脱出
空賊たちの小型機は、まるで得物を追い詰めるハイエナのように、ガラティンの周りを飛び交っていた。
空賊たちの小型機は、ぼってりとした機体の後方に扇風機の枠を取り付けたようなプロペラを持つプッシャ式のレシプロ機で、長い主翼を持つ横長の機体だった。機体下部から前方にむかって長い砲身が伸び、垂直尾翼は両主翼の途中に取り付けられている。
小型機は、ガラティンの周囲を縦横無尽に飛びかい、機体下部の八十ミリ無反動砲で、ガラティン側面に横一列に羅列された対空砲群を確実に潰していった。
「しかし、解せませんなぁ。この布陣、まるで我々がここを通過することを知っていたかのようだ」
ジェイナスが腕組をし、モニターを眺めながら言った。
その間も、艦全体を振動が断続的に襲う。
「右舷第八対空砲沈黙! 左舷第五対空砲もやられました!」
オペレーターの悲痛な叫びがつづいた。
「やつら、こちらを丸裸にしてから、ボーディングをしかけてくるつもりだな?」
モニターには、対空砲に打ち抜かれた小型機が煙を上げながらヨロヨロと飛び続けたあと、爆散する姿が映し出される。
「ジェイナス副将。ここは、任せても良いか?」
それまで無言でモニターを眺めていたラーバスが、おもむろに口を開く。
「ええ、それは構いませんが、将軍はどちらへ?」
「野暮用を思い出してな」
「野暮用……ですか」
ジェイナスは、ラーバスを見つめる。
ジェイナスの視線に眉一つ動かさないラーバス。
しばしの無言のあと、
「詮索するのは、それこそ野暮というものなのでしょうな」
ジェイナスは、肩をすくめてそう言うと、「ここは、任せてください」と続け、再び戦闘指揮に戻った。
「すまんな」
ラーバスは、そう言い残して艦橋を去る。
「よし、艦首主砲展開。エネルギーチャージを開始しろ! 一気に抜けるぞ!」
ラーバスを見送ったあとジェイナスは、砲雷長に命じた。
モニターは、また一機、小型機が爆散する姿を映し出す。
断続的に衝撃が襲う艦内を、帝国兵に見つからないよう、物陰に隠れながら移動した。
艦内を行き交う兵士をやり過ごし、それが無理な場合は、アルが背後から近づき、口を押さえ、肩口から心臓をめがけてダガーを突き刺す。殺害した兵士の死体は、物陰などに放り込む。
途中、ラディと遭遇した。
気付かれないように物影に潜むアルとディアナ。
ラディは歩みを止め、フッと小さな笑みを浮かべると、
「何者か知らんが、隠れてないで出てきたらどうだ?」
そう言って、二人が隠れてる物陰へと向きなおる。
ゆっくりと物陰から姿を現し、腰のバスタードソードを抜こうとするアルを、ディアナが制した。
「私にやらせて下さい」
そう言うと、アルの前で進み出て、ラディを睨みつける。
「誰かと思えば、ククク……。そんなにさっきの続きがしたいのか?」
そう言いながらラディは、ニタリという笑みをディアナに投げかけた。
「私を軽く見ないほうがいい……」
「ふん、小娘が! まじないごときで何が出来る」
スラリとシャムシールを抜きはなつラディ。
ラディの言葉を無視して右掌を正面にかざすと、ディアナはそこに熱が収束するのをイメージした。
すると、そこに熱を帯びた光の粒が集まり、それは白光する熱の球を形作りながら徐々に大きさを増していく。
「詠唱もなしに魔法が発動するだと!?」
驚愕するラディに向かい、握りこぶし大まで膨らんだ白熱球を飛ばす。
飛翔速度が特別早いというわけでもない白熱球が、ただ真っ直ぐに飛んでくるだけの光景を見て、ラディはニヤリと笑った。
「ふん、こんなもの当らなければどうという事はない!」
そう笑い飛ばしたラディが、白熱球の横をスルリと抜けようとした瞬間、
「爆ぜろ!」
掌を強く握り締め、ディアナが叫んだ。
その瞬間、白熱球は、爆炎と化してラディに襲い掛かる。
「ぐあぁぁぁぁああああ!!」
その熱波をまともに浴びたラディは、絶叫しながらのたうちまわる。
その光景にアルも唖然となってしまう。
「アルさん、行きましょう!」
「あ、ああ……」
ディアナに声を掛けられ我に返ったアルは、再び脱出ポットが収容されているブロックへと歩き進んでいった。
「こ……殺してやる……。ずたずたに引き裂いてやる……っ!」
二人が去ったあと、うつ伏せに倒れていたラディは、上半身を起こしながら憎しみを込めてつぶやく。
その顔は、左半分が焼けただれていた。
ラディを撃退したあと、脱出ポットが収容されているブロックまでは、何の障害もなく辿り着くことができた。
部屋の中へ勢いよく飛び込むが、まるで二人を待ち伏せしていたかのように一人の男がそこに立っていた。
「何処へ行く気だ」
その男が静かに言った。
「くっ……!」
声の主を確認したアルは、小さく呻いた。
「その娘を渡せ」
さぁと言うように手を差し出す。
「ラーバス……」
アルは、まるで吐き出すかのように男の名を呟き、
「おい、魔法であの男の横にある箱を撃てるか?」
顎で壁に張り付いている三十センチ四方程の銀色の箱を指し、ディアナに耳打ちをした。
「やってみます」
小さく頷くと右手を掲げ、そこに小さな火球を具現化する。
それを見たラーバスは、剣の柄に手を添え抜刀の準備をする。
