八節
RFOからログアウトした俺は、現実世界で目を覚ます。
時刻は19時16分。
「さすがに9時間ぶっ通しはヤバかったか。
腹が減った……。
トイレにも行きたいし、喉も乾いた」
次からはこまめに休もう。
そう思いながら漂ってくる飯の匂いに気づき、リビングへ向かった。
ダイニングでは母がご飯を並べ、姉がスマホを弄りながら座っている。
「アクタ、ご飯よ」
「うん、食べる」
母に促されるまま着席。
俺が食事を始めたところで、母が口を開いた。
「ところでアクタ。
あのベッドみたいな物はなに?」
「この前言ってたゲーム」
「あれ、凄く高いんじゃなかったの?」
すると、姉がすかさず割り込んできた。
「箱にサイシス プロマキシマムって書いてあったから、200万円くらいするよ。
アンタ、変なバイトとかしてないでしょうね?」
「いや198万円ね。
そんなのして無いし。抽選当たったんだし」
「当たった? ウソクサ」
「……」
姉がムッとする。
それを見ていた母は、ため息を一つ。
「まあアクタの事だから心配はしてないけど……。危ない事はしないようにね」
「はーい」
そう告げた母に対し、姉がまたも口を挟む。
「お母さんって昔からアクタに甘くない?
私にはあれこれ言ってくるのに」
「アクタは良いのよ。この子、運だけは恵まれてるから。
私が口を出すよりも野に放っておいた方が良い方向に行くのよ」
「……わかる気がする」
姉はスマホをいじりながら、苦笑する。
「小学校の頃さ、アクタが給食のおかわりじゃんけんに負けて泣いて帰ってきたよね、」
「あったわねぇ。
そのあと勝った子が食中毒で倒れちゃって、説明会がどうとか……」
「アクタって、負けてるはずなのに結果的に勝ってること多いよね」
などと、二人はずっと喋り続けている。
俺は適当に流しながら、左手でスマホを操作していた。
調べているのは――ためしの遺跡の攻略だ。
攻略サイト。
配信動画。
まとめブログ。
いろいろ漁ってみたが……
(最後の宝石と甲冑についての攻略だけ書いてない)
それもそうか。
まだサービスが始まって2ヶ月ほど。
需要の薄いダンジョンまとめは期待できなかった。
そんな中、一つの配信が目に留まった。
『上限レベルまで上げる配信。48日目です。
今日もよろしく……』
かなり正気が薄い。
そりゃあんなダンジョンに一月以上籠っていれば、ああもなるか。
彼のアバターは初期装備のまま。
俺よりも初心っぽい。
しかしレベルは73。
現在のレベル上限は75なので、後一歩と言ったところか。
彼は肩を落としながらダンジョンへと入って行った。
ただ、ダンジョンに入ってからの彼は、凄まじかった。
一目で分かった。
彼はこのダンジョンのプロであると。
トラップを躱す動きは最小限。
時に天井にへばり付き。
時に矢の上を駆ける。
同じ人間の動きとは思えなかった。
そして間瞬く間に、件の甲冑部屋へたどり着いた。
彼は沈黙のまま、宝石の元へと歩いていく。
宝石を手に取った彼は、甲冑の方を全く見ぬまま、ゴミでも放る様にして宝石を投げる。
それらは見事に甲冑の胸へとはめ込まれ、出口の扉が開いた。
「嘘だろ………っ!?」
俺は思わず声に出した。
ーー今ためしに行けば、この人に会える。
俺は飯をかき込み、自室に駆け上がった。
*****
俺はRFOへとログインする。
ためしの遺跡前の雑木林に出た。
モンスターのポップしにくいここに、アバターを放置しておいたのが正解だった。
入り口に人影がある。
正気のない顔と、くたびれた初期装備。
ーーあの人だ。
「あの、すみません!」
振り返った彼の目は淀んでいた。
「……なんだ?」
「あの、その……。
ためしの……。攻略……を……」
言葉が続かない。
えと、人と話すってどうすれば良いんだっけ?
