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ジェノクレスの遺産  作者: 桂はじめ
Chapter 3
24/25

連戦

●連戦

「待っていたぞ……」

 神殿内に差しこむ夕日を背に、声の主は靴音を響かせながらゆっくりと歩いてきた。

 夕日に照らされた槍の影が、長く伸びてアルと重なる。

「だ、誰だ!」

 コリーンが叫んだ。

 アルの目には緊張がはらんでいる。

 葉月も真顔で柄に手を添えていた。

「リバース……」

 アルの額から、一筋に汗が流れ落ちる。

「あいつは何者だ?」

 葉月が訊いた。

「帝国魔陣衆の一人だ」

「おい、なかなか楽しいやつと知り合いじゃねぇかよ」

 軽口をたたく葉月だが、表情は全く笑っていない。

「その娘を渡してもらおう……」

 手を差し伸べてくるリバースの切れ長の目には、感情がまったくこもっていない。

「いやだ――と言ったら?」

「力ずくで奪うまでだ」

「二人とも、下がっていろ」

 リバースが槍を両手で持ち替えたのをみて、アルはディアナとコリーンを後ろに下がらせようとした。

「私も戦います」

 ディアナの目には強い意志の光りが宿っている。

 アルはディアナがこの目をしているとき、彼女に何を言っても絶対に引かないことを、今まで一緒に過ごした時間のなかで学んだ。

 だから、敵の狙いがディアナだという事を理解しつつ、彼女にこう言った。

「お前は後ろから魔法で援護しつつ、コリーンを護ることを優先させろ」

 そして、すらりと剣をぬく。

 葉月も腰だめの姿勢をとった。

「忍者の友達は一緒じゃないのか?」

 アルの問いかけを無視し、リバースは静かに槍を構える。

 リバースが地面をけった。

 アルとの間合いを一気につめ、心臓めがけた鋭い突きをはなつ。

 剣で受けながすアル。

 側面から葉月が居合い抜刀斬りをしかけるが、リバースは飛び退いてそれをかわす。

 アルは飛び退くリバースに追撃をしかけた。

 リバースのわき腹を切り払うように放った一閃は、石突であっさりと受けながされてしまう。

 リバースはそれを支点に槍をまわしてアルの顔をねらう。それを避けようとアルが後ろにさがろうとしたところへ素早く足をかけようとした。

「……っ!?」

 危険を感じたアルは即座に飛び退き、地面を転げて距離をとる。

「とんでもねぇ手練だな……」

 そう呟く葉月の額から冷や汗が流れ落ちた。

 リバースが口早に呪文をとなえる。すると、リバースの両側面の空間に歪みが生じ、そこから漆黒の毛に覆われた虎のような妖獣が二体姿をあらわす。

「あの時の……」

 ディアナが声をあげる。

「ちくしょう、こっちはさっきの戦いで消耗してるってのに、まだ増えるのかよっ!」

 この戦いに自分が介入する余地を見出せないコリーンは、ただ自分たちがおかれた状況を苦々しく吐きすてるしかなかった。

 召喚された二体の妖獣は、姿をあらわすと同時にアルと葉月それぞれに襲い掛かった。

 相手が人間から急に獣へとかわり、若干リズムを崩される二人。

 妖獣相手に戦う二人をみて、剣術の腕は葉月よりアルの方が劣ると判断したリバースは、まずアルを片付けようと彼との距離を一気につめようとした。

「危ないっ!」

 ディアナはとっさに火球をイメージし、リバースに向かって放る。

 不意に飛来する火球に足を止めたリバースは、口早に呪文をとなえた。すると、火球はリバースに直撃する直前で見えない障壁にあたって炸裂した。

 葉月は妖獣の牙を受けながし、その脇をすり抜けてリバースへと迫る。

 爆炎に紛れて切り払いをしかける葉月。だが、それはリバースに紙一重で回避された。

 再び距離をとるリバース。

 それと同時に二体の妖獣もリバースのもとへと戻った。

「どうやら、本気を出す必要があるようだな……」

 再び短く呪文をとなえる。