ディアナは、掲げた手を勢いよく振り下ろし、具現化した火球をラーバスの横の壁に向かって放った。
火球が命中し爆ぜる銀色の箱。それは、ライトの制御基盤だったらしく炎が箱から延びる配線を一気に伝い、並列されたライトが連鎖的に次々と爆ぜていく。
「――――っ!?」
予想していなかった攻撃に、ラーバスの動きが鈍る。
部屋中のライトが爆ぜてしまい、辺りが闇に包まれた。
「こっちだ!」
その隙に、アルはディアナの腕を掴んで脱出ポットの一つに飛びこんだ。
すかさずハッチを閉めるアル。座席に付いて手元のパネルを適当に操作しだす。
「くそっ、どうやったら射出されるんだ!」
座席横の壁を、力いっぱい叩く。
通路では、赤い非常用ライトが点灯し、ラーバスの視界が確保された。
二人は、既に脱出ポットに乗り込んだようだ。
ラーバスは、二人が乗り込んだ脱出ポットを一瞥する。
その姿は、アルからも窺えていた。
脱出ポットが埋め込まれたの壁の操作パネルに近づいたラーバスは、それを操作すると、不意にポット内に彼の声が響く。
「せいぜい、抗ってみろ」
「何!?」
ラーバスが再びパネルを操作すると、脱出ポットのロックがガチャリと外れる。
そこまでの操作を終えると、ラーバスはゆっくりとした足取りで部屋を後にした。
「どういうつもりだ……。だが、これで射出できるぞ!」
「これで脱出できるんですか!?」
「ああ、死んでも恨むなよ?」
「……え?」
アルが勢いよくレバーを引く。ガコンという振動のあと、不意に浮遊感に包まれたかと思うと、次の瞬間、一気に落下する感覚が襲ってきた。
「きゃ――――――っ!!」
三機の小型機が編隊を組んでガラティン上空から急降下する。無反動砲が同時に火を噴き、ガラティンの対空砲が撃ち貫かれた。
「主砲、エネルギーチャージ一五〇%になりました!」
「まだ撃つな。主砲だけは、なんとしても守りぬけ!」
砲雷長の報告に檄を飛ばすジェイナス。
ガラティン艦首船底からは、唯一の主砲である長身の砲門が姿を現している。その砲身を狙って小型機が一機飛来するが、ガラティンの対空砲に翼を打ち抜かれ、きりもみ状に墜落し別の小型機と接触して二機とも爆散する。
ガラティンの対空砲群は、すでに半数が破壊され黒煙を巻き上げていた。
「主砲、エネルギーチャージ一二〇〇%になりました! 副将、これ以上は、砲身が持ちません!!」
「よし、目標は正面の敵空母だ。撃て!!」
ジェイナスがそう命じると同時に、ガラティンの主砲から閃光が放たれ、射線上にいた小型機を蒸発させながら空賊の空母へと迫る。
その閃光は、分厚いヒラメのような空母を、正面から容易く貫いた。
空母はグラリと傾き、船体内で幾度も爆発を繰り返しながら船体が二つに折れて墜落し、やがて爆散し、いくつもの火の雨と化した。
ガラティンの砲身も焼けただれて白煙を上げている。二射目の発射には、到底耐えられないだろう。
「今だ、機関最大、全速前進! この空域から離脱するぞ!!」
「機関最大、全速前進。乗組員は、衝撃に備えてください」
ジェイナスの号令を復唱し、艦内に告げる通信士。
「副将、脱出ポットが一機射出されました!」
「構わん! 行けっ!!」
主砲を失ったガラティンは、このチャンスを逃すと飛空船ごと拿捕されてしまう恐れがある。
迷いの無いジェイナスの号令のあと、船内は船尾に向かって押し込まれるような感覚に包み込まれた。
ガラティンの全速離脱に、バルーンタイプの飛空船はもちろん、小型機すら追いすがることが出来ない。
爆散した軽空母が残した黒煙を突き抜け、ガラティンは西の彼方へと飛び去っていった。
円錐形の脱出ポットは、降下速度を増しながら、荒野に向かってどんどん高度を落していった。
いくら脱出に成功しても、この速度で地表に叩きつけられたらひとたまりもない。
アルは、脱出ポットの中で様々な装置やレバーを闇雲に操作していた。
その間も荒野がどんどん迫る。
「ア、アルさん……っ!!」
体が脱出ポットの天上に吸い付けられ内臓が口から出てきそうな感覚に襲われながら、苦悶の表情を浮かべてディアナが声を絞りだした。
「喋るな、歯ぁ食いしばってろ!」
叫びながらダガーを引き抜く。
「くそーーー!!」
柄で基盤を殴りつけようと、ダガーを高らかに振り上げた瞬間、飛空船に進入した時と同じように剣身が白く淡い光を放ったように見えた。
「!?」
だが、それを確かめる前に脱出ポットの床に叩きつけられるような衝撃に襲われ、意識は闇の中へと消えていった。
ポットの先端からパラシュートが現れ、それが膨らみ、脱出ポットに急激な減速をかけられる。
そして、まるで水面に落ちた水滴のように、虚空に波紋を浮かべて消えた。
落下する脱出ポットを追っていた空賊の小型機が、それを見て急上昇し、何が起こったのか分からぬまま上空を旋回し続けていた。
脱出ポットは、森林の中に落ち、木の枝に引っかかって止まっていた。
足音が一つ、脱出ポットに近づく。足音の主が立ち止まり、木の枝に引っかかる脱出ポットを見上げた。
「まったく、無茶をする……」
そう呟きながらも、その顔には、瞳を細めた穏やかな笑みが湛えられていた。