襲来 3
ハイゼルとナックは、お互いにやや距離を取り、漆黒の鎧の男ラーバスと対峙していた。
ラーバスは、飛空船から降りてくるなり、兵たちを下がらせ、手を出さないように告げると、腰の大剣をすらりと抜きはなつ。
ナックとハイゼルが、同時に男へ斬りかかるが、その攻撃は、あっさりと防がれてしまった。
この男さえ倒せば、帝国軍も諦めて撤退するだろうと思っていたハイゼルだったが、男の実力を知ると、その考えをあらためて別の策を考えはじめる。
それは、自分が囮となって男の足止めをしている間に、ナックがディアナを連れて村を脱出するというものだった。
どうやって調べたのか、帝国はディアナの力の存在を知っているのだろう。そして、その力を手に入れるために、このような強攻策を仕掛けてきたということは、帝国にとってそれが、どうしても必要なものだという証拠だろう。
ならば、なおさらディアナを渡すわけにはいかない。
少なくとも、今の帝国には……。
「ナック、お前は――――」
隙を与えないようにラーバスを睨みすえたまま、ハイゼルがナックに語りかけようとした時だった。
「お父さん! ナック!」
ディアナの叫び声が耳朶を打つ。
「ディアナ、来ちゃダメだ!!」
その声に張り詰めていた緊張をかき乱されたナックは、ディアナの方を振り返って叫んだ。
「ナック、避けろっ!!」
「え……!?」
瞬歩のごとき速さで、一瞬の隙をついたラーバスが、ナックを袈裟に斬った。
金属がぶつかる音と肉が切れる鈍い音が入り混じる。
「ディ――ゴボッ!」
その後に続く言葉は、血の塊となって喉の奥から吐き出された。
上体が肩口から前方へとずり落ち、下体が反対側へと倒れて臓物を撒き散らす。
「――――っ!!」
絶句するディアナ。
「ナック……、くそっ!」
ラーバスは、大剣の血振りをすると、ゆっくりとハイゼルへ向きなおる。
再度、剣を構えなおし、ハイゼルは相手の隙をうかがった。
無構えで立つラーバスだが、その何処にも隙を見あたらない。
ハイゼルの額を一筋の汗がつたう。
ふと周囲に冷気が漂いはじめたことに気がついた。
大気が冷気を帯び、ラーバスを睨みすえているディアナの元へと流れ集まり、周囲の空気がパキパキと音を立てはじめる。
「馬鹿なことは止せ!!」
それを見たハイゼルは、声を張り上げて止めるが、既にディアナの目の前に氷の鏃がいくつも具現化されていた。
ディアナが素早く右手をラーバスにむかって振り下ろすと、氷の鏃がラーバスへと襲い掛かる。
ラーバスがそれを左腕で防ぐと、鏃に触れた部分が次々と凍りついていった。
一瞬だけ驚いたように目を見ひらき、氷の塊と化した自分の左腕を見る。
次の瞬間、既に火球を具現化させていたディアナは、それをラーバスむかって放った。
ラーバスは、それを凍りついた左腕で打ち払う。
火球が弾け、その熱波はラーバスの腕の氷を一気に蒸発させた。
水蒸気が辺りを埋め尽くす。
ディアナが次にとる行動を察したハイゼルは、それを制止しようと彼女の元へ駆け寄るが、それより早く、小剣を抜き放ったディアナは、剣を突きたてるようにラーバスへと突進していった。
「ああああぁぁぁぁぁああああ!!」
怒気ともとれる気迫のこもった掛け声と共に、水蒸気が煙る中へと消える。
霞の中で鈍い音が響いた。
「ディアナ!!」
霞の中へ向かって叫ぶハイゼル。
霞は、次第に晴れてゆく。そこに現れた光景は、ラーバスが大剣の柄頭を、ディアナの鳩尾へと食い込ませている姿だった。
ディアナの手から小剣が滑り落ち、その場に倒れ伏す。
「この娘だ。連れて行け」
ラーバスは、後ろに控える兵にそう告げた。
「ぅおおおおおお!!」
兵がディアナを連れ去るために動こうとしたとき、ハイゼルが雄叫びをあげながらラーバスに斬りかかる。
その攻撃は、あっさり大剣で受け流されるが、反撃の隙を与えない連続攻撃が続いた。
それを躱し、あるいは剣で受け流しながら、ラーバスは徐々に後退する。
ある程度ラーバスをディアナから引き離したハイゼルは、いったん飛び退き、ディアナの前に立ちふさがるような形で剣を構えなおした。
「ディアナは、わたさん!」
ハイゼルは、そう叫ぶと鬼気迫る表情でラーバスを睨み据えた。
「…………」
