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第5話 品質保証と市場介入

ビジネスにおいて、約束(納期と品質)を守ることは最低条件です。

たとえそれが、農夫との口約束であっても。

翌朝、夜明け前の森。

俺は実験区画にしゃがみ込み、収穫の最終チェックを行っていた。


「……やはり、わずかに反応が出ていますね」


青白く光る「解析」のウィンドウを指で弾く。

急造の畑で育成した銀閃草ぎんせんそうはおおむね順調だが、一画の苗だけ、葉の先端が微かに白濁していた。


「地下の雲母結晶の配置が重なりすぎて、局所的な魔力供給過多オーバーフローが起きています。このままでは薬効が変質し、商品価値を損ないます」


「へえ……。見た目じゃ全然わからないけど。このまま納品してもバレないんじゃない?」


シルフィが覗き込み、不思議そうに首をかしげる。

確かに、素人の目には誤差の範囲だ。だが、それは俺のプライドが許さない。


「『バレない』は『品質が良い』と同義ではありません。不確定要素を残したまま市場に出すのは、未来の信用の損失(リスク)です」


俺は地面に手を当て、「等価交換マス・バランス」を発動した。

対象は、根の周辺に埋まっている石灰質の小石。

意識を集中し、その組成を多孔質のケイ酸塩へと置換していく。今の俺の出力では、一度に変換できるのは拳一つ分ほどが限界だ。


額に薄く汗が滲む。

数分の微調整の末、小石は余剰な魔力を吸収・拡散させる「緩衝材バッファ」へと性質を変えた。

再度「解析マス・バランス」を実行する。葉の白濁が引き、数値が正常範囲に収束していく。


「修正完了。これで全ロット、品質基準スペックを満たしました」

「……本当に細かいわね、レンは。でも、そういうところ、嫌いじゃないわ」


シルフィが手際よく薬草を木箱に詰めていく。

梱包を終えた俺たちは、重たい木箱を担ぎ、森の境界にある「双子石」へと向かった。


約束の時間は日の出とともに訪れた。

霧の向こうから、例の農夫が駆け寄ってくる。その表情には、家畜の疫病に対する焦燥と、俺たちへの一抹の疑念が混じっていた。


「約束の、銀貨三枚だ。本当に……効くんだろうな?」

「ええ。含有量を最適化した銀閃草です。これを飼料に混ぜて三日与えてください。家畜の呼吸は安定するはずです」


俺は木箱を差し出した。

農夫はひったくるようにそれを受け取り、中身を確認して深く安堵の息を漏らした。震える手で差し出された三枚の銀貨。

それは、俺がこの世界で自らの技術スキルにより手にした、最初の正当な対価だった。


「……助かる。本当に、助かるよ」


農夫が何度も頭を下げて去っていく。

俺はその背中を見送りながら、手の中の銀貨の重みを確認した。

たかだか三枚。前世の資産に比べれば砂粒のような額だ。だが、この三枚は「搾取」ではなく「取引」によって得たものだ。その事実は、何よりも重い。


「順調なスタートね。……でも、レン。まだ客がいるみたいよ」


シルフィの視線が、霧の奥を射抜く。

そこにはいつの間にか、一台の馬車が停まっていた。装飾を抑えつつも堅実な造りの、商用の馬車だ。

中から降りてきたのは、濃紺の旅装を纏った三十代後半ほどの女性だった。彼女は鋭い観察眼で、農夫が去った方向と、俺たちを交互に見比べた。


「失礼。そこの方。先ほどの取引、見せてもらったわ」


彼女はガイル商会のマーガレットと名乗った。

商人の嗅覚だろうか。彼女は俺たちが予備として持っていたサンプルの小箱に目を留めた。


「その銀閃草……魔法ギルドの特級品を凌ぐほどに見えるけれど。一体、どんな手法を用いているの?」

「品質管理を徹底しているだけです。土壌のPH値、魔力伝導率、灌漑量。すべてを数値化し、最適化しています」


俺はシルフィから受け取った記録帳を提示した。

奇跡や魔法の力ではなく、再現性のあるデータとして。

マーガレットは数値を食い入るように見つめ、やがて顔を上げた。その目にあるのは、商品への興味ではなく、ビジネスパートナーへの評価(値踏み)だ。


「……素晴らしいわ。あなたのその『工程管理』で作られた薬草を、我が商会で扱わせてくれないかしら? 安定供給できるなら、相場より高いレートを約束するわ」


予期していた展開だ。

俺は脳内で素早く計算機を叩く。個人の行商には限界がある。商会の流通網チャネルを利用できるなら、拡大速度は飛躍的に上がる。


「条件があります。金銭だけでなく、近隣の市場情報……特に魔法ギルドの動向と、資材の流通状況を提供してください」

「ええ、構わないわ。合理的な提案ね」


契約は即座に成立した。

手付金を受け取り、次回の納品日を決める。馬車が去っていくのを見届けた時、俺の中にあったのは達成感ではなく、新たな課題への認識だった。


「……シルフィ。生存戦略タクティカル・オーダーを修正します」


「どうしたの? 大口契約、取れたじゃない」


「ええ。ですが、現在の生産ライン(畑)では、商会の要求量に応えきれません。露地栽培は天候リスクも大きすぎる」


森の奥の、あの小さな実験区画だけでは限界がある。

安定した量産体制を構築するためには、物理的な拠点――「工房プラント」が必要だ。


「拠点を確保します。雨風を凌ぎ、24時間体制で『培養』を行える場所を」


俺たちは霧の晴れ始めた道を、新たな目的(ベースキャンプの設営)に向けて歩き出した。

最初の利益を得ました。

しかし、需要が増えれば、供給体制も見直さなければなりません。

家(工房)が必要です。

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