レジスタンス
仕事など、ちょっと忙しくなって、更新が遅くなりました。
翌朝、アルとディアナは、キャロルに連れられて地下の下水路を歩いていた。
靴音が水路に反響し、水の音と入り混じっている。
「キャロルさん、くさいです……」
「ちょっと、私がくさいみたいな言い方しないでよっ!」
悪臭がたちこめており、口の中へ臭気を取り込みたくないディアナは、言葉少なく文句を言い、キャロルから逆に怒られてしまう。
「なんで、わざわざこんなところに、アジトなんかを作ったんだ」
アルも流石にたまらなくなったのか、抗議の声をあげた。
「アジトって言ったら、こういう場所って相場が決まってるでしょ♪」
「誰が決めたんだ。そんなこと」
「きっと、昔の偉い人が決めたのよ♪」
「…………」
そんなやりとりの中、おもむろにキャロルの足が止まった。
「ここよ」
何の変哲もない壁を指してそう言うと、その壁を同じ間隔で三回叩き、
「我は汝、汝は我、我ら一つになりて敵を穿たん」
壁に向かってそう言った。
「呪文ですか?」
「ふふ、ただの合言葉よ」
キャロルがウィンクしてそう言うのと同時に、重たい摩り音を立てながら、壁の一部がゆっくりと開いた。
「さ、遠慮なく入って頂戴」
そう言って、中へと招きいれる。
中に入ると、鉄製のハンドルが設置されている場所に。番人らしきいかつい男が立っていて、二人のことを睨みすえていた。
「キャロル、こいつらは?」
「今、説明するわ。あなたも一緒にきてちょうだい」
力を込めてハンドルを回して壁を閉じると、男はキャロルと自分でディアナたちを挟むように、後ろへまわってついてくる。
奥へ進むと広い部屋があり、そこで複数の人間が雑談をしていた。
天井の四隅と中央には、裸電球がぶら下げられ、部屋に入って左手壁に街の地図と水路図が貼り付けられている。部屋の中には、木製の大きな安テーブルが四つ置かれており、それぞれの卓で会話のグループが作られている。テーブル近くの壁には、闘志たちがそれぞれ愛用している武器が立てかけられている。
「キャロルさん、その娘だれー?」
両手にレザーグローブを嵌めた、いかにも軽そうな若い優男が、ディアナを見るなり声をかけてくる。
「みんな、聞いて! 今日から私たちの仲間になる二人を紹介するわっ!」
優男を右手で制したキャロルは、大声でそう言って、その場にいる全員の注目を集めた。
「おい、二人ともガキじゃないか」
豪快そうな大男が言う。
「うふふ。リーダー、人を見かけで判断しちゃダメよ? この子たちはね……、なんと、帝国魔陣衆のスセリとリバースとやりあったくらいの実力者なのよ!?」
キャロルが胸を張って言った言葉に、部屋中が騒然とする。
「ほら、二人とも自己紹介しなさい」
二人の後ろから、ポンと背中を押すキャロル。
ディアナは、少し戸惑いをみせたあと、心の中で意志を固めて名乗り始めた。
「ディアナ・シーレンです。特技は、少しだけ魔法を操ることが出来ます」
それから、目深にかぶったフードを脱いで耳をあらわにし、
「あと、外見が少しだけ普通の人と違います」
目を伏せ、呟くようにそう言った。
「何それ、やだ可愛いっ!」
ショートカットの活発そうな若い女性が言う。
「可愛いじゃんっ! オレはニコ。色々と宜しくね!」
最初にディアナへ興味を示した優男が、そう言いながらレザーグローブを嵌めたままの手を差しのべ、握手を求めてきた。
「おい、新しい娘が入ってきたからって、いきなり手ぇ出そうとしてんじゃねーよ!」
ディアナが周囲の予想外な反応にキョトンしていると、ショートカットの活発そうな若い女性がニコの後頭部を小突き、二人の間に割ってはいる。
「あたしはソニア。よろしくな。コイツには気をつけろよ? 手だけは早いからさ」
「ひどいよ、ソニアさんっ!」
ソニアの言い草に、ニコは涙目で講義した。
「俺がリーダーのウォルターだ。そっちの小僧は挨拶なしか?」
どすの利いた声で、豪快そうな大男がアルを睨んで唸るように言う。
「アルだ」
ウォルターを一瞥したあと、ぽつりと言って再び外方を向いた。
「他の人の紹介も、ちゃちゃっと終わらせちゃうわねっ!」
二人の間に流れた険悪な空気を察したキャロルが、場の空気を和ませようと自己紹介を終えていないメンバーを面白おかしく紹介し、その場の空気を和らげる。
「――そして、あそこ一人でぽつんといるのが、ブーメラン使いのソシューよ。シャイでナイーブだから接し方に気をつけてね」
最後に紹介された気難しそうな中年男は、椅子に座ってたままこちらのほうを見ようともしない。
「ソシュー、何か一言でいいから言ってよ」
キャロルが自己紹介の催促をすると、ソシューはすっと席を立ち、ゆっくり二人の前へと歩いてくる。
「これはガキの遊びじゃねえ。大人しく帰れ」
