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ジェノクレスの遺産  作者: 桂はじめ
Chapter 3
20/25

捜索

 一人の帝国兵が、ニックスファードの治安部隊司令部へやってきた。

 濃紺の髪を肩まで伸ばした青年で、腰にシャムシールを下げている。

 一般兵と違いクウィラスは身につけておらず、何より特徴的なのは、顔半分が火傷でただれており、整った顔立ちを醜悪なものにしている。

「邪魔をするぞ」

「……特殊部隊が何の用だ?」

 中年の治安部隊司令官は、司令室へ入ってきた青年がつけている腕の隊章を確認して言った。

「先日、レジスタンスと小競り合いになったさい、軍を裏切ってレジスタンス側に寝返り、捕虜を逃がしたあと行方不明になった兵士がいただろ? その調査さ」

「あれは、将軍から不問にするよう、命令が出されているが?」

 青年は、相手に気付かれないよう小さく舌打ちする。聞いていた話だと、ここの司令官は怠惰な人間で、常に自分の利益を優先し、面倒なことは極力避けようとする性格だということだったが、どうやら先日の小競り合いのあとに更迭され、将軍自らが任命した別の司令官が就任しているようだ。

「親族へは、その旨の通知を出したのか?」

「いや、これからだが?」

 司令官は、そう返答しながら、青年の挙動の一つ一つを観察する。

「俺は、その通知を家族へ届けるために派遣されてきた。行方不明になった経緯が非常にデリケートな問題だからな」

「そのような話、聞いていないが?」

「デリケートな問題だって言ったろ? だから、特殊部隊の俺が派遣されたのさ」

 青年の動きには、焦りなどからくる不自然な挙動は見当たらない。

「……念のため、確認を取らせてもらう」

「レジスタンスの中に、魔法を使う変った姿の小娘がいたはずだ」

 司令官の動きを制するように、青年が言った。

「行方不明になった兵士は、その小娘と接触していた可能性が非常に高い。そして、帝国はその小娘を捜している」

 司令官の動きが止まる。

「あんた、陸将の部下だろ? 何も聞いてないのか?」

 この男が言うように、帝国陸軍は、いちど普通の人間と外見的に異なる少女を捕らえた。その少女が魔法の使い手だったのかまでは不明だが。

「俺は、その手がかりを追っているだけだ。だから、小娘と接触があった可能性がある、行方不明になった兵士の親族へ会いに行く。そのついでに通知を届けてやると言っているんだ」

 確かに将軍は、あの少女の存在を特別視していた。様々な状況証拠と照らし合わせても、彼の言葉は筋が通っていて、嘘を言っているようには思えない。

「あんたが居場所を教えてくれれば、俺は任務を続けられる。あんたも俺を追い払える。お互いに損は無いと思うが?」

 なのだが、何かが引っかかる。それとも自分の思い過ごしなのか?

「……良いだろう」

 しばし思案を続けたが、結局それが何なのか分からず、司令官は男に兵士の家族がいる場所を教えてやることにした。


「結構でっけぇ街じゃねぇか」

 町並みを眺めながら、葉月は関心するように言った。 

 ディアナたちは、クレアの街に到着した。葉月と出会ってから三日後である。

 山のふもとに広がる巨大な湖から、街を分断するように川幅が百メートルを越す大きな川が流れ、その両岸にレンガ造りの建物が立ちならぶ美しい街だ。

 ここは帝国の圧制も厳しくないのか、街は活気に満ちている。

「綺麗な街ですね」

 太陽に照らされ、水面を輝かせながら流れる川と、その向こう側に広がる対岸の町なみを眺めて、ディアナは瞳を輝かせて言った。

 ディアナが住んでいた村ものどかで美しかったが、この街にはそれとは違った優美さがある。

「関心するのは良いが、まずは宿を探すのが先だ」

 アルは、ひとり冷静に言った。

「そういやぁ、ディアナって帝国に狙われてるんだよな?」

 ふと葉月が口にする。

「そうみたいです。それがどうかしましたか?」

「いやね、その割に手配書とか見たことねぇなって思ってよ」

 言われてみると、その通りだった。

 自分が手配書に載らないことに心当たりがあるアルだが、ディアナのことが載らない理由が思いつかない。

 そのくせ、身柄を確保するために魔陣衆を派遣するなど、帝国がディアナをどれほど重要視しているのか容易に想像できる。

「何か理由があるのかも知れんな」

 ディアナの特別な魔法能力に秘密がありそうだが、それも予想でしかない。

「まあ、どちらにしても、街中ではフードを被ってたほうが良いな」

 ディアナの姿を見ながら、葉月が言った。

 手配書が回っていないとはいえ、ディアナの外見的特長は十分目立つ。街で噂になればジランディア帝国に居場所を知られてしまう危険性も高まる。

 三人は、拠点となる宿を求めて街の中心街へとやってきた。

 中心街は、さらに人であふれ、人々の目もいきいきとしている。帝国兵の姿もほとんど見かけない。裏路地に入っても、それほど荒んだ姿を見せないのは、ニックスファードとの大きな違いだろう。

