第9話 保護を必要とする少女の雇用
人材の価値は、誰が使うかで決まります。
粗雑な雇い主の下では「のろま」と呼ばれた彼女も、俺のシステム下では「精密機械」へ変わります。
「労働力を探す。……本気なの? レン」
ギルドへの道中、シルフィが呆れたように言った。
「かつての仲間を追い返しておいて、新人を雇うなんて」
「彼らは負債ですが、適切な新人は資産になり得ます。俺が求めているのは、指示を正確に遂行する『手足』です。意思決定を行う『頭脳』は俺一人で十分ですから」
俺は淡々と答え、ギルド併設の酒場が面する広場へと差し掛かった。
昼時を過ぎ、客足も落ち着いた時間帯。
店先のテラス席から、不快な怒号が響いていた。
「また皿を割ったのか! この役立たずが!」
「……う、ごめんなさい……」
恰幅の良い酒場の店主が、一人の少女を大声で罵倒していた。
少女は石畳の上で小さく縮こまり、散らばった皿の破片を拾い集めている。テラス席の片付け中につまずいたのだろう。
身なりは貧しく、髪はボサボサだ。どこかの村から流れてきたのだろうか。
「とろい! 動きが遅いんだよ! お前みたいな『のろま』はクビだ!」
店主は少女に銅貨を投げつけ、去っていった。
少女は泣くこともなく、ただ黙々と床の破片と銅貨を広い集めていた。
俺はその光景を――いや、彼女の「指先」を見ていた。
(……ほう)
彼女が破片を拾う動作。
指の角度、力の入れ方、拾った破片を布に並べる間隔。
全てが一定だ。
店主は「遅い」と罵ったが、それは違う。彼女は丁寧すぎるのだ。
不確定な「雑さ」を許容できず、ミリ単位の精度で「整理」を行おうとしている。だから時間がかかる。
「……面白い」
「レン? まさか……」
俺はシルフィの制止を無視し、少女の元へ歩み寄った。
彼女はビクリと肩を震わせ、俺を見上げた。鳶色の瞳が怯えている。
「君、名前は?」
「……リ、リシア……です」
「リシアさん。君のその『丁寧さ』を買いたいのです。俺の農場で働きませんか?」
「え……?」
少女――リシアは目を丸くした。
「でも、私……とろくて、何をやってもダメで……」
「それは環境の問題です。スピードを要求される酒場には不適合だっただけですよ。俺が求めるのは速度ではありません。『正確性』です」
俺は懐から、一掴みの銀閃草の種を取り出し、床にばら撒いた。
「これを拾ってみてください。種類ごとに分類して、掌に並べるんです」
リシアはおずおずと手を伸ばした。
やはり、遅い。
だが、その選別は完璧だった。サイズ、色艶、形状。俺が何も言わずとも、彼女は無意識に「規格」を統一して並べていく。
「……合格です」
俺は彼女の手を取り、立たせた。
「衣食住は保証します。その代わり、俺の指示した数値を、一ミリの狂いもなく実行してください。君ならできます」
リシアは呆然としていたが、やがて弱々しく、しかし確かに頷いた。
「……はい。やって、みます」
こうして、俺の農園に新たな「従業員」が加わった。
彼女の能力が「のろま」ではなく「超精密動作」であると証明されるのに、そう時間はかからなかった。
***
「右舷畑、水やり完了しました。水量、各株につき一五〇ミリリットル。誤差、一ミリリットル以内です」
数日後。
リシアは泥だらけになりがらも、完璧な報告を上げてきた。
俺が指示した通りの水量、通りの角度での水やり。
普通の人間なら「面倒くさい」と手を抜く工程を、彼女は呼吸をするように遂行する。
「素晴らしい。計算通りです」
俺は満足げに頷いた。
これだ。俺が求めていたのは、このノイズのない労働力だ。
彼女のおかげで、俺の演算リソースの三十パーセントが解放された。
「……リシア、すごいわね。レンの細かすぎる指示文を完璧にこなすなんて」
シルフィが感心したように言う。
「えへへ……。私、遅いから……これくらいしかできなくて」
リシアは照れくさそうに笑った。
彼女にも、笑顔が戻ってきたようだ。
農園は今、かつてない効率で稼働している。
俺、シルフィ、そしてリシア。
役割分担の明確化による組織力の向上。
「さて……これでようやく、あの大仕事に取り掛かれますね」
俺は視線を、遮蔽容器へと向けた。
リシアというリソースを得て、俺の手は空いた。
今こそ、あの「未同定種 A-01」を完全解析する時だ。
適材適所。
それを実現するのが、経営者の仕事です。
次回、整った体制で、最終的な「成功」を収めます。




