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ジェノクレスの遺産  作者: 桂はじめ
Chapter 3
22/25

水の神殿

長らくお待たせ致しました。(平伏)

 翌朝、ディアナたちはビクトルから教えられたとおり、街を流れる川にそって上流へと進んだ。

 街を抜けて二時間ほど進むと、話通りの大きな湖にでた。

 湖面を吹き抜ける風にさざなみが立ち、それが太陽の光を照らしてきらきらと輝く。

 湖の周囲では、森の木々が豊かな緑をたたえ、それが互いに擦れてざわざわと音をたてている。

「綺麗……」

 思わず目的を忘れて見入ってしまうほど、その景色は美しかった。

 あたりは木々が発する独特の香りと清らかな水の香りが入り混じった、とても心が落ちつく香りに包まれている。

「景色に見とれている場合じゃない、急ぐぞ」

 アルは仏頂面のまま、まるで大自然の気を体中に取り込んでいるかのような深呼吸をしているディアナ急かす。

「ああ、待ってください」

 先に歩いて行ってしまったアルを、ディアナは走って追いかけた。

 さざなみの音を聞きながら三十分ほど湖畔を歩いていると、木々の隙間から湖に浮かぶ白亜の建物が見えた。

「おい、あれじゃねぇか?」

 建物を指さす葉月。

 湖岸から神殿へと石造りの長い橋が伸びているのが確認できる。

 その姿は、湖の景色の中に自然に溶け込んでいて、まるでこの景色そのものが神殿のために用意されているのではないかと思えてしまうほどだった。

 美しい景色に見とれながら神殿に近づくと、橋の前に人影があることに気がつく。

 その人影は、ディアナたちに気づく素振りを見せると、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。

「おーい、遅かったなぁ!」

 人影はコリーンだった。

 病院で会ったときと違い、今日は袖が短く、膝丈のスカートのチュニックワンピースを着ている。

「コリーンさん、病院は?」

「ラナに頼んで休みを貰ったんだ。お前ら、どんなコケを採集するのか分かってねぇだろ?」

 コリーンはディアナに笑顔をかえす。

「何でラナちゃんじゃなく、お前が来……ごふぅ!」

「殴るぞテメェ!」

「もう既に蹴っ……いや、何でもない」

 二人のやり取りにツッコミを入れようとしたアルだったが、コリーンにきっと睨まれて台詞を引っ込めた。

「あ、そうそう、ディアナ」

 くるり振り向き、コリーンはディアナに声をかける。

「何ですか?」

「あたしのことはコリーンだけで良いぜ。それから、堅苦しい言葉遣いもなしだ」

「はい、わかりました」

 答えたディアナは、反射的に敬語になってしまったことに気付き、思わず苦笑した。

 それを見てコリーンもつられて笑う。

「談笑してても仕方ねぇし、そろそろ行こうか」

 笑いがおさまると、親指で神殿を指して言った。


 神殿は、湖岸から五十メートルほど離れた小島にあった。

 橋を渡った先は、白亜の石畳とそれに沿って並び立つ白亜の柱が目に入る。

 それらを包み込むように広がる庭園は、長く人の手が加えられていないらしく、草花と雑草が入り乱れていた。

「ここも古代遺跡なんですか?」

「いや、古代遺跡とは明らかに違う」

 周囲を見渡しながらディアナの問いに答えるアル。

 アルが今まで見てきた古代遺跡とは、明らかに毛色が違った。彼が今まで見てきた遺跡は、古代文明の都市遺跡で、そのすべてが荒れ果てており、長いあいだ風雨にさらされてきた証がきざまれていた。。

