一節
陽の光が部屋を照らす。
冬の寒さは通り過ぎ、春の暖かな日差しで街は春色に染まりつつあった。
今は3月の末。
世の中は新しい門出と出会いに浮かれている。
俺の名前は葛原アクタ。
18歳。
本来なら大学入学とか、就職とか、そういう未来を控えている年頃だ。
しかし、引きこもりの俺にそんなイベントは無い。
部屋の窓から見える、晴れ渡った空。
それはまるで絵画の世界。
ガラスの額縁に飾られた、虚構だ。
「クソが……」
普段ならこんな事は考えない。
でもたまに、将来という重荷が俺を締め付ける事がある。
こんな気分になったのは、アレのせいだ。
未だ俺の胸を締め付けた一件のメール。
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件名:S.I.S.Y.S抽選につきまして
この度は弊社の家庭用ゲーム機、S.I.S.Y.Sの抽選販売にご応募いただき、誠にありがとうございました。
厳正なる抽選の結果、誠に残念ながら今回はご期待に沿えない結果となりました
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世界初のフルダイブ型VR機器。
S.I.S.Y.S.
先週、その抽選販売に俺は落選した。
ずっと引きこもっていると、する事がない。
だから悪い事ばかり思い出してしまうんだろう。
クソむかつく。
俺が世界で一番楽しみにしている人間なのにーー
そこで俺の思考は途切れた。
スマホに新しい通知が届いたからだ。
【件名:S.I.S.Y.S.再抽選につきまして】
ーーは?
件名を見て、考えるよりも早く指が動く。
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【ご当選おめでとうございます】
この度は弊社の抽選企画にご応募いただき、誠にありがとうございます。
厳選なる再抽選の結果我が神の選定により、ご当選されました事をお知らせいたします。
よって、最新ゲーム機S.I.S.Y.S. Pro Maximumを無料提供させていただきます。
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ーーおっと、流れが変わったようだ。
やっぱり、天気が良いと気持ちがいいな!
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S.I.S.Y.S Pro Maximum
それは夢にまで見た最新ゲーム機。その上位モデルである。
世界に二千台と無い超プレミアものだ。
通常価格198万円。
無料提供で良かった!
しかし、S.I.S.Y.S.の抽選会に、二次があるとは知らなかった。なんかグレードアップしてるし。
そもそも、無料で提供されるなんて話では無かったが……。
ーーまあ、こうして届いているのだから問題はない。
俺の自室を占拠している、巨大な機械へと目を向ける。
形状はベッド。
だが見た目は全くの別物。
ーーSF映画の医療装置を彷彿とさせる外観。
ーー頭部にはヘルメット型の枕。
ーー全体を覆う銀色のフレーム。
ーー所々で青い光が走る。
一言で言うなら“ゲーミングベッド”。
業者の方が七人がかりで運ぶのを見て、笑うしか無かった。
母は卒倒しかけていたが、まあ気にしてはいけない。
【警告:本機は描写がリアルなため、VR初心者の方は描写レベルを落としてご利用ください】
邪魔なラベルを引き剥がし、これで準備は万端。
「さあ、この時を待ちわびたぞ」
説明書を軽く流し読みし、そのまま装置に寝転がった。
頭部装置が自動で降りてくる。
ヘルメットが頭を包み込む。
準備は整った。
後は音声によって起動させるだけだ。
「コネクト、ソウル!!」
――その瞬間。
【特別ユーザーを確認】
小さな表示が、視界の隅で一瞬だけ点滅した。
「……ん?」
違和感が、背骨をなぞる。
だが、それを掴むよりも早く。
意識が、落ちた。
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暗闇。
そして、光。
視界いっぱいに広がるタイトルロゴ。
【Re:Fragment Online】
(リ・フラグメント オンライン)
通称RFO。
これが世界で最も注目されるタイトル。
そして、このS.I.S.Y.S.で遊ぶ事ができる唯一のゲームだ。
プレイした人は皆、口を揃えて言う。
【神が作った神ゲー】と。
抽選のメールと言い、神がチラついて引っ掛かりを覚えるがーー
浮かんで来た思考が、それを打ち消した。
「配信……やってみるか」
それは妙案であった。
あるいは天啓とも言う。
RFOの人気に乗じ、ゲーム配信をする人間はこれまでに無いほど増えたらしい。
中にはガッポリ儲けた人もいるとか。
ーー世はまさに、大配信者時代。
俺が有名になる可能性も大いにある。
そして、成功すれば親にもゲームをする言い訳が立つ。
次に仕事について聞かれたら、こう答えてやるのだ。
ーー仕事? ああ、俺ゲーム配信で食ってくから。
「割と良い思いつきでは……?」
ふふ、人生に希望が刺してきたな。
そうと決まれば準備である。
「AI補助機能、起動。
配信アカウントの作成と設定をやっといて。
アカウント名はチリアクタチャンネルで」
サイシスの操作補助AIが作動。
ーー瞬く間に配信の準備が整った。
「便利だね~」
20年くらい前から普及し始めたAI。
頼り過ぎて、自分の脳が腐るのを感じる。
視界の端に【LIVE……】の表示が現れた。
「どうも〜チリアクタチャンネルです〜。
今からRFOを配信したいと思いま〜す」
【視聴者:0】
視聴者0の表示に、思考が我に返る。
(誰も観てない。何してんだ俺は)
とにかく、配信は始められた。
今度こそゲームをスタートさせた。
【あなたの運命を見定めます】
【二つの運命から一つ】
【選びとってください】
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▶︎【戦いの種】 【作りの種】
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これはアビリティのガチャ。
ゲームで最重要となる能力を、ここで決めるのだ。
攻略動画でしっかり復習してきた俺に、抜かりは無い。
アビリティは大きく分けて2種類。
戦闘系特化か生産系特化だ。
選ぶのはもちろん、戦いの種だ。
【さあ、それを飲み込んで】
【あなたの運命が決まります】
言われるがまま飲み込む。
そして、ガチャの結果が表示された。
「さてさて、何が出ますかね」
普通はファイアドラゴンだとか、アクアドラゴンみたいに、モブと間違えそうなドラゴンが出る。
しかし極たまに、北欧神話を関するものが排出される。
ならば今。
サイシスの当選を呼び寄せた俺の運はーー
神の領域にある。
俺ならば、未だ観測されていない北欧神話の主神。
オーディンすら呼び寄せる、はず。
さあ、いでよ。
ニート故に無限の時間を持つ俺の元へ。
オーディーーーーーーーーン!!
【アビリティ名:■■■■■】
「……は?」
黒塗りのような文字列。
意味を成さない羅列。
直後。
画面が一瞬、明滅した。
【アビリティ名:テイム】
「…………は?」
おかしい。
絶対におかしい。
バグってたろ。
「ちょっと待て、やり直しだ!」
俺の言葉を無視するように、視界が一気に開けた。
世界がひっくり返る。
真っ青な空。
重力に引かれ、身体が落ちる。
「!?」
人生初のパラシュート無しダイビングが始まった。
空中に投げ出された、そんな事実よりも、俺の意識は別の物へと向かう。
ーー何なんだテイムって。
「ちょまってえええぇぇぇぇぇ!!!!」
奇妙な叫びを発しながら、俺は落ちていった。
思考が追いつかないまま、視界の端で地面がどんどん大きくなっていく。
緑。森。木々。岩。全部が高速で迫ってくる。
そう思った瞬間。
――すとん。
衝撃とは言えない、優しい反応。
「……助かった?」
【視聴者:1】




