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ジェノクレスの遺産  作者: 桂はじめ
Chapter 3
21/25

ビクトル

 ディアナたちは、街の中心にある大きな病院に来ていた。

 ソアラの母から聞いた話だと、その医者はこビクトルという名で、この病院で外科医をしているらしい。

 マロニエが植えられた白い石畳の並木道をすすみ、病院のエントランスへと向かった。

 ロビーに入ると、すぐ正面にインフォメーションがあり、若い女性の受付が患者や来客の対応をしている。

「こちらにビクトル先生という方がいらっしゃると聞いたのですが」

 ディアナが駆け寄り、受付嬢にそう尋ねた。

「はい、ビクトルは確かに当院の医師です」

「面会をお願いできませんか?」

「面会……ですか……?」

 少し困った表情を浮かべた受付嬢は、そう言うと隣の同僚と顔を合わせ、アイコンタクトを送りあう。

「申し訳ございません、ビクトルは、その……、非常に多忙でして――」

「手術をするのに、高額な金を一括払いのみで請求する医者が多忙とは、ここは随分と儲かっているようだな」

「あの……、先生は、プライベートな理由で取り込んでおりまして――」

「つまり、暇という事だろ」

 冷ややかな口調で、アルは受付嬢の言葉をことごとく打ち消した。

「そんな事より、お嬢さん。仕事が終わったあと、俺とおちゃーーっ!?」

 受付嬢を口説こうとする葉月を、突然側面から飛んできたハイキックが吹っ飛ばす。

「病院で白昼堂々、古風な口説き方で事務員ナンパしてんじゃねぇよ、このチ○カス野郎!」

 そう言ったのは、燃える様な長い赤毛を首元で縛った、アルと同い年くらいの少女。

 ナース服を着ているところを見ると、この病院の看護師なのだろう。

 葉月を蹴り飛ばしたのもこの少女だ。

「話は聞いたぜ。あんたらビクトルに会いたいんだろ? あたしが会わせてやるからついてきな」

「コ、コリーン! ちょっと待って……っ!!」

 受付嬢は、慌てて止めにはいるが、コリーンと呼ばれた少女はそれを無視して院内へと歩いていった。

「あたしは、コリーン。よろしくな」

 コリーンは、歩きながら名を名乗った。

「ディアナです」

「アルだ。お前が蹴り飛ばした男は、葉月だ」

「ところで、あんな男に何の用だ?」

「実は、手術をお願いしたくて……」

 それを聞いたコリーンは、立ち止まり、振り返ってディアナの目を見つめる。

「……父親がどっちなのか分かんないのか?」

「何の話ですかっ!!」

 ディアナは、思わず声を張り上げた。

 ビクトルの診療室へ向かっている途中、可愛らしい顔立ちの女性看護師に出会う。

「あら、コリーン。お客さん?」

 肩下で切りそろえられ金髪で、年齢はコリーンと同じくらいに見える。

「美しいお嬢さん。あなたに会うため、僕は生まれてきました」

 光の速さで少女の両手を握った葉月は、その瞳を見つめながら言った。

「てめぇの頭には、それしか無ぇのか、この歩く生殖器野郎が!!」

 葉月の側頭部をコリーンのハイキックが襲う。

「甘い、そう何度も同じ攻撃をくらうか。そんな服でハイキックなんてしてたら、パンツ――ほがはぁ!!」

 コリーンの蹴りを顔に当たるギリギリで受け止めた葉月。

 だが、コリーンは止められた足を軸にして跳ね、反対の足で後ろ回し蹴りで葉月の後頭部を蹴り落とし、軽やかに着地してみせた。

「あ? パンツがどうしたって?」

「コリーンったら、病院で怪我人を出さないでよ?」

 少女は、そう言いながら苦笑する。

「平気平気、ここならすぐに治療だって出来るしな」

「もう、そういう問題じゃないでしょ?」

 少女に諭されたコリーンは、へへっと笑ったあとディアナたちに向き直り、

「この娘はラナってんだ。よろしくな」

 少女の紹介をした。


「さ、着いたぜ。ここがビクトルの診療室だ」

 ビクトルの診療室は、三階にあった。

「おい、ビクトル。あんたに客が来てるぞ」

 コリーンは、ノックしながら扉の向こうへ呼びかける。

「おかしいな、いないはずは……ん?」

 そう言いながら、中から聞こえてくる妙な物音に気付き、扉に耳を当てて中の様子をさぐった。

 コリーンの表情が怒りと羞恥が入り混じったものへとみるみる変り、拳を握りしめてワナワナ震えだす。

「ちょ、ちょっと待っててくんねぇか?」

 引きつった苦笑いを浮かべながら、振り返ってそう言い残すと、勢いよく診療室の中へと入っていった。

