第8話 かつての仲間の来訪と落差
価値観の相違は、往々にして埋まらない溝となります。
彼らにとっての「特権」が、俺にとっては「足枷」でしかないように。
「……参りましたね。燃費が悪すぎます」
俺は額の汗を拭い、目の前の「未同定種 A-01」を見下ろした。
鉛の容器の中で、黒い双葉が妖しく脈動している。
こいつは、俺が与えた「高濃度魔力液」を一晩で飲み干した挙句、まだ足りないとばかりに周囲の魔力を吸い続けている。
「レン、このままじゃ維持コストが割に合わないわよ。魔力液の精製が追いつかない」
シルフィが記録帳を見ながら、冷徹な指摘を飛ばす。
「分かっています。ですが、ここで供給を断てば、こいつは再び銀閃草を捕食し始める。……循環構造を組み直す必要がありますね」
俺が思考の海に沈みかけた、その時だった。
農園の入り口から、聞き覚えのある、しかし聞きたくなかった声が響いた。
「おいおい。こんな辺境で泥遊びとは、落ちぶれたもんだな、レン」
振り返ると、そこには三人の男女が立っていた。
全身を派手なプレートアーマーで固めた戦士、高価な杖を持った魔術師、そして軽装の盗賊。
かつて俺が所属していたSランクパーティ、『銀翼の旅団』の主力メンバーだ。
「……何の用ですか。現在、非常にデリケートな作業中です。部外者の立ち入りは推奨しません」
俺は作業の手を止めず、淡々と返した。
彼らの装備は以前よりさらに豪華になっている。俺を追放した後、いくつかのダンジョン攻略に成功したのだろう。
だが、その表情には余裕がない。焦燥と、苛立ちが見え隠れしている。
「用があるからわざわざ来てやったんだ。……単刀直入に言う。パーティに戻れ」
戦士の男が、恩着せがましく言った。
「お前がいなくなってから、レアアイテムの鑑定ミスが増えた。罠の回避効率も落ちている。今なら、ギルドマスターに口を利いて、お前の『追放処分』を取り消させてやってもいい」
なるほど。
彼らは俺の追放処分――ギルドからのライセンス剥奪――が、俺にとって最大の弱点だと認識しているのだ。
Sランクパーティの影響力を使えば、処分の撤回など容易い。それを餌に、再び俺を「便利な道具」として飼い殺そうという魂胆か。
「お断りします」
俺は即答した。1秒の迷いもなかった。
「あ? なんだと? よく考えろよ。追放されたままじゃ、まともな依頼も受けられない。一生、こんな泥だらけの畑で、地味な草むしりをする人生だぞ? 俺たちに頭を下げれば、また『冒険者』に戻れるんだ」
彼らには理解できないのだろう。
彼らが何よりも価値があると信じている「冒険者の地位」が、今の俺にとっては無価値な石ころ以下だということが。
俺は立ち上がり、彼らを真っ直ぐに見据えた。
「認識に齟齬がありますね。俺は今、冒険者に戻りたいなどとは微塵も思っていません。それどころか、ギルドの非効率なシステムから解放されて清々しているくらいです」
「……強がりを言うな! こんな湿った小屋が、Sランクの栄光より上だと言うのか!」
魔術師の女が杖を振るう。
放たれた威嚇の魔力が、俺の足元の土を抉った。
飛び散った泥が、俺の頬を汚す。
だが、それだけだ。俺は動じない。
「ええ。ここは俺の計算通りの品質で、計算通りの作物が育つ。天候のリスクも、魔物の襲撃も、すべて予測し制御下に置ける。……君たちのいう『冒険』という名の、運任せの博打とは違うのです」
俺は背後の小屋と、整備された畑を指し示した。
「ここでは、俺がルールであり、俺がシステムです。他人の顔色を窺って生きる必要はない。……帰ってください。あなたたちがここにいるだけで、俺の農園の生産効率が低下します」
俺の目には、彼らがもはや「かつての仲間」ですらなく、排除すべき「ノイズ」として映っていた。
その冷徹な視線に気圧されたのか、あるいは俺の背後に控えるシルフィの――笑っているようで目が笑っていない――殺気を感じ取ったのか。彼らは捨て台詞を吐いて去っていった。
「……後悔しても知らねえぞ! 一生泥水をすすることになりやがれ!」
遠ざかる背中を見送り、俺は深く息を吐いた。
後悔? するはずがない。
彼らは過去の特権にしがみつき、俺は未来の資産に投資している。進むベクトルが違いすぎるのだ。
「災難だったわね、レン。……でも、良かったの? ギルドの身分、取り戻せるチャンスだったのに」
シルフィが試すように尋ねる。
「不要です。今の俺に必要なのは、ギルドの許可証ではなく……」
俺は視線を戻し、脈動する魔力種子と、広がり続ける畑を見た。
手は二つしかない。時間は有限だ。
この農園の規模は、すでに俺一人で管理できる限界を超えつつある。
「……必要なのは、現在の労働力です」
俺は記録帳の「課題リスト」の最下段に、太字で書き加えた。
【人材の確保】
それは、農園を次のステージへ進めるための、必須条件だった。
地位や名誉は、食えません。
しかし、優秀な従業員は明日を作ります。
次回、その道を共に歩く、新たな「スタッフ」を探しに行きます。