コミュ力が……ッ! 緊張……ッ!
思考がまとまらない。言葉は要領を得ない。
呆れた様子で、彼が先に口を開く。
「……ゴースティング?」
ゴースティングとは、オンラインゲームに置いて
配信実況を通し、プレイヤーの位置を不正に知る違反行為である。
「いや、その、違ッ!
いや、あってはいるんですが、ちょっとご助力を」
「PKしに……来たわけでもなさそう……だ。
ボスのリポップまで……5分ある。
いいだろう……事情を教えてくれ」
彼は腰を下ろしながら続ける。
「君も……配信者だろう?
面白いのが……一番だ」
彼のプレイヤーネームの横にはカメラのマーカー。
配信をしている表示だ。
ちなみに、俺にもついている。
俺も向かいに腰を下ろし、アビリティの話をした。
テイムのこと、ドラゴンのこと。
「モブを従えるアビリティ……聞いた事がない。
それに加えてドラゴンにもテイムのマーカーが」
「まだ確定では無いんですが」
「ほう……。
モブを従えるアビリティ、という時点で聞いた事がない。
それに加えてドラゴンにもテイムのマーカーが……。」
「まだドラゴンがテイムできる事が、確定では無いんですが」
「いいや……面白い。
一つ気になったのだが……。
テイムされたドラゴンは……持ち主から離れると……思うかい?」
それは頭の隅に追いやっていた事だった。
別に他人に迷惑をかける事が怖い訳では無い。単に。
「いや……。どうでも良いから考えた事ありませんでした」
彼は少し間を置いて。
豪快に笑い出した。
「ダハハハハハハっ! いいな!
売れる配信者は死ぬほど喋りが上手いか、死ぬほどぶっ飛んでるかの二択だ!
君は完全に後者!」
「えぇ……」
力の抜けた様子はどこへやら。
「改めまして、俺はpsy10チャンネル登録者45万人の大物だ!
よろしく!」
「チリアクタです。配信もRFOも今日からです」
「それは行幸だ。では商談といこう」
「えっ」
「未成年相手に金は取らない。
代わりに3ヶ月、俺のクランに席を置きたまえ」
「……クランですか」
「何でそんな嫌そうな顔してる」
「最初の街から出た事がない人のクランって……」
「言っておくが、配信者の集まりだぞ」
「じゃあ入ります」
「現金なやつだな。まあいい。面白い」
クランのウィンドウが現れた。
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クラン名:仁義必果会
から加入申請が届きました。
▶︎加入する
拒否する
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「……皆さん堅気ですよね?」
「もちろんだ」
若干の不安を感じつつ、承認した。
「加入してくれたからには、契約を果たそう。
甲冑部屋まで自力でいけるんだったな?」
「はい。謎解きだけが分からなくて」
「ルーン文字の知識が無いと解けない。
俺のレベルが上限に届いたらまとめ動画を出す。ぜひ楽しみにしていて欲しい。
これで契約は果たした。失礼する」
「え……ウソでしょ」
「冗談だ」
「冗談ですか……」
なんだコイツ。
真顔でボケてくるから笑いどころが分からん。
それはさて置き、とサイトウは続ける。
「とりあえず着いてくるといい。謎は俺が解く。ボスも俺が倒す」
「それで良いんですか?」
「俺からすれば毎度通りにクリアできる方が楽だ。
それより、君は自分の価値を分かってるか?」
「……エクストラアビリティってそんなに貴重なんですか?」
「プレイ人口9000万のうち、エクストラアビリティ持ちは1000人もいない。
君は数字を呼べるコンテンツだ」
「はは、そうなんですね」
楽しくゲームができれば良い、という俺には少しピンとこない話だ。
「では行こう」
サイトウに従い、遺跡の中へ入っていった。
【視聴者:2】




