十二節
ワーウルフへと近づいて行く。
すると、狼男は鼻をひくつかせながら、こちらを視界に捉えた。
「おい、デカ狼。
新戦術の実験台にしてやるから、感謝しろ」
「グルルルゥ……」
低く唸りながら、こちらを睨みつける。怒っている。何となくそう感じた。
ーー言葉が通じてる?
まあゴブリンですら言葉を理解している。エリアボスなら十分あり得るか。
俺と狼は、横へ横へと円を描きながら歩き続ける。
剣の達人同士が向かい合うように、静寂が俺たちを包み込む。
先に動いたのは俺だった。
「くらえ新技、ゴブリンカタパルト!」
叫ぶのと同時に、狼男の側面が発光する。次の瞬間。
「ウギャギャギャギャ!!」
ーー光の穴から、鋼の弾丸が射出された。
否、それは弾丸では無くゴブリンナイト。
射出されたその刃がワーウルフの頬を掠める。
そして激突音を響かせ、大地に突き刺さった。
「ありゃ、狙いがズレたな」
……外れてしまったようだ。
ただ大きなクレーターが出来ている。
威力は申し分無いな。よし。
一応補足すると、コレは館内の生物を高速移動させ、そのまま射出。ゴブリンを弾丸として打ち出す新技である。
いい発想だと思ったんだが……狙いが難しいな。まあ、切り替えは大事だ。
「次だ! ゴブリンナイト、ヘイトタンカー!」
ゴブリンナイトがゆっくりと立ち上がる。ひょろひょろとした動きだ。
【ゴブリンナイトがヘイトタンカーを発動しました】
目を丸くしていたワーウルフ。
しかし、ヘイトタンカーによって視線を奪われる。
鋭い爪がゴブリンナイトの首を跳ね飛ばさんと、加速する。
「グルワァァアアア!!」
「ウギィィヤヤヤヤ!!」
盾が爪を受け止める。
衝撃波が空間を駆け抜けた。
これまでのモブでは感じられなかった圧倒的な威圧感。サイシスによって現実レベルにまで引き上げられた光景が巡る。
怖い。めっちゃ怖い。
ほんと、前線を任せられる奴がいて良かったよ。
俺は心の中でゴブリンに感謝しつつ、ワーウルフの脇腹目掛けてダガーを振り抜く。
【不意の一撃】【特殊攻撃・毒】
二つのスキルを同時に叩き込んだ。ワーウルフが苦悶の表情を浮かべて後退する。
「不意の一撃は1.2倍の威力上昇に加え、
特殊攻撃の成功率を1.4倍にする。毒も入ったでしょ」
俺の読み通り、ワーウルフの個体名の横に毒の表示が追加された。
しかしワーウルフもやられるだけでは無い。
攻撃を受けたことでヘイトが切り替わる。
殺意の混じった双眸が、今度は俺を捉えた。
こっわ! モンスターの前に立つの怖い!
俺は迷う事無く反転。気配遮断を発動させながら走り出す。
しかしヘイトはすぐには切れない。ワーウルフが口を開くが。
「ウギャ!!!」
誉高き騎士は、主人へ牙を向ける事を許さない。
たとえそれが、自分を弾丸として打ち出した人でなしであっても。
ガキン!
固いもの同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。
またしても盾がワーウルフの牙を防ぐ。
「優秀! 絶対解雇しない! ずっと使ってやる!」
それがゴブリンにとって良い事かは知らない。
が、とりあえず永久雇用の名誉をやろう。
俺はアイテムポーチからファーストウィップを呼び出す。
「アイヤッ!」
【鞭操術】
10秒間鞭を自在に操るスキル。鞭は生き物の様に動き始め、ワーウルフの左腕へと巻き付いた。もがく隙を逃さず追撃を加える。
【特殊攻撃・麻痺】
麻痺は毒と比べて発生率が圧倒的に低い。
しかし幸運は俺を選び続ける。
ワーウルフが体を痙攣させ始めた。
【ワーウルフLV16】(麻痺・毒)
思わず笑みが溢れる。麻痺の発生率は2割程度だが、まあ確定みたいなもんでしょ。
俺は痙攣し続けるワーウルフを切り刻む。
刻んで。
刻んで。
刻んで。
10回に届く前に、ワーウルフはポリゴンの塊となって弾けた。
【ワーウルフLV16を倒しました】
【経験値560を獲得】
【ドロップアイテム:狼男の爪、狼男の牙×2】
程よい緊張感があって楽しかったな。
ふとゴブリンへ視線を移す。
「ウ、ウギャ……」
息も絶え絶え、辛うじて立っている感じだ。
「あ、なんかごめんね」
流石に可哀想になってきた。ゴブリンを館にしまう。
館内にいる間は消費型ステータスが回復する。
休ませれば問題ないだろう。
俺の足はハアイへと向かった。街の入り口には門があり、装備を着て槍を携えたNPCが門番をしている。
ただ、その門番に不可解な点があった。
「おい、お前!