 だが、この遺跡にはそれがない。

 荒れているという点では同じだが、朽ち果てるというほど風化もさほどみられない。

 それは、この神殿が建てられたのが古代文明が滅びたずっと後であるということを物語っている。

「コケは、神殿の土台部分や柱の根元なんかに生えてるんだ」

 コリーンは柱の根元を覗き込みながら言った。

 その姿をならって、他の三人も探しはじめる。

 皆、文字通り草の根も掻き分けながら一時間ほど探しつづけた。それらしいコケを見つけるたびにコリーンを呼んで確かめてもらうが、そのたびに小さく首を振られてしまう。

 葉月など、腰が痛ぇと言いながら立ち上がり、腰を回してほぐしたあとに適当な場所へと腰をおろしてしまう始末だ。

 そんな中、コリーンはコケを探す素振りを見せながら、同じくコケを探してうずくまっているディアナのそばに近づいた。

「ディアナ、その……悪かったな」

「えっ?」

 コリーンの謝罪の意味が分からず、思わずコケを探す手を止めてコリーンの顔を見かえす。

「ビクトルのことだよ。あいつ、昔はあんなじゃなかったんだ」

 作業を止めて、ぽつりぽつりと語りだす。

「もともとは、街のみんなから慕われるような名医だったんだ」

「…………」

 ディアナは、目を伏せながら静かに語りだしたコリーンをじっと見つめた。

 二人の間をそよ風が通り過ぎる。

「あいつには奥さんとリアラっていう八歳になる娘さんが居た。誰からみても幸せそうな家族だったよ。そんなある日、リアラが突然、病にかかった」

「病……」

「治すには大きな手術を施すしかなく、当然、街一番の外科医であるビクトルが執刀することになった」

「手術は成功したの?」

 身を乗り出して聞くディアナに、コリーンは首を振って見せた。

「八時間にも及ぶ大手術だったけど、結局リアラは助からなかった。手術の途中で止血剤が切れてしまったんだ。それでも必死に出血を抑えながら執刀し続けた。ビクトルなら出来るはずだったし、実際、出来ていたんだ。でも、リアラの体力のほうがもたなかった」

「そんなことが……」

「あの手術はビクトルが悪いわけじゃない。仕方なかったんだ。だけど、あいつはそうは思わなかった。すべては自分の技量不足が原因だと思った。あいつの落胆っぷりは、見ていられないくらいだったよ。それから程なくして、リアラを失ったショックから奥さんも倒れた。容態はみるみる悪化の一途をたどった。生きる気力をなくした患者ってのは、医者がどれだけ手を尽くしても駄目なんだよ。結局、まるでリアラのあとを追うように奥さんも亡くなった。それからなんだ。ビクトルがああなっちまったのは……」

 コリーンの握りこぶしが震えている。

「コリーン……」

「あたしさ、実は孤児だったんだ。ビクトルが後見人になってくれて、それから看護師として病院で働くようになった。リアラも姉のように慕ってくれてた。だから、今のビクトルを見てるのが辛いんだ……」

 コリーンの頬から雫が落ちる。

 うつむき、髪の毛で表情が隠れているが、泣いているんだろう。

「絶対にコケを見つけてかえろう! ソアラちゃんのためだけじゃなく、ビクトルさんの再起のためにも!」

 震えるコリーンのこぶしを握りしめ、努めて元気にふるまうディアナ。

 思わずその姿を呆然と見つめてしまったコリーンだったが、握られたのと反対の手で無造作に頬をぬぐうと、「お、おう!」とディアナに負けないくらい元気に答えた。

 決意をあらたに、他にコケが見つかりそうな場所はないかと勇んだ瞳であたりを見回すディアナ。

 そして、ふと神殿の一部分に目がとまる。

 今まで下ばかりを見ていたせいで気付かなかった神殿の意匠だ。

 ディアナたちは、たまたま神殿の入り口付近にいたのだが、その入り口の天井付近の壁に剣を抱いた女神の彫刻が施されている。

「ここな、別名『女神の神殿』とも言われているんだ」

 ディアナの視線に気付いたコリーンが教えてくれた。

「これ……」

 胸元からペンダントを取り出すディアナ。

 楕円形の青みがかった銀製のプレートには、翼の生えたローブ姿の女性が、大地に突きたてられた長剣の柄頭に両手を添えて立っている姿の紋様が描かれている。龍の森に住む青年から貰ったペンダントだ。

