十六節
海辺の洞窟へとたどり着いた。
真正面には海が広がり、穏やかな潮風が心地よく肌に当たる。
目前には、海に面した崖にぽっかりと空いた穴が一つ。これが海辺の洞窟である。どうやらこのダンジョンは、海食洞をモチーフとしたものらしい。
ちょうど陸地から死角になる位置だ。
普通にゲームをしていれば、見つかりにくいだろう。
「隠しダンジョンって感じですね」
「感じ、と言うか隠しダンジョンですよぉ。
攻略でもらえる物も、それなりに価値あるものですしぃ」
「何がもらえるんですか?」
「そ、れ、は。お楽しみですぅ〜!」
「お、オーケーです」
彼女の配信外の姿を知っていると、どうも対応に困ってしまう。そう考えつつ、ダンジョン入り口の石碑へと触れる。
【リスポーンポイントを更新しました】
ゲームの通知を確認しつつ、きりんへと呼びかける。
「そしたら、攻略を始めましょうか」
「頑張っていきましょー!!」
俺たち三人はダンジョンの中へ入って行く。中には外と同じく黒々とした岩場が広がっていた。
「ところでチリアクタさん。
このダンジョンの広さで、あの大きな鯨さんは出せるんですか?」
「確かに……。こんな狭い所で出した事無いので、分からないですね」
ダンジョン内の通路は横5m、高さ3m程。
ハーヴグーヴァの胴の太さだと、ギリギリ出て来れない可能性が高い。
「ちょっと試してみても良いですか?」
俺は一言だけ断りを入れつつ、ハーヴグーヴァの召喚を行う事にした。
「出てこい、ハーヴグーヴァ!」
ダンジョン内に、俺の掛け声だけが響く。鯨の代わりに、一つのメッセージが表示された。
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【戦場への再配置】
この空間はハーヴグーヴァの魂を展開するのに適していません。
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初めてのウインドウ。
「無理そうですか?」
「無理ですね。まあゴブリンナイトだけでも十分戦えますよ。
それに、中衛二人、後衛一人なら過剰戦力でしょう」
そう伝えたところ、彼女は眉を顰める。
「え、私達も戦うんですかぁ?」
「え?」
「LV39ならぁ、さくっと攻略しちゃってもらえると嬉しいんですけどぉ?」
「…………」
こめかみに青筋が浮かんだ気がした。だがしかし、俺も先日サイトウに同じ様な事をしてもらっていた事を思い出す。
ここは一つ、我慢する事にしよう。
そう考えて、ふつふつと沸き立つ怒りを抑え込む。
「すみません。
実は僕、アビリティのせいで制約が多くて基本的な戦闘力は弱い方なんですよ」
「えぇ、ウッソだぁ〜」
「まあとにかく、あいりんさんだけでも一緒に戦って貰えると嬉しいです」
「仕方ないですねぇ。あいりん、手伝ってあげて」
「承知しました」
一旦話はまとまり、一行は歩みを始めた。ダンジョン内の地図は、あいりんがマッピング済みとのこと。
道案内には事欠かなかった。
数分歩いたところ、前方にモンスターが現れた。
「ホホホホホホ」
その姿を一言で表すなら、人間サイズのヤドカリ。そう言えば分かりやすいだろう。
【ハーミットクラブLV22】
名前もヤドカリの英訳そのままである。
ゴブリンナイトを召喚し、攻撃を命じる。
「ゴブリン、その魔物のヘイトを買え!」
「ウーギャギャ!」
館より現れたゴブリンは縦に剣を打ちつけ、ヘイトタンカーを起動。
ヤドカリの視線はゴブリンに釘付けになった。
少しだけ後ろを向いてみる。
きりんはカメラに集中。
あいりんは攻撃の隙をうかがっている。
きりんは本当に戦闘をする気が無いらしい。
まあ、あいりんが居れば十分か。
「ホホホホホホッ!」
「ウギャー!」
鍔迫り合いになっていたゴブリンとヤドカリが、互いを吹き飛ばした。
しかしレベルの差によって、両者の力は歴然としている。
ゴブリンはその場に留まり、ヤドカリは後方に吹き飛んだ。
俺とあいりんは、その隙を見逃さない。
二人で距離を詰め、ヤドカリの目玉に刃を突き立てた。
「ホーホホホホホッ!」
どうやらそこは急所であったらしく、ヤドカリは光の粒になって霧散していった。
【ハーミットクラブを倒しました】
【経験値156を獲得】
【ドロップアイテム:なし】
パーティーでの初戦闘にしては、よく動けていただろう。
あいりんは戦力として申し分ない。あいりんは、な。
そう分析する俺を、じっと見つめてくる人物が一人。
瞬き一つもしないその視線は、捲し立てる様な言葉よりも威圧感があった。
俺は堪らず声をかける。
「えっと、何か?」
視線の主、あいりんは俺が問いかけてくるのを待っていたかのように、応えた。
「チリアクタ様はスキルをお使いにならないのですか?」
痛いところをつかれた。聞かない方が良かったかーー
そう思いつつも、俺は苦笑いを浮かべながら返す。
「ははは、実はまだ印の使い方に慣れていなくて……」
「そうなのですね。
忍者のジョブを取得したプレイヤーの七割が、印スキルの扱い方が分からず、ジョブツリーをコンプリートする前に転職するそうです」
「まあそうでしょね。マジで難しいので」
「印を覚えられないプレイヤーの解決策として、冒険者ギルドでのジョブコンバートを推奨します」
「まあ、それもあり……ですかね」
アドバイスを告げた後、あいりんは先頭を歩き出した。
さすがAI、コチラの意図など見透かしている様だ。
ただ、俺とてこのスキルを練習しなかった訳では無い。
それは昨日の事。
*****
きりんと配信の約束を取り付けた後、俺はハアイの街の外にいた。忍者へのクラスアップによって獲得した印スキルの練習を行うためだ。
目の前に印のスキルウィンドウを表示させ、説明文を読み始める。
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スキル:印LV2
忍者系ジョブの固有スキル。
忍の真髄にして極意。
气を集め、練る事で自身の身体を作り変え、様々な効果を得る。忍者系ジョブは身体の構造が他の人間とは異なるため、他ジョブで獲得されたスキルは強制的に印へと変換される。
巻物ウィンドウに特定の文字を記す事で、忍法を発動する。
発動する忍法によって消費MPが変化する。
発動に失敗するとデメリットが発生する。
印スキル起動時、「入力時間の遅延」「規定外文字の使用」「存在しない文字の組み合わせを記す」
いずれかの項目に該当した場合、発動者は5秒間のフリーズと、何らかのデバフが付与される。
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「説明ナッガ……。」
文字を読む事を拒否した脳が、感想をそのままアウトプットした。ただ配信で決まった以上、このスキルに全く触れる事なくジョブを変更する事は許されないだろう。
気持ちを切り替える。とにかく、一つでも印を発動してみる事が必要だ。
「とりあえず練習だな。スキル印を発動!」
俺の指示を受けたシステムが、印スキルを呼び起こす。
視界の真ん中に、通常とは異なるウィンドウか出現した。
【視聴者:30】




