第7話 安定環境での品質追求
屋外という変数の塊から、屋内という定数の管理下へ移行する生存戦略。
拠点の確保は、製品の質を劇的に向上させます。
「素晴らしい……。湿度、温度、風量。すべてが計算通りに制御できています」
俺は石造りの小屋の中で、新設した乾燥棚を見上げ、満足げに頷いた。
外は相変わらずの雨模様だが、室内は快適そのものだ。
壁に埋め込んだ「吸湿石」が空気中の余分な水分を吸着し、床下に通した通気口が一定の空気循環を生み出している。
「これなら、天候に左右されずに『銀閃草』を最高品質で仕上げられますね」
俺は棚から乾燥を終えた葉を一枚手に取り、指先で感触を確かめた。
パリッという乾いた音と共に崩れる繊維。成分の揮発もなく、薬効成分が内部に完全に閉じ込められている。
「すごいわね、レン。前の焚き火乾燥とは大違い。これなら商会の査定も最高額が出るわ」
作業台の向こうで、シルフィが手際よく梱包作業を進めている。
彼女の手元には、規定サイズに切り揃えられた銀閃草の束が積み上がっていた。
屋根がある。壁がある。作業台がある。
それだけのことが、生産効率を劇的に向上させていた。
「品質の偏差も最小限です。これで、ガイル商会との契約数以上の納品が可能になります」
俺は記録帳を開き、記録帳に今日の数値を記入した。
順風満帆だ。
少なくとも、あの「異物」の解析を始めるまでは…
作業が一段落した午後。俺は小屋の隅、自作の魔力遮蔽壁で覆った一角へと移動した。
先日、農機具小屋の床下から発見した「未知の魔力種子」だ。
「さて……こちらの品質管理もしなければなりませんね」
種子は現在、俺が急造した遮蔽容器の中で休眠状態にある。
だが、その存在感は異質だった。
「解析」スキルを通してみると、周囲の大気中の魔力素が、ゆっくりと、しかし確実にこの容器に向かって流れているのが分かる。
「レン、やっぱりそれ、危なくない? さっきから背中がゾワゾワするの」
シルフィが梱包の手を止め、不安げに眉をひそめる。
「魔力の吸収率が高いだけです。現時点では制御下にありますが……」
言いかけたその時、容器の中でピシッという硬質な音が響いた。
俺は即座に蓋を開ける。
黒曜石のような光沢を放っていた種子の表面に、微細な亀裂が走っていた。
【解析対象:魔力種子(内部状態)】
【警告:内部活性化】
【魔力吸収率:急上昇】
「……発芽しようとしていますね。しかも、こちらの想定よりも遥かに早い」
種子の亀裂から、青白い光が漏れ出す。
同時に、小屋の中の空気が一瞬にして重くなった。魔力が急速に消費され、真空に近い状態が生まれつつある。
「まずい……! このままでは乾燥棚の銀閃草が影響を受けます!」
銀閃草は魔力を帯びた薬草だ。周囲の魔力が枯渇すれば、その成分が揮発し、ただの枯れ草になってしまう。
俺たちが築き上げた「品質」が、この異物の食欲によって損なわれる。
それだけは避けなければならない。
「シルフィ、窓を開けてください! 外気の魔力を取り込みます!」
「わ、わかったわ!」
シルフィが窓を押し開ける。湿った風と共に、森の濃密な魔力が室内へとなだれ込む。
だが、種子の吸収速度はそれを上回っていた。
黒い芽が、見る見るうちに伸びていく。それは植物というより、液体金属が凝固していくような不気味な光景だった。
「……食欲旺盛ですね。なら、これならどうです」
俺は懐から、土壌改良用に精製していた「高濃度魔力液」の小瓶を取り出した。
本来は一ヶ月かけて畑に撒く分のエネルギーだ。
それを惜しげもなく、容器の中へと注ぎ込む。
ジュッ、という音と共に、魔力液が瞬時に気化し、種子へと吸い込まれていく。
数秒の拮抗。
やがて、部屋を揺らしていた魔力の奔流がふっと治まった。
「……満腹になったようね」
シルフィが安堵の息を漏らす。
容器の中には、金属的な光沢を持つ奇妙な双葉が鎮座していた。
銀閃草への被害は……最小限だ。吸湿石が壊れた程度で済んだ。
「品質維持の新たな脅威ですね」
俺は額の汗を拭い、再び記録帳を開いた。
この種子は、単なるコレクションではない。俺たちの生産ラインを脅かすリスクであり、同時に、膨大な魔力を蓄える可能性でもある。
「育てるの? レン」
「ええ。正体不明のまま廃棄するのは合理的ではありません。解析し、制御し、利用します。……仮称、『未同定種 A-01』と認定」
俺は遮蔽容器の蓋を閉め、その上に重石を置いた。
「安定環境」での「品質の追求」。
その定数の中に、予測不能な変数が混ざり込んでしまった。
だが、それもまた実験の一部だ。
「品質」を守るためには、外敵だけでなく内部の変数も管理しなければなりません。
新たな同居人は、かなりの偏食家のようです。
次回、さらなるトラブルと、かつての知人の影が近づきます。