「これって……」

 コリーンはペンダントに描かれた紋様と、神殿に描かれている文様を交互に見くらべる。

 二つの紋様は、全く同じものだった。

 ディアナはペンダントを握り締めると、神殿の中へと歩きだした。

 神殿の中は、天井が採光できるような構造になっているようで、日の光が帯のように所々へと差し込んでいる。

 中はだだっ広く、中央にディアナの身の丈よりも大きな黒曜石で作られた、縦長も四角い石碑のようなものがあるだけで、外観の美しさとは対照的なほど何の装飾も施されていない。

「ここには何もないぜ?」

 コリーンは内部を見渡しているディアナに声をかけた。

 この遺跡は昔から存在しており、あらかた調べつくされているのだとコリーンが説明する。

 ディアナは石碑へゆっくりと近づく。そこには何かが書き記されているわけでもなく、黒く大きな石碑が対峙する者を威圧するかのように、ただどっしりとそびえているだけだった。

 右手をかざしたディアナは、そのまま石碑に触れてみた。

 冷たい感触だけが掌に伝わってくる。

 その瞬間、ペンダントが淡く輝きだし、ディアナの頭に謎の声が響き渡った。

(良く来た、セルフィーナの力を受け継ぎしものよ)

「え……っ!?」

 異変に気付いたコリーンは、「どうした?」と声をかけてくる。

 どうやら、コリーンには声が聞こえていないらしい。

 ディアナがコリーンに説明をしようと振りかえるのと同時に、神殿が小刻みに揺れ始めた。

 揺れは次第に大きくなる。

「おぉ、地震か!?」

「違う、見て!」

 ディアナが指差した先、石碑の後ろの床がゆっくりと左右に割れはじめていた。

「何があった!?」

 神殿の異変に気付いたアルが飛び込んできて、そのあとを追うように葉月もつづく。

 揺れは五分ほどでおさまり、左右に割れた床の下からは地下へと続く階段があらわれた。

「何だよこれ!? ディ、ディアナがやったのか?」

 コリーンは目を白黒させる。

 今まで、多くの学者がここを調べ尽くし、何も無いと結論づけた遺跡の床から謎の階段が現れたのだから無理もないだろう。

 だが、それはディアナとて同じことだった。

 コリーンの問いに、ただ左右に首を振るしかない。

「石碑に触れたら頭の中に声が響いて、私のことをセルフィーナの力を受け継ぐものって……」

 今、自分に起こったことを説明した。

「セルフィーナ……」

 アルは己の記憶をめぐらせ、十五年ほど前にジランディア帝国が滅ぼした国がそんな名前だったことを思いだす。

「ディアナにそんな秘密が……」

 震えながら声を絞り出す葉月。

「た、多分、これのせいだと……」

 ディアナは淡く輝くペンダントを困惑気味に見せた。

「いや、俺は信じるぜ。こんだけ可愛いし、出会ったときから只者じゃねぇとは思ってたんだ!」

 葉月は目を瞑り、握りこぶしをプルプル震わせて力説する。

「そんなことより――」

 そして、すっと目をあけて一同に視線をめぐらせ、

「お宝のにおいがする。ぷんぷんしやがるぜ」

 静かな口調で言った。

「……調べる必要があるな」

 アルが言った。もちろん、財宝が目当てではない。彼はこの先にディアナに関する秘密の断片があるのではないかと考えたのだ。

 そして、ディアナもまた同じことを考えていた。

「宝探しか!? なんか、すげぇ楽しそうじゃん!」

 コリーンは目をきらきら輝かせている。

 階段は暗く、何処まで続いているのか見渡すことができない。

 ディアナは魔法の光を生みだし、頭上へと漂わせた。

「ディアナ、魔法使いだったのか……?」

 コリーンは、初めて目にした『魔法』というものに興奮気味だ。

「コリーン、神殿に入ってからずっと驚きっぱなしだね」

 苦笑を浮かべるディアナだが、彼女ももしかしたら自分の出生の秘密が分かるかもしれないという期待と不安で心が落ち着かなかい。

「時間がない。行くぞ」

 既に昼を過ぎ、時刻は夕方へと向かいつつある。内部がどれほどの広さなのか分からない以上、急いだほうが良い。

 一行は、アルに急かされるかたちで神殿地下へと潜っていった。

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