第9章 最初の矛盾
■ 翌朝、アストリア
アークシステムズの3人は、朝一番でアストリア本社に入った。
受付フロアの空気は昨日より重い。
社員たちがひそひそと話す声が耳に入ってくる。
_「美乃課長、やっぱりやったのかな……」
_「いや、あの人がそんな……でも記録が……」
環は胸がきゅっとして、
自然と柊の袖をつまんでいた。
「大丈夫だ。環」
柊は小声で言い、そっと手を握り返した。
「僕がぜんぶ見ますから」
凪も柔らかい笑顔で続ける。
3人は会議室へ向かい、鍵を閉めて機材を立ち上げた。
「さて……動き出しますか」
凪がメガネを押し上げ、凪の領域に入り始める。
◇◇◇
■ 凪の違和感
凪はサーバーログを並べながら、
ひとつ、気になる点に眉を寄せた。
「柊先輩。これ、見てください」
「……なんだ?」
「美乃さんが“改ざんした”とされる日時のログ、
やっぱり“手を加えた痕跡”があります
でもね、これ……“雑”すぎるんです」
環が首をかしげる。
「雑って……どういう意味ですか?」
「本当にやる人なら、こんな初歩的なミスしません。
タイムスタンプのズレ、IPの不自然な飛び方。
……おまけに書式が古い。
“偽装ログ”の可能性が高いです」
柊がゆっくりうなずいた。
「つまり……誰かが美乃さんに罪を着せるために
“ログを捏造した”ってことか」
「その線、濃厚ですね」
凪の表情は普段の可愛らしさを完全に消し、
鋭い分析官の目になっていた。
◇◇◇
■ 環の観察力が一歩進める
その時、環がぽつりとつぶやく。
「……あれ?
昨日、深見さんたちが言っていました……
末松さん、サーバー室から出てくるのを
何度も見たって……」
凪がはっと顔を上げた。
「環さん、それメモあります?」
「あ、はい……とりました」
環が手帳を開くと、
凪は食い入るように見て頷く。
「この話、ログの不自然さと合うかもしれない……
末松さん、“権限は低いのにサーバー室に出入りしてる”。
変ですよね?」
「……確かに」
柊が腕を組む。
「末松本人が直接手を加えたか、
あるいは上からの指示を受けて……」
環が息を飲んだ。
「徳山部長……ですか?」
「……可能性は高いな。
末松ひとりでやる動機がない」
柊の声は低く、怒りを抑えているようでもあった。
◇◇◇
■ 最初の突破口
凪がキーボードを打ち続ける。
「よし……
“サーバー室の入退室ログ”と
“改ざんされたとされるデータのタイミング”を
重ねてみます」
画面に、いくつもの線が重なり、1つの点で一致した。
――末松学。
「……決まりましたね」
凪が静かに言った。
「美乃さんが“改ざんした”とされる時間、
サーバー室にいたのは末松さんだけです」
環が息を呑む。
「……じゃあ、美乃さんは……」
「無実がほぼ確定です」
凪がやさしく微笑んだ。
柊は深くうなずく。
「これで動ける。
美乃さんに濡れ衣を着せていた“最初の矛盾”が見えた」
◇◇◇
■ 誰かが見ている
その時――
会議室の前で、足音が止まった。
3人が一瞬黙り、
柊がそっと鍵を確認する。
足音はしばらくそこに留まり、
やがて静かに遠ざかっていった。
「……見られているな」
柊が低く言う。
凪も険しい顔になってつぶやく。
「末松さんだけじゃない。
“黒幕”が動き出してますね……」
環は背筋がひやりとしたが、
隣にいる柊と凪の存在が
そっとその不安を包み込んでくれた。