そう言うと、ソシューは再び座席へと戻っていった。
「えぇっと……、そう! せっかく新メンバーが入ったんだから、歓迎会っぽいことをしましょう!」
再び重苦しくなってしまった空気を崩すため、キャロルはそう提案してみた。
テーブルの上に菓子類を広げ、それをつまみして飲み物を片手に皆が談笑している。
アルは壁に背中を預けながら、俺に話しかけるなという空気を放っているため、誰も彼に話しかけようとせず、それを見たキャロルを苦笑させた。
その代わり、ディアナの周りにはたくさん人が集まっていて、「その耳は本物なのか」「何か魔法を使って見せてくれ」と、彼女を質問攻めしている。
ディアナが質問の受け答えをしながら、ふと部屋の片隅へ目をやると、ソシューが誰と話すでもなく一人でコーヒーを飲んでいる。
「あの人、いつもあんなだから気にすんなよ」
ディアナの視線に気が付いたソニアが、ディアナの肩をポンと叩き、苦笑交じりでそう言った。
そう言われると余計に気になり、ディアナは自分に群がる人たちに一言だけ詫びててその場を離れる。
「ここ、良いですか?」
ディアナはソシューの向かい側の席を指し、周囲の輪に混ざろうとしない彼に声をかけた。
「……好きにしろ」
一瞬だけディアナを見たソシューだったが、一言だけ呟くと、再び視線を彼女から外す。
「みんなと話したりしないんですか?」
椅子に座りながら、言葉のジャブを放ってみた。
「ソシューさんは、なんでレジスタンスに入ったんですか?」
めげずに会話を続ける。
「あの――」
「そこに居るのは勝手だが、俺に話しかけるな。俺はお前らを信用したわけでもないし、馴れ合う気もない」
ディアナをキッと睨んだソシューは、ディアナの言葉をさえぎるように言った。
ディアナは少し悲しそうな表情を浮かべ、それを見たソシューは、再びディアナから視線を逸らす。
「ねー。そういえば、ここから遥か南西にある村……クルトっていったかな? そこが帝国軍に襲われて、魔法を使える変わった外見の女の子が連れ去られたって情報があったんだけどさー、それって、もしかしてキミのことだったりする?」
おもむろに、ニコが明るく話しかけてきた。
「あ、オレはここで情報収集とかしてるんだよね」
少し照れたように頭を掻きながら、言葉を付け足す。
「クルト村……?」
こんなところで、自分が育った村の名前を聞くなどとは、夢にも思っていなかったディアナは、言葉を反芻した。
「はい、それは私のことです。その時に父も大切な人も殺されました……」
目を伏せてうつむき、ディアナはそのまま黙ってしまい、他の者たちも言葉を失ってしまった。それを見ていたソニアは、何やってんのよ、とニコの頭を叩く。
言葉こそかけないが、ソシューもディアナのことを見つめている。
そんな時、外壁を激しく叩く音が響いた。
「おい、開けろ、開けてくれ! 大変なんだっ!!」
だが、番人は開けようとしない。
「大変なんだって! えぃもう、我は汝、汝は我、我ら一つになりて敵を穿たんっ!」
外の男がしびれを切らして合言葉を言うと、番人が大きな鉄製のハンドルを回す。すると壁の一部が重たい磨り音を立てながら動き出し、壁が口を開いた。
それと同時に男が飛び込んでくる。
「落ち着け。何があった」
ウォルターは、男に水を差し出しながら言った。
「て、帝国兵のやつらが街で暴れてやがるんだ。昨日の娘を出せとか、わけが分からない事を喚きながら!!」
息もたえだえに言うと、ウォルターから水を受け取って一気に飲みほす。
「昨日の娘って……」
「多分、私のことだと思います。昨日、帝国兵とひと悶着あったから」
キャロルの呟きにディアナが答えた。
「もう、許してはおけん。ニコはアジトに残って留守を守れ。野郎ども、武器を持て! これ以上やつらの勝手をゆるすな!!」
ウォルターの号令で、レジスタンスたちはそれぞれ得物を手にアジトを出ていく。
ソシューもゆっくり席を立ち、壁に立てかけておいた身の丈ほどの巨大なブーメランを手にして外へと歩き出した。
「お前らは、ここで大人しくしていろ」
ふと立ち止まり、ちらりとディアナのほうへ視線を送ったソシューは、静かだが強い口調で言った。
「いえ、私のせいでこうなったんです。私も行きます! 私だって戦えますっ!!」
強い意志を視線に込め、ソシューへぶつける。
その様子を見ていたアルも、半ば諦めたような表情で剣を手に取った。
「ソシューさんの言うとおり、大人しく待ってたほうが良いって」
ニコはディアナをなだめるように、両手をひらひらさせながら口をはさむ。
ディアナとソシューは、しばらくお互いに視線を交差させる。
「…………」
「…………っ!」
「好きにしろ」
ソシューは、視線をそらしてそう言うと、再びアジトの外へと歩きだした。