十四節
日光は両脇の建物に遮られ。
ぼんやりとシルエットだけが認識できた。
距離を縮めていくにつれ、
ーーその姿が明らかになる。
ツバの広い帽子に、焦茶のローブ。
手には、身の丈程の大きな杖。
肩には、アクアドラゴンが留まっている。
恰好から、魔法職である事は間違いない。
彼女の足元へ視線を向ける。
別に、ヒラヒラと舞っているスカートの中身に興味があるのでは無い。
何をしているか知りたいだけだ。
彼女の足元には、露出の多い服を着た少女。
こちらは、シーフなのだろう。
シーフは機動力を求められるため、軽装になる事が多い。
しかしながら……。
ーー女の子が、女の子を蹴っている。
二人の姿を視界に収めると、そうとしか形容出来ない光景が広がっていた。
「え?」
思わず、口から声が漏れた。
とんでも無いところに出会してしまった。
絶対見ちゃいけないところだった。
魔法職の女の子と目が合う。
「あ、オトリコミチュウ、シツレイ」
俺は片言になりながら、その場を後にした。
めでたし、めでたし。
もう関わらないでください。
しかし。
「待ちなさい!!」
怒号にも似た声が、呼び止める。
人に怒られる事に慣れていない俺は、その場で固まってしまって動けない。
硬直する俺へ、彼女は近付いてきた。
「アンタ、今すぐ配信止めなさい!」
「え、あ……」
「早く!!」
「ワカリマシタ!」
俺は言われるがまま、配信の操作ウインドウを表示さる。
視界からLIVEの文字が消えた。
「配信者……? それとも揺さぶり目的?」
「えと、その……。あの……。」
「何? 何でカメラアイコン付いてたの?
何でって聞いてるでしょ?」
怖い。この人怖い。
外見は俺と変わらないか、それ以下の年齢だろうにこの貫禄。
やっぱり女の人怖い。
あ、でも外見なんて、キャラクリでどうにでもなるか。
いやそんな事はどうでも良い。
怒られて頭が回らない。
俺の思考は要領を得ない。
口が聞けない俺と、怒髪天の彼女。
そんな二人を見かねたのか、
シーフの女の子が、声をかけてきた。
「オーナー、一旦近くの喫茶店にでも移動しましょう」
先ほどまで蹴られていたとは思えないほど、冷静な声だった。
ただ俺の窮地を救ってくれたのは、紛いも無い事実。
感謝の意を込めて、彼女へと視線を向ける。
「!?!?」
その瞬間、俺の中を電流が駆け抜けた。
硬直する俺を他所に、話は進む。
「チッ。まあそうね。移動しましょう。
着いてきなさい」
大きな帽子を被った彼女は、短く切り捨て、歩き出す。
その後を追う様に、軽装の女の子も歩き出す。
「あ、着いていきます……」
俺はそのまま、二人の後ろに着いて行った。
喫茶店まで、徒歩で15分程の距離。
その間、俺の視線はただ一点だけを見つめ続けていた。
それは俺を救ってくれた、女の子の肩。
正確には、その肩に乗っているモノへと。
「シャドウドラゴンんんんんんん」
二人に聞かれない程度の声で、俺は興奮を露わにした。
*****
喫茶店に着くと、四つの席がある小さなテーブルへと案内された。
魔女っ子が奥の席へと座り、俺はその向かいへ。
シャドウドラゴンは……。
違う違う。
シャドウドラゴンを肩に乗せた女の子は、
何故か突っ立ったままだ。
不思議に思いながらも、俺は用意されたホットミルクを口にする。
白い液体が口内を通り、喉を流れていく。
それは意外にも、きちんとミルクの味のする飲み物だった。
俺は少しだけ驚きつつ、温かな味に少しだけ緊張を和らげた。
「で、アンタは何が目的?」
開口一番。
魔女っ子は威圧的に、短く、俺の動向を探る。
「いえ、……目的と言うか、配信しながら街を歩き回ってて……。
それで、変なところに人がいたから……」
「否定はしないわ。
人目が無いところを選んでたから。
配信者って言うのは分かった。とりあえず、さっきのアーカイブは消して。以上」
「分かりました」
「お金とか要求しないの……?」
「なんでお金が絡んでくるんですか?」
「え………」
「え?」
「…………」
俺の応えが思ったもので無かったのか、彼女は少しの間沈黙を作る。
俺、またなんかやっちゃいました……?