 アルは、裏路地にある宿の一つを選び、チェックインした。


 シャワーを浴びる水音が、部屋の中に漏れ聞こえている。

 部屋へ入るなり、ディアナはシャワーを浴びたいと言い出したのだ。

 野宿生活が続いていたということもあり、アルも葉月もこころよく了承した。

 そんなことは、些細な問題だ。そんなことより葉月にとっての問題は、

「ア、アル君……え~、その、部屋は一つなのかい!?」

「その方が金銭的にも、何よりディアナを守るうえでも都合が良いからな。お前が期待するようなことは、決して起こらないから安心しろ」

 鼻息を荒くし、葉月は興奮気味に言うが、アルに釘を刺されてしまう。

 淡い期待をあっさり砕かれ、葉月は心底残念そうな表情を浮かべた。

「しかし、この中から特定の人間を探すのは、骨が折れそうだな」

 窓の外を眺めながら、ため息をつく葉月。この街へ到着する前に、二人からここへ来た理由を説明されている。

 説明によれば、手元にある手がかりは、ロケットペンダントに入った写真と、サーシャとかいう死んだ帝国兵の妹の名前だけだという。

 そんなことを考えていると、いつの間にかシャワーの浴びる水音が消えており、シャワールームからバスタオルで頭を拭きながらディアナが出てくる。

「お待たせしました。あとは髪を乾かすだけですので、もう少しで出れます……って、葉月さん、なんでガックリしてるんです?」

「気にするな、こいつのことだ。どうせ、ろくでもない期待でもしていたんだろう」

 アルの言うとおり、ディアナがバスタオル一枚で出てくることを期待していた葉月は、肩を落とし、がっくりとうなだれていた。


 街へ出たディアナたちは、人が多く集まる場所で聞き込みをはじめた。

 だが、葉月が懸念していたとおり、有力な情報は何一つ得られない。

「全然だめですね……」

 小さくため息をつきながら、ディアナは疲れたように呟いた。

 人探しがこんなにも大変なものだと思いもしなかったのだ。

 ディアナが暮らしていた山奥の小さな村では、相手の顔や名前が分かっていれば、何処の誰なのかすぐに分かる。大きな街では、それが通用しないということは、彼女にとって大きなカルチャーショックだった。

