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ジェノクレスの遺産  作者: 桂はじめ
Chapter 1
8/25

拘束

 ガラティン艦橋では、オペレーターが操作パネル上で指をおどらせていた。

「兵の収容、完了しました!」

 オペレーターがジェイナスに報告する。

「発進作業を急げ。速やかに撤収するぞ。発進準備完了まで、どれくらいかかる?」

 両手を腰に当て、ジェイナスが問い返す。

「およそ十五分です!」

「よし、発進準備が整い次第離陸しろ」

 ジェイナスは、左手を腰に当たまま、右腕を勢いよく振りかざして号令をかけた。


 アルが木片の山から這い出る。

「くそっ、フザケやがって!!」

 あきらかに手加減されていた事と、それなのに手も足も出なかった事への苛立ちを拳に込め、水車小屋の壁に叩きつけた。

 バスタードソードを乱暴に鞘におさめる。

 アルが立ち去ろうとしたとき、男に肩を借りて、足を引きずりながら向かってくる女剣士の姿が目にはいった。

 右膝と右肘から血が溢れていて、着衣も乱れ、左肩があらわになっている。膝と肘の傷は、かなり深そうだ。恐らく腱も損傷しており、剣士として生きる事は、もはや不可能だろう。

 その女剣士が、真っ直ぐアルのもとへとやってくる。

「あなたが何者で、何が目的でこの村に来たのかは、あえて聞かないわ」

 苦痛に顔を歪めながら、アルに語りかけた。

「あなたに頼みがあるの。お願い、あの娘を……、ディアナを助けて……っ!」

「何で俺がっ!」

 女の突拍子もない言葉に、アルは思わず声を荒げる。

「あの娘には、特別な力があるの。帝国は、それを狙ってディアナを攫ったに違いないわ」

「特別な力……?」

「あの娘は、魔法を使えるの。しかも、呪文を詠唱する必要もなく、ただ念じるだけで発動できる」

 アルは、無言で女の瞳をじっと見つめた。

「あんたの娘か?」

「いえ……」

 女が左右に首をふる。

「この村を守る、自警団長の娘として育ってきたけど、この村に彼女の本当の親は居ないわ。でも、その事をあの娘は知らない……」

 肩口が大きく裂けた、髭面の自警団員の亡骸を見つめながら女が語る。この男が自警団長なのだろう。そして、最後に小さく「私があの娘の母親になってあげられるはずだった」と目を伏せてつぶやいた。

