三節
最初のスライムを倒してから、数分。
森の中を歩き続けていると、影が揺れていた。水色の、ぷるぷると震える物体。
「お、二体目か」
剣を抜きながら、ふと思い出す。そうだ、テイムを試さないとな。
接近しながら剣を振るう。一撃、二撃、三撃。反撃はひらりと躱す。
ここまではいい。問題はここからでーー倒しきってはいけない。
HP十パーセント以下まで削り、テイムの発動条件を満たす必要がある。やり過ぎてはダメ。やらなさ過ぎはもっとダメ。……などと、それっぽいことを考えてはみたが。
俺が思いついた解決策はシンプルの極みだった。
しゃがみ込み、剣先を構える。
「ほい」
カンチョウ。
ぷるん、とスライムが揺れる。ダメージの反応。まだ倒し切ってはないないようだ。我ながら天才かもしれない。
「もう一発。ほい!」
その瞬間、視界の端に文字が灯った。
【テイム可】
来た。俺は即座に右手を突き出す。
「テイム、発動ッ!」
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【対象を確認】
【存在を測定中】
── 支配可能域に到達 ──
《契約》を許可しますか?
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えらく物々しい画面だ。とりあえず許可、と頭の中で唱える。
光がスライムを飲み込んで——消えた。
【スライムLV1がテイムされました】
【経験値3を獲得】
【ドロップアイテムなし】
「テイムできてんのか……?」
急いでステータスを開く。
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【アビリティ名:テイム】
観測者:■■■■■
支配可能階層:A
記録された存在数:1
スライムLV:1
警告:
失われた魂
戻る事あたわず
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〝記録された存在数〟が、確かに一になっている。
試しにスライムを召喚するイメージを思い浮かべると、すぐウィンドウが浮いた。
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【戦場への再配置】
この魂を呼び戻しますか?
注意:
配置された魂が失われた場合
館から消失します
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許可。
光が弾けて、さっきのスライムがぽんっと地面に落ちた。
「おぉ」
思わず声が漏れる。スライムは俺の声に反応するように、その場でぴょこんと跳ねた。さっきまでの敵意は、どこにもない。
ただ、小さな液体が、懸命に存在を主張している。
「俺の言葉、分かる?」
震える。肯定しているのか、それとも本能的なものなのか。どちらにせよ、思いのほか賢い。
「帰っていいよ」
声をかけると、スライムは光の粒になって霧散した。さて先へ、と踏み出したとき、視界の端に見慣れない通知が現れた。
『初見です』
「!?」
『モンスターをテイムするアビとか初めて見ました』
配信のコメントだ。いつの間にか視聴者がついていたらしい。慌ててカメラへ向き直る。
「初見さん、いらっしゃい!
自分も初めて見たアビリティなんで、実験しながら進んでいこうと思います!
これからもよろしく!」
誰かが見ている、それだけで背筋がしゃんとする感覚がある。不思議なものだ。
『ゴブリンとかテイムしようよ』
「それ、いいっすね」
『スライムのHPは20、ゴブリンは25。
強いから気をつけてね』
数字まで調べている視聴者に、素直に助かった、と思う。博識的で良識的な視聴者だ。配信主に似たんだろうな。
「マジすか。助かります!」
*****
街の輪郭が木々の向こうに見え始めた頃、草を踏む音とは違う足音が混じった。
「ウギャギャ!」
『ゴブリンでた』
始まりの街トマリを前にした最後の関門——ゴブリン。
一メートルに届かない体躯に緑色の肌、手には粗末な棍棒。見た目は矮小だが、その目つきがじっとりと粘ついていて、嫌悪感が背中をなぞる。
「よーし、スライム軍団、出てこい」
ウィンドウへ許可を出す。光とともに、スライムが三体飛び出した。
「いけ、スライム軍団!
倒しきらない程度に痛めつけろ!」
三体がゴブリンへ向かって転がり出す。ゴブリンが一瞬、きょとんとした表情を見せる。その隙に、スライムによるタコ殴りが始まった。
「ウギャウギャ!」
悲鳴が聞こえる。ははは、いい気味だ。
これは楽勝では、と思ったのも束の間。
ーーゴブリンが動いた。
そう感じた次の瞬間には、巧みなステップで攻撃をいなし、棍棒を振り回し始めた。スライムが一体、二体、三体と弾け飛ぶのに、三秒もかからなかった。
【スライム×3の魂が消失しました】
スライム弱。
『今度は主やられるで』
振り向いたゴブリンと、目が合った。
ーー怒っている。
当然の反応だ。アレは怒っていい。俺なら怒る。
「まって、ちょっとタンマ!」
ゲームの敵が聞くはずもない。棍棒が唸る音がして、腹に鈍い衝撃が走った。ゲームなのに、という思考が飛ぶ。HPが目に見えて削れていく。
近くで嗅ぐゴブリンの息は、湿った土と腐った草の中間みたいな臭いがした。端的に言うと臭い。ブレスケアを口に放り込んでやりたい。
「タンマタンマ!」
駄目だ、このままでは死ぬ。チュートリアルで死亡なんて、洒落にもならない。
腹を括って、体ごとゴブリンへぶつかる。
突然起き上がった俺の勢いを受け、ゴブリンは体勢を崩して尻餅をついた。
隙が出来た。
剣を抜いて、胸元へ深く突き立てる。
「アギャ!」
細かいポリゴンが散り、ゴブリンが藻掻く。
その瞬間、テイムのアイコンが灯った。
「テーイムッ!」
光がゴブリンを包み、引き込んでーー消えた。
【ゴブリンをテイムしました】
【経験値15を獲得】
【チリアクタのLVが2になりました】
【ドロップアイテム棍棒を獲得】
そのまま地面に座り込んだ。腰が抜けた、とも言う。
ゴブリン、普通に怖かった。スライムとは格が違うな、
コメント欄へ視線が向く。
『ドラゴンのステ補助なかったらゴブリンも強敵w』
笑っとる。
「サイシスPro Maximumリアル過ぎて怖いっすわ……」
『主フルダイブ初??』
『アレはリアル過ぎて現実とごっちゃになるから玄人向けやぞ』
「……まあ、楽しいんでいいんですよ」
息を整えながら立ち上がる。
木々の間から、街の石畳が見えた。
【視聴者:1】