「はぁ、どうやって探したら良いんだろう……」

 ディアナは、橋の欄干に肘をつき、頭を抱えて落胆しながら言った。

「まだ、諦めるのは早いぜ、ディアナ!」

 遠くで手を振り、葉月が励ますように叫ぶ。

 葉月が声をかけるのは、若い女性ばかりだが、これでも彼なりに真面目にやっているらしい。

 その様子をずっと眺めていたアルは、小さくため息をついてから、ディアナの横へ並び立った。

「サーシャの妹は、病気なんだよな?」

「はい、そう言ってました」

「病気ということは、病院へ通院してるんじゃないか?」

「あ……っ!」

 再びため息をつくアル。

「やっぱりか……。前々から感じてはいたが、かなり直情的だよな、お前」

「気付いてたなら、もっと早くに言って下さいよっ!!」

 ディアナは頬をいっぱいに膨らませ、アルを上目遣いで睨みつけた。

「今日は、もう日が暮れる。続きは明日だな」

 そう言うと、アルはホテルへ向かって歩き始める。

「葉月さんは!?」

「ああ、放っておけ」

 振り返らず答えるアルと、若い女性限定で聞き込みをしている葉月を交互に見たディアナだったが、葉月が意外と楽しそうなので、アルの言うとおりにすることにした。


 翌日、クレアの街にある医療施設をしらみつぶしに訪問することにした。

 病院の受付にロケットペンダントの写真を見せ、そこに映っている人物が患者にいないか尋ねてまわる。

 だが、手元の情報だけでは、やはり捜索は難航をきわめた。

 アルは、昨日と同様ただ見ているだけで、聞き込みを手伝おうという素振りはなく、葉月はナースと会話すること自体が目的になっているようだ。

 昼を過ぎても有力な情報を得られず、ディアナは心が折れそうになった。

 そして、七軒目に訪れた診療所。

「あ!」

 診療所から出てきた母子とロケットペンダントの写真を見比べながら、ディアナは大声で叫んだ。

「あの……、もしかして、サーシャのお母さんと妹さんですか!?」

 二人に駆け寄ったディアナがそう尋ねる。

「は、はい。あなたたちは……?」

「良かった、やっと見つかった……」

 がっくりと膝をつき、ディアナは安堵の声を漏らした。

 戸惑いの色を浮かべていた母娘だったが、ディアナの様子から、彼女がサーシャのごく親しい友人なのだろうと理解する。

「サーシャのお友達なのね? 立ち話もなんだから、うちへいらっしゃい」

 そう言う母親の後ろには、恥ずかしそうに隠れている女の子の姿がある。二人とも、どことなくサーシャの面影があった。


「あの子がソアラちゃんですか?」

 軽い自己紹介のあと、来客のために台所でコップにジュースを注いでいる少女に視線を送りながら、ディアナが言った。

 ディアナの耳と尻尾が気になるのか、ソアラはディアナの様子をしきりに伺っていた。

 サーシャの家族を見つけたものの、まず何から切り出せば良いのか分からず、第一声に選んだ言葉がそれだった。

「ふふ、サーシャによく似てるでしょ?」

「はい、それに――」

 元気そうと言いかけたが、ディアナの目からは、ソアラの元気がうわべだけだという事がわかって口ごもってしまい、ジュースを運んできたソアラにきょとんとした顔で見られてしまう。

「それより、サーシャは元気なの?」

 何も知らないサーシャの母親の言葉が、ディアナの心にずっしりとのしかかった。

「サーシャは……」

 ディアナの口から、どうしても続きの言葉が出てこない。

「ソアラ、ちょっとあっちに行ってなさい」

 何かを感じ取った母親がそう言い、

「よし、ソアラちゃん。俺とあっちで遊んでようぜ!」

 葉月が空気を読んで動く。

「……俺から話そう」

 ソアラが戸惑いながらも、葉月が部屋から出たことを確認したあと、なかなか口を開かないディアナの変わりにアルが語り始めた。

「あんたの娘は、死んだ。俺たちが死を見とどけ、俺が埋葬した」

「ちょ、アルさん!!」

 あまりにもぶしつけな言い方に、思わず声を上げるディアナ。

「どんな言い方をしても、事実は変らん」

 淡々と受け答えるアルに対して母親は、

「そう……ですか」

 小さく、そう呟いた。

「サーシャは、私を守ったせいで死んだんです……」

 うつむき、そう言うディアナの声は、だんだんと小さくなっていく。

「あの子が軍隊へ入隊したとき、こういう事になるのは覚悟してました。わざわざそれを伝えにきてくれるあなた達のような友達を持てて、きっとあの子は幸せだったと思います」

 今にも泣き出しそうなディアナに向かって、気丈にも微笑みを送って言った。

「これを……。サーシャは、最期にこれをここへ届けてほしいと……」

 そう言いながら、サーシャから預かったロケットペンダントを差し出す。

「ありがとう……」

 ペンダントを受け取った母親は、それを握った拳を胸元にあて、瞳を閉じて感謝をのべた。その目の端からは、一筋の涙が零れ落ちる。

「ところで、下の娘の病気はどうなんだ? 一見すると元気そうだが」

 アルは、重たくなった部屋の空気を変える目的で訊いた。

「見た目は元気なのですが、病魔は確実にソアラを蝕んでます」

「治らないんですか!?」

「手術をすれば治るのですが……」

 母親は、なにやら口ごもる。

「手術を施せる医者が居ないのか」

「いえ、腕の良い医者も居るんです。ただ……」

「ただ?」

 ディアナがおうむ返しに訊く。

「法外な金額を請求されるんです。我が家には、そんなお金を用意できません」

 目を伏せ、そう答える母親。

「幾らか知らんが、それほど高額なら、支払い方法の相談があっても良いようなものだが?」

「その方は、一括払い以外は、受け付けていただけないのです」

「俺には、ただその医者に手術する意思がないだけにしか思えないな」

 話を聞いたアルが、率直な意見を言った。

「そんな……っ!」

「お前の治癒魔法で何とかならないのか?」

 アルは、思わず声を上げたディアナに訊いた。

「ダメです。病気と怪我は根本的に違います。私の治癒魔法は、肉体の蘇生能力を高めて怪我を治すものです。そんな魔法を病気の原因に使ったら、病気が更に悪化するだけです」

「便利なようで、なかなか融通が利かないものなんだな」

「良いのよ、二人とも。もう運命と思って――」

 二人のやり取りを見ていた母親が、そう言いかけたとき、

「私がその医者のところへ行って交渉してきますっ!!」

 テーブルを叩き、勢いよく立ち上がったディアナが宣言する。

「私はサーシャに助けられました。サーシャは、ソアラちゃんを助けるために軍隊へ入り、私のせいで命を落としました。なら、私がサーシャの代わりにソアラちゃんを助けます!!」

 そんなディアナの姿を見て、アルは小さなため息をついた。

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