奈は喜びいっぱいで感謝の気持ちを伝えてくれた。

「それはそうと、藪鬼さん。あたしからの頼みごと、真剣に考えてくれた?」

「ああ。あのことか?」

 加奈からの頼みごととは何か?それは、この事務所でアルバイトをさせてほしいというものだった。

 今回の調査の正式な依頼人は、警察署に身柄を拘束されているため、調査結果の報酬は未払いのままだ。代理の依頼人となってしまった彼女は、その肩代わりとして、事務所の雑用をして働いて返したいと申し出てきたわけだ。

 彼女の厚意そのものはうれしいのだが、そういった理由で働かせるという行為に、俺は少しばかり抵抗があったのだ。

 俺がためらいがちに頭を悩ましていると、鏡子くんが俺の背中をやさしく後押ししてくれた。

「先生、わたしは加奈さんのこと大歓迎ですよ。彼女が手伝ってくれたら、わたしも伝票処理やデータ整理に集中できますし。」

 加奈がいてくれた方が、事務所も散らからなくて結構だと言わんばかりの鏡子くん。そんな嫌味っぽいセリフを吐かれては、この俺に断る術などないだろう。

「わかった、加奈。君の好きなようにしたらいい。俺から強制はしないから、都合のいいときに手伝いにきてくれ。」

「うん。ありがとー、藪鬼さん!」

 加奈は大喜びで、側にいる鏡子くんとハイタッチしていた。この事務所に新しい仲間が加わり、俺はますます肩身が狭くなってしまいそうだ。

「それでね、今日は藪鬼さんと鏡子さんにプレゼント持ってきたの!」

 加奈はニコニコ顔をしながら、手さげカバンから包装紙にくるまれた箱を取り出すと、それをソファーの近くにあるテーブルの上に置いた。

 ゆっくりと包装紙をはがし、彼女はプレゼントの正体を俺達に見せてくれた。

「あら、かわいい。小さな観葉植物ね。」

 加奈からのプレゼントは、手のひらサイズで緑色に映える観葉植物の鉢植えであった。

「あたしね、この前から思ってたんだけど、この事務所ってちょっぴり地味な気がするの。それで、こういうかわいいのを飾ると、少しは華やかになるかな、と思ってね。どう、鏡子さん?」

「フフ、とっても素敵なプレゼントね。どうもありがとう。先生もそうお思いでしょう?」

 鏡子くんは俺にアイコンタクトしてきた。その視線が、かわいい贈り主に逆らうな、と訴えているように見えなくもなかった。

「あ、ああ、そうだな。加奈、どうもありがとう。贈ってくれるついでに、君の好きな場所に飾ってくれないか?」

 加奈は微笑ましくうなずくと、事務所内をパタパタと駆け回るのだった。

 俺はささやくような声で、隣にいる鏡子くんに話しかける。

「よかったな。加奈のヤツ、すっかり元気になってくれて。」

「そうですね。彼女は、わたし達が思っている以上に強かったのかも知れませんね。」

 俺達二人は穏やかな気持ちで、事務所内ではしゃぐ加奈を眺めていた。

「フフフ、それより先生。加奈さんへお渡しする報告書、早く作りませんと。」

「おお、そうだった。」

 俺は慌ててデスクへと戻っていく。そして、今回の調査報告を原稿用紙へと綴り始めたのだった。


* ◇ *

 俺は赤いファイルをゆっくりと閉じた。そして、くわえていたタバコをテーブル上の灰皿に押し付ける。

「ふぁ・・・。今度こそ寝るとするか。」

 俺はファイルを本棚へ片付けると、安眠を与えてくれる私室のドアを開けた。

 私室の窓から見える東京のネオンは、また新しいドラマの幕開けを知らせているようだった。

 ここは眠らない街東京。このネオンの下では、悲しみや憎しみから救いを求める人間がたくさんいる。こんな乾ききった街だからこそ、俺のような探偵が必要なのかも知れない。

 俺はそんな独り言を心に思いながら、私室内のベッドへと身を任せた。

 俺は深い眠りにつく。そして、新たな調査の依頼が来るのをひたすら待つのである。

 このおはなしは、これでおしまいです。

 少し昔のおはなしで、時代錯誤していて矛盾点もあったかと思いますが、何か感じたことがありましたら、感想などいただけるとうれしいです。 

 最後まで読んでいただいた皆様には、重ねて厚く御礼を申し上げます。

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