第4章(後編) 揺れる職場 ― 消された声と浮かび上がる影 ―
アストリア内で“美乃への疑い”が
想像以上の早さで広まっていったのは、
その日の午後のことだった。
◇◇◇
■ 美乃、一時的に“自宅待機”
「課長には……しばらく自宅待機をお願いしたい」
統括部長・長岡の硬い声が
会議室に重く落ちる。
柊は眉を寄せて言葉を選んだ。
「長岡部長。美乃さんは──」
「わかっている。
彼女がそんなことをするはずがない。
だが、表沙汰になればもっと大ごとになる。
いまは……この対応を取るしかない」
長岡も苦しんでいた。
環は、その声を聞いて胸がきゅっと締めつけられた。
凪は静かにうなずく。
「……僕らが証明します。
美乃さんがやっていないことを」
◇◇◇
■ 調査拠点の準備
アークシステムズの3人は
アストリアの会議室ひとつを
“臨時調査室”として借り受けた。
持ち込んだノートPC、サーバログ解析ツール、
凪の“特殊なソフトウェア”が机の上に並ぶ。
「環、悪いけどカフェテリアでコーヒー買ってきてくれ。
長丁場になりそうだ」
「はい!」
環は簪を整え、トコトコと廊下へ出た。
◇◇◇
■ カフェテリア ― 噂と本音
エレベーターを降りてカフェテリアに入ると、
ざわ…ざわ…と落ち着かない空気が漂っていた。
「課長、マジでやったのかな……」
「いや〜あれは黒だろ……」
「管理職としてありえなくない?」
胸の奥がズキッと痛む。
環は、その声から距離を置こうと
カウンターに向かいかけたとき──
「美乃さんがそんなことするわけないでしょ!」
ピシッという鋭い声が聞こえ、振り向いた。
深見菜摘、
若月湊、
片倉陸人──
新システムプロジェクトメンバーの3人が立っていた。
菜摘が険しい顔のまま言う。
「美乃課長の仕事、見たことないの?
細かいミスも絶対しない人なのよ?」
湊も眉を吊り上げる。
「まじで納得できない。
課長ほど真っすぐな人いないって」
陸人は腕を組み、低く言う。
「必ず裏がある。
美乃さんじゃない……絶対に」
環は思わず、3人に近づいた。
「す、すみません……!
少しお話、聞かせてもらってもいいですか?」
3人は驚いたように環を見る。
「あなた……アークシステムズの?」
「はい。如月環といいます。
美乃さんが……大切な人なんです」
その言葉に、菜摘の表情がゆるむ。
「そっか……。
あの人、ほんとに誰からも慕われてるんだな……」
環は小さく頷いた。
すると湊が声を潜めた。
「……ひとつ、気になることがあるんです」
環の探偵モードがオンになる。
「気になること……ですか?」
湊が続ける。
「末松学……あいつ、最近やたら夜遅くまで残っていて……
徳山部長に呼び出されて、サーバー室に行ってるの、何度か見たんです」
菜摘が言う。
「たぶん、なにか“消した”か、なにか“書き換えた”か……
そんな空気でした」
陸人も頷く。
「課長のIDを使える立場……末松しか考えられない」
環はすぐに手帳を取り出し、
落ち着いた声で言った。
「もっと詳しく教えていただけますか?」
◇◇◇
■ 環、情報を携えて戻る
コーヒーの紙袋とメモがいっぱいの手帳を持って
環は会議室に戻った。
ドアを開けると、凪がすぐに顔を上げる。
「環さん、おかえり……ってその顔……
なにか掴みましたね?」
柊も環の手帳に目を向ける。
環は大きく頷いた。
「はい。美乃さんのことを信じている社員がたくさんいて……
その中に深見さんたちがいて、話を聞きました」
柊が少し微笑む。
「環、ありがとう。話してくれ」
環は深呼吸してから言った。
「……末松さんです。
末松さんだけ、徳山さんに呼ばれて
サーバー室に何度も行っていたみたいです。
夜遅くまで残っていたのも、何度も」
凪が眉を上げる。
「……やっぱりか」
柊の声が低くなる。
「環、よく聞いてきてくれた。
それ、重要な情報だ」
環は胸に手を当てて言う。
「美乃さんのこと……守りたいんです。
だから……」
凪が笑い、柊が頷く。
「環さん、僕らだけじゃ届かないところを
ちゃんと拾ってきてくれましたね」
「ほんとにな。
これで……道が開けるかもしれない」
そして──
3人の調査は
“犯人の影”をじわじわと浮かび上がらせ始めた。




