四節
トマリの街に踏み込んだ瞬間、思わず足が止まった。
石造りの家。石畳の道。馬車の車輪が石を叩く乾いた音。
それだけなら「中世っぽい街」で済む話だ。
だが、行き交う人々の中に、トカゲの頭を持つ男や猫耳の少女が普通に混ざっていた。馬車を引いているのも馬じゃなく、大きなトカゲ。鱗の光沢が昼の陽光を跳ね返して、妙にリアルな艶を放っている。
「異世界ファンタジー、始まったな……」
呟きと同時に、チュートリアルが更新された。
【街に着いたらニョルズの石碑でワープを解放しましょう】
ニョルズの石碑。セーブポイント兼ワープ装置で、始点も終点も石碑である必要がある。完全な瞬間移動じゃない分、使い所を選ぶ。
まぁそれでも便利は便利だ。人混みをかき分けながら、俺は街の中を進んだ。
途中、何人ものプレイヤーとすれ違った。NPCとの見分けは簡単だ。全員、ドラゴンを連れている。肩に乗せていたり、後ろをてくてく歩かせていたり、もはや完全にペットだ。鱗に覆われた小さな体が、日当たりの良い石畳の上でのそのそ動く様子は、正直かなり可愛い。
「いいなぁ……」
視線を向けるたびに羨ましさが胸ににじむ。だが俺のテイム枠にはゴブリンだ。あれをこの街で召喚したら、問答無用でプレイヤーにタコ殴りにされる自信がある。
そんな俺の考えを知ってか知らずか、コメントが流れる。
『ゴブリン出さんの?』
「出しません。絶対タコ殴りにされます」
『たしかに』
『街中PKは草』
そんな会話をしているうちに、街の中央が開けた。巨大な石柱が空に向かって立っていた。高さは三メートルほど。びっしりと刻まれたルーン文字が、淡く青白い光を帯びている。
近づくほどに、その光が空気ごと揺れているような感覚があって、思わずゆっくりと歩いてしまった。
手を触れる。ひんやりとした石の感触。それから光。
【トマリの石碑を記録しました】
チュートリアルが展開する。
【これでチュートリアルは終了です】
【ここからはあなたの物語】
【街で暮らすもよし】
【世界を旅するもよし】
【あなたの道に神々の祝福があらんことを】
「神ねえ……」
メッセージが消えると同時にログが流れた。
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【旅の祝福セットを獲得しました】
・はじまりの杖
・はじまりの短剣×2
・はじまりの槍
・はじまりの盾
・回復ポーション(小)×5
・魔料ポーション(小)×5
・5000G
・革鎧(手)(靴)(胸)各1
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「結構もらえるな」
宿代は三百Gほど。しばらく生活の心配はいらない。
それより、ここからは完全自由プレイだ。
「とりあえずレベル上げかな」
俺は街を出た。
*****
トマリの郊外は、街の喧騒が嘘みたいに静かだった。
草を踏む足音。遠くで鳥か、それとも何か別の生き物か、甲高い鳴き声が一声だけ響いて消える。
この辺りに出るモンスターは事前に調べてある。
俺は立ち止まって装備を整えた。
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キャラクターネーム:チリアクタ
LV:2
HP:25/25
MP:15/15
攻撃能力:6
防御能力:6+15
魔法能力:6
信仰能力:6
抵抗能力:6
速度能力:6
装備品
頭:なし
胴:革鎧
手:革鎧
靴:革鎧
武器:はじまりの剣
盾:はじまりの盾
アビリティ:テイムLV1
ジョブ:なし
スキル:なし
パッシブ:なし
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「とりあえずゴブリンだ」
草原を歩き始めて数分。目標を見つけた。
一匹のゴブリンが、草むらの中にしゃがみ込んでいるこちらに気付いている様子はない。
何してるんだ、と思いながら近づいて覗き込む。
ーー虫を、指で潰していた。
「……」
どこからツッコめばいいのか分からなくて、俺はとりあえず剣を抜いた。
「オラァ!」
「ウギャ!」
背後から斬りつけると、ゴブリンが地面に転がる。まだ息はある。頭上に変化が現れた。
【テイム可】
「よし、テイム!」
光に包まれて、ゴブリンが消えた。
「不意打ちならいける! いけるぞ!」
希望が見えた気がして、俺は次のターゲットを探し始めた。
*****
次のゴブリンを見つけたのも、また数分後だ。背後から距離を詰める。草を踏まないよう慎重に。足の置き場を選びながら、じりじりと間合いを縮める。
順調だった。そんな時。
カチャ。
剣の鞘が鳴った。
「アギャ?」
振り返ったゴブリンと、正面から目が合う。
数秒、沈黙。
「ウギャー!」
棍棒を拾い上げたゴブリンが、素早く距離を取る。両者、睨み合いの構え。
まあ、それならそれで良い。
「ちょうどいい。試したいことがある」
俺はゆっくりと手を伸ばした。
「サモン、ゴブリン×2」
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【戦場への再配置】
この魂を呼び戻しますか?
注意:配置された魂が失われた場合、館から消失します
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YES!
光と共に、ゴブリンの後ろに俺の手下が忍び寄る。
『うわ』
『挟み撃ちw』
リスナーが沸く。召喚位置はある程度自由が効くらしく、ゴブリンは相手の死角に降り立った。
棍棒が、気付く間もない速さで叩き込まれる。まともにくらった敵が、膝からがくりと折れる。
「隙、ありだぜ」
すかさず背中に剣を突き刺した。
「アギャ……」
力が抜けるように項垂れるゴブリン。その頭上が光る。
【テイム可】
凄く痛そうだ。早く楽にしてやろう。
「テイーーーム!」
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【対象を確認】
【存在を測定中】
── 支配可能域に到達 ──
《契約》を許可しますか?
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光の中へ、ゴブリンが消えていった。
「よっしゃ!」
隣に立っていたゴブリン二匹に向かって、俺は手を挙げた。
「いぇーい!」
「ウギャーイ!」
迷わず両手を上げて、ぺちんと合わせてきた。ノリが分かる奴らだ。
さっきまで命懸けで戦っていた相手に、こんなにすぐ馴染むのかという気もするが――まあ、ゲームだしな。
『ゴブリンとハイタッチする絵面ワロタ』
コメントが流れる中で、ふと疑問が頭をよぎった。
「館って、どうなってるんだ?」
試しに意識を向ける。視界が、ぐにゃりと歪んだ。
白い空間が、覗いた。
「なんだこれ」
ゴブリンと一緒に、顔だけを中へ入れてみる。
壁が見えない。どこまでも白が続いていて、広さの輪郭が掴めない。館という名前から想像する建物らしいものは、何もない。
ただ一つ。
白の中に、緑の小さな人影があった。
体育座りをしたゴブリンが、膝を抱えてそこにいる。
「お前らこの中にいるの?」
「ウギャ」
頷く。
「エサとかは?」
ゴブリンが何かを指さした。そちらへ視線を合わせると、ウィンドウが浮かび上がる。
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【魂の館】
・ゴブリン(休眠中)
位階:D / 忠誠:固定 / 再召喚:可能
現在保管数:3
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「基本は眠ってるから、餌も要らないってことか」
「ウギャ」
また頷く。ゲームのAIにここまで感心するとは思ってなかった。普通に会話が成立している。
感心していると、隣のゴブリン二匹が館の中へ静かに入っていった。
【ゴブリンLV1(休眠中)】×2
館に入った途端、休眠状態に移行するらしい。アビリティの仕様が、少しずつ見えてきた。
順調な滑り出しだ。
【視聴者:2】




