会敵
遅くなって申し訳ありませんっ!(汗)
「昨日の小娘を出せぇ!!」
帝国兵が、露天の商品棚を蹴り散らかしながら叫んでいる。
気が弱そうな男性が、目が合ったというだけで、何か隠してるんじゃないかと言いがかりをつけられ、殴る蹴るの暴行を受けている。
混乱に乗じて略奪行為を行っている兵士すらいる。
それでも街の住人は何も出来ず、ただその様子を眺めていた。
「ここいらの家屋全てをしらみつぶしに探せ! 抵抗するやつは殺せ!!」
隊長風の兵士が、笑みを浮かべながら号令をかけ、それを合図にして、兵士たちがいっせいに散っていく。
何人かの兵士は、遠巻きに見ているしかない住人たちから、持ち物検査と称して金品を奪い、抵抗した者は、容赦なく斬り捨てられた。
「出てこい、小娘ぇ! お前のせいで街の住人たちが傷ついてゆくぞ!!」
号令をかけていた男が、通りに響き渡るほどの大声で叫んだあと、高らかに笑いだす。
「そこまでだ!」
闘士たちを引き連れて現場に駆けつけたウォルターは、巨大なハンマーを高らかに掲げながら叫んだ。
「あん!? なるほど。お前はレジスタンスのメンバーだったのか」
包帯を巻いた兵士は、その一団の中に目当ての少女の存在を確認して、にやりと笑ってみせた。
「その小娘をこちらに引き渡せ。そうすれば、今日のところは見逃してやるぞ?」
不敵な笑みを浮かべながら、帝国兵がそう提案してくる。
「聞けない要求だな」
「ならば、力ずくで奪いとるまでだ」
気が付くと、帝国兵たちが通りを回りこみ、レジスタンスを取り囲んでいた。
「ディアナちゃん、戦闘は私たちに任せて、あなたは怪我をしている人の治療をお願いね」
キャロルはディアナのそばへと歩み寄り、耳元でそう指示を出した。
こくりと小さく頷いたディアナは、すぐさま周囲に目をくばり、怪我をしている人の位置を確認する。
「男は殺せ! 女は犯せ!」
それが戦闘開始の合図になった。
包帯を巻いた兵士の号令とともに、兵士たちが一斉にに動く。
ブーメランを大きく振りかぶったソシューは、側面から襲いかかってきた兵士たちに向かって、それを投げ放った。
放たれたブーメランは、兵士を数人なぎ倒してソシューの手元へ戻ってくる。
「行け」
ソシューは振り向きもせず、ディアナに向かってぶっきらぼうに言う。見ると路肩でうずくまっている怪我人までの進路がクリアになっていた。
「ありがとうございます!」
口早に礼を言ったディアナは、怪我人に向かって駆けだし、アルもそれにつづく。
怪我人に駆け寄ったディアナは、すぐさま手をかざして頭の中で傷が癒えてゆくイメージを膨らませた。
周囲では、剣戟の音と怒号が入り混じり、敵味方が入り混じった乱戦に突入していた。
一人の治療が終わると、ディアナはすぐに別の怪我人のもとへと駆けつけ、ディアナが治療に専念できるように、彼女へ群がる帝国兵は、全てアルが対処している。
戦況はレジスタンスが優勢に展開しており、献身的に魔法で怪我人の治療を行っているディアナの姿は、その場に居合わせた住人たちの目には救世主のように映った。
巻き込まれないようにと遠巻きに眺めていた住人たちからは、次第に声援が飛び交い始め、それは徐々に歓声へと変わっていく。
「て、撤退だ! 退け、退けぇえ!!」
戦力の半分が戦闘不能に陥ったところで、隊長風の兵士がそう叫び、それを合図として、自力で動くことが出来る兵士たちは、ほうほうの体で逃げ去っていった。
レジスタンス側に、犠牲者は一人も出ていない。怪我をした闘志もディアナが一人ずつ治癒していく。
レジスタンスの勝利を目の当たりにした住人たちは、彼らを称えようと大きな歓声を送り、闘士たちもそれに答えるように勝鬨を上げた。
全長二百メートルの陸上戦艦が、多数の戦車を引き連れて、荒野を進んでいる。
艦名をベヒモスといい、帝国陸将が座乗する帝国陸軍の総旗艦である。その艦橋で豪奢な全身鎧を身に纏った男は、どこまでも続く荒野を眺めていた。
「ナーシュ将軍。斥候から報告が入りました」
通信兵から渡されたメモを手に、瀟洒な簡易鎧に身を包んだ若い男がやってきた。
「ニックスファードで、我が軍の治安部隊とレジスタンスとの間で戦闘があったようです」
帝国軍が各地方都市に配置している治安部隊は、陸軍に所属される。
「うむ。ストールよ、詳細をたのむ」
「レジスタンス側の被害状況は不明ですが、こちら側には犠牲者が出ている模様です。未確認ではありますが、レジスタンス側に魔法を操る者がいたようですね」
「ほぅ?」
ストールの報告を聞きながらナーシュは、口の端からこめかみに向かって鋭角で跳ね生えている髭の毛先を、指でつまんで整えているいる。
