プロローグ
プロローグ
「――以上が任務の概要です」
薄暗い謁見の間で青い法衣に身を包んだ男が、静かに落ち着いた口調で告げた。声質からして、青年だろうか。フードを目深までかぶっているため、その表情は良くみえない。男はやや間を置いてから、さらに続けた。
「この任務は、隠密性を重視するため、足の速い中型の飛空船を使い、単艦で行動してもらいます。目的が達成され次第、速やかに帰投してください。また、任務に障害が発生した場合は、実力をもって、これを排除して構いません」
「……承知した」
鋭い眼光を持った男が、青い法衣の男をじっとみすえ、しばし沈黙したあと静かにそう答えた。
真紅と金色の装飾が施された漆黒の全身鎧に身をつつみ、腰に大剣を帯び、群青のマントを身に付けているその姿から、かなり高い地位の人間であるという事がうかがえる。
「飛空船は、ニーナ将軍に用意してもらって下さい。こちらからも働きかけておきますが。同行させる部隊は、現在、シャウルさんに編成してもらっています」
「…………」
その名を聞いて、ラーバスの眉がぴくりと動く。
旧世界の技術知識が豊富な、得体の知れない女――――。
ジランディア帝国の科学力がこれほどまで向上したのは、この女の知識のおかげだろう。その功績により、帝国内でそれなりの要職に就いている。
「これは、陛下の意向でもあるのですよ?」
ラーバスの表情がわずかに動いたことを感じ取った法衣の男は、静かにそう付けくわえた。
小奇麗な執務室にノックの音が響きわたった。
執務室には、執務用の机と応接用のソファーとテーブルが置かれ、奥隅には、この部屋の主の物なのだろう金色の装飾が施された白いブレストプレートと一振りの瀟洒なレイピアが飾られている。
マカボニー製の重厚な机には、透き通ったブロンドヘアの、若く美しい女性が座っており、机に並べられた書類に目を通していた。
「どうぞ」
女性が返事をすると執務室のドアが開き、漆黒の鎧を身に包んだ男が入ってくる。
「ニーナ将軍。すまぬが飛空船を一隻、手配してもらえないか?」
男がゆっくりと歩み寄りながら声をかけた。
「ラーバス将軍……」
ニーナと呼ばれた女性が、手にした書類を机に置き席を立ってつぶやく。
ラーバスの任務の内容は、ニーナの元にも届いていた。
「今回の任務は、本当に陛下の意思なのですか……?」
「さあな……。だが、陛下があの男を腹心として信頼している以上、家臣である私にとってあの男の言葉は、陛下の言葉に等しい」
ニーナの問いにラーバスは、スッと目を閉じて答えた。
「神官ラジェネア――」
ニーナが青い法衣の男の名を口にする。
「私には、どうしてもあの男を信用する気になれません」
ニーナは、その強靭なまでの意思の強さと穏やかな優しさを湛えた瞳で、じっとラーバスの目を見つめて言った。
「今、ここで言っても始まるまい……。陛下がそれを望んでいるのであれば、それに対して全力で取りくむ。それが私の武人としての誇りだ」
ラーバスは、閉じていた目を開け、ニーナの瞳を見つめ返して静かに答えた。
「そうですね……」
ニーナは瞳を閉じ、ふぅとため息を付く。
「わかりました。先日就航したばかりの『ガラティン』をご提供しましょう。やや小型の軽巡洋艦ですが、旧世界の技術で建造された艦です」
そして、やや間を置いて、
「それから、私の副官のジェイナスも同行させましょう。きっと、お役に立てると思います」
再びラーバスの瞳を見つめなおして、そう提案した。
「……すまないな」
ニーナに対し、軽く頭を下げたあと、
「では、出航準備を頼む」
そう言い残し、マントを翻して執務室から出て行った。
「ご武運を……」
ラーバスが扉の向こうに姿を消したあと、ニーナがそう呟くと、執務室に風が流れ込みニーナの髪をなびかせた。
ちょっぴり修正しました。