無言のまま大剣の切っ先を後ろへ流したラーバスは、右足を引いて身を沈ませ、下段に構える。そして、大地を蹴りって、瞬歩の如き速さでハイゼルへ迫り、水平に剣を一閃する。
その攻撃を両手持ちにした長剣で受け止めたハイゼルは、合わせた刃を支点に持ち手を潜り込ませ、柄頭でラーバスの顔面を狙った。
頭を逸らしてその攻撃を避けたラーバスは、無防備になったハイゼルの左脇腹を狙って大剣を斬り上げる。
身をかがめてその攻撃をやり過ごしたハイゼルは、そのまま身体を回転させ、その遠心力を利用して、がら空きになったラーバスの右脇腹を水平に狙った。
だが、その攻撃を予想していたラーバスは、蹴込みを放ってハイゼルの攻撃にストッピングをかける。
「ぐっ!」
重い足鎧でブレストプレートを打ち据えられ、吹っ飛ぶハイゼル。
転倒こそしなかったものの、体勢は大きく崩された。そこへ、追撃をしかけてきたラーバスが、一瞬で間合いを詰め、大振りの袈裟斬りを繰りだしてきた。
体勢が整わないハイゼルは、それを受け止めるべく上段受けで剣を構える。
金属がぶつかり合った甲高い音がこだました。
弧を描いて宙を舞う剣身。それが大地へと突き刺さる。
ラーバスの大剣は、ハイゼルの長剣を断ち斬り、ハイゼルの肉体を肩口から深く斬り裂いていた。
ラーバスが大剣を引き抜くと、ハイゼルの身体から大量の血が噴きだし、その場に崩れ台地に大量の血溜まりを作る。
勝負の結末を見届けた帝国兵たちは、ラーバスが大剣の血振りをするのを合図に、ディアナの回収を始める。
ラーバスが、飛空船内へと運ばれていくディアナを眺めながら大剣を鞘に納めようとした時、
「ラーバス!!」
そう叫びながら、まるで吹き抜ける一陣の風のように、それは帝国兵の間を縫ってラーバスへと襲い掛かった。
しかし、その攻撃はあっさりとラーバスに防がれ、逆に剣圧にはじき返される。
その勢いを利用して後方回転し、その際にラーバスの顔を狙って蹴り上げを放った。
サッと顔を引いてやり過ごしたラーバスは、自分を襲った相手を見据えた。
レザージャケットを着た黒髪の少年が、向こう見ずな瞳の奥に憎悪の炎を灯して自分を睨みつけ、バスタードソードの切っ先を向けて構えている。
ラーバスは、ほんの一瞬だけ目元が緩むのを自覚した。
恐らく誰も、対峙する少年にすら気付かれない程度のものだろう。
「手を出すな……」
ラーバスが襲われたのを見て一斉に剣を抜く兵たちに対し、静かにそう告げ自らも大剣を構える。
しばし剣を構えながら対峙する。
先に動いたのは少年だった。大地を蹴って一気に距離を詰めた。
ラーバスの大腿部を狙って水平斬りをはなつ。
ラーバスはその攻撃をバックステップで躱すが、水平斬りはフェイントだったらしく、少年が剣を振りきる直前に、剣の軌道が突如として突き上げのそれに変わり、バスタードソードの切っ先がラーバスの顔面へと迫る。
かるく顔を逸らして突き上げを躱すと、大剣を大きく斬り上げた。
それを前方に飛び込んで避けた少年は、そのまま側転してラーバスに向きなおる。
少年の頬に赤い線が刻まれ、そこから血がにじみ出た。
「そんなものか……?」
少年に向かって、ラーバスは静かに言った。
少年に向きなおり、大剣を構えなおす。
「剣とは、こう使うのだ……っ!」
言い終わった瞬間、瞬歩の如き速さで少年との距離を一気に詰めたラーバスは、左袈裟に大剣を振り下ろした。
少年がそれを躱すと、そのまま大剣を切り返し、逆袈裟に振り上げる。
後ろに飛び退き、斬撃を回避する少年。
ラーバスは振り上げの威力を利用して一回転すると、まだ滞空中の少年に向かって遠心力を上乗せした水平斬りを繰り出した。
それを剣で受け止めるた少年だったが、あまりの衝撃にそのまま水車小屋まで吹っ飛び、小屋の横に積んであった木箱に激突して粉砕する。
木片に埋もれる少年。
ラーバスは、ゆっくりと大剣を鞘に納めて少年を一瞥した。そして、少年が起き上がってこない事を確認すると、飛空船の中へと消えていった。
飛空船から撤収を意味する閃光弾が打ち上げられた。
「ちっ、これから良い所だというのに……」
心底残念そうにラディがつぶやく。
「ククク、命拾いしたな」
陰険な笑みを浮かべてそう言いながら、シャムシールを鞘に納めると、部下達に向かって「戻るぞ!」と告げて踵を返してその場を立ち去った。