 二体の妖獣が黒い闇におおわれ、それが球体となってリバースを包み込むように融合した。

「こ、今度は何が起こるんだよ」

 コリーンが声をしぼりだす。

 リバースを包み込んだ闇の球体は、まるで霞みが晴れていくように消えた。

「おいアル、ちょっとやべぇんじゃねぇか?」

 リバースの姿は、ひとことで言い表すなら獣人。

 線の細い感じだった体格は、二回りほど巨大かしている。

 顔など辛うじて人間らしさをのこしているが、その全容は禍々しい姿だった。そして、リバースの戦闘力が格段に上昇していることは、アルも葉月も感じ取っていた。

「こんなのアリかよ……」

 コリーンの声は震えている。

「行くぞ……」

 つぶやきとともにリバースの姿がきえた。

「……っ!?」

 咄嗟に剣を受けの構えにするアル。

 その瞬間、剣身に衝撃がはしり、アルはそのまま後ろに吹き飛ばされた。

「がはっ!」

 アルは神殿の柱に叩きつけられた衝撃で、息が詰まる。

 リバースはそのまま葉月との距離をつめた。

 タイミングを合わせて居合い抜刀斬りをする葉月。だが、リバースは刀の切っ先を紙一重でかわし、そのまま槍を回転させて石突きで葉月を殴りつけた。

 リバースの着地にあわせ、ディアナは火球を飛ばす。だが、それは槍の一閃によって虚しく弾き飛ばされてしまう。

「観念しろ」

 リバースは静かにいった。

「くそっ、なんて強さだ」

 葉月の額から血が流れおちる。

「シャチの方がまだマシだぜ」

 血を拭い、アルに目で合図をおくった。

 アルと葉月が同時にうごく。リバースを挟撃するつもりなのだ。

 リバースは短く呪文を唱えると、黒い魔弾をアルにとばす。そして、同時に葉月との距離を詰めた。

「ちっ!」

 アルは魔弾を紙一重でかわすが、そのせいで一瞬だけ動きがにぶる。

 リバースは、抜刀しようと刀の柄にそえた葉月の右手を押さえると、そのまますれ違って背後にまわり、振り向きざまに槍を一閃した。

「ぐあっ!」

 葉月の背中から鮮血がほとばしる。

「葉月さん!」

 ディアナの声は悲鳴にちかい。

「なんなんだよ、あいつ、本当に人間か!?」

 コリーンも涙声になっていた。

「命が惜しくば、その娘をこちらへ渡せ」

「く……っ!」

 リバースの静かだが迫力のある言葉に、アルは小さく呻きをもらしす。

 力の差は圧倒的だった。

 葉月と二人がかりでも歯が立たない。

 ディアナは不安そうな視線をアルにむけていた。

 万事休すかと諦めかけたとき、遠くから人影がこちらへとやってくるのが見えた。

「コリーン!」

 声の主はラナだ。

「――――っ!?」

 その姿をみたリバースの動きがとまる。

 顔には明らかに動揺の色が浮かんだ。

 彼女の姿をみてリバースが動揺した理由は分からない。だが、その隙を見逃す葉月ではなかった。

 一気に間合いをつめた葉月は、渾身の抜刀斬りを放つ。

 刀の切先は、反応に遅れたリバースの左肩を斬り裂き、鮮血をほとばしらせた。

「くっ!」

 いったん、ディアナたちと距離をとったリバースは、再びラナへ視線を向けると、小さく舌打したあとそのまま踵をかえして立ち去っていった。

 コリーンはその場にへたりこむ。

 そこへ、ラナが駆け寄ってきた。

「あんまり遅いから、心配になって迎えにきたよ……って、なんでみんなずぶ濡れなの……? それに、怪我してる人もいるじゃない!」

 状況が把握できていないラナ。リバースの姿は見なかったようだ。

「いやぁ、色々あってさ」

 苦笑するコリーンの表情には、安堵の色がにじみ出ていた。

「何にしても助かったぜ。ラナちゃんは俺たちの命の恩人だ!」

「命の恩人だなんて……私は何もしてませんよ?」

 ラナは両手を振って葉月の言葉を否定する。

 ディアナは葉月に駆けより、魔法で怪我の治療をはじめた。

(やつはどうやって俺たちの居場所を……?)

