石の記憶 深く優しい色
石の記憶 ― 深く、やさしい色
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第一章 閉じ込められた青
夕方のモールは、少しだけ静かだった。
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光は、バイト終わりに通路を歩く。
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小さなショッピングモール。
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スーパーと、いくつかの個人店舗。
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見慣れた風景。
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その中で。
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ふと、足が止まる。
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鉱物屋のショーウィンドウ。
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並んだ石の中に、ひとつだけ強く目に入るものがある。
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大きな勾玉。
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ラピスラズリ。
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深い青。
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その中に、白や金のような色が混ざっている。
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均一ではない。
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むしろ、揺らいでいる。
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それなのに。
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妙に惹かれる。
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「……」
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しばらく、見つめる。
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まるで。
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地球を、そのまま閉じ込めたみたいな色。
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空でもなく。
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海でもなく。
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もっと奥にある、何か。
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理由は分からない。
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それでも。
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気づけば、毎日のように足を止めていた。
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数日後。
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光は、店の中に入っていた。
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「いらっしゃいませ」
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やわらかな声。
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光は、迷わず勾玉を指さす。
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「これ……ペンダントにできますか?」
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店員は、すぐに頷く。
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「できますよ」
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迷いのない返事。
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それが、少しだけ嬉しい。
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「紐でもいいですか?」
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「ええ、その方が似合いそうですね」
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店員が、革紐を通す。
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少し長め。
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胸の真ん中あたりまで届く長さ。
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金属の冷たさではなく。
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やわらかく、なじむ感触。
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「このくらいが、ちょうどいいと思います」
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「……ありがとうございます」
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その場で、首にかける。
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ラピスラズリが、胸に触れる。
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ひんやりとして。
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ゆっくりと、体温に近づいていく。
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「……」
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何かが変わったわけじゃない。
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それでも。
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少しだけ、息が深くなる気がした。
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理由は分からない。
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それでも。
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それでいいと思えた。
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第二章 変わる言葉
次の日。
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大学の廊下を歩く。
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見慣れた景色。
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すれ違う人たち。
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その中で。
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「おはよう」
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自然に、声が出る。
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自分でも、少し驚く。
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相手が笑って返す。
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それだけ。
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でも。
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少しだけ、空気がやわらぐ。
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講義のあと。
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ノートを落とした人に、手を伸ばす。
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「どうぞ」
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「ありがとう」
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「いえ」
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短いやりとり。
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それでも。
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前よりも、言葉が軽い。
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バイト先でも。
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「お疲れ様です」
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「ありがとうございます」
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そんな言葉が、自然に出る。
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意識しているわけじゃない。
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ただ、そうなっている。
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ふと、胸元に触れる。
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ラピスラズリ。
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紐の感触。
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やわらかく、そこにある。
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何もしていない。
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それでも。
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自分の中の何かが、少しだけ変わっている。
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そのことに、気づく。
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第三章 やさしい変化
日々は、変わらず続く。
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大学。
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バイト。
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同じ繰り返し。
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それでも。
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少しだけ違う。
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笑うことが増えた。
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言葉が増えた。
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「ありがとう」
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その言葉が、前よりも自然に出る。
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それだけのこと。
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でも。
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それだけで、十分だった。
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ある日。
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バイトの終わり。
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リーダーに呼び止められる。
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「多田くん」
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「はい」
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少しだけ身構える。
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そのとき。
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「変わったね」
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予想していなかった言葉。
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「え?」
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思わず聞き返す。
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リーダーは、軽く笑う。
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「前より、いい感じだよ」
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「……そうですか」
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自分では、はっきりとは分からない。
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それでも。
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悪い意味ではないと、分かる。
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「これからも、よろしく頼むよ」
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その言葉に。
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光は、静かに頷く。
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「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
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無理のない声。
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自然に出た言葉。
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それだけで、十分だった。
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光は、胸元にそっと触れる。
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ラピスラズリの勾玉。
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深い青。
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紐のやわらかさ。
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何も語らない。
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何も変えない。
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それでも。
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自分の中の何かが、少しだけ変わった。
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その感覚が、確かに残っている。
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光は、小さく息を吐く。
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そして、前を向く。
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日常は、続いていく。
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変わらないようで。
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少しだけ、やさしくなった世界の中で。
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石は、何も変えない。
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ただ。
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あなたが、少しだけ変わるだけだ。
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次の主人公は、あなたかもしれない。