とにかくミルクをすする。
今はコレでしか緊張を和らげられない。
彼女は、はあと大きくため息を吐いた後、続ける。
「あっそう。見たところ駆け出しって感じよね。チャンネルの登録者は何人?」
「えと……」
そう言われると、今何人なんだろう。
一人でも居てくれたらいいな。
そう期待しつつ、手元のウインドウを操作して登録者を確認した。
「ご、5人です……!」
想像の5倍。ちょっとだけ嬉しかった。
「なんでちょっと嬉しそうなのよ。
配信は何日目?」
「2日目です」
「あー、なるほど」
彼女は色々と納得したようで、更に続ける。
「今度似たような真似をしたら許さないわよ」
「はい、気を付けます」
要するに、彼女は俺の事を勘違いしていたようだ。
暴力行為の録画を出汁に、金銭などを要求するのでは無いか、と。
俺はそんな面倒事には首を突っ込みたく無いし、怒られるのも嫌だ。
俺に害意が無いと分かると、彼女は露骨に緊張を解き始めた。
「全く困るのよねー。
この人気にあやかろうとする素人が乱立していくの。
視聴者の絶対数は決まってるんだから、レッドオーシャンに参入して来ないで欲しいわ。
特に秀でるモノも無い癖に」
まあ確かに、人気にあやかろうとしているクチです。
しかし、彼女の言葉には少し苛立ちを覚える。
なんて傲慢な。
俺は少しだけ反抗してみる。
「あの……。実は俺エクストラアビリティ持ってて……」
そう呟くと、彼女は大きく身を乗り出した。
「エ、エクストラアビリティ!?」
目を大きく開き、こちらを凝視する。
思ったよりも良い感触。
正直、ここまで思い通りの反応をしてくれるとは、考えていなかった。
驚きと、ほんの少しの歓喜を滲ませる、彼女の顔を見ていると、とある作戦が浮かんできた。
策を頭で巡らせてみる。
(ナイスアイデアじゃないか)
そうとなれば、この力関係を利用しない手は無い。
俺は内心を押し殺しつつ、続ける。
「良ければ俺の配信見せましょうか?」
俺はサイシスのウインドウを操作し、スライムやゴブリンをテイムするアーカイブを彼女へ見せた。
それを見た彼女は、ハトが豆鉄砲をくらったばりの表情でウインドウを凝視し続けた。
「信じてもらえました?」
「えぇ、……分かったわ」
すると、彼女は顎に手を当てて考えた後。
「私とパーティーを組まない?」
そう提案してきた。
だろうな。計算通りである。
サイトウと一緒に、ためしマラソンを行った時。
配信業界における、エクストラアビリティの注目度について聞かされていた。
現在、動画投稿サイトをはじめたとした配信媒体では、エクストラアビリティを持った人間が、急激に勢力を伸ばしているのだと言う。
だから、配信者にエクストラアビリティを匂わせればこの通り。
「えぇ、もちろん。俺はソロなのでむしろ助かりますよ。
ところで、配信に詳しいみたいですけど、貴方は……?」
そう問うた俺に対して、彼女は少しだけ眉をピクつかせる。
「私はきりん。天届きりん。
登録者20万人のバーチャルライバーよ。
アンタ、本気で知らずに話しかけてきたのね」
天届きりん。
聞いた事が有る様な、無い様な。
たぶん有るよりではある。
彼女の反応的に、かなり自尊心が高いタイプと見える。
ここは大袈裟に驚いて見せ、機嫌をとっておこう。
そう決めた俺は、目を見開いて少しだけ口を開く。
「え、あの天届きりんさん……!?
き、き、気付かずにすみませんでした!」
俺は額を机にぶつけんばかりの勢いで、頭を下げた。
数秒経ってから彼女の顔を覗くと、少しだけ口角が上がっていた。
「まあ良いわ。私に協力してくれるなら許してあげるわ。
アンタもコラボって形で配信して良いから、しっかり働きなさいよ」
「うわぁ……。ありがとうございます!」
話はある程度まとまってきた。
先ほどから突っ立ったままの女の子について、質問する事にした。
「ところで、コチラの方は……?」
すると、きりんは明らかに苛立った表情を作りながら返す。
「私のサブアバターよ。AIに操作させてんの」
AIにサブアカウントを操作させる。
その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かんだのは、マクロと言われるアプリケーションだ。
一昔前まで、これらはオンラインゲーム側から規約違反とされ、見つかった場合はBANの対象であった。
その事が思い浮かぶ。
「それって規約違反じゃ無いんですか?」
俺の問いに対して、きりんはまたため息を吐きながら返してくる。
「RFOは生産系アビリティがあるでしょ。
アレとか、ソロプレイヤー向けの救済措置として、一つのアカウントにつき二つまでアバターを作れんの。
それで、サブアバターはAIに操作させてもokって事になってんのよ。
本当、アンタ何も知らないわね」
「はえー。きりんさん物知りですね」
「言っとくけど、私はゲームで飯食ってる身だからね?
ちなみにコレは、天届あいりんって名前をリスナーが付けてる。
もしも配信中にコレを呼ぶならそう呼んで」
ゲームで云々、と言うのは何処かで聞いたセリフだ。
ただ、あの子がAIと言う事は分かった。
……それって、蹴ったり立たせたりする理由になるのか?
んー、分からん。
俺はガキだ。その自覚がある。
社会的な価値観、と言うものを知らない。
ともかく、これでシャドウドラゴンまでの道筋は立った。
「分かりました。
とりあえず、よろしくお願いします」
「コチラこそ」
俺ときりんは握手を交わした。
【視聴者:24】
*****
配信業を始め、苦節8年。
天届きりんは数字の伸び悩みを感じていた。
登録者20万人。
決して低い数字では無い。
むしろ、自分は上位10%に食い込むほどに稀有な存在であると認識していた。
バーチャルライバー、一本で生計を立てられている現状を鑑みれば、それは至極当然の思考である。
だがしかし。
言われも無い劣等感は、彼女を蝕んで離さなかった。
特に最近、RFOというゲームを通して新人が成り上がる様子を、嫌と言うほどに見せつけられて来た。
自分の数分の一という努力で、自分よりも多くの成果を得る人間がいる。
その事実が彼女を苦しめていた。
しかもRFOにおいて注目度を得ているのは、エクストラアビリティという運の要素が大きく絡むコンテンツによるものであった。
自分にはチャンネルを掴む事すらできなかったのだ。
ーーしかし、光明は現れた。
チリアクタチャンネルとか言うふざけた名前の配信者。
聞けば、昨日から配信を始めたばかりだと言う。
しかしながら、彼の持っている能力は本物であった。
今までに類を見ない特殊なアビリティ。
今まで見て来たモノとは全くの別物。
異質とも言える存在。
その事実は彼女を高揚させた。
今まで自分を蝕んで来た、言われも無い劣等感を。
その象徴とも言える存在を。
今度は自分が食い物にする。
彼女はそう心に誓った。