「それは、少々変わった外見をした少女だということです。もしや、先日ラーバス将軍の手から逃がれたという、例の少女ではないでしょうか?」
「ふむ、その小娘を捕らえることができれば、わしの評価も上がるというものだな!」
「皇帝陛下もお喜びになろうかと」
ストールの言葉を聞いて、にんまりと笑みを浮かべるナーシュ。
「よし、必ず生かして捕らえよ。ラーバスを出し抜いた小娘を捕らえ、帝国内外にわしの力を見せ付けるのだ! がーっはっはっは」
ナーシュの笑い声は、しばらくの間、艦橋に響きわたっていた。
「今日は、お疲れ様だったわね。こちらに犠牲者が出なかったのは、ディアナちゃんのおかげよ」
アジトから自宅への帰路、キャロルが言った。
月明かりは、まるで今日の勝利を祝福しているかのようだ。
「いえ、私は自分に出来ることを、精一杯やっただけです」
照れながら答えるディアナ。アルは、相変わらず仏頂面のままだった。
「ディアナちゃんは、私たちにとって勝利の女神みたいなものね。アル君もありがとうね。ディアナちゃんをしっかり守ってくれて」
「こいつに居なくなられると、俺が困るんでな」
アルは、言葉少なく誤解を招くような台詞をぶっきらぼうに返す。
「良いわねぇ、恋てっ!」
「だから、違いますってばっ!」
「ふふふ、二人がそういう関係じゃないっていうのは、昨晩のやり取りで気づいてたわよ」
キャロルにからかわれただけだと気づいたディアナは、ムッとしたとした表情を浮かべてジト目を返した。
会話をしながら歩いていたせいもあり、キャロルの家へは、あっという間に到着する。
「ただいま。今帰ったわよ、レイクぅ」
キャロルが明るい声でそう言いながら家に入ると、奥からレイクが神妙な面持ちで出迎えた。
「どうしたの? そんな暗い顔して」
「うん、それが……」
レイクは、しきりに奥の部屋を気にしている。
「何? 誰かいるの?」
部屋の奥に人の気配を感じたキャロルがレイクに訊いた。
「それは血か?」
アルは、薄暗い廊下に何かのシミが付着していることに気がついた。
「あれ? レイク君の服についてるのも、もしかして血じゃない?」
薄暗くてよく見えなかったが、レイクの服にも赤黒いシミが付いている事にディアナが気づく。
「あんた、怪我してんの?」
「あ、えっと、これはボクの血じゃないんだ」
歯切れの悪い返答に、ただならぬ空気を察したキャロルは、レイクを押しのけて部屋の奥へと入っていき、アルとディアナもそれを追う。
「あんた、これ……」
部屋には帝国兵が身につけているクウィラスが転がっており、バフコートや女性物の下着も脱ぎ散らかされている。
そして、ベッドには、全身に包帯を巻かれた、アルと同じくらいの年頃の少女がうつぶせで横たわっていた。
茶色いセミロングの髪は血で汚れ、可愛らしい顔立ちは、苦悶で歪み、今にも消え入りそうな細い呼吸をしている。
レイクが一生懸命やったのだろう。包帯の巻き方は、決して綺麗なものではなく、背中に刻まれた刀傷を隠しきれていない。
「あんた、自分が何をやってるか分かってるの!?」
「分かってるよ! でも、ほっとけなかったんだ!」
ディアナは、とても複雑な心境だった。目の前に横たわっているのは、自分たちにとって敵である帝国の兵士である。だが、それは、自分やアルと歳もほとんど変わらないような少女。ディアナは、無意識にこぶしを握り締めた。
「殺るか?」
「ま、待ってよ!」
剣の柄に手を添えながら、アルはキャロルに尋ね、それを止めようとして、レイクが柄に添えたアルの手にすがりつく。
キャロルは、ベッド脇にあるテーブルの上に置かれた、ロケットペンダントに気づき、それを手にとってチャームを開いてみた。
そこに貼り付けられている写真を見たキャロルは、小さなため息をつく。そして、ディアナに言った。
「ティアナちゃん。その子の治療をしてあげて」
「……え?」
「良いから早く!」
ディアナは、戸惑いと複雑な心境を胸に抱いたまま、少女の傷が塞がっていくイメージを思い描いて手をかざした。
少女の傷口がみるみる塞がっていく。
ディアナの額から汗が流れ、顎先まで伝ったそれが滴り落ちる。
治療が終わると、ディアナはへたりとその場に膝を折った。
「お疲れさま。あとは、この子の目が覚めるのを待ちましょう」
「母ちゃん、ディアナ姉ちゃん、ありがとう!」
「この子の面倒は、悪いんだけどディアナちゃんに任せるわ」
キャロルにそう言われ、ディアナは戸惑いの表情をかえした。
そのやり取りの様子を、アルは腕を組んで壁にもたれたまま、無言で見守っていた。