表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/10

第6話 拠点の確保と在庫管理

事業が軌道に乗れば、次に必要なのは「場所」です。

雨風を凌げる屋根と壁。それがこれほど贅沢なものだとは、前世では思いもしませんでした。

「……参りましたね。湿度パラメーターが制御できません」


俺は灰色の空を見上げ、苦々しく呟いた。


ガイル商会との契約から数日。銀閃草の第一次納品に向けた増産体制は、天候という不確定要素によって脅かされていた。

断続的な降雨。これが乾燥工程を著しく阻害している。


野外オープンエアでの加工作業は限界ね。このままだと、納期の遅延か、品質低下スペックダウンの二択を迫られるわよ」


雨除けの布を押さえながら、シルフィが警告する。彼女の指摘は常に正しい。

現在の俺たちの拠点は、森の木陰と焚き火跡だけだ。

気温や湿度が管理できない環境では、商会が求める「均一な品質」を維持し続けることは不可能だ。


「拠点を確保しましょう。不動産屋に行くわけにはいきませんが、使える『空間』は見繕ってあります」


俺は作業の手を止め、シルフィを伴って森の境界へと向かった。

以前の調査で目星をつけていた場所がある。

村の外れ、耕作放棄地の隅に建つ、打ち捨てられた農機具小屋だ。


小屋は蔦に覆われ、屋根の一部は朽ちていた。だが、壁の石組みはしっかりしている。


「所有者は、先日取引した農夫のようです。交渉にいきましょう」


俺たちが小屋の前に立つと、ちょうど農夫が通りかかった。彼は俺たちの姿を認めると、少し気まずそうに、しかし親しみを込めて声をかけてきた。


「ああ、あんたたちか。……どうした、また何か売り込みか?」


「いえ、今日は賃貸借契約の相談です。この小屋、使っていないのであれば貸していただきたい」


俺が単刀直入に切り出すと、農夫は目を丸くした

「ここを? 廃屋だぞ。ネズミと湿気で使い物にならん。それに……」


彼は言い淀み、視線を自身の畑へと向けた。


「最近、この辺りはいけねえ。妙な虫が湧いててな。作物がやられちまうんだ。そんな場所に住もうなんて物好きもいいとこだ」


彼の畑――かつて俺たちが薬草を与えた家畜の飼料用の畑――を見ると、確かに葉の変色が目立つ。

俺は近づき、「解析」を発動した。


【解析対象:白微虫はくびちゅう

【分類:吸汁性害虫】

【繁殖率:高】


原因は明白だ。俺の農園から溢れ出した魔力が、微量ながら周囲の生態系を活性化させ、害虫を引き寄せている。

これは俺が撒いたリスクであり、同時に交渉材料カードでもある。


「取引をしましょう。俺がこの畑の害虫を駆除し、再発を防ぎます。その対価として、この小屋の使用権を半年間、譲渡してください」


「……駆除だって? 魔法使い様みたいなことができるのか?」

「魔法ではありません。生態系の調整です」


俺は即座に作業を開始した。


森の境界に自生する「苦ヨモギ」の変種を採取する。これは白微虫が嫌う揮発成分を含んでいる。

ただ植えるだけでは効果が薄い。俺は「等価交換マス・バランス」で苗の根に干渉し、成分の分泌量を最大化させた上で、畑の風上に等間隔で定植していった。


数十分後。風に乗って流れる鋭い香りが畑を包むと、白い虫の群れが目に見えて減り始めた。


「す、すげえ……。本当にいなくなりやがった」


農夫が感嘆の声を漏らす。

事実を見せつけられれば、交渉はスムーズだ。彼は二つ返事で小屋の使用を認めた。金銭の授受なし。労働と知識による現物取引だ。


鍵を受け取り、俺たちは小屋の中へと踏み入った。

埃とカビの臭い。散乱した錆びた農具。だが、俺にはここが最先端の「化学プラント」に見えていた。


「掃除と修繕リノベーションが必要ですね。シルフィ、手伝ってください」


「人使いが荒いわね、パートナー様。……でも、悪くない物件よ」


俺たちは総出で環境整備に取り掛かった。

腐った床板を撤去し、周囲の岩を「等価交換」で石材に変えて埋め込む。

屋根の穴は、森で採取した樹脂と木の皮を加工して塞いだ。

薄暗かった廃屋は、半日で「雨風を凌げる石造りの工房」へと姿を変えた。


部屋の隅に、乾燥させた銀閃草の在庫ストックを積み上げる。

これで湿気に怯える必要はない。

作業台として置いた大岩の上で、俺は記録帳を開いた。


「拠点確保、完了です。これで生産効率スループットは三〇パーセント向上します」


「ふふ。やっと人間らしい寝床で眠れるわね」


シルフィが硬い石の床に毛布を敷きながら笑う。

俺もまた、壁に背を預けて深く息を吐いた。

頭上にある屋根。壁。

それは物理的な防御壁であると同時に、俺たちがこの世界に「在ってもいい」という、確かな居場所の証明のように感じられた。


その夜、久しぶりに熟睡した俺は、翌朝の作業で奇妙なものを発見することになる。

小屋の床下から出てきた、魔力を帯びた黒い石。


解析不能なその「未確認物質」は、俺たちの事業に新たな波乱を予感させるものだったが……

屋根がある。

それだけで、生存確率は跳ね上がります。

物理的な安全基地セーフティゾーンを手に入れたレンたち。

次回、その拠点でさらなる「品質の追求」が始まります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