 リバースが消えた方角を眺めながら、アルはそんな事を考えていた。


 ラナと合流し、治療を終えたディアナたちが街に戻ってくる頃に、すでにあたりは暗くなり始めていた。

「コリーン、あとはよろしくね」

 ディアナは別れぎわ、コリーンに薬草をたくす。

「おう、任せとけ! これであいつには文句言わせねぇよ」

 受け取った袋をかかげ、コリーンはにかっと笑ってみせた。そしてすぐ真顔にもどり、「三人ともありがとな」といった。

「なぜ、お前が礼を言う」とアル。

「濡れた身体が冷えて熱でも出たん……おごっ!」

「ビクトルが……あいつが手術をやるって宣言したの、本当に数年ぶりなんだ」

 コリーンは葉月の鳩尾に拳をめりこませつつ、静かな口調でいった。

「そういうことか。なら礼を言うならまだ早いぜ? まだ手術をしたわけじゃねぇからな」

 葉月は鳩尾をさすりながら指摘する。

「いや、ああいう顔をしたときのビクトルなら大丈夫だ。必ず手術を成功させてくれるはずだ」

 コリーンにとっては、あれほど腐りきった生活をしていたビクトルがやる気になった事が嬉しかった。

「良かったね、コリーン」

 コリーンとは長い付き合いになるラナには、それが手に取るように分かった。

「ああ……って、いや、べ、べつにあたしは……っ!」

 ラナは、慌てて口ごもっているコリーンをみつめて微笑む。

「あ、あたしたちはこのまま戻るけど、ディアナたちはこれからどうするんだ?」

 コリーンは話題を変えようと質問した。

「ソアラちゃんの家へ報告に行こうかと思ってるよ」

「ソアラ?」

「あ、そういえば名前を言ってなかったよね。ビクトル先生に手術をしてもらいたい子の名前」

「ソアラちゃんって言うのか。うん、そうだな。吉報は早くに伝えてやりたいよな!」

 そして、コリーンたちと別れたディアナたちは、その足でソアラの家へと向かった。


 ソアラの家は街のすこし外れにあり、三人は民家も人もまばらな道を談笑しながら歩いた。

 吉報を手にしたディアナの足取りは軽い。

 やがてソアラが暮らす家が見えてきた。

 揚々と歩くディアナの肩をアルが掴んで止める。

「どうしたんですか?」

 見ると、アルと葉月の表情に緊張の色がはしっていた。

「様子がおかしい」

 小声で答えるアル。手は剣の柄に伸びている。

 よく見ると入口の扉が少しひらいていて、そこから中の光が漏れ出ていた。

「た、ただの閉め忘れじゃ……?」

「血の臭いがする」

 ディアナの言葉を葉月がさえぎる。

 そして、身を低くして足音を消し、闇に紛れるようにちかづいた。

 ソアラは母親と二人暮らしのはずだ。それなのに彼女の家からは、壁越しに男たちの話し声が聞こえる。

 窓から中を覗こうとするディアナの頭を葉月が押さえ、首を振って制する。

 入口の横に張り付いているアルは、神経を研ぎ澄ませて中の様子をさぐった。

 ソアラの家は小さい。入口を入ってすぐにリビングとキッチンがあり、部屋はその他に一部屋あるだけだ。

「五人……といったところか」

 話し声や足音など、中から聞こえてくる音でおおよその人数を特定するアル。ソアラや彼女の母親の気配がいまいち感じ取れないのは、二人が拘束されているか、あるいは――。

「強盗か?」

「いや……帝国の軍人だな」

 アルは剣身の角度を調節し、屋内の様子を映して中の様子を確認しながらこたえる。

「いくか?」

 葉月は顎で屋内を指した。

「そこにいるのは分かっている。早く入ってきたらどうだ?」

 そんな時、帝国兵の一人が言った。

「勘の良いやつが一人混ざっているようだな」

 やれやれという表情を浮かべて立ち上がる葉月。

 アルも身を潜めるのをやめ、勢い良く扉をあけた。中には五人の帝国兵がいた。

「遅かったな。待ちくたびれたぞ」

 リビングの奥で椅子に座り、足を組んでいる男が不敵な笑みを浮かべる。

 その悪意に満ちた笑みが顔の半分の火傷の痕とあいまって、せっかくの美形を醜悪なものへと変えている。