「そんな事を見ず知らずの俺なんかに頼んで良いのか……?」

「あなたは、帝国と剣を交えていた。敵の敵は、味方。今は、それだけで十分」

「そのディアナとかいう娘を助ける事が、帝国を……、あの男の妨害をする事になるのか……?」

 しばし考えて、アルが女にそう尋ねた。

「確証は無いけど、可能性としては、十分考えられるわ」

 それを聞いたアルは、飛空船を見上げながら再び考える。

「ちっ、言っておくが、あんたの為にやるわけじゃないからな!」

「ありがとう……。私の名は、アイラよ」

「アルだ」

 お互いに名を告げ合うと、アルは飛空船に向かって駆けだした。


「発進準備完了しました」

「よし! ただちに発進しろ!」

 ジェイナスがそう言うと、駆動音と共に艦全体がフワリとした浮遊感に包まれる。

 ジェイナスの隣に立つラーバスは、まだガラティンの艦下が映し出されている映像を眺めていた。

 ガラティンがゆっくりと上昇を始め、スクリーンに映し出されている景色が徐々に遠のいていく。

 映像が艦下から艦前方のものへと切り替わる瞬間、自分に刃を向けてきた少年が、船に向かって走ってくるのが見えた。

 それを見たラーバスがフッと小さく笑う。

「どうかされましたか?」

「いや、何でもない……」

 怪訝な表情でジェイナスに問われ、小さくそう答えると、またいつもの表情に戻る。


 飛空船は、ゆっくりと確実に高度を上げている。

 全身をバネにして、離床直後の飛空船に飛びついたアルは、艦底の突起を掴むことに成功した。

 既に数十メートル上昇しただろう。落ちたらひとたまりもない。

 さいわい、艦のスラスターユニットの表面は、凹凸が豊富で足がかりに困らなかった。

 突起を利用して艦の外壁をよじ登りながら、進入口が無いかと探し回っていると、密閉された非常口らしき円形のスライド式の扉がみつかる。。

 そこへ這い伝いながら近づき、開閉パネルが無いか探してみた。

「さすがに、外からは無理か……」

 ぼやきながら、腰の後ろに忍ばせてあるダガーを抜き、非常口中央の気密部分に刃を突きたてる。

 その瞬間、刃が一瞬だけ淡く光ったかと思うと、瞬間的に空気が抜けるような音を立てながら、円形の扉が中央から左右にスライドした。

 まさか、これで開くと思っていなかったアルは、目をしばたかせながら、ダガーと扉を交互に見つめる。だが、すぐに気を取り戻し飛空船内へと進入する。


「あンのバカ、無茶しやがって……」

 丘の上から眺めていた葉月がぼやく。

 飛空船が飛び立ったあとも、村は慌しかった。

 生き残った自警団員らしき男たちが、犠牲者の遺体を一箇所に集めている。その自警団員の生存者も数えるほどしかいない。

「…………」

 しばし、飛空船が飛び立った西の空を眺めた。

「仕方ねぇ、追うか……」

 頭を掻きながらため息を一つ吐き、ハンドルにぶら下げていたゴーグルを手に取る。

 それを頭にはめると、バイクのエンジンキーを回し、キックレバーを力いっぱい踏み込んだ。

 セルが回り、エンジンが点火する小気味良い音が腹にひびく。

 飛空船が飛び立った方角には、樹海が広がっており、飛空船を追うには、樹海を大きく迂回しなければならなかった。

(帝都に向かって走れば、そのうち手がかりが拾えんだろ)