「てめぇら、真っ昼間から何やってやがるっっ!!」

 中から聞こえてくる怒声と、何かをひっくり返したような派手な物音、そして悲鳴。

「……中では、一体なにが」

 中から漏れ出てくる音を聞きながら、ディアナはぽつりと呟いた。

 しばらくして扉が開き、コリーンが顔を出し、

「悪ぃ、待たせたな。どうぞ、入ってくれ」

 苦笑を浮かべながら、コリーンはディアナたちを招きいれる。

 診療室の中には、コリーンの他に気だるそうな表情を浮かべながら、衣服の乱れを整えている若い看護師の女性と、丸めがねをかけた無精髭の男がいた。

「あんたに客だ」

 コリーンがそう言うと、丸めがねの男は、白衣の袖に腕を通すの動作を止め、ディアナの全身を足先から毛先まで舐めるように見回す。

「ビクトル先生ですね? あなたにお願いがあって来ました」

「俺は忙しいんだ。帰れ」

 ディアナの言葉のあと、ビクトルは手をひらひらさせながら間髪居れずに言った。

「病に侵された女の子を一人救って下さい! 手術をすれば助かるんです。先生しかいないんですっ!」

「五千万。一括払いだ」

「お金はありません。でも、その代わりに何でもします。だから……っ!!」

「何でも……ねぇ」

 なおも食い下がるディアナをやる気のない半眼で嘗めまわし、

「脱げ」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。

「悪ぅ~」

 気だるそうな表情の女性看護師は、そう言うとけらけらと馬鹿にしたように笑う。

 ビクトルのことを睨んでいたディアナが、意を決した表情で服の裾を捲し上げようとしたとき、アルがその手を掴んで止める。

「とんだ無駄足だな、帰るぞ」

「離してください、アルさん!」

 困惑した声を上げるディアナに、

「ここでディアナが脱いでも無駄だぜ? あの顔見ろよ、はなっから引き受ける気なんてねぇよ。俺としては、すっげー見たいんだけどな。ディアナの裸」

 葉月が軽口を交えながら言った。

 アルがディアナを連れて診療室を出ようとした時、

「待ってくれ!」

 コリーンが三人を呼び止める。そして、ビクトルへと向き直り、目じりに涙を浮かべて訴えた。

「もう、いい加減にしてくれよ! 昔のあんたは、そんなんじゃなかったろ!?」

「昔は昔、今は今だ」

 ビクトルのコリーンのやり取りをみて、気だるそうな表情の女性看護師は、我関せずという表情でこっそり診療室を出ていく。

「リアラが死んだのは、あんたのせいじゃない。あれは事故だ。仕方なかったんだ!」

「うるさい、黙れ!」

「孤児だったあたしを引き取って、家族として迎えてくれた、あの頃のあんたに戻ってくれよ!」

 必死に懇願するコリーン。

「黙って聞いていると、まるで駄々っ子だな、あんた。結局、失敗が怖くてただ逃げているだけの意気地なしじゃねぇか。行こうぜ、ディアナ」

 あきれ顔を浮かべ、葉月も退室をうながす。

「ビクトル先生!!」

「……良いだろう」

 ディアナが呼びかけると、ビクトルはぽつりと呟いた。

「だが、条件がある」

「金か?」

 アルは、皮肉を込めて冷ややかに聞き返す。

「この街を流れる川の上流には、大きな湖がある。そこに『水の神殿』と呼ばれてる遺跡があるんだが。そこに特殊なコケが群生している。そのコケを見つけて採集してこい。そうしたら考えてやっても良いだろう」

「あのコケは、全部採りつくされちまってるはずだろ!?」

 ビクトルの言葉を聞いていたコリーンが言った。

「結局、無理難題をふっかけて逃げるのか」

 アルは、そう言いながら鼻で笑う。

「手術には、止血剤が必要だ」

 アルの言葉を聞き流し、ビクトルは真面目な顔で語り始めた。

「そのコケをすり潰した葉液は、出血の量を抑える効用がある。止血剤を作るためにために、そのコケが必要だ。いま、この病院の止血剤は在庫が無い状態だ。止血剤がなければ手術は出来ない」 

「つまり、俺たちに材料を採ってこいということか」

「そうだ」

 頷きながら、ビクトルは答える。

「そのコケが採集できたら、手術をしてもらえるんですか?」

「考えてやろう」

 コリーンの話では、そのコケはもう生えてないということだ。だが、五千万という大金を用意するよりは現実的な話に思えた。

「分かりました。必ず見つけてきます」

 ディアナは大きく頷き、瞳の奥に決意の炎を揺らめかせ、ビクトルの目を見つめ返してそう答えた。

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