 その青年が最高位の階級なのだろう。他の四人と違ってクゥイラスを身に付けておらず、得物も一人だけシャムシールをさげていた。 

 ディアナはその顔に見覚えがあった。火傷のせいで人相が若干変わってはいるが、確かラディという名の帝国兵だ。

 そして、その足元に転がっているのは……。

「おばさん!」

 血だまりの中に倒れ伏しているソアラの母を目の当たりにしたディアナは、思わず叫び声をあげる。

 ソアラの母の顔には既に血の気はなく、流れた血も黒ずみ始めていた。

「どうして!?」

「これのことか?」

 ラディはソアラの母の死体を蹴ってしめす。

「用が無くなったから殺した。それだけだ」

「赦せない!」

「威勢が良いな。これを見ても威勢を保っていられるか?」

 魔力の集中をはじめたディアナにニヤリとした笑みを見せ、奥の部屋へと合図を送る。

 すると、奥の部屋からロープで縛られたソアラを連れた帝国兵が出てきた。

「ソアラちゃん!」

「お姉……ちゃん」

 ソアラの表情には覇気がない。目の前で母親を殺されたのだから無理もないだろう。

「なんてやろうだ、くそっ!」

 葉月が吐きすてる。

「さあ、このガキを殺されたくなければ、その女をこちらによこすんだ」

 この状況と口ぶりからして、ラディはソアラの母親からある程度のいきさつを把握しているのだろうとアルは思った。

「断ると言ったら?」

 だが、そんなアルの口調は冷たい。その言葉にラディの表情がひきつる。

「おい、人質がどうなっても良いのか?」

「人質? 俺にとってその子が人質になりえるとでも思っているのか?」

「アルさん!?」

「アル、てめぇ!」

 あまりの物言いに、ディアナと葉月が同時に声をあげた。

「はっきり言わせてもらうが、俺にとってその子の命よりディアナが俺の手の内にあることの方が重要だ。それに……」

 アルはディアナに視線をむける。

「お前を渡したとして、あの男がソアラを無事に開放するとでも思っているのか?」

「それは……」

 用が済んだからとソアラの母親を殺す男だ。彼女の利用価値が無くなればあっさりと殺すことは目に見えている。

「ふっ、そうか……。では、力ずくで奪い取らせてもらうとしようか」

 ラディはシャムシールを抜き、ソアラを殺すように目で合図をおくった。

 その瞬間、アルがうごく。

 ジャケットの内側に忍ばせてあるダートを素早く抜き、ソアラを羽交い絞めにしている帝国兵の腕になげた。

「ぐぁ!」

 ダートは帝国兵の腕に突き刺さる。

 拘束がとけたソアラが床に落ちた。

「なっ!?」

 驚愕の声を上げるラディ。

 瞬間的に帝国兵たちの中へと飛び込んだアルは、ソアラを掴み、葉月に向かって突き飛ばす。

「うわっと!」

 葉月はそれを反射的に抱きかかえた。

 アルは相手が混乱している隙にラディの右腕を斬り飛ばし、返す刀でまたたく間に四人を血祭りにあげる。

 ラディの部下を切り伏せたときには、ラディの姿は消えていた。

「逃げ足の速ぇやろうだぜ」

 葉月が吐き捨てる。

「そんな事より、アル! てめぇ、さっきの台詞は本気で言ったのか!?」

「さあな」

 血振りをしてた剣をゆっくり鞘におさめるアル。

「待って!」

 そんな中、ディアナはソアラの様子が変なことに気付いた。

 ソアラの呼吸は荒く、手足は小刻みに痙攣している。

「おい、大変だ。熱もすげぇぞ!」

 葉月は慌ててソアラを抱きあげる。

 精神的な負荷が限界点を超え、病状が一気に悪化したのだろう。

「ビクトル先生のところへ!」

「そうだな、急ごう!」

 ディアナと葉月は、ソアラの母の弔いもとりあえず、ビクトルが勤める病院へと急いだ。

遅くなってすいませんっ!

『Chapter 3』も次でラストです。

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