 葉月は、心の中でそう呟くと、樹海を迂回するべく進路を北にとった。


 ガラティン居住区の一室。

 ディアナは、両手を天上から垂らされた鎖に繋がれ、足には足枷もはめられていた。

 気を失っているため、手枷で固定された手首に全体重が圧し掛かっている。

 ディアナが監禁された部屋には、彼女の他に数名の男達いた。

 そのうちの一人、濃紺の髪を肩まで伸ばした端整な顔立ちの青年が、手に持ったバケツの水を思いきりディアナにぶちまける。

 一瞬、息が詰まり、ディアナは咳き込みながら目を覚ました。

 あたりを見回すと、男たちに取り囲まれており、嫌らしい含み笑いを浮かべながら自分を見つめている。

「これから、身体検査をおこなう」

 濃紺の髪の青年がニヤリと笑みを浮かべながらそう宣言すると、他の男たちが喜びに満ちた奇声を上げた。

 その青年が、部下にトミーおばさんを殺すよう命じた、ラディという小隊長である事に気付く。

「…………」

 ニタついて歩み寄ってくるラディを、ただ睨みつける事だけが、ディアナが出来る唯一の抵抗だった。

 ディアナの目の前まで歩み寄ったラディは、顔を近づけて、まるで全身を舐めまわすように観察する。

 ラディの息遣いが間近に感じられ、この男に対して激しい嫌悪感をいだいた。

 ラディの顔が目の前に迫った時、プッと頬に唾を吐きかける。

 頬に張り付いた唾を親指で拭ったラディは、ニタリと笑みを浮かべながら、その指先を自らの口へと運んだ。

 感情をあらわにして怒るでもないその行為は、かえってディアナに強い恐怖を与えた。

 おもむろにディアナの耳や尻尾を握ったラディは、縦へ横へと引っ張りまわし、彼が力を入れるたびに、ディアナは小さな悲鳴を上げる。

「ふむ、作り物じゃなさそうだな……」

 耳の付け根を覗き込みながら、ラディが呟く。

「た、隊長! 俺、もう我慢できねぇっす!」

 兵士の一人が声を上げる。

 他の兵士たちも皆、目をギラギラさせている。

「ふっ、そう慌てるな……」

 ニヤリと笑みを漏らしてそう言うと、ラディはディアナの胸倉を掴み、力いっぱい引き下ろして、チュニックの胸元を引き裂いた。

「きゃああああああ!」

 下着があらわになり、悲鳴を上げるディアナ。

 兵達たちから歓喜の声が沸き上がる。

 ラディは、邪笑を浮かべながら下着にも手をかけた。

 それを引き裂こうとした瞬間、轟音とともに艦全体を衝撃がつつむ。

 不意に襲ってきた激しい揺れに、ラディたちは思わず転倒した。

「何事だ!?」

 揺れが収まり、起き上がりながらラディが叫ぶ。

 その直後、艦内にアラーム音が鳴りひびき、第一級戦闘態勢を告げる赤色灯が点灯した。

「ちっ、お楽しみはお預けだ! 様子を見てくる。俺が戻るまで勝手なマネをするな!」

 そう言い残すと、ラディは部下たちを残して足早に退室していく。

「勝手なマネったって、なぁ……」

 兵たちがヒソヒソと言い合う。

 俯いき、髪の先から水を滴らせながら、ディアナは声を殺して泣くしかなかった。


 ガラティン艦橋は、慌しかった。

「所属不明艦から攻撃! 艦後部に被弾しました!」

「空で帝国に刃を向けるのは、空賊どもしかないだろう。被害状況を知らせろ!」

「損害軽微! 戦闘行動に支障ありません!」

「よし、敵戦力の分析を急げ!」

 レーダー管制官が手元のコンソールパネルをたたく。

「敵の戦力分析完了。当艦の右舷と左舷に巡洋艦クラスのバルーンシップ一隻ずつ、正面に軽空母クラスのエンシェントシップ一隻と小型機三十機」

 メインスクリーンが三分割され、それぞれに敵の飛空船が映し出される。

 そこには、装甲が施された細長い気嚢の下に、帆船の船体部分のような胴体を配したバルーンシップが二隻と、分厚いヒラメのような船体を前後に穿ち貫いたような飛行甲板を持つエンシェントシップが映し出されていた。

「分が悪いな……」

 スクリーンを眺めながら嘆息を漏らすジェイナス。

 地上の大部分を掌握したジランディア帝国が、唯一掌握しきれていないのが『空』だった。

 その昔、若き空賊『バルト』が、天空に漂う旧世界の巨大な建造物を偶然発見する。

 そこには、重力を制御し空中を航行する事が可能な船が、無傷のまま多数残されていた。

 小型の兵器は、遺跡から発掘されるデータを基にして、レプリカを生産することは可能だが、飛空船のような大型兵器は、遺跡から発掘されたものを修復して使用する以外、入手する方法が無い。

 バルトは、そこに仲間を集め自らの根城にすると、彼を慕い頼って、数多くの人間が彼の元へと集まっていった。

 それが『空賊都市』と呼ばれるまでの勢力に拡大し、バルトは自らを『空賊王』と称するようになり、現在にいたる。

 それが空賊に関する、一般的な知識だった。

 帝国が手にする前からエンシェントシップを手にし、科学力に措いても帝国に匹敵するものを有している。

 そのせいで、帝国は空の半分しか掌握出来ずにいた。

「敵艦からの交信です」

 そう言いながら、オペレーターは正面スクリーンを通信映像に切り替える。

 そこに現れたのは、見るからにガラの悪そうな禿頭の髭男。

 男は、肉食獣のような目をギロリと向けながらこう言った。

「積み荷を渡してもらおう。 大人しく引き渡すのなら、お前らを見逃してやってもいい」

「積み荷? 何の事やらサッパリだな」

 白々しく恍けるジェイナス。

「そうか、なら力ずくで頂くとしよう」

 男は、そう言って強制的に回線を切断した。

 正面の軽空母から、光が明滅されると、それを合図に小型機群が左右に展開した。


 兵たちが館内を慌しく走り回っていた。

 アルは、物陰に隠れてそれをやり過ごす。

 既に脱出用ポッドの搭乗口を発見たアルは、あとはディアナを見つけて連れて逃げ出すのみだった。

 そこへ、先ほどの衝撃。続けて兵達の動きが慌しくなり、狭い艦内の捜索を難しいものにしていた。

 再び、通路を隠れ進むアル。

 通路の突き当たりに人の気配のする部屋を発見した。

 そっと中をのぞくと、四人の兵士が鎖に繋がれた少女を取り囲んでいる。

 音を立てずにバスタードソードを引き抜く。そして、呼吸を整えると一気に室内へと躍り込んだ。

 背後からの不意打ちで一人のわき腹をなぎ払い、返す刀で隣の兵士を左袈裟に斬りふせた。

「貴様! 何処か――」

 驚き、剣を抜こうとする兵士の手首を切り落とし、背後から斬り付けようとしてきた兵士へ振り向きざまに剣を突きたてる。

 そのままで剣を捻り廻し、それを引き抜くと、その勢いのままで、手首を切り落とした兵士の脳天に剣を振り下ろした。

 四人の兵士を秒殺したアルは、刀身の血を払って鞘に戻すと、ディアナの方へ向きなおる。

「お前がディアナか?」

「あなたは、誰……?」

 それを肯定と捉えたアルは、ポケットから針金を取り出しディアナの手足の枷を外した。

「俺はアルだ。お前を助け出してやる」

 そう言いながら、ディアナにレザージャケットをかけてやる。

「気が散るから着てろ」

 アルにそう言われ、自分がどんな姿をしてるのかを自覚して慌ててジャケットを羽織り合わせて胸元を隠す。

「何故、私を……? 村のみんなは……?」

「詳しい話はあとだ。黙って俺に付いて来い」

 ディアナがジャケットを羽織るのを確認すると、彼女の腕に掴んで部屋から連れだした。


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