通行許可証か身分証を提示しないと中には入れないぞ!」
「…………」
「なんだ、まさか無くしたのか?」
「…………」
「聞いてるか?」
「あ、すみません。今出しますので」
そう答えつつ、ステータス画面を操作。
このゲームでは、ギルドカードが身分証の役割を果たす。
「あぁ、冒険者か。
お前、大きな街は初めてか?」
「えぇ……」
「ハアイ位の街になると身分証が無いと入れんからな。
無くすんじゃないぞ」
門番は俺を見送る。
俺は驚きを隠しきれないままに、その場を後にした。
改めて、門番の方へと向き直す。
その頭上には、NPCを含めたモブに発生するアイコン。それと……。
俺はしばらく驚愕の眼差しを外せなかった。
【視聴者:11】
*****
ハアイの街、ニョルズの石碑にて。
一人のプレイヤーが、その場にへたり込んでいた。
「えーん、またやっちゃったよぉ」
わざとらしく、されど愛嬌のある声で、女は感情を吐露する。
ツバの大きな帽子に意味深な大杖、くるぶしまで届くローブ。魔法を武器とするキャラメイクと主張していた。
しかしローブの中は、リボンやフリルで彩られた服。
見方によっては、お姫様とも形容できる出立ち。
スカートの丈は必要以上に短かった。
それは彼女の趣味というより、リスナーのための装飾だ。
頭上のプレイヤーネームの横にはカメラのアイコン。
ーー彼女はゲーム配信者であった。
「難しいよぉ。私センス無いのかなぁ……」
リスナーからコメントが届く。
『きりんちゃん頑張れ!』『諦めないで』『応援してるよぉ』
信仰にも似た妄信の域にある声援。
その中で、演出の異なる一つが流れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【ズンズンさんからスーパーチャットが届きました】
10,000JPY
『きりんちゃん、コレ装備代にして』
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目の色を変えた女が、カメラへ満面の笑みを向ける。
「きりんりんりん♩ スーパーチャットありがとう! ズンズンさんのお陰で元気出たよぉ」
立ち上がり、服を払う。
「今日はコレで終わりますぅ。
次も【海辺の洞窟】攻略に向けて頑張るので応援よろしくぅ!
次も観てねぇ〜ん!」
カメラの表示が消える。同時に、笑顔の仮面も外れ落ちた。
真横へ視線を向ける。そこにはもう一人の少女がいた。
ーー表情は無い。
顔の作りは女配信者と瓜二つ。
しかしその無表情さから、二人が全くの別人と推し量れた。
軽装の防具と刃の短い獲物。
レンジャー系統のジョブだ。
ただ、肌の露出面積が圧倒的に広い服装だった。
きりんは無言のまま連れの手を引く。真っ直ぐに街の裏路地へ向かった。
人目の無い場所。そこで黒髪を揺らし、周囲を確認してから口を開く。
「ねえ、此処に来てから何日目?」
声には、明らかな怒りが滲んでいた。
自分のアバターとは“双子の姉妹”という設定で作った顔に向けて、続ける。
「マジで使えないんだけど。
あんた立ち回り下手過ぎない?」
軽装の少女は問いを認識。
自身の機能を元に、答えを演算、出力した。
「オーナー、きりん。まずは謝罪を行います。
申し訳ありません。私の立ち回りについては………」
「アンタの長ったらしい説明はもう要らないっての!
私は後衛、アンタは前衛!
その仕事をしろって言ってんの!」
「端的に述べられず申し訳ありません。
ただ私のジョブはシーフであり、役割は中衛に……」
バチン。
乾いた音が響き、きりんの平手打ちがその頬を叩いた。
「クソうぜえ! 黙って盾になってりゃいいだろ!」
「しかし【シャドウドラゴン】のアビリティを持つ私の最適解は……」
バチン!
今度は体勢を崩すほどの衝撃だった。
パーティーを組む二人の間ではダメージが発生しない。非戦闘地域での暴力行為にもならない。誰も止めないし、そもそも見ていない。
きりんは感情の爆発を抑えられなかった。
倒れ込んだ少女の腹を蹴る。
二度、三度、四度。
それは止まる事無く続く。
「お前が! 何のアビリティとか! ジョブだとか! 言い訳するから! 木偶の坊は黙って言う事を聞け!」
それとは対照的に、少女は何も言わない。抵抗もしない。
今オーナーが求めているのは、問いへの解では無いと理解したからだ。
蹴られようと罵倒されようと、自分は主人が求める回答を返し続ける存在で無くてはならない。
そうで無ければ、自分が存在する意味はない。
AIの少女は、地に臥しながらも、主人の欲求を満たし